私には70歳の叔母がいます。
とても気さくで、明るく、快活で、そしておせっかい。
そんな叔母ですから、私が幼い頃から、何かとちょっかいを出してきては、笑い飛ばしていました。
顔が、私の母にそっくりなので、それがまた、私の親しみにもなっていました。
急に連絡が入り、「脳動脈瘤(のうどうみゃくりゅう)」で手術をするとのこと。
心配させるとイヤなので、家族以外には、手術の直前まで通知をしなかったようです。
「大丈夫、問題ないから」っと明るく受け答えする姿に、私も油断していました。
実状は、脳の血管にコブができて、それも、かなり大きく膨れ上がり、破裂する寸前だったそうです。
今日、その手術が行われました。
当初の予定時間3時間を超えても、一向に手術室の扉が開きません。3時間の倍の6時間を経過。
何も変わりません。
手術直前に送り出した時の、相変わらずの冗談を言って笑っていた叔母の顔を思い出し、
何か、良からぬこととが、手術で起こっているのでは…っと不安がよぎりました。
でも、私以上に、叔母の旦那様と一人娘さんが心配されている様子がハッキリとわかり、
私は「大丈夫さ!」っというような表情に努めていました。
7時間半後、ようやく手術室が開きました。叔母は、全身麻酔がかかった状態で、眠っているようでした。
医者の説明を聞くために、立ち会った私と両親、そして叔母家族と別室へ。
笑顔を見せない医者と看護士の表情が気になりました。
結果は、「今日やらなくてはいけない事は、終わりました」という表現でした。
脳の手術の場合は、その後の経過も予断を許さないとのこと。
7時間半もの間、集中して治療をしてくれた先生やスタッフの方々に感謝します。
そして、何よりも、その時間、一人で頑張った叔母を、偉大な人だと思っています。
手術前に油断していた自分が情けない。人の命を何だと思っていたのでしょう。
あの震災で、何を学んだのでしょう。悔やみきれない気持ちでいっぱいです。
手術は終わりましたが、またこれからが、次の闘いになります。
70歳のご高齢の中、とてもハードな闘いだと思います。
自分にできることは何か。あらためて考えてみようと思います。
決して忘れないために、日記として残します。