NGOのアナログマインド -3ページ目

また、原稿をかきました

今年京都で開催された日本ボランティア学会のコメントを短い原稿にしました。
学会の今年のテーマは、「遠いところ、小さいところ、弱いところから」というタイトルでした。
「日本にもやることがあるのに、なぜ海外で活動をするのか」といったコメンを受け続けていた私としては、開発途上国の「弱いところ、小さいところ」にかかわる正統性のようなものを議論したかった。時間がなかったので、簡単なコメントにしました。

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「遠く、小さく、弱い」ところとつながるジレンマ

 日本以外の「小さく、弱い」部分にかかわりる活動は増え続けている。それはNGOと呼ばれたり、国際交流と呼ばれたりする。外国での偶然の出会い、大規模な災害や紛争がきっかけで、突然こうした活動が始まることが多かった。偶然の出会いと個々の活動家たちの強い感情によって、支援活動は続いてきた。

 「日本でやることがたくさんあるのに、なぜ外国で活動するのか?」。20年以上、私は回りからこう問われて続けてきたように思う。日本以外の国で活動をするには、ビザの取得以外にも現地政府から活動の許可を取り付ける必要がある。それ以上にその国の言葉や文化を十分理解できない人がかかわることで生じやすい、「文化の押し付け」や「一方的な支援」を危惧されたことも多い。そうしたリスクを犯してでもかかわる理由や責任があるのだろうか。日本から遠く離れた国の「小さく、弱い」部分にかかわる正当性はあるのだろうか。

 答えはシンプルである。私たちの住む日本社会のあらゆる要素が、日本という国の要素だけで成り立っていないからだ。資本、食糧、労働者、情報、生産活動、鳥インフルエンザ、放射性物質・・・生活のありとあらゆる物、場所に、グローバルな関係が張り巡らされている。その中で日本は、あらゆる富と安全を手に入れてた一握りの存在である。世界の貧困そして環境破壊もこうした活動の延長線上に生まれていることは、誰もが認める部分だろう。ただ、それを自覚して生活することが少ないだけだ。

 しかし、それらを問うたびに「他国の問題にはかかわるべきでない」という「活動ナショナリズム」的な発想が顔を出す。「活動ナショナリズム」は真面目で誠実な気持ちから出されるものだと思うが、結果的にグローバル社会を無視することに加担してしまっている。「独占されるグローバルな富」と「活動ナショナリズム」の両方を抱えてグループ社会の一員であろうとすることはもう難しいと思う。もし東京や大阪のような豊かな都市が自分たちの富を独占し、他県に渡さないとしたらどうなるだろうか。孤立と混乱は自明である。

 私たちは「グローバルな共同体」の中で生かされており、「グローバルな富を独占している」存在であること。そして遠くであっても、国の名前が違っていても、そこで発生している問題になんらかの責任がある・・・と考えることがやはり「グローバルな正義」であると思う。文化や言語の違いからくるギャップは、テクニカルな問題として、いずれ克服されていくのではないだろか。

 グローバル共同体の一員であることを自覚する生活スタイルと価値観が急がれている。はりめぐらされたグローバルな関係をわかりやすく可視化する必要がある。それは英語教育や国際理解教育を強化するとか、国際的な知識を増やすということではなく、「日本人以外の人たちによって生かされている」といった実感を持てる学びや交流の場づくりなのだと思う。

ワタノハスマイル ありがとうございました

ワタノハスマイル 無事終了しました。
4日間と短い期間でしたが、おかげさまで775人の方に来場いただきました。
お越しくださった皆さん、ありがとうございました。

「子どものもつ発想の明るさに、勇気付けられた」
「被災地にも子どもが元気で生きていることがわかった」

といった、前向きなコメントをたくさんいただきました。

学生が主体となった活動は、一応これでくぎりがつきます。
これから何をするのか、これをもって活動を切り上げるのか、また話し合っていくところです。

被災地では、瓦礫がなくなり、商店も通常の動きに戻りつつあり、避難所も閉鎖か縮小多くの方々は仮設住宅に移りつつあります。もちろん電気、ガス、水道なども元に戻り、ボランティアが活躍する隙間のようなものが見えにくくなっています。

ただ、人々の課題は終わってない、見えにくくなり始めた・・・ということだと思っています。

NGOってなんだ?

NGOってなんだ?
                      私が一番気に入っている イクラちゃん

原稿書き

最近ブログを書く時間がなった最大の理由。原稿書きでした。
最近4冊の本の原稿を6月末になんとか出し、フーとしてました。

最近短いエッセイを書きましたので、ここに掲載します。今年から浜松NPOネットワークセンターの理事になり、その紹介文をニュースレターに掲載しました。その文章です。

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 はじめまして。20104月に、静岡文化芸術大学の教員として浜松にきました。NPONGO論、国際協力論を教えています。
 もともとは愛知県豊橋市二川の出身です。二川は静岡の県境に近く、小さい頃は浜名湖にもしょっちゅう泳ぎにいっていたので、浜松で働くことが決まったときは、「ああ、故郷に戻るんだ」といった感覚でした。


 今から
30年前。私は、世界のために何かしたいと、もやもやする青年でした。豊橋にいるかぎり、世界が何も見えてこない。そういったあせりとジレンマで、胸が張り裂けそうな気持ちだったのをよく覚えています。
 

友人のような就職活動はせず、イギリスでの1年間ボランティア体験後、東京のボランティア団体へ就職、その後シャプラニール、国際NGOセンターといった、NGOに関係する仕事を経験しました。バングラデシュで5年間生活し、開発途上国に出張を繰り返す日々、気づけば25年近くも東京のNGOで働いていました。

 私が東京のNGOで学んだことの多くは、浜松ではあまり通用しないと今は思っています。東京はNGONPO関係者の密度も高く、活動資金と情報がたくさん溢れて言います。なによりもその仕事で食べているプロがたくさんいます。
 しかし、東京のそういった環境は特殊すぎるのだと今は思います。同時に東京の
NGONPOは、価値のトレンドと文字を組み合わせることでいろいろな資源を集める力を持っているのですが、そこには人の顔があまり浮かんでこない「はかなさ」があります。「生活感」が希薄なのです。

 自分にとっての浜松の可能性について二つのことを最近よく考えます。

 一つ目は、浜松のもつ
NPOの純粋なアマチュアリズムと人間同士の距離のことです。「やりたいからやる」「資金がないことを前提に活動を考える」「車ですぐに会える場所にみんながいる」といった動機と人間関係の中で、活動をする尊さです。NPOのプロがあまりいないがゆえに生まれる空間だと思います。それは、純粋にやりたいことをやり、密度の高い人間関係でつながりあえるといった可能性です。(もちろんケンカもしやすいですが)

 二つ目は、地域循環型社会を考えるのに適したサイズの街だということです。グローバル経済があらゆる地域社会を飲み込み変えようとしています。それに対抗して新しい価値を提案できるのが生活感を共有する地域社会だと思います。地域内のモノ・情報・人の循環を考え、より価値の高いシステムを考えていくことが、新しい地球社会をつくりだすカギだと思います。最大の財産は地域の自然環境とそこに住み続ける人々だと思います。東京はその可能性が極めて低いのです。

簡単ですが、この二つのことを意識して皆さんと一緒に考え、行動していければと思ってます。どうぞよろしくお願いします。


ワタノハスマイル

静岡文化芸術大学の有志学生と、3月から震災支援の活動を続けております。

その中で、長く支援を続けていた宮城県石巻市渡波(わたのは)地域の小学校の子どもたちがつくった瓦礫のアート展を、大学できることになりました。これは渡波小学校を中心に瓦礫からアート作成を進めるNPOスマイルホープが共催して行うものです。

「ワタノハスマイル-子ども達が作った復興のオブジェ展-」 です。

日時 :2011年7月21日(木)から24日(日) 10時から19時まで
会場 :静岡文化芸術大学 ギャラリー(入場無料)

オープニング企画として、子どもと一緒に瓦礫アートに取り組んだ、イラストレーター・絵本作家の犬飼とも氏と当大学の学生との特別座談会を以下の通り開催します。「瓦礫アートは何を意味するのか」「子どもは何を伝えようとしたのか」を熱く語ってもらいます。

現場はようやく復興のスタートラインに立ったばかりであることを、多くの方に再確認いただく場にできればと思っています。急遽決まったこともあり、ばたばたと準備し、あまり十分な広報ができずにおります。

以下のサイトからチラシなどもご覧いただけます。
http://www.suac.ac.jp/news/event/850.html

ごぶさたしています

地震関連の書き込みを一気にしてから、まったく書き込みをせず、申し訳ありません。
日々の気付きを気軽に書き込むといった作業はやはり向いていないと、痛感しています。

ただ、毎日の日々、多くの気付きを感じながら、生活しています。

 毎日の中で。
 研究費で本が買えるので、新しい本、これまで買えなかった本、たくさん読んでいます。この点は、本当に幸せです。

 それ以外に一番毎日感じているのは、地方の都市に暮らす・・・、活動する、といったことです。これまで東京中心の活動ばかりだったので、生活空間、関心の薄い人に囲まれる中で、どういったメッセージを発信すればいいのか・・・そういった信号ながら、受け止めてくれるのか・・・・を感じながら、生活しています。多くの人はNGOのN、もあまり考えずに暮らしている・・・というのを日々実感しています。ただ、グローバル社会を感じる力は、十分みな持っている・・・・とも感じます。

こうしたなぞなぞを自分の中で繰り返しながら、生活しています。

6月25日、26日は京都で開催された日本ボランティア学会に参加してきまた。懐かしい面々に会えたこともうれしかったですが、芥川賞受賞された平野啓一郎さんの講演で言われていた「分人」が印象的な言葉でした。

大学で進めている震災対応は、今も続いています。
今は、宮城県の志津川高校の文房具を集めています。

とりあえず簡単ですが。今は以上です。

震災地から (9) ボランティア調整

最後にボランティア調整のことを書きます。

石巻市社会福祉協議会が、ボランティア調整の窓口をしていました。窓口にいき、自分の名前や所属を書き、現場のニーズにつないでくれるのです。それまで待合室で待機するといったシステムになっていました。

片方で、夜になると災害ボランティアセンターに野宿している多くのボランティアグループ同士の調整会議が毎晩、1時間ほどありました。
推定ですが、40団体ほどの出席があったと思います。非常に活発に発言し、グループごとに情報を交換していました。日々代わる現地のニーズ、跡片付けが終わった場所などを伝え合っていました。

しかし、そういったグループの情報、連絡先、ボランティアの必要性がわかるシートがどこにもありませんでした。ですから、この会議に出席しないボランティアは、これらのグループとは別の動きをすることになってしまいます。

もし私がコーディネーターだったら・・・・・
まずグループの一覧をつくり、ボランティア受け入れ方法を確認し、随時くるボランティアはこの人に回して、受け入れてもらうようにします。現場の変化にあわせてこの内容も変えていきます。

そして、コーディネーターは、そういったグループが入っていない地域、または見逃しているニーズや世帯を発掘し、夜の調整会議でかかわってもらえるグループに提案していく、「グループ型調整」を考えていくのではないかと思います。

社会福祉協議会の方も似たような調整をしていたのかもしれませんし、そこは全部確認できませんでした。ただ、各グループの情報は集められておらず、「グループごとの情報シートがほしい」といった提案が会議でも出ていました。(写真は夜のボランティア調整会議)
NGOってなんだ?-調整会議

震災地から (8) 避難所の難しさ

今回は避難所で感じた難しさを書きます。

避難所の大半は、小学校、中学校になっています。これは市町村の管轄なので、避難所指定がしやすいからかとも思います。今回訪問して、避難所での活動の難しさを感じました。仕方のないことだとは思いますが、これを読み取りながら、避難所での活動をする必要があると思いました。

避難所には、いくつかのグループが存在します。
一つ目、避難所を設置し、対応の中心的存在である市です。ですから、担当の市役所の役人が張り付いてます。しかし、非常に忙しく、緻密でプロアクティブな調整は難しそうな印象を受けました。

二つ目は被災者のグループです。彼らは受動的に支援サービスを活用するものの、自治的グループが存在し、中には支援活動にかかわっている人もいます。彼らが物資の配給の担当をしたり、配分について意見を述べたりするといった影響力があります。

三つ目は避難所となっている学校関係者のグループです。施設管理の責任は彼らのあるので、動かしていいもの、修理していいものいけないもの、支援活動で使っていい場所などは、校長先生が判断することになります。

四つ目は、支援のボランティアグループです。このグループは長くとどまっているグループもあれば、日に日に入っては出て行くグループもあります。

本来的にこれらのグループを市役所が機能的に調整することが望ましいのですが、それぞれがバラバラに判断して動いていることがよくありました。市役所側に調整事項があまりに多すぎることと、上の決済が本来必要なことを即時に判断するといった訓練はうけていませんから、どうしても時間がかかります。

こうした混乱の中では、互いに名前を覚え合い、常に声をかけ続けながら、互いに調整をすることが重要に思います。(写真は避難所の小学校)
NGOってなんだ?-避難所

震災地から (7) 物資は足りているか

これは推定は難しく、簡単に言えることではないかと思いました。
また場所により異なりますし、状況も日々変わっていくので、単純に「足りている」「足りていない」と考えるのは危険かもしれません。

私が石巻市でみた状況として、書いてみたいと思います。

石巻市は、自衛隊が集まった物資を、市の運動場に大きなテントを数十張り設営して受付、集まってくる物資をどんどん分類していました。ひっきりなしに、輸送トラックがそこに集まり、対応しきれないような状態でした。集まっているものは、衣類、オムツ、トイレットペーパー、パン、缶詰、レトルト食品などさまざまで、10くらいの分類に分かれているようでした。そこから、石巻市だけでなく、周辺の被災地に運搬されているようです。

避難所では、被災者の方々も手伝いながら、時間を定期的に物資配給をしていました。すでに物資が入りきらない場所が多いようで、物資を断られているトラックも見かけました。とりあえずの物資は徐々にはいりつつあり、極度に足りない状況を抜け出しつつあるのかと思います。ただ、水、ガソリン、灯油、ウェットティシュ、下着などの需要はまだ高いと思います。しかし、復興状況が変わるにつれて、必要な物資も変わりますので、状況変化に応じた物資配給の意味はまだあると思います。

私たちが入ったと同時に、イオンで販売が始まりました。いくつかのコンビニも開店しており、徐々に流通が始まりつつあります。そうなると、物資をどんどん送る活動ばかりでなく、現金支援の方が効果が早い可能性も出始めています。(写真 石巻市の物資受付のテントのひとつ)

NGOってなんだ?-物資



震災地から (6) 癒し系ボランティア

避難所にいる方々は、家や家財を失い、時として愛しい家族を亡くした方たちで、精神的な打撃は計り知れません。それだけでなく、料理もできず、毎日パン、菓子、レトルト食品などを食べる生活ですから、暖かい炊き出しの食事は非常に喜ばれていると思います。

石巻市災害ボランティアセンターの調整会議や現場で見ると、「お風呂に招待」「足湯」「マッサージ」といった、体をほぐしたり、暖めたりというボランティア活動がすでに展開されており、被災者の方々に喜ばれているのがわかりました。

心の問題や癒しの問題は重要だとわかりながらも、そのボランティアの手法というのは、難しいと思います。音楽や演劇といった芸術を通した癒しもあるかと思いますが、これはおそらく復興の後期に有効でありますが、現在ではとてもそういった余裕はないのかな・・・と思いました。

癒し系のボランティアは、遠くにいて考えるのではなく、現場に入り、被災者の方々と語りながら、適切なものを、適切なタイミングですべきなのだと思いました。(写真は避難所の給水風景)
NGOってなんだ?-給水

震災地から (5) 現在のニーズ

石巻市の被災現場、避難所の様子を見て、被災者のニーズは以下のような状況が見えてきています。

すでに、生存者の発見と保護、生存者の生命維持のための最低限の支援といった状況はほぼ終わりつつある印象をもちました。(もちろんまだ発見されず生存している人がいる可能性は否定できませんが)復興期の最初の段階にいるように見えます。被害の程度に分けて大まかにニーズを整理すると

家が全壊した人       →仮設住宅ができるまで避難所での生活が長期化
家が半壊・部分損壊の人 →家屋損害の診断を受けた上で避難所にとどまるか、自宅に戻るかを判断
家が床上浸水        →自宅に戻るための清掃や片付けが大変
家が床下浸水        →とりあえず家に戻っている

特に家の清掃や片付けが大変な人というのは、「床上または床下浸水」の方で、石巻市にきたボランティアの多くは、こういったお宅の片付けの手伝いをしていました。

これ以外にも、水、ガスのライフラインがまだ完全に復旧していませんでしたので、「風呂」「炊事」「暖房」といった臨時の生活でさえ、安心できる状況ではありませんでした。ですから、下着、靴下、ウェットティシュ、炊き出し支援というのが有効な状況だったと思います。徐々に、水、ガスがもどった場合、床下・床上浸水のお宅から、通常の生活体制に戻れるのではないかと思います。(写真は炊き出しの様子)

NGOってなんだ?-炊き出し