原稿書き | NGOのアナログマインド

原稿書き

最近ブログを書く時間がなった最大の理由。原稿書きでした。
最近4冊の本の原稿を6月末になんとか出し、フーとしてました。

最近短いエッセイを書きましたので、ここに掲載します。今年から浜松NPOネットワークセンターの理事になり、その紹介文をニュースレターに掲載しました。その文章です。

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 はじめまして。20104月に、静岡文化芸術大学の教員として浜松にきました。NPONGO論、国際協力論を教えています。
 もともとは愛知県豊橋市二川の出身です。二川は静岡の県境に近く、小さい頃は浜名湖にもしょっちゅう泳ぎにいっていたので、浜松で働くことが決まったときは、「ああ、故郷に戻るんだ」といった感覚でした。


 今から
30年前。私は、世界のために何かしたいと、もやもやする青年でした。豊橋にいるかぎり、世界が何も見えてこない。そういったあせりとジレンマで、胸が張り裂けそうな気持ちだったのをよく覚えています。
 

友人のような就職活動はせず、イギリスでの1年間ボランティア体験後、東京のボランティア団体へ就職、その後シャプラニール、国際NGOセンターといった、NGOに関係する仕事を経験しました。バングラデシュで5年間生活し、開発途上国に出張を繰り返す日々、気づけば25年近くも東京のNGOで働いていました。

 私が東京のNGOで学んだことの多くは、浜松ではあまり通用しないと今は思っています。東京はNGONPO関係者の密度も高く、活動資金と情報がたくさん溢れて言います。なによりもその仕事で食べているプロがたくさんいます。
 しかし、東京のそういった環境は特殊すぎるのだと今は思います。同時に東京の
NGONPOは、価値のトレンドと文字を組み合わせることでいろいろな資源を集める力を持っているのですが、そこには人の顔があまり浮かんでこない「はかなさ」があります。「生活感」が希薄なのです。

 自分にとっての浜松の可能性について二つのことを最近よく考えます。

 一つ目は、浜松のもつ
NPOの純粋なアマチュアリズムと人間同士の距離のことです。「やりたいからやる」「資金がないことを前提に活動を考える」「車ですぐに会える場所にみんながいる」といった動機と人間関係の中で、活動をする尊さです。NPOのプロがあまりいないがゆえに生まれる空間だと思います。それは、純粋にやりたいことをやり、密度の高い人間関係でつながりあえるといった可能性です。(もちろんケンカもしやすいですが)

 二つ目は、地域循環型社会を考えるのに適したサイズの街だということです。グローバル経済があらゆる地域社会を飲み込み変えようとしています。それに対抗して新しい価値を提案できるのが生活感を共有する地域社会だと思います。地域内のモノ・情報・人の循環を考え、より価値の高いシステムを考えていくことが、新しい地球社会をつくりだすカギだと思います。最大の財産は地域の自然環境とそこに住み続ける人々だと思います。東京はその可能性が極めて低いのです。

簡単ですが、この二つのことを意識して皆さんと一緒に考え、行動していければと思ってます。どうぞよろしくお願いします。