へなちょこ ユテコ の Don't Worry, Be Happy -48ページ目

へなちょこ ユテコ の Don't Worry, Be Happy

僕らは地上では「旅人」
                                          ここでは 感じるまま、気ままに、思ったままを「音楽」と共に・・・。

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【詩篇87篇】o19


psm87:1  主は、ヤコブのすべての住まいにまさって、シオンのもろもろの門を愛される。

psm87:2  主は聖なる山 に基を置かれる。

psm87:3  神の都よ。あなたについては、すばらしいことが語られて いる。セラ

psm87:4  「わたしはラハブとバビロンをわたしを知っている者の数に入れよう。見よ。ペリシテとツロ、それにクシュもともに。これらをもここで生まれた者として。」

psm87:5  しかし、シオンについては、こう言われる。「だれもかれもが、ここで生まれた。」と。こうして、いと高き方ご自身がシオンを堅くお建てになる。

psm87:6  主が国々の民を登録されるとき、「この民はここで生まれた。」としるされる。セラ

psm87:7  踊りながら歌う者は、「私の泉はことごとく、あなたにある。」と言おう。

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おはようございます。

昨日は友人宅で、少しゆっくりバイブルの話をした。僕は人の話を聴くのが苦手だとつくづく思う。

自分の話ばかり話そうとして・・オイラはマダマダ幼稚だわ。と思わされる。


今日僕の心に留まった言葉はこんな言葉。

psm87:6  主が国々の民を登録されるとき、「この民はここで生まれた。」としるされる。セラ




此処・・・昨日話題になったところ。


自分が何者なのか?

そして、神様とは僕らにとってどんな存在なのか?



ここをハッキリ理解しなくちゃ・・ね。


アイデンティティーって奴。



僕らのアイデンティティーを確立する為には、

僕らを創られた方の事を理解しなくちゃならない。。

いや、理解する事で僕らは更に自由になる。自分らしくなる。



僕らは誰なんでしょう。

何故、ダビデさんは、「この民はここで生まれた。」としるされる。と言ったのか?




僕らは知らないことが多い。

でも、自分で知ろうとしても知ることが出来ない。


知ろうとするんじゃなくて、もしかしたら、知りえない事を知ることが大切なのかも知れない。




こんな言葉聴いた事ある?

 

eps1:17  どうか、私たちの主イエス・キリストの神 、すなわち栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、あなたがたに与えてくださいますように。

eps1:18  また、あなたがたの心の目 がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか、

eps1:19  また、神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、あなたがたが知ることができますように。



あなたがたの心の目 がはっきり見えるようになって

って事は僕らはハッキリ心の目が開かれていないってことじゃないかなって思う。


僕らがまずしらなきゃいけない事は

霊の事は霊によってでなきゃ解らんって事。



知恵と掲示の御霊によって僕らは初めて知ることが出来る。





僕らのアイデンティティーも御霊によらなければ解らないのかもしれないね。

目が開かれ御霊によって知らされる事を求めつつ

理解できなくとも先ずこの「この民はここで生まれた。」としるされる。って事を信じて告白してみるのもいいかも。


感情に支配されずに・・・

真実だけを求めてしっかり立っていたいですね。




今日も神様が要された一日。

素敵な事を捜して数えながら、過ごす事が出来ますように。


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【詩篇86篇】o19


psm86:1  主よ。あなたの耳を傾けて 、私に答えてください。私は悩み、そして貧しいのです。

psm86:2  私のたましいを守ってください。私は神を恐れる者です。わが神よ。どうかあなたに信頼するあなたのしもべを救ってください

psm86:3  主よ。私をあわれんでください 。私は一日中あなたに呼ばわっていますから。

psm86:4  あなたのしもべのたましいを喜ばせてください。主よ。私のたましいはあなたを仰いでいますから。

psm86:5  主よ。まことにあなたはいつくしみ深く、赦しに富み、あなたを呼び求めるすべての者に、恵み豊かであられます。

psm86:6  主よ。私の祈りを耳に入れ、私の願いの声を心に留めてください。

psm86:7  私は苦難の日にあなたを呼び求めます。あなたが答えてくださるからです。

psm86:8  主よ。神々のうちで、あなたに並ぶ者はなく、あなたのみわざに比ぶべきものはありません。

psm86:9  主よ。あなたが造られたすべての国々はあなたの御前に来て、伏し拝み、あなたの御名をあがめましょう。

psm86:10  まことに、あなたは大いなる方、奇しいわざを行なわれる方です。あなただけが神です。

psm86:11  主よ。あなたの道を私に教えてください。私はあなたの真理のうちを歩みます。私の心を一つにしてください。御名を恐れるように。

psm86:12  わが神、主よ。私は心を尽くしてあなたに感謝し、とこしえまでも、あなたの御名をあがめましょう。

psm86:13  それは、あなたの恵みが私に対して大きく、あなたが私のたましいを、よみの深みから救い出してくださったからです。

psm86:14  神よ。高ぶる者どもは私に逆らって立ち、横暴な者の群れは私のいのちを求めます。彼らは、あなたを自分の前に置いていません。

psm86:15  しかし主よ。あなたは、あわれみ深く、情け深い神。怒るのにおそく、恵みとまことに富んでおられます。

psm86:16 私に御顔を向け 私をあわれんでください 。あなたのしもべに御力を与え、あなたのはしための子をお救いください。

psm86:17  私に、いつくしみのしるしを行なってください。そうすれば、私を憎む者らは見て、恥を受けるでしょう。まことに主よ。あなたは私を助け、私を慰め てくださいます。


 

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おはようございます。

今日は大阪は雨でござます。

きっと、雨が必要な方々の処に届いてるんでしょうね。

僕らは制限された身体をもってるので、解らない事が多いですが、きっとそうに違いないですよね。

解らない事は多くありますが、背後の愛に信頼して感謝して過ごせますように。



では、早速ダビデさんの詩篇を。

今日僕の心に留まったのはこんな言葉。

私の心を一つにしてください。御名を恐れるように。



この解説はわかり易いかも。

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使徒パウロはキリストと出会ってから、自分の内に矛盾する心があることを知りました。そしてその矛盾に悩みました。

私には、自分のしていることがわかりません。私は自分がしたいと思うことをしているのではなく、自分が憎むことを行なっているからです。・・・私は、私のうち、すなわち、私の肉のうちに善が住んでいないのを知っています。私には善をしたいという願いがいつもあるのに、それを実行することがないからです。・・もし私が自分でしたくないことをしているのであれば、それを行なっているのは、もはや私ではなくて、私のうちに住む罪です。・・私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。」(ローマ人への手紙7章15~24節)

この矛盾を解決し、私たちの人格を統合してくださる方こそ主イエス・キリストです。人格が統合することは神との豊かなかかわりをもつための条件と言えます。その統合は神の御霊によって可能とされます。神に愛されている者であることを知り(知性)、神を喜ぶ者となり(感情)、自ら神を愛していく者となる(意志)ことは、御霊なる神、「神の賜物」としての御霊のみわざです。罪と死の原理から「いのちの御霊の原理」の中に生かしていただける恵みがすでに備えられているのです。それゆえ、「私の心を一つにしてください」という祈りはきわめて大切な祈りと言えます。

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僕らの身体は色んな方向へ引きずられ易いものだ。

だから、この世のままの身体では矛盾を解決できないとパウロは嘆いていた。

自分がしたいことも出来ない身体を持っているって事を。その実情を皆が知る為に。



僕らには、制限される身体を持ち、

身体の思いに引きずられる事が多いのは誰もがかんじることだと思う。



それが正常だ・・・という事を先ず認識する事。



だって、サタンに支配されたこの世では、僕らの意志で全てを行う事が出来るのは稀だ。

それを解決させる為に、ジーザスが来られた。

心を一つにする為に。

僕らが出来ない事を全うする為に。


だから、其処で僕らは失望する事は無い。

全く。



サタンの支配に属している身体を

神様の支配の下に移動する事は可能なのか?




可能だ。




それは、このダビデさんのように

神様の支配がなると信じて、言葉を発する(告白)する事から始まる。



忘れちゃいけない。

神様は何よりもあなたを愛し、あなたが豊かに過ごす事を願ってる事を。


だから、

僕らがそんな神様の思いを信じて言葉を発する時

神様の思いが僕らに起こる。



僕らがそう思い願ってるから・・・じゃなく、

神様が僕らが思う先にそれを願ってられるから・・のような気がするね。





神様は、本気で僕らを愛してくれている。

大丈夫。



僕らは迷わず、ダビデさんの詩篇を自分の思いとして発すればいい。




さあ、今日も神様が用意された素敵な一日。

隠れた素敵を一緒に捜しにでかけましょうね。

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【詩篇85篇】o19  指揮者のために。コラの子たちの賛歌


psm85:1  主よ。あなたは、御国に恵みを施し、ヤコブの捕われ人を、お返しになりました。

psm85:2  あなたは、御民の咎を赦し、彼らのすべての罪を、おおわれました。セラ

psm85:3  あなたは、激しい怒りをことごとく取り去り、燃える御怒りを、押しとどめられました。

psm85:4  われらの救いの神よ。どうか、私たちを生き返らせ、私たちに対する御怒りをやめてください。

psm85:5  あなたは、いつまでも、私たちに対して怒っておられるのですか。代々に至るまで、あなたの御怒りを引き延ばされるのですか。

psm85:6  あなたは、私たちを再び生かされないのですか。あなたの民があなたによって喜ぶために。

psm85:7  主よ。私たちに、あなたの恵みを示し、あなたの救いを私たちに与えてください。

psm85:8 私は、主であられる神の仰せ を聞きたい。主は、御民と聖徒たちとに平和を告げ、彼らを再び愚かさには戻されない。

psm85:9  まことに御救いは主を恐れる者たちに近い。それは、栄光が私たちの国にとどまるためです。

psm85:10  恵みとまこととは、互いに出会い、義と平和 とは、互いに口づけしています。

psm85:11  まことは地から生えいで、義は天から見おろしています。

psm85:12 まことに、主は、良いものを下さる ので、私たちの国は、その産物を生じます。

psm85:13  義は、主の御前に先立って行き、主の足跡を道とします。


 

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おはようございます。

急に暑くなりましたが、朝はやっぱりまだ寒いような感じですね。

体調にはくれぐれも気をつけましょうね。


今日僕の心に留まったのはこんな箇所。

psm85:1  主よ。あなたは、御国に恵みを施し、ヤコブの捕われ人を、お返しになりました。

psm85:2  あなたは、御民の咎を赦し、彼らのすべての罪を、おおわれました。セラ



特に此処

彼らのすべての罪を、おおわれました。




ホンマはあるんやけど・・・

見ない事に・無いものとして覆って下さったってところ。



何故なんでしょうね?


それは、こんな解説が役に立つかも。

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「恵みを施す」訳されたラーツァーרָצָה(ratsah)は、すでに詩44篇でも取り上げています。そこでは「あなたが彼らを愛された」と訳されています。ラーツァーרָצָה(ratsah)は、旧約では52回、詩篇では13回です。

ちなみに、名詞のラーツォンרָצוֹן(ratson)は、旧約で56回、詩篇では13回使われています。例としては、詩5篇12節「主よ。まことに、あなたは・・・大盾で囲むように愛(רָצוֹן)で彼を囲まれます。」などです。30:5,7/51:18/89:17/では「恩寵」(この訳語は新改訳だけ)、favor(NIV訳)と訳されています。他には「みこころ、(御旨)」(40:8/103:21/143:10)、「豊かな恵み」(69:13)、「愛」(106:4)、「願い」(145:16, 19)というように訳されています。

http://meigata-bokushin.secret.jp/index.php?%E6%81%A9%E5%AF%B5%E7%94%A8%E8%AA%9EPs85

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あなたは、御国に恵みを施し・・・



めちゃめちゃ大好きなんだよね。

そういえば、昔若かった頃を思い出す。


夢中になった異性の女の子には、何でも許せたわ~って。

こんな僕のアホな夢中な状況と一緒にしちゃ~ダメだろうけど、神様は僕らの事を本気で愛されてるみたいやね。

だから、僕らの罪を覆われる。



ジーザスは僕らの罪の覆いとなられた。

サタンの囁きをいつも選んでしまう僕らの罰を受けて、僕らに覆いかぶさってくれた。

神様の目には、ジーザスが覆いかぶさってくれた為に、僕らを裁く事が出来ない。

僕らはそんなジーザスの覆いの下で愛を感じながら日々を過ごす事が出来る。



ジーザスは僕らの覆いとなられた。




日々、そんな温もりを感じながら過ごせたら素敵ですね。

心を神様にむければ、今まで見えなかった真実と出会えるはず。


では、今日も

神様が備えられた一日に素敵を捜しに一緒にでかけましょう~。

おはようございます。


火曜日ですね。いつも遅れてすいません。勝手ながらワーシップタイムを送らせて頂きます。



今回の箇所はアモス書。

時代背景
どんなだっただろうか?


紀元前8世紀のイスラエルは、約100年間の繁栄した時代を経て、北は新アッシリア帝国、南はエジプトという二つの大国に挟まれた状態で存在しており、エジプト侵攻を目指す新アッシリア帝国による侵攻の危機に直面していた。

ソロモン王の後の時代、偶像崇拝が行われ国は分裂することになる。



僕らは誰でも罪を犯す。
ぼくらは、知らぬ間にサタンの囁きを選び、心に受け入れることがある。


全ての人は
バイブルのいう罪を犯す者。
良い悪いではなく、そういう性質を僕らは持ってる事を自覚すべきなのかも。
こんな箇所もある。

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1jhn1:8★もし、罪はないと言うなら、私たちは自分を欺いており、真理は私たちのうちにありませ
ん。
1jhn1:9 もし、私たちが自分の罪を言い表わすなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。
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そして、神様は全てを知っておられ、その汚れをぬぐい去ろうとして僕らを常に見つめられてる。それは、本来僕らは神様に似せて創られた存在だから。

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ecc12:14 神は、善であれ悪であれ、すべての隠れたことについて、すべてのわざをさばかれるからだ。
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だから、サタンの囁きを選んで汚れてしまう事を神様は悲しまれている。


ある指導者は、奴隷制度が当然とある時代の中で、このアモス書を読みこの制度は良くない事だと知り、辞める事を決意し運動を始められたそうだ。
多くの反対があっただろうが、僕らはそれが悪だと気付かされる時、この方の様に成し得る力も神様が備えられる筈やよね。


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mat5:13 あなたがたは、地の塩です。もし塩が塩けをなくしたら、何によって塩けをつけるのでしょう。もう何の役にも立たず、外に捨てられて、人々に踏みつけられるだけです。
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塩味のきいてない料理は、結構いただけないものだ。しかし、塩味一つでその料理はよみがえる事もある。

僕ら一人一人は其々、神様によって創られた最高傑作。誰一人おんなじ人は無く、其々に役割やなすべき力が備えられたこの世の中での大切な地の塩だ。


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heb9:27 そして、人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっているように・・・。
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解決は神様の下にある。


宗教に僕らは救われない。
キリスト教では変えられないのだ。


変えられるのは、変えてくださる方との人格的なコミュニケーションから 始まるのかもしれない。

バイブルは神様との出会いの場であり、恵みを受け取る場だ。



僕らはその恵みを受ける事が出来る。

それは
その恵みは僕らの為のモノだからだ。



本来の僕らの塩気を取り戻す事は
そんな方との出会いからなのかもしれない。


良い事をしようとしても僕らは限界を知り失望する事になる。
だけど、本来の僕らを創られた方に頼る時、全ての汚れを取り除かれ、本来の役割を塩気を取り戻せる。
どんなに辛くとも大丈夫。
僕らにはそれを
超えさせられる力も神様が備えられるから。



今週も問題はあるでしょうが、問題にぶち当たった時は、本来の自分を創られた方の事を考える事が出来たら素敵かもしれませんね。



では。


(此処から今回の箇所)
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【アモス1章】o3001
ams1:1 テコアの牧者のひとりであったアモスのことば。これはユダの王ウジヤの時代、イスラエルの王、ヨアシュの子ヤロブアムの時代、地震の二年前に、イスラ
エルについて彼が見たものである。

ams1:2 彼は言った。「主はシオンから叫び、エルサレムから声を出される。羊飼いの牧場はかわき、カルメルの頂は枯れる。」

ams1:3 主はこう仰せられる。「ダマスコの犯した三つのそむきの罪、四つのそむきの罪のために、わたしはその刑罰を取り消さない。彼らが鉄の打穀機でギルアデを踏みにじったからだ

ams1:4 わたしはハザエルの家に火を送ろう。火はベン・ハダデの宮殿を焼き尽くす。

ams1:5 わたしは、ダマスコのかんぬきを折り、アベンの谷から、住民を、ベテ・エデンから、王位についている者を断ち滅ぼす。アラムの民はキルへ捕え移される。」と主は仰せられる。

ams1:6 主はこう仰せられる。「ガザの犯した三つのそむきの罪、四つのそむきの罪のために、わたしはその刑罰を取り消さない。彼らがすべての者を捕囚の民として捕え移し、エドムに引き渡したからだ。


ams1:7 わたしはガザの城壁に火を送ろう。火はその宮殿を焼き尽くす。

ams1:8 わたしはアシュドデから、住民を、アシュケロンから、王位についている者を断ち滅ぼす。わたしはエクロンにわたしの手を向け、ペリシテ人の残った者を滅ぼす。と神である主は仰せられる。

ams1:9 主はこう仰せられる。「ツロの犯した三つのそむきの罪、四つのそむきの罪のために、わたしはその刑罰を取り消さない。彼らがすべての者を捕囚の民として、エドムに引き渡し、兄弟の契りを覚えていなかったからだ。

ams1:10 わたしはツロの城壁に火を送ろう。火はその宮殿を焼き尽くす。」

ams1:11 主はこう仰せられる。「エドムの犯した三つのそむきの罪、四つのそむきの罪のために、わたしはその刑罰を取り消さない。彼が剣で自分の兄弟を追い、肉親の情をそこない、怒り続けていつまでも激しい怒りを保っていたからだ。

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【詩篇84篇】o19
psm84:1★万軍の主。あなたのお住まいはなんと、慕わしいことでしょう。
psm84:2 私のたましいは、主の大庭を恋い慕って絶え入るばかりです。私の心も、身も、生ける神に喜びの歌を歌います。
psm84:3 雀さえも、住みかを見つけました。つばめも、ひなを入れる巣、あなたの祭壇を見つけました。万軍の主。私の王、私の神よ。
psm84:4 なんと幸いなことでしょう。あなたの家に住む人たちは。彼らは、いつも、あなたをほめたたえています。セラ
psm84:5 なんと幸いなことでしょう。その力が、あなたにあり、その心の中にシオンへの大路のある人は。
psm84:6 彼らは涙の谷を過ぎるときも、そこを泉のわく所とします。初めの雨もまたそこを祝福でおおいます。
psm84:7★彼らは、力から力へと進み、シオンにおいて、神の御前に現われます。
psm84:8 万軍の神、主よ。私の祈りを聞いてください。ヤコブの神よ。耳を傾けてください。セラ
psm84:9 神よ。われらの盾をご覧ください。あなたに油そそがれた者の顔に目を注いでください。
psm84:10 まことに、あなたの大庭にいる一日は千日にまさります。私は悪の天幕に住むよりはむしろ神の宮の門口に立ちたいのです。
psm84:11 まことに、神なる主は太陽です。盾です。主は恵みと栄光を授け、正しく歩く者たちに、良いものを拒まれません。
psm84:12 万軍の主よ。なんと幸いなことでしょう。あなたに信頼するその人は。
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おはようございます。
今日はメチャクチャあったかいみたいですね。
素敵な一日、詩篇と共に。
今日、僕の心に留まった言葉はコレ。
私のたましいは、主の大庭を恋い慕って絶え入るばかりです。私の心も、身も、生ける神に喜びの歌を歌います。
雀さえも、住みかを見つけました。つばめも、ひなを入れる巣、あなたの祭壇を見つけました。




どうだろう?
こんな箇所も。
psm100:4 感謝しつつ、主の門に、賛美しつつ、その大庭に、はいれ。主に感謝し、御名をほめたたえよ。


大庭とは。所有者の敷地。
そこに入る為には、門から入る必要がある。

門の外には支配する権限はないが、一旦その大庭に入るとその所有者の権限で全ての事が執り行われる。



どんなお宅にお邪魔したいですか?
お菓子の家?大金持ちのピカピカ綺麗な家?
そこは、自分の心を満足させてあげるものでしょうか?


この詩篇で記されているのは、僕らの心を満たす方の満ちている場所。
今、僕らには自分が心を満たすだろうと思うものを心に描くだろうけど、
本当にそれは僕ら自身の心を満たすだろうか?此処は本当の心を満たすものが満ちている場所。


だからか、こんな対比もしている。
私は悪の天幕に住むよりはむしろ神の宮の門口に立ちたいのです。


サタンは、ジーザスにこんな事も云えた。
それはサタンの支配しているこの世界だから。

mat4:8 今度は悪魔は、イエスを非常に高い山に連れて行き、この世のすべての国々とその栄華を見せて、 mat4:9 言った。「もしひれ伏して私を拝むなら、これを全部あなたに差し上げましょう。」


僕らはこのサタンの支配している世界で生かされている。
不条理な事が満ちているのは、実は当然の事なのかもしれない。
此処を支配しているのはサタンなのだから。


ならば、僕らは何処に行くべきなのか?
本当の僕らの居場所はどこなのか?
雀さえも、住みかを見つけました。つばめも、ひなを入れる巣、あなたの祭壇を見つけました。


雀さえも居場所を備えてくれる素敵な方が居られる場所。
その方は、僕らを真剣に愛していつも傍で僕らを見守ってくれている。


僕らは辛い状況を通っていますか?
もうこんなのって思う思いで押しつぶされそうになっていませんか?
彼らは涙の谷を過ぎるときも、そこを泉のわく所とします。初めの雨もまたそこを祝福でおおいます。


きっと、僕らは大丈夫。
涙の谷もきっと、心の底から喜びが湧き出るところとなるから。



だから、
この詩篇の作者とともに、今日の言葉を自分の言葉として発してみませんか?
その大庭に入れて~!って。叫びませんか?
雀さえも大切に大切にしてくださる神様が僕らを放って置くはずがないんですから。ね。


では、今日も神様が用意された素敵な一日。
隠された素敵を捜して今日も一緒に数えて出かけましょう。