へなちょこ ユテコ の Don't Worry, Be Happy -47ページ目

へなちょこ ユテコ の Don't Worry, Be Happy

僕らは地上では「旅人」
                                          ここでは 感じるまま、気ままに、思ったままを「音楽」と共に・・・。

おはようございます。
たまにはこんな時も、本当はいつもクイックに送りたいのですが、なんせ頭が鈍いもんですいません。頑張ります。


では、今日もまた勝手にワーシップタイムをおおくりしますね。


今日はこんな話から。
・・・
高速道路を走った時、勢いよく走る車が多くある。追い越し車線を避け、えらいスピードだしよんなぁ。と思ったそんな時、覆面パトカーが スっと何処からともなく現れて捕まえられていたのを牧師はみて、さまぁみろ!なんて思ってしまったらしい。
当事者としては、何で俺よりも早く走ってるやつ居るのに、何で俺が!なんて思っている事だろう。
そんな雑談から始まり始まり~。。


今日の箇所は
イスラエルの民が南北に分裂した後で、アモスさんが北王国への神様の裁きを伝えているところだ。

もしかしたら、南王国の人達はあいつ等悪い奴らやー。なんて云ってるのかもしれない。


神様の命令は、僕ら一人一人がより良く豊かに生きる為に大切な助言とも云えるだろう。にも関わらず、神様の気持ちを知ろうとはせずに、その命令に故意に逆らった。


こう記されてる。
・・・・・・・・・・

ams2:11 わたしは、あなたがたの子たちから預言者を起こし、あなたがたの若者から、ナジル人を起こした。イスラエルの子らよ。そうではなかったのか。――主の御告げ。――
ams2:12 それなのに、あなたがたはナジル人に酒を飲ませ、預言者には、命じて、預言するなと言った。
・・・・・・・・・・


確かに酷いね。
豊かに暮らす為の見本として、神様はナジル人を立て特別な存在とされた。にも関わらず、その人達に対して酒のんで酔ってまえ~!って飲ませ、神様から言葉を預かって皆に伝える役割がある預言者に預言したらアカンぞーなんて強いたんだからね~。
しかし、ホンマに知って逆らってるんやね。怖い気もするけど・・・。


僕らも
北王国のイスラエルの民は悪い奴や~!阿呆な奴らや なんて思われますか?


・・・・・・・・・・

prv8:32 子どもらよ。今、わたしに聞き従え。幸いなことよ。わたしの道を守る者は。

prv8:33 訓戒を聞いて知恵を得よ。これを無視してはならない。

prv8:34 幸いなことよ。日々わたしの戸口のかたわらで見張り、わたしの戸口の柱のわきで見守って、わたしの言うことを聞く人は。

prv8:35 なぜなら、わたしを見いだす者は、いのちを見いだし、主から恵みをいただくからだ。
・・・・・・・・・・

今日の箇所はもしかしたら、僕ら自身に語られている事なのかもしれない。
神様の命令とは何か?
なんの為にどんな思いで神様は僕らにはそれを与えられたのか?


北王国の人達は、もーえー。神様の話なんかどーでもええやん。俺たちの考えで十分やってって思ってたに違いない。
バイブルにはこんな箇所も。
・・・・・・・・・・

prv16:18 高ぶりは破滅に先立ち、心の高慢は倒れに先立つ。
・・・・・・・・・・

prv18:12 人の心の高慢は破滅に先立ち、謙遜は栄誉に先立つ。
・・・・・・・・・・


倒れる事に、破滅に役立つ事を始めから分かってたら、僕らはそんな高ぶを抱かないだろう。
でも、サタンは僕らにいつも囁く。
気づかないうちに僕らは高ぶり、高慢になってしまっている。

・・・・・・・・・・

rev3:19 わたしは、愛する者をしかったり、懲らしめたりする。だから、熱心になって、悔い改めなさい。

rev3:20 見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところにはいって、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。
・・・・・・・・・・

高ぶるって事はある意味仕方ない思いなのかもしれない。高慢で大いに失敗する事もある。
そんな時は
主の懲らしめを味おう。

ジーザスは既に僕らの弱さを知ってるし、問題も知っている。そして解決する道と、それを超える力も備え支えてくださる方だから。


僕らは、神様の声に聞き従う事で更に喜びに満ちた豊かな人生を歩む事が出来るのかもしれないもんね。


ジーザスが来られたのはその為。
その為だけの為に来られた。


それは、
あなたを本気で愛してたから。


さて話を元に戻すけど、北王国は滅ぼされる予言がなされている。もーそんなん云っても北王国はアカンのんちゃう?

神様の
北王国に対する願いは何だったのだろう?


滅ぼすからな~!
覚えとけよ。絶対滅ぼしたるからな!
なんて事じゃ無い筈だよね。


僕らも、北王国も
神様の傑作。神様の作品だ。


神様にとって
本当に大切な大切な存在だ。


だから
神様を故意に無視して背いたとしても、
すっぽり包んでくれる大きな愛で僕らを包んでくださる。そりゃ~、愛されてるが故に、懲らしめもあるだろうけどね。


でも、
ジーザスが来られたのはその為だから。
・・・・・・・・・・

mat20:28★人の子が来たのが、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためであるのと同じです。」
・・・・・・・・・・


僕らは高慢だ。
故意に無視して背く事も多々ある。


でも、僕らはありのままを受け入れてくださる神様がおられ僕らをいつも待ってて下さる。
僕らはいつでも帰る事の出来る居場所がある。


今週も色んな事があるでしょう。
高ぶる事もあるだろうけど、この話を思い出して神様のところに立ち返りましょうね。
きっと、大丈夫。


では、
今週も素敵を探しに共に出かけましょうね~。



今日の箇所はこんなところ。
。。。。。。。。。。

ams2:1 主はこう仰せられる。「モアブの犯した三つのそむきの罪、四つのそむきの罪のために、わたしはその刑罰を取り消さない。彼がエドムの王の骨を焼いて灰にしたからだ。

ams2:2 わたしはモアブに火を送ろう。火はケリヨテの宮殿を焼き尽くす。モアブは、どよめきのうちに、角笛の音と、ときの声のうちに死ぬ。

ams2:3 わたしはさばきつかさをそのうちから断ち滅ぼし、そのすべての首長たちを、彼とともに切り殺す。」と主は仰せられる。

ams2:4 主はこう仰せられる。「ユダの犯した三つのそむきの罪、四つのそむきの罪のために、わたしはその刑罰を取り消さない。彼らが主のおしえを捨て、そのおきてを守らず、彼らの先祖たちが従ったまやかしものが彼らを惑わしたからだ。

ams2:5 わたしはユダに火を送ろう。火はエルサレムの宮殿を焼き尽くす。」

ams2:6 主はこう仰せられる。「イスラエルの犯した三つのそむきの罪、四つのそむきの罪のために、わたしはその刑罰を取り消さない。彼らが金のために正しい者を売り、一足のくつのために貧しい者を売ったからだ。

ams2:7 彼らは弱い者の頭を地のちりに踏みつけ、貧しい者の道を曲げ、父と子が同じ女のところに通って、わたしの聖なる吊を汚している。

ams2:8 彼らは、すべての祭壇のそばで、質に取った着物の上に横たわり、罰金で取り立てたぶどう酒を彼らの神の宮で飲んでいる。

ams2:9 エモリ人を彼らの前から滅ぼしたのは、このわたしだ。彼らの背たけは杉の木のように高く、樫の木のように強かった。しかし、わたしはその上の実と下の根とを滅ぼした。

ams2:10 あなたがたをエジプトの地から連れ上り、荒野の中で四十年間あなたがたを導き、エモリ人の地を所有させたのは、このわたしだ。

ams2:11 わたしは、あなたがたの子たちから預言者を起こし、あなたがたの若者から、ナジル人を起こした。イスラエルの子らよ。そうではなかったのか。――主の御告げ。――

ams2:12 それなのに、あなたがたはナジル人に酒を飲ませ、預言者には、命じて、預言するなと言った。

ams2:13 見よ。束を満載した車が押えつけるように、わたしはあなたがたを押えつける。

ams2:14 足の速い者も逃げ場を失い、強い者も力をふるうことができず、勇士もいのちを救うことができない。

ams2:15 弓を取る者も立っていることができず、足の速い者ものがれることができず、馬に乗る者もいのちを救うことができない。

ams2:16 勇士の中の強い者も、その日には裸で逃げる。――主の御告げ。――
。。。。。。。。。。

。。。。。。。。。。

 

【詩篇90篇】o19  神の人モーセの祈り


psm90:1  主よ。あなたは代々にわたって私たちの住まい です。

psm90:2  山々が生まれる前から 、あなたが地と世界とを生み出す前から、まことに、とこしえからとこしえまで あなたは神です。

psm90:3  あなたは人をちり に帰らせて言われます。「人の子らよ、帰れ。」

psm90:4  まことに、あなたの目には、千年も、きのうのように過ぎ去り、夜回りのひととき のようです。

psm90:5  あなたが人を押し流すと、彼らは、眠りにおちます。朝、彼らは移ろう草 のようです。

psm90:6  朝は、花を咲かせているが、また移ろい、夕べには、しおれて枯れます。

psm90:7  まことに、私たちはあなたの御怒りによって消えうせ、あなたの激しい憤り におじ惑います。

psm90:8  あなたは私たちの不義を御前に、私たちの秘めごと御顔の光の中 に置かれます。

psm90:9  まことに、私たちのすべての日はあなたの激しい怒りの中に沈み行き、私たちは自分の齢をひと息 のように終わらせます。

psm90:10  私たちの は七十年。健やかであっても八十年。しかも、その誇りとする ところは労苦とわざわい です。それは早く過ぎ去り、私たちも飛び去るのです。

psm90:11  だれが御怒りの力 を知っているでしょう。だれがあなたの激しい怒りを知っているでしょう。その恐れにふさわしく。

psm90:12 それゆえ、私たちに自分の日 を正しく数えることを教えてください。そうして私たちに知恵の心 を得させてください。

psm90:13  帰って来てください。主よ。いつまでこのようなのですか。あなたのしもべらを、あわれんでください

psm90:14  どうか、朝には、あなたの恵みで私たちを満ち足らせ、私たちのすべての日に、喜び歌い、楽しむようにしてください。

psm90:15  あなたが私たちを悩まされた日々と、私たちがわざわいに会った年々に応じて 、私たちを楽しませてください。

psm90:16  あなたのみわざをあなたのしもべらに、あなたの威光を彼らの子らに見せてください。

psm90:17  私たちの神、主のご慈愛が私たちの上にありますように。そして、私たちの手のわざ 確かなもの にしてください。どうか、私たちの手のわざを確かなものにしてください

。。。。。。。。。。



おはごございます。

今日は休みという事もあり、少し朝ぼーっとしてしまいました。

スイマセン。


では、早速。。。ん・・・今日の詩篇はモーセだって。

僕の心に留まったのはこんな箇所。

psm90:17  私たちの神、主のご慈愛が私たちの上にありますように。そして、私たちの手のわざ 確かなもの にしてください。どうか、私たちの手のわざを確かなものにしてください




何度も確かなものを求めている。

あの・・・モーセさんが。。


なんでやろ?

あのモーセさんも将来への不安があったんだろうか?

モーセさんの経験と賢い頭で選ぶモノにも不安があるということなんでしょうね。


僕のような凡人からすれば、

不思議ですが・・。




でも、そうなんだ。

全てを創られ治められる神様からすれば

どんな賢い立派だ!と云われる方でも神様に比べると蟻んこよりも小さい頭で考えるようなものだもんね。


そして、

自分が選んだ道にも関わらず、何故?なんて問題が起こるとき人は恐れる。

ホンマに僕らは制限された中でしか選択できない。

恐れに支配された時、一つ一つの選択が「清水の舞台から飛び降りる」くらいの事にも思えてくる。


あのモーセさんも人としての知恵の限界を感じられていた。



そんな経験ありますか?






だから

こんな言葉も。

psm90:13  帰って来てください。主よ。いつまでこのようなのですか。あなたのしもべらを、あわれんでください



この言葉は、この解説が役に立つと思う。

・・・・・・・・


新共同訳で「力づけて」と訳されたことばは、新改訳では「あわれんで」と訳されています。詩86篇でもすでに「あわれむ」という動詞を取り上げましたが、そこではハーナンחָנַן(chanan)でしたが、詩90篇ではナーハムנָחַם(nacham)が使われています。

ナーハムנָחַם(nacham)は、旧約で108回、詩篇では12回使われています。詩23篇4節には「あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです(נָחַם)。」(新改訳)とあります。
岩波訳では「励ます」、関根訳では「勇気を与える」とも訳されています。したがって詩90篇でのナーハムがנָחַם(nacham)は、「慰めてください」、「励ましてください」、「勇気を与えて力づけてください」とも訳すことができます。

この動詞が使われているところには、ある苦しい状況の中に置かれているということが考えられます。「慰めよ、慰めよ」(イザヤ40章1節)と、神が預言者イザヤに語らせたことばは、神とのかかわりをリセットして新しくすべくバビロンに捕え移された者たちに向かって語られた回復のメッセージの冒頭でした。「慰める」という言葉はセンチメンタルな言葉ではありません。苦しみの中にあってもそこを避けることなく、まっすぐに貫かせ、歩ませる力づけと励ましを意味する、いわば父性的訓練と関連する恩寵用語です。詩23篇4節の「あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰め」と告白しているのがその証拠です。

新約でナーハムנָחַםに対応するギリシャ語はパラカレオー(παρακαλεω)です。やはり苦難の中にある神の慰めを意味しています。ヘブル書の著者は12章5~7節に「あなたがたに向かって子どもに対するように語られたこの勧め(παρακαλεω)を忘れています。『わが子よ。主の懲らしめを軽んじてはならない。主に責められて弱り果ててはならない。主はその愛する者を懲らしめ、受け入れるすべての子にむちを加えられるからである。』・・神があなたがたを子として扱っておられるのです」とあります。自分が子として扱われているという恩寵に気づく時、主の懲らしめは励ましとなり、慰めとなり、苦しみの中を貫かせる力となります。これがナーハムנָחַםであり、パラカレオー(παρακαλεω)です。

・・・・・・・・



神様は苦しんでおられる方の味方。

っていうか・・・サタンに騙されおとしめられている人を励ましたいと願っている。



僕らは苦難の中だからこそ、

僕らの本当の立場を理解できるだろうから、

神様との関係を理解するのもこの機会が必要なのかも知れない。



僕らは弱い時でなければ

自分の弱さを理解できないし、

僕らの傍に居て

一つ一つの選択を確かなものとされる神様を知りえない。



モーセさんと一緒に

僕らの事を本気で心配して支えようとされる神様を求めてみませんか?





今日もきっと素敵な一日。

どんなに苦しい時でも、神様は傍に居て、僕らを支えてくれている。

心の目でそっと隣を見つめてみては如何でしょう。。


素敵な出会いがありますよう祈ってますね。

。。。。。。。。。。

 

【詩篇89篇】o19  エズラフ人エタンのマスキール


psm89:1  私は、主の恵みを、とこしえに歌います。あなたの真実を代々限りなく私の口で知らせます。

psm89:2  私はこう言います。「御恵みは、とこしえに建てられ、あなたは、その真実を天に堅く立てられる。」と。

psm89:3  「わたしは、わたしの選んだ者と契約を結び、わたしのしもべダビデに誓っている。 

psm89:4  わたしは、おまえのすえを、とこしえに堅く立て、おまえの王座を代々限りなく建てる。」セラ

psm89:5  主よ。天は、あなたの奇しいわざをほめたたえます。また、聖徒たちの 集まりで、あなたの真実をも。

psm89:6  まことに、雲の上ではだれが主と並びえましょう。力ある者の子らの中でだれが主に似ているでしょう。

psm89:7  主は、聖徒たちの つどいで大いに恐れられている神。主の回りのすべての者にまさって恐れられている方です。

psm89:8  万軍の神、主。だれが、あなたのように力がありましょう。主よ。あなたの真実はあなたを取り囲んでいます。

psm89:9  あなたは海の高まりを治めておられます。その波がさかまくとき、あなたはそれを静められます。

psm89:10  あなたご自身が、ラハブを殺された者のように打ち砕き、あなたの敵を力ある御腕によって散らされました。

psm89:11  天はあなたのもの、地もあなたのもの。世界とそれを満たすものは、あなたがその基を据えられました。

psm89:12  北と南、これらをあなたが造られました。タボルとヘルモンはあなたの御名を高らかに歌います。

psm89:13  あなたは力ある腕を持っておられます。あなたの御手は強く、あなたの右の手は高く上げられています。

psm89:14  義と公正は、あなたの王座の基。恵みとまことは、御前に先立ちます。

psm89:15  幸いなことよ、喜びの叫びを知る民は。主よ。彼らは、あなたの御顔の光の中 を歩みます。

psm89:16  彼らは、あなたの御名をいつも喜び、あなたの義によって、高く上げられます。

psm89:17  あなたが彼らの力の光栄であり、あなたのご恩寵によって、私たちの角が高く上げられているからです。

psm89:18  私たちの は主のもの、私たちの王はイスラエルの聖なる方 のものだからです。

psm89:19  あなたは、かつて、幻のうちに、あなたの敬虔な者たちに告げて、仰せられました。「わたしは、ひとりの勇士に助けを与え、民の中から選ばれた者を高く上げた。

psm89:20  わたしは、わたしのしもべダビデを見いだし、わたしの聖なる油を彼にそそいだ。

psm89:21  わたしの手は彼とともに堅く立てられ、わたしの腕もまた彼を強くしよう。

psm89:22  敵が彼に害を与えることはなく、上正な者 も彼を悩ますことはない。

psm89:23  わたしは彼の前で彼の仇を打ち砕き、彼を憎む者を打ち倒そう。

psm89:24  わたしの真実とわたしの恵みとは彼とともにあり、わたしの名によって 、彼の角は高く上げられる。

psm89:25  わたしは彼の手を海の上に、彼の右の手を川の上に置こう。

psm89:26  彼は、わたしを呼ぼう。『あなたはわが父、わが神、わが救いの岩。』と。

psm89:27  わたしもまた、彼をわたしの長子とし、地の王たちのうちの最も高い者としよう。

psm89:28  わたしの恵みを彼のために永遠に保とう。わたしの契約は彼に対して真実である。

psm89:29  わたしは彼の子孫をいつまでも、彼の王座を天の日数のように、続かせよう。

psm89:30  もし、その子孫がわたしのおしえを捨て、わたしの定めのうちを歩かないならば、

psm89:31  また、もし彼らがわたしのおきてを破り、わたしの命令を守らないならば、

psm89:32  わたしは杖をもって、彼らのそむきの罪 を、むちをもって、彼らの咎を罰しよう。

psm89:33  しかし、わたしは恵みを彼からもぎ取らず、わたしの真実を偽らない。

psm89:34  わたしは、わたしの契約を破らない。くちびるから出たことを、わたしは変えない。

psm89:35  わたしは、かつて、わが聖によって誓った。わたしは決してダビデに偽りを言わない。

psm89:36  彼の子孫はとこしえまでも続き、彼の王座は、太陽のようにわたしの前にある。

psm89:37  それは月のようにとこしえに、堅く立てられる。雲の中の証人は真実である。」セラ

psm89:38  しかし、あなたは拒んでお捨てになりました。あなたによって油そそがれた者 に向かって、あなたは激しく怒っておられます。

psm89:39  あなたは、あなたのしもべの契約を廃棄し、彼の冠を地に捨てて汚しておられます。

psm89:40  あなたは彼の城壁をことごとく打ちこわし、その要塞を廃墟とされました。

psm89:41  道を通り過ぎる者はみな、彼から奪い取り、彼は隣人のそしり となっています。

psm89:42  あなたは彼の仇の右の手を高く上げ、彼の敵をみな喜ばせておられます。

psm89:43  そればかりか、あなたは彼の剣の刃を折り曲げ、彼が戦いに立てないようにされています。

psm89:44  あなたは、彼の輝きを消し、彼の王座を地に投げ倒してしまわれました。

psm89:45  あなたは、彼の若い日を短くし、恥で彼をおおわれました。セラ

psm89:46  主よ。いつまででしょうか。あなたはいつまでも身をお隠しになるのでしょうか。いつまで、あなたの憤りは火のように燃えるのでしょう。

psm89:47  どうか、心に留めていてください。私がどれだけ長く生きるかを。あなたはすべての人の子らをいかにむなしいもの として創造されたかを。

psm89:48  いったい、生きていて死を見ない者はだれでしょう。だれがおのれ自身を、よみの力から救い出せましょう。セラ

psm89:49  主よ。あなたのさきの恵みはどこにあるのでしょうか。それはあなたが真実をもってダビデに誓われたものです。

psm89:50  主よ。心に留めてください。あなたのしもべたちの受けるそしりを。私が多くの国々の民のすべてをこの胸にこらえていることを。

psm89:51  主よ。あなたの敵どもは、そのようにそしり、そのように、あなたに油そそがれた者 の足跡をそしりました。

psm89:52  ほむべきかな。主。とこしえまでも。アーメン。アーメン。

。。。。。。。。。。



おはようございます。

今日僕の心に留まった言葉はコレ。

psm89:2  私はこう言います。「御恵みは、とこしえに建てられ、あなたは、その真実を天に堅く立てられる。」と。




こんな解説が凄く理解を助けるかも。

・・・・・・・・・・・・

「堅く立てられる」と訳されたクーンכּוּן(kun)は、旧約で216回、詩篇では54回使われています。神の主権によって確立すること、必ず実現に至らせることを、そのすべてのための必要が備えられていることを意味します。

クーンכּוּןの方は、都、シオン、世界、御座にも使われますが、それ以上に人とかかわることに用いられています。たとえば、「主は、私を滅びの穴から、泥沼から引き上げてくださった。そして、私を巌の上に置き、私の歩みを確かにされた。」(40:2)、「あなたのみことばによって、私の歩みを確かにし」(119:133)などです。

旧約のクーンכּוּןに対応する新約のギリシャ語は「ステーリゾウστηριζω」で、主にある者を堅く立たせる、心を強くして励ます意味で使われています。

まず主イエスご自身がヘルモン山での変貌の後、決然と、断固とした決意をもってエルサレムに向かっていきます。その時の「御顔をまっすぐに向けられた(στηριζω)」(ルカ9:51)というところに使われています。

またふるいにかけられるペテロに対して、主は「わたしはあなたの信仰がなくならないように。あなたのために祈りました。だから立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい(στηριζω)。」(ルカ22:32)というように使われています。

・・・・・・・・・・・・


どんな時も、

堅く立たせ、心を強くして励ましてくださる。



神様はそんな方。




大丈夫。

今がどんな状況でも。




僕らは堅く立たせて下さる方によって、必ず立ち上がることになるから。

今がどうであってもね。


ダビデさんが詩篇でうたってる神様はそんな方。




今週も大いに期待して過ごせますように。

では。



訳詩抜粋サイト:http://d.hatena.ne.jp/gracemoon/20100421/p1

過去のことに時間を費やさないで、それは違うよ
未来に目を向ける時が来たんだ
君が希求すれば、未来はすべてまっとうな姿となるだろう
今というこの時に、もうちょっと努力(try)すれば
君は今までよりもずっと素晴らしくなれるんだ

・・・・・・・・・・


この曲ずっと聴いてた。
弱さを知りながらも、そこから一歩踏み出したから見えた光景なんだと思わされた。



僕らは一人一人、本当に素晴らしい存在。
それに気付かないよう閉じ込める働きがある。

僕らは殆ど、その働きに忠実に従っている。
それを嫌っているにも関らず・・

真実に目を向ける時
僕らは一歩歩みだす事が出来るような気がする。

jhn8:32 そして、あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。




僕らは一体なんなんでしょう?
バイブルにはこう記されている。

isa43:4 わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。



どんな生い立ちであっても
神様自身が僕らを創られた事を知ることは
真理の始まりなのかもしれない。

psm139:13 それはあなたが私の内臓を造り、母の胎のうちで私を組み立てられたからです。





僕は双子。
一卵性双生児で比較されて過ごしてきた。
僕っていう存在はなくてもいい
全てについて兄貴に劣っていて
・・・存在しないほうがいい。。そう思って過ごしてきた。

これはキツかったね~。
ホンマ。



でも、僕らは間違えられるほど似ていても
周りの人と比べて、劣っているところが多かろうとも
僕らはそれぞれ全く違う存在だ。



それぞれが本当に素晴らしい存在。



僕らは
マイケルも云ってる「素晴らしい」自分自身に出会える。
諦める必要なんてひとつもない。





真理を求めて
素敵な出会いがありますように。

。。。。。。。。。。

 

【詩篇88篇】o19  歌。コラの子たちの賛歌。指揮者のため。

マハラテ・レアノテの調べに合わせて。エズラフ人ヘマンのマスキール


psm88:1  主、私の救いの神。私は昼は、叫び、夜は、あなたの御前にいます。

psm88:2  私の祈りがあなたの御前に届きますように。どうか、あなたの耳を私の叫びに傾けてください。

psm88:3  私のたましいは、悩みに満ち、私のいのちは、よみに触れていますから。

psm88:4  私は穴に下る者とともに数えられ、力のない者のようになっています。

psm88:5  死人の中でも見放され、墓の中に横たわる殺された者のようになっています。あなたは彼らをもはや覚えてはおられません。彼らはあなたの御手から断ち切られています。

psm88:6  あなたは私を最も深い穴に置いておられます。そこは暗い所、深い淵です。

psm88:7  あなたの激しい憤り が私の上にとどまり、あなたのすべての波であなたは私を悩ましておられます。セラ

psm88:8  あなたは私の親友を私から遠ざけ、私を彼らの忌みきらう者とされました。私は閉じ込められて、出て行くことができません。

psm88:9  私の目は悩みによって衰えています。主よ。私は日ごとにあなたを呼び求めています。あなたに向かって私の両手を差し伸ばしています。

psm88:10  あなたは死人のために奇しいわざを行なわれるでしょうか。亡霊が起き上がって、あなたをほめたたえるでしょうか。セラ

psm88:11  あなたの恵みが墓の中で宣べられましょうか、あなたの真実が滅びの中で。

psm88:12  あなたの奇しいわざが、やみの中で知られるでしょうか、あなたの義が忘却の地で。

psm88:13  しかし、主よ。この私は、あなたに叫んでいます。朝明けに、私の祈りはあなたのところに届きます。

psm88:14  主よ。なぜ、私のたましいを拒み、私に御顔を隠され るのですか。

psm88:15  私は若いころから悩み、そして死にひんしています。私はあなたの恐ろしさに耐えてきて、心が乱れています。

psm88:16  あなたの燃える怒りが私の上を越え 、あなたからの恐怖が私を滅ぼし尽くしました。

psm88:17  これらが日夜、大水のように私を囲み、私を全く取り巻いてしまいました。

psm88:18  あなたは私から愛する者や友を遠ざけてしまわれました。私の知人たちは暗い所にいます。


 

。。。。。。。。。。


おはようございます。

昨日は、出る用事があったのに。子供を寝かしつける間に僕のほうが獏睡・・・。


・・・残念。

仕事の準備もせな~アカンかったのに。。とボヤいても仕方が無いので、忘れる事にしようとしてます。

ははは・。どうにもならん事はどーしようもないもんね。



では、今日もダビデさんの詩篇から。

僕の心に留まったのはこんな箇所。

psm88:14  主よ。なぜ、私のたましいを拒み、私に御顔を隠され るのですか。




こんな経験あるでしょ・・・。

この時は本当に辛いですもんね。孤独で孤独で・・・誰からも拒まれ続け

何にも期待が持てない時間を過ごさなければならない。


耐えられね~!!


って投げ出したいような状態ですよね。





一つ思い出して欲しい事がある。

それは、僕ら人とは3つによって構成されているって事。

・ ・ ・ ・ ・

一つは肉体。そして、魂。それから霊だ。

アダムとエバが神様の約束の言葉より、

サタンの言葉を信じたときに失った「霊」をバイブルでは永遠の命と呼んでいる。



しかし、神様の言葉を無視して、サタンを選んだ「ズレ」の代償を

ジーザスが十字架の死をもって、全ての人の「ズレ」を完済された事を信じる時

その永遠の命が再び与えられる。


それは、本来人が人である姿だ。





僕らは誰もその霊を失っていたが

いつでも、その霊を取り戻す事が出来る。

それは神様からの恵み。無償の愛だから。


手を差し出すだけで与えられる。僕らはそんな特別な存在。

・ ・ ・ ・ ・


肉体は時と環境に制限されている。

だから、その制限された範囲でしか感じることが出来ないし、理解する事が出来ない。

それは、そこに宿っている魂にもいえる事。


例えば、

雨が続いてて楽しみにしていた蛍を見に行く事を諦めた経験があったとしよう。

過去を振り返って、もう1時間経てば止んだのに、出発してれば良かったな~と思えたりする。

でも、

もうどう考えてもニュースを見ても雨止まないからもう諦めるしかなかった・・・。。



制限された肉体・それに宿る魂で計算する時

僕らは残念な結果を安易に受け入れてしまう事が多々ある。




でも、霊は

いつでも、神様と繋がっているから、僕らは制限されない事を体験していく。


主よ。なぜ、私のたましいを拒み、私に御顔を隠され るのですか。




私のたましいを拒みって、思ってしまうのは

制限された肉体・その魂で全ての判断をせまるサタンのおかげなのかもしれない。



ちょっとこの箇所と説明を読んでみて欲しい。

神様の愛を感じることに役立つと思うから。

私の祈りがあなたの御前に届きますように。どうか、あなたの耳を私の叫びに傾けてください。

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(耳を)傾けてください」という祈りの「傾ける」ということばはナーターנָטָה(natah)で、神にも(恩寵用語)、人にも(礼拝用語)にも用いられます。旧約では215回、詩篇では29回使われています。礼拝用語として使われる場合には、神のことばに耳(心)を傾けるということであり、
恩寵用語として用いられる場合には、神が人の祈りや叫びに耳を傾けられるということになります。ちなみに、「耳を傾ける」の類義語としては、アーザンאָזַן('azan)とシャーマー
שָׁמַע(shama`)とがあります。

恩寵用語としてのナーターנָטָה(natah)は、軽い意味での「少々、お耳を拝借!!」というような意味ではありません。「天を押し曲げて降りてきてください。」(144:5) の「押し曲げる」とか、「伸ばす」(102:11)、「広げる」(104:2)、「差し伸ばされる(腕)」(136:12)と訳されるように、心だけでく、身を乗り出すようにして耳を傾けるくださる、親身になってかかわってくださるイメージをもった語彙、それがナーターנָטָה(natah)です。

http://meigata-bokushin.secret.jp/index.php?%E6%81%A9%E5%AF%B5%E7%94%A8%E8%AA%9EPs88

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神様は僕らの事を特別に愛している。

サタンは出来るだけ僕らが制限された領域の中で、その事に気付かないように仕向けるのに必死だ。


僕らは何を信じる?

制限された領域の中で、それを事実と諦めてサタンに従ってしまうのか?

それとも

霊によって繋がって、感情や今見える情報を超えて、神様の用意された真実を受け取ろうとするのか?




神様は今日もその真実を与えようと僕らに耳を傾けてくださってる。

僕らは叫ぶ事が出来る。


ぜんぜん前が見えません!暗闇の孤独の中ですが、どうか助けてください!!

あなたは僕らを愛して助けられる方でしょ。信じます。

助けてください。 サタンの仕業の中から救ってくださ~い!




今日も素敵な出会いに気付きますように。

隠された素敵を数えて、今日も一緒に出かけましょうね。