へなちょこ ユテコ の Don't Worry, Be Happy -46ページ目

へなちょこ ユテコ の Don't Worry, Be Happy

僕らは地上では「旅人」
                                          ここでは 感じるまま、気ままに、思ったままを「音楽」と共に・・・。

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【詩篇94篇】o19


psm94:1  復讐の神、主よ。復讐の神よ。光を放ってください。

psm94:2  地をさばく方よ。立ち上がってください。高ぶる者に報復してください。

psm94:3  主よ。悪者どもはいつまで、いつまで、悪者どもは、勝ち誇るのでしょう。

psm94:4  彼らは放言し、横柄に語り、不法を行なう者はみな自慢 します。

psm94:5  主よ。彼らはあなたの民を打ち砕き、あなたのものである民を悩まします。

psm94:6  彼らは、やもめや在留異国人を 殺し、みなしごたちを打ち殺します。

psm94:7  こうして彼らは言っています。「主は見ることはない。ヤコブの神は気づかない。」

psm94:8  気づけ。民のうちのまぬけ者ども。愚か者ども。おまえらは、いつになったら、わかるのか。

psm94:9  耳を植えつけられた方が、お聞きにならないだろうか。目を造られた方が、ご覧にならないだろうか。

psm94:10  国々を戒める方が、お責めにならないだろうか。人に知識を教えるその方が。

psm94:11  主は、人の思い計ることいかに むなしいか を、知っておられる。

psm94:12  主よ。なんと幸いなことでしょう。あなたに、戒められ、あなたのみおしえを教えられる、その人は。

psm94:13  わざわいの日に、あなたがその人に平安を賜わるからです。その間に、悪者のためには穴が掘られます。

psm94:14  まことに、主は、ご自分の民を見放さず、ご自分のものである民を、お見捨てになりません。

psm94:15  さばきは再び義に戻り、心の直ぐな人はみな、これに従うでしょう。

psm94:16  だれが、私のために、悪を行なう者に向かって立ち上がるのでしょうか。だれが、私のために、上法を行なう者に向かって堅く立つのでしょうか。

psm94:17 もしも主が私の助け でなかったなら、私のたましいはただちに沈黙のうちに 住んだことでしょう。

psm94:18  もしも私が、「私の足はよろけています。」と言ったとすれば、主よ、あなたの恵みが私をささえてくださいますように。

psm94:19  私のうちで、思い煩いが増すときに、あなたの慰め が、私のたましいを喜ばしてくださいますように。

psm94:20  おきてにしたがって悪をたくらむ破滅の法廷が、あなたを仲間に加えるでしょうか。

psm94:21  彼らは、正しい者のいのちを求めて共に集まり、罪に定めて、罪を犯さない人の血を流します。

psm94:22  しかし主は、わがとりでとなり、わが神は、わが避け所の岩となられました。

psm94:23  主は彼らの不義をその身に返し、彼らの悪のゆえに、彼らを滅ぼされます 。われらの神、主が、彼らを滅ぼされます。


 

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13節「わざわいの日に、あなたがその人に平安を賜わるからです。」(新改訳)
18節「『足がよろめく』」とわたしが言ったとき、主よ。あなたの慈しみが支えてくれました。」 (新共同訳)

Keyword;
①「平安を賜う」שָׁקַט  give rest, grant relief 76:8/83:1/94:13
②「支える」סָעד sustain, grant support18:25/20:2/41:3/94:18/104:15/119:17

  • 詩93篇からはじまる「王の詩篇」、その最初の93篇ではその王の風格と、その支配(統治)の確実性、堅固性、永遠性、真実性がたたえられています。それは天的現実においてはそうです。しかし、地的現実においては必ずしもそうは見えないという信仰のゆらぎをいつの時代の信仰者も経験するに違いありません。続く詩94篇1節では、そうした地的現実の中で、「復讐の神、主よ、光を放ってください。」と祈っています。「光を放つ」とは、王としての統治が正義をもって執行されるようにという意味です。天的現実と地的現実の狭間のなかで、作者の信仰は練られて行きます。つまり、神の恩寵をその中で発見していることがこの詩篇の魅力です。
  • そのひとつは、13節にある「わざわいの日に、あなたがその人に平安を賜わる」という恩寵です。「平安を賜わる」と訳されたシャーカトשָׁקַט(shaqat)は、旧約で13回、詩篇では3回(76:8, 83:1, 94:13)とわずかです。「落ち着きを与える、平穏を与える、沈黙を与える、やすらぎを与える」といった意味です。イザヤ書の有名なみことば30章15節にある「立ち返って静かにすれば、あなたがたは救われ、落ち着いて、信頼すれば、あなたがたは力を得る」の「落ち着いて」というところに使われている言葉と同じです。しかし多くの神の民たちは危機的状況を前にして、「落ち着く」ことができずに、人間的画策へと走って行ったのでした。
  • もうひとつは、18節にある「『足がよろめく』」とわたしが言ったとき、主よ。あなたの慈しみが支えてくれました。」 (新共同訳) という恩寵です。「支えてくれた」と訳されたサーアド
    סָעַד(sa`ad)は、旧約で12回、詩篇では6回です。「支えた」(関根訳)、「支える」(岩波訳)、「支えて下さった」(典礼訳)、新改訳だけが「ささえてくださいますように」と嘆願形です。これは前置詞のイムאִםをどのように訳すかによるようです。
  • 作者は17節で「もしも主が私の助けでなかったなら、私のたましいはただちに沈黙のうちに住んだことでしょう。」と述べていますから、おらく作者は奈落の底に落ちるような経験をしたのかもしれません。「沈黙のうち」とは、「陰府(よみ)」のことです。作者は、奈落の底に落ちる私を神の永遠の御腕をもって支えてくださったことを思い起こしています。私たちの人生で奈落の底に落ちるような経験は滅多にあるわけではありません。不条理な苦しみの中で信仰が揺らぐことなく貫き通すには、神の支えが必要なのです。
今日は5月7日OPENのCafeヘブンリーに。
予想以上の珈琲専門店。珈琲の種類だけでも10種類以上。一杯一杯こだわって湯を注いでくれる珈琲と空間に染み入る音響、時間を忘れてしまう落ち着く雰囲気も含めてまさにHEAVENLY。珈琲好きの方は絶対一度は訪れて欲しいお勧めの店です。
紅茶もあり、ブラックの珈琲と手作りケーキの組み合わせは最高でした。
贅沢に通常よりも大目の豆で作ってくれます。
やはり・・・違うわけです。こだわりの味だわ~。

へなちょこ ユテコ の Don't Worry, Be Happy

5月5日には見学外が開かれます。
こだわりの店内では、こだわりの音響設備。 そりゃ~落ち着くわけだね。
へなちょこ ユテコ の Don't Worry, Be Happy

店内から外を眺めてると
多くの方々が振り返ってくださっていた。
へなちょこ ユテコ の Don't Worry, Be Happy

是非、是非、お越しくださいね。

本気で、珈琲好きの方は是非お越しくださいね。

場所はコチラ : 八尾市刑部1-36

http://maps.loco.yahoo.co.jp/maps?ei=UTF-8&type=scroll&mode=map&lon=135.62100338&lat=34.61697305&p=%E5%A4%A7%E9%98%AA%E5%BA%9C%E5%85%AB%E5%B0%BE%E5%B8%82%E5%88%91%E9%83%A81%E4%B8%81%E7%9B%AE36&z=16

オーナーのブログはコチラ

http://ameblo.jp/jesusno1/entry-11239370384.html

へなちょこ ユテコ の Don't Worry, Be Happy

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【詩篇93篇】o19


psm93:1  主は、王であられ、みいつをまとっておられます。主はまとっておられます。力を身に帯びておられます。まことに、世界は堅く建てられ、揺らぐこと はありません。

psm93:2  あなたの御座は、いにしえから堅く立ち、あなたは、とこしえからおられます。

psm93:3  主よ。川は、声をあげました。川は、叫び声をあげました。川は、とどろく声をあげています。

psm93:4  大水のとどろきにまさり、海の力強い波にもまさって、いと高き所にいます主は、力強くあられます。

psm93:5  あなたのあかしは、まことに確かです。聖なることがあなたの家にはふさわしいのです。主よ、いつまでも。


 

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おはようございます。

ゴールデンウィーク・・・お休みで無い方も居られるでしょうがひと時

ダビデさんの詩篇で力づけられてでかけましょう。


では、今日僕の心に留まった言葉を。

psm93:4  大水のとどろきにまさり、海の力強い波にもまさって、いと高き所にいます主は、力強くあられます。





強いんです。

神様は。


どんだけ・・?

海の力強い波にもまさって。




昔北海道に出張があった時、有給休暇をもらって北海道を回った事がある。

日の出岬?から稚内を通って、サンセットビーチまで。

その時、日の出岬で日の出を見て、海の岩に降りた。

そこは、波によって形作られた変わった海岸だった。

暫くウロウロしていたものの、いつの間にか波が高くなって

太平洋の深緑に見えるその海に呑まれてまうような怖さを感じたのを憶えている。



自然の力強さ、感じたことありますよね。

なんか人の力なんかひとたまりも無い・・・。

太刀打ちできない怖ろしさが其処にはあるんです。



神様の力は大水のとどろき、

そして海の力強い波にもまさっている。




でもね、

強いだけの王様は怖いだけ。

主は、王であられ、みいつをまとっておられます。主はまとっておられます。力を身に帯びておられます。まことに、世界は堅く建てられ、揺らぐこと はありません。



神様はただ強いだけの王様だったのだろうか?

またまたこの説明が役に立つ。

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http://meigata-bokushinoshosai.info/index.php?%E6%81%A9%E5%AF%B5%E7%94%A8%E8%AA%9EPs93


新改訳、新共同訳では「王」「王であられ」とは、一見、名詞のようにみえますが、実は動詞が使われています。NIV訳ではreigns つまり、主が王として支配する、統治する、君臨するという意味です。

旧約では動詞のマーラフמָלַך(malakh) は347回、詩篇ではわずかに6回です。しかし、すべて神に対して用いられています。ちなみに、名詞形の「王」メレフמֶלֶך(melekh)は旧約全体で2,523回、詩篇で神が王(King)として用いられいるのは22回です。「王国kingdom」マルフートמַלְכוּת(malkhut)は旧約で91回、詩篇は6回(45:6/103:19/145:11, 12, 13, 13)です。

ところで、神が王として支配されることがなぜ恩寵なのかといえば、それは他の国々のように専制君主的な王ではなく、ご自身の民に対して、いつくしみと公正と正義をもって治められるからです。詩93篇では王の風格について語られていますが、「王国」(kingdom)という語彙が最も多く登場している詩145篇では、「私の神、王よ。わたしはあなたをあがめます」(1節)と個人的に告白され、この王国の統治の特徴がいかなるものであるかをよく言い表しています。たとえば、

8節「主は情け深く、あわれみ深く、怒るのにおそく、恵みに富んでおられます。
主はすべてのものにいつくしみ深く、そのあわれみは造られた者の上にあります。」
14節「主は倒れる者をみなささえ、かがんでいる者をみな起こされます。」
15節「すべての者は、あなたを待ち望んでいます。あなたは時にかなって、彼らに食物を与えられます。」
16節では「あなたは御手を開き、すべての生けるものの願いを満たされます。」
18節「主を呼び求める者すべて、まことをもって主を呼び求める者すべてに主は近くあられる。」
20節「すべて主を愛する者は主が守られる。」

王の統治は「すべてのものに」、「みな」、「すべて」に及ぶことが印象的です。しかもその王国は、永遠にわたる王国、輝かしい栄光の王国として、その統治が代々限りなく続きます。キリストこそ私たちの永遠の王の王です。この方の統治は私たちにとってこの上なく喜びとなるのです。


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僕の親父は絶対君主だった。

何も理解できなくても、言うことには絶対に従わないと家族全員が罰を受ける事になる。

本当はいい思いだったのかもしれないが、僕にとっては酷い王様だった。




ダビデさんの王様はそんな方ではない。

神様は

情け深く、哀れみ深く、怒るのにおそく、恵みに富んでおられる。



この世界を創られた神様は、素敵な王様。




サタンに支配されたこの世界でも、その王様の大庭に入る事が出来る。

制限された肉体をもっていても。

ダビデさんのように賛美をするなら。

神様の実際を日ごと言い表していくなら。



今日も神様が創られた一日。

隠された素敵を今日も一緒に捜しに出かけましょうね。

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【詩篇92篇】o19  賛歌。安息日のための歌


psm92:1  主に感謝するのは、良いことです。いと高き方よ。あなたの御名にほめ歌を歌うことは。

psm92:2  朝に、あなたの恵みを、夜ごとに、あなたの真実を言い表わすことは。

psm92:3  十弦の琴や六弦の琴、それに立琴によるたえなる調べに合わせて。

psm92:4  主よ。あなたは、あなたのなさったことで、私を喜ばせてくださいましたから、私は、あなたの御手のわざを、喜び歌います。

psm92:5  主よ。あなたのみわざはなんと大きいことでしょう。あなたの御計らいは、いとも深いのです。

psm92:6  まぬけ者は知らず、愚か者にはこれがわかりません。

psm92:7  悪者どもが青草のようにもえいでようと、不法を行なう者どもがみな栄えようと、それは彼らが永遠に滅ぼされるためです。

psm92:8  しかし主よ。あなたはとこしえに、いと高き所におられます。

psm92:9  おお、主よ。今、あなたの敵が、今、あなたの敵が滅びます。不法を行なう者どもがみな、散らされるのです。

psm92:10  しかし、あなたは私の角を野牛の角のように高く上げ、私に新しい油をそそがれました。

psm92:11  私の目は私を待ち伏せている者どもを見下し、私の耳は私に立ち向かう悪人どもの悲鳴を聞きます。

psm92:12  正しい者は、なつめやしの木のように栄え、レバノンの杉のように育ちます。

psm92:13  彼らは、主の家に植えられ、私たちの神の大庭で栄えます。

psm92:14  彼らは年老いてもなお、実を実らせ、みずみずしく、おい茂っていましょう。

psm92:15  こうして彼らは、主の正しいことを告げましょう。主は、わが岩。主には不正がありません。

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おはようございます。

大阪の空は雨です。

GW。明日も雨かな?

さて、今日もダビデさんの詩篇を。

喬木の心に留まった言葉はコレ。

psm92:13  彼らは、主の家に植えられ、私たちの神の大庭で栄えます。





何故?感謝するのでしょう?

何故?賛美をするのでしょう?

何故?十弦の琴や六弦の琴、それに立琴によるたえなる調べに合わせて。



神様は、そんなに自分がした事を、感謝してほしいいのですか?

神様は、そんなに自分を褒めて欲しいのですか?

それも、音楽を奏でながら・・・。


誰もがその疑問を初めは持つけど、その疑問はいつの間にか心の奥底へ押し込まれていくようにも思われる。





是非、継続して求め続けてみませんか。

自分が直接神様から受けるまで。



僕は、ここに真実がわかり易く記されているようにも思う。

psm100:4  感謝しつつ、主の門に、賛美しつつ、その大庭に、はいれ。主に感謝し、御名をほめたたえよ。



門。大庭。

これは詩篇にもよく記された場所。



門とは?

大庭とは?何の意味があるのか?



どうしたら、特別視されているこの場所にたどり着けるのか?

eps1:17  どうか、私たちの主イエス・キリストの神 、すなわち栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、あなたがたに与えてくださいますように。

eps1:18  また、あなたがたの心の目 がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか、

eps1:19  また、神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、あなたがたが知ることができますように。



是非、求めてみましょう。

バイブルは学ぶ為の書物ではなく、対話する為のツールなのですから。

神様は直接話すことができないから、色んな人を通して御霊によって記されているんだから。



神様の霊によって記されたものが、

人間の頭で理解しようとすること自体高慢だよね。

サタンは、神様に頼らないで小さな制限された頭だけで理解させようとしている。

僕らは、知らない間にサタンに従っているのかも知れない。



僕らは、何を選択するのか?

日頃から、僕らはサタンの罠が満載の世界に生かされている。



知恵は神様から直接受けませんか?

学ばないで、聴かないと・・・ね。




神様は僕らを栄えさせたい。

psm92:13  彼らは、主の家に植えられ、私たちの神の大庭で栄えます。



サタンの支配の及ばない、神様の暖かい大庭で。

僕らはそこに入る事が出来る。いとも簡単に。

神様の声を聴いて、感謝し、賛美をすれはばね。

賛美とは、「あなたの真実を言い表わすこと


神様の真実を言いあらわすこと。

ダビデさんの詩篇には賛美がいっぱい。



今日も色んな問題があるでしょう。

雨が降り、やまない辛い時期が続くとも思えるときかもしれないですね。


でも、賛美をする事で、本当の真実が見えてくるのかもしれない。




今日も素敵な一日。

隠された素敵を捜しに今日も一緒に出かけましょう。

今日はデータが壊れてしまったので

聖句だけでごめんなさい。


因みに僕の心に留まった言葉はこれ。

 

psm91:4  主は、ご自分の羽で、あなたをおおわれる。あなたは、その翼の下に身を避ける。主の真実は、大盾 であり、とりでである。



神様はいつも一方的な方。

僕らを愛して住みかを用意される方。



僕らは気づく事の出来る時

その温もりを温かさを、そして力強さを体感する事になる。



今日も僕らはその愛を体感する事が出来る。

あなたはどうしますか?



今日も素敵な一日。

大丈夫。

僕らはきっと隠された素敵を見つけ出せるはず。一緒にでかけましょうね。


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【詩篇91篇】o19

psm91:1 いと高き方隠れ場 に住む者は、全能者 に宿る。

psm91:2  私は主に申し上げよう。「わが避け所 、わがとりで、私の信頼するわが神。《と。

psm91:3  主は狩人のわなから、恐ろしい疫病から、あなたを救い出されるからである。

psm91:4  主は、ご自分の羽で、あなたをおおわれる。あなたは、その翼の下に身を避ける。主の真実は、大盾 であり、とりでである。

psm91:5  あなたは夜の恐怖も恐れず、昼に飛び来る矢も恐れない。

psm91:6  また、暗やみに歩き回る疫病も、真昼に荒らす滅びをも。

psm91:7  千人が、あなたのかたわらに、万人が、あなたの右手に倒れても、それはあなたには、近づかない。

psm91:8  あなたはただ、それを目にし、悪者への報いを見るだけである。

psm91:9  それはあなたが私の避け所 である主を、いと高き方を、あなたの住まい としたからである。

psm91:10  わざわいは、あなたにふりかからず、えやみも、あなたの天幕に近づかない。

psm91:11  まことに主は、あなたのために、御使いたちに命じて、すべての道で、あなたを守るようにされる。

psm91:12  彼らは、その手で、あなたをささえ、あなたの足が石に打ち当たることのないようにする。

psm91:13  あなたは、獅子とコブラとを踏みつけ、若獅子と蛇とを踏みにじろう。

psm91:14  彼がわたしを愛しているから、わたしは彼を助け出そう。彼がわたしの吊を知っているから、わたしは彼を高く上げよう。

psm91:15  彼が、わたしを呼び求めれば、わたしは、彼に答えよう。わたしは苦しみのとき に彼とともにいて、彼を救い彼に誉れを与えよう。

psm91:16  わたしは、彼を長いいのちで満ち足らせ、わたしの救いを彼に見せよう。


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