へなちょこ ユテコ の Don't Worry, Be Happy -38ページ目

へなちょこ ユテコ の Don't Worry, Be Happy

僕らは地上では「旅人」
                                          ここでは 感じるまま、気ままに、思ったままを「音楽」と共に・・・。

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【詩篇119篇】o19j(ヨーデ)


psm119:73  あなたの御手が私を造り、私を形造りました。どうか私に、悟りを与えてください。私があなたの仰せを学ぶようにしてください。

psm119:74  あなたを恐れる人々は、私を見て喜ぶ でしょう。私が、あなたのことばを待ち望んでいるからです。

psm119:75  主よ。私は、あなたのさばきの正しいことと、あなたが真実をもって私を悩まされたこととを知っています。

psm119:76  どうか、あなたのしもべへのみことばのとおりに、あなたの恵みが私の慰め となりますように。

psm119:77  私にあなたのあわれみを臨ませ、私を生かしてください。あなたのみおしえが私の喜びだからです。

psm119:78  どうか高ぶる者どもが、恥を見ますように。彼らは偽りごとをもって私を曲げたからです。しかし私は、あなたの戒めに思いを潜めます。

psm119:79  あなたを恐れる人々と、あなたのさとしを知る者たちが、私のところに帰りますように。

psm119:80  どうか、私の心が、あなたのおきてのうちに全きものとなりますように。それは、私が恥を見ることのないためです。


 

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おはようございます。

問題は次から次へと起こるもんですね。でも、解決も神様は用意されてる事が問題の背後で体感できるのは、問題があるからかも・・・なんて思える今日この頃です。


では早速共に詩篇を。

僕の心に留まった言葉はコレ。

psm119:75  主よ。私は、あなたのさばきの正しいことと、あなたが真実をもって私を悩まされたこととを知っています。

psm119:76  どうか、あなたのしもべへのみことばのとおりに、あなたの恵みが私の慰め となりますように。






神様の事を

あなたが真実をもって私を悩まされる方と語ってる。

それはその問題を通してあなたの恵みが私の慰め と何度も体感したからなんだよね。きっと。




僕らもこの体験をすることは出来るんだよね。

苦しみ・悩みは真実の目を開かせてくれる為でもあるって事が解ってくる。

ただ、今訳解らないのはサタンの支配の中で真実を隠されてるだけだから。

そして

ここに記されてるように、誰もが

『 あなたの教えがわたしの喜び 』 という体験も今は出来なくても出来るようになる。



だって・・・。

僕らは神様によって、神様に似せて堅くたつことが出来るように創られたんだもんね。

大丈夫。

今の自分がどれほど・・其処から遠い存在のように思えても。


大丈夫。

本当のあなたは、後々不思議なくらい素敵な存在に気付くから。




だから

僕らが目を向ける方向だけ気をつけよう。

詩篇の作者と共に、神様に目をむけ騙されないように共に言葉を発していきましょうね。



言葉を発することは

神様が用意された言葉に信頼をするっていう意思表示。

そこを選んだことは神様を信頼したっていう意味だもんね。

神様は誰よりも喜んで、その信頼を支えて更に真実へと目を開かせて下さる。




ジーザスもこう語ってる。

静かに耳を傾けてみよう。

 

jhn8:31  そこでイエスは、その信じたユダヤ人たちに言われた。「もしあなたがたが、わたしのことばにとどまるなら、あなたがたはほんとうにわたしの弟子です。

jhn8:32  そして、あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。」



苦しみ・悩みは神様が作り出しているのではない。

この世を支配しているサタンが作り出しているものだけど、この事を通しても僕らに益となるように支えてくれている。僕らが真理を知って、本当の自由を体験して欲しいと願ってくれてる。



見えにくいけど

少しづつでいいから苦しみ・悩みの向こう側に神様が用意されてるものをみていけたらイイネ。

少しづつで大丈夫。


神様はその真理を見る目を通して僕らをさらに自由にする。

自由を体験すると、苦しみ・悩みが神様への喜びにもなってくるだろうから。




今日の苦しみ・悩みの向こう側をみていこう。

一緒に・・ね。

だって、今日も神様が備えられた素敵な一日だから。

苦しみ・悩みの向こう側にある素敵を捜しに一緒に出かけましょうね~。



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73節「あなたの御手が私を造り、私を形造りました。」(新改訳)
73節「あなたのみ手がわたしを作り、わたしを固くした。」(関根訳)

Keyword;「堅くする、堅く立てる」 set up, make firm, establish, 119:5, 73, 90, 133/

  • 73節にある「あなたの御手が私を作り、私を形造りました。」ということば、前者の「あなたの御手が私を作り」とは、私を創造されたという意味です。しかし、後者の「私を形造る」というのはどういうことなのか、この訳ではイメージがつかめません。しかし原語を調べるてみると、ここで使われている動詞はクーン(kun)で、「堅く立てる」「堅く据える」という意味です。このことばが礼拝用語、つまり、人から神に向けられた意味になりと、「ゆるぎません」「定まりました」という意味になります。
  • 詩119篇73篇は恩寵用語として使われています。詩篇119篇では、他に3回使われています。「どうか、私の道を堅くしてください。あなたのおきてを守るように。」(5)。「あなたの真実は代々に至ります。あなたが地を据えたので、地は堅く立っています。」(90)「あなたのみことばによって、私の歩みを確かにし、どんな罪にも私を支配させないでください。」(133)
  • このように、クームのイメージは、私を神の御前にしっかりと立たせる、堅く立たせる、確固とした、不動の者としてくださるというイメージです。これはまさに神が私の創造者であるゆえに可能なことであり、人だけでなく、神が選んだ都であるシオンに対しても、同様に、神はとこしえに打ち立てられるのです。
  • 信仰によって堅く立つことの大切は、新約時代の私たちにも語られています。使徒パウロはこう述べています。
    「あなたがたを堅く立たせる事のできる方」(ローマ16:26)。
    「神に感謝すべきです。神は、私たちの主イエス・キリストによって、私たちに勝利を与えてくださいました。ですから、愛する兄弟たち、堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざにはげみなさい。あなたがたは、自分たちの労苦が、主にあってむだでないことを知っているのですから。」(Ⅰコリント15:57~58)
  • 使徒ペテロも同じくこう述べています。
    「あらゆる恵みに満ちた神。すなわち、あなたがたをキリストにあって、その永遠の栄光の中に招き入れてくださった神ご自身が、あなたがたをしばらくの苦しみのあとで、完全にし、堅く立たせ、強くし、不動の者としてくださいます。(Ⅰペテロ5:10)。
  • 使徒ユダも手紙の最後に次のように述べています。
    「あながたをつまずかないように守ることができ、傷のない者として、大きな喜びをもって、栄光の御前に立たせることのできる方に、栄光、尊厳、支配、権威が、永遠の先にも、今も、また世々限りなくありますように。アーメン」(24, 25)

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【詩篇119篇】o19i(テテ)


psm119:65  主よ。あなたは、みことばのとおりに、あなたのしもべに良くしてくださいました。

psm119:66  よい分別と知識を私に教えてください。私はあなたの仰せを信じていますから。

psm119:67  苦しみに会う 前には、私はあやまちを犯しました。しかし今は、あなたのことばを守ります。

psm119:68  あなたはいつくしみ深くあられ、いつくしみを施されます。どうか、あなたのおきてを私に教えてください。

psm119:69  高ぶる者どもは、私を偽りで塗り固めましたが、私は心を尽くして、あなたの戒めを守ります。

psm119:70  彼らの心は脂肪のように鈊感です。しかし、私は、あなたのみおしえを喜んでいます。

psm119:71 苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました。

psm119:72  あなたの御口のおしえは、私にとって幾千の金銀にまさるもの です。


 

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おはようございます。

連日職場での色んな戦いで疲れてしまっている。

正直しんどいけれども、この問題の背後にも神様は働かれる筈と信じて今日も踏ん張りやす。



では、今日も早速詩篇を共に。

今日の僕の心に留まったのは、コレ。

psm119:71 苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました。





ん・・・?

苦しみが幸せ???アホか!

なんて普通思うよね。



でも、神様を信じた人と出会うのが

「苦しみ」・問題に出会って良かった~って話。

不思議だよね。



実は僕もだわ。




でも

神様が苦しみを与えてるの?なんて疑問もあるよね。

ソレは全くの誤り。


問題、苦しみは今の世界の支配者がサタンだから起こされるモノ。

神様はそれを益と変えようとされる為に、留める手を引き、近くで見守られる。




まるで、合気道のようにソレを利用し

僕らの目を覚まして、いつくしみ深い神様との出会いを与えてくれる。

psm119:68  あなたはいつくしみ深くあられ、いつくしみを施されます。どうか、あなたのおきてを私に教えてください。



サタンがどれだけ僕らを支配をして苦しめようとしても

全く問題ない。

それ以上に、神様のいつくしみ深さが僕らをとりまいて包んでいるんだから。




様々な出来事・思いの背後に神様が働いてる姿を見る練習をする事は益になる。

苦しみの背後にさえも。


自分の弱さ・貧しさに出会うときも・・・そう。




大丈夫。

本気で愛してくれる方によって、僕らは包まれているから。





今日も素敵な一日を神様が備えられた。

隠された素敵を捜しに今日も一緒にでかけましょうね。


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68節「あなたはいつくしみ深くあられ(טוֹב)、いつくしみを施されます(יָטַב)。」(新改訳)

Keyword;「善を行なう、幸いな暮らしをする、しあわせにする、喜ぶ、よくしてやる」
33:3/36:3/49:18/51:18/69:31/119:68/125:4  go well, do well, make prosper,

  • 「いつしみを施す」と訳されたヤータヴיָטַב(yatav)は、旧約で115回、詩篇では7回使われています。新改訳では36:3, 51:18, 119:68, 125:4は神の恩寵用語として「いつくしみを施す」と訳され、69:31は「主を喜ばす」という礼拝用語として使われています。33:3は「巧みに(skillfully)」弦をかき鳴らすという礼拝用語として訳されています。
  • このヤータヴの本来の意味は、神が良い方であり、私たちに良いことしかなさらない方であるということです。この土台に立って、その神の善に与る者も、神に対して良いもの、最善のものをささげて神とかかわるという意味があります。33:3の「巧みに」というのもその現われです。創世記4章に登場するカインはそうしたかかわりをもって神にささげものをしなかったゆえに、主から「あなたが正しく行なったのであれば、受け入れる」と暗に叱責されていますが、その「正しく行なう」ということばがヤータヴです。つまり、弟のアベルとは違って兄のカインは、神に最良のものをささげなかったことが指摘されているのです。本来ならば、神はいつも良いことをしてくださるので、私たちに対しても良いささげものがなされることを期待しておられるのです。
  • 神が「いつくしみを施し」てくださることで、幸いな暮らしをすることができます。神は神の民である者に対して、生存と防衛の保障を与えることをだれよりもよしとする方だからです。私たちとかかわる者も私たちに「よくしてくれる」ことがあります。しかしそれはしばしば利害関係が絡んでいるかもしれません。純粋に良いことをしてくださるのは神のみです。また、私たちが「良い」と思うことも、短絡的に考えていることがあるかもしれません。一見、不幸な出来事に遭遇したり、貧乏くじを引いたような境遇に置かれたりするような決して良いとはいえないように思えるときがあります。しかし、神の「いつくしみ」は、私たちの思いを超えて、すべてのことを相働かせて益としてくださるのです。
  • ヤコブは、かつて騙した兄エソウが400人を引き連れて迎えに来られることを知って不安にかられて、「わたしは必ずあなたをしあわせにする(יָטַב)」と言われた主の約束を握って、必死で祈っています(創世記32:9, 12)。ヤコブの不安は取り越し苦労だったのですが・・。
  • ヤータヴיָטַב(yatav)は、申命記とエレミヤ記の特愛用語です。申命記は約束の国に入ろうとしている第二世代の者たちに向かってモーセが語った訣別説教です。そこには、神の民が「しあわせになる」ために、神の命じるすべての道を歩むように何度も繰り返して語っています。神は私たちがしあわせになることをだれよりも望んでおられる天の父です。すべての良いものは、天の父から来るのです。この方を自分の父として持つ者は幸いです。

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【詩篇119篇】o19h(ヘテ)

psm119:57 主は私の受ける分です。私は、あなたのことばを守ると申しました。
psm119:58 私は心を尽くして、あなたに請い求めます。どうか、みことばのとおりに、私をあわれんでください。
psm119:59 私は、自分の道を顧みて、あなたのさとしのほうへ私の足を向けました。
psm119:60 私は急いで、ためらわずに、あなたの仰せを守りました。
psm119:61 悪者の綱が私に巻き付きましたが、私は、あなたのみおしえを忘れませんでした。
psm119:62 真夜中に、私は起きて、あなたの正しいさばきについて感謝します。
psm119:63 私は、あなたを恐れるすべての者と、あなたの戒めを守る者とのともがらです。
psm119:64 主よ。地はあなたの恵みに満ちています。あなたのおきてを私に教えてください。
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おはようございます。
一度起きたモノの、再度寝てしまう始末。
少しづつ疲労がたまってきてるわ。月曜過ぎただけなのに。。


では、今日も共に詩篇を。
今日、僕の心に留まったのはコレ。
psm119:59 私は、自分の道を顧みて、あなたのさとしのほうへ私の足を向けました。



自分の道を顧みて、あなたのさとしのほうへ私の足を向ける。。どう?
新しい道を歩く時、どうしても正しいかどうか確認しながら歩く。
それは、間違いがあったら、目的地に着かないから。
目的地に無駄なく早くつく為には、何度も確認が必要になるのかも。



今はナビがあるから・・OKだね。
ナビの無い時代では、地図がとっても大切だった。



人生もそうかも。
時を・空間を越えてナビゲートしてくれる方が居られる。



困ったら、でいいから。
迷ったら、でいいから。
そんなナビゲートしてくれる神様に足を向ける事ってイイかもしれない。



すべて、疲れた人、 重荷を負っている人は、 わたしのところに来なさい。 わたしがあなた がたを休ませてあげます。



重荷を負っていつまでも歩まなくていいよ。って。
疲れたままで居ないで、休んでね。って。



僕らをナビゲートされる方は、本当に愛そのものだから。
大丈夫。
ゆったりしてみませんか?



では、
隠された素敵を捜しに今日も一緒に出かけましょう。

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【詩篇119篇】o19g(ザイン)


psm119:49  どうか、あなたのしもべへのみことばを思い出してください。あなたは私がそれを待ち望むようになさいました。

psm119:50  これこそ悩みのときの私の慰め 。まことに、みことばは私を生かします。

psm119:51  高ぶる者どもは、ひどく私をあざけりました。しかし私は、あなたのみおしえからそれませんでした。

psm119:52  主よ。私は、あなたのとこしえからの定めを思い出し、慰めを得ました。

psm119:53  あなたのみおしえを捨てる悪者どものために、激しい怒りが私を捕えます。

psm119:54  あなたのおきては、私の旅の家では、私の歌となりました。

psm119:55  主よ。私は、夜には、あなたの御名を思い出し、また、あなたのみおしえを守っています。

psm119:56  これこそ、私のものです。私があなたの戒めを守っているからです。


 

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おはようございます。

昨日は僕の友人が和歌山まで出かけて蛍狩りを。。

凄かったらしい。

僕は再来週を狙ってるが、子供達に喜んで欲しいとも思う。



では早速、今日も共に詩篇を。

僕の心に留まったのはこんな言葉。

高ぶる者どもは、ひどく私をあざけりました。しかし私は、あなたのみおしえからそれませんでした。






高ぶる者どもは、とは誰のことだろうか?

あなたのみおしえから離したいと願ってる人たちなんでしょうね。



みおしえとは、神様からの言葉。

サタンはその神様の言葉を見下げて、アダムとイブを巧みな言葉で背かせた。

高ぶる者とは、サタンであり

サタンの言葉を信じている人たちの事。



僕らはサタンの教えにズレてしまう肉体に制限されている存在だ。

みおしえは、僕らがズレる存在だと理解した上でそれないで居続ける事が出来る領域なのかもね。



詩篇の作者はこう語った。

psm119:50  これこそ悩みのときの私の慰め 。まことに、みことばは私を生かします。



バイブルに記された言葉は、必要に応じて語りかけてくださる言葉。

静かに心の耳を傾けて聴いてみよう。

時をも空間をも越えられた神様は僕らに必要な言葉を心に届けてくれる。


大丈夫。





この作者と同様に僕らはいつも見つめられ

誰よりも傍で支えようとされてるに違いないから。



もしかして・・・・。

そう考える思いで、僕らはこの詩篇を自分の言葉として発し始める事が出来る。


もしかして・・・

高ぶる者どもは、侮って僕らをバカにするだろうけど

サタンは僕らに真実な助けが傍にあると理解させたくないからなんだと知ってくださいね。



大丈夫。

今日も神様が備えられた素敵な一日。

隠された素敵を捜しに今日も一緒に出かけましょうね。



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  • このブロックでは「まことに、みことばは私を生かします」(50節)に注目したいと思います。詩119篇では、「生かしてください」という嘆願の表現が16回見られますが、「生かします」חָיָהという告白はこの箇所のみです。新共同訳では「いのちを得させてください」と訳されています。refresh me,  revive me.
  • 「みことばは私を生かす」とはどういうことでしょうか。その答えのひとつがこの告白の前にあります。それは「悩みのときの慰め」となったということです。「慰め」とは、センチメンタルな意味ではなく、苦しみにあっても、それを避けるのではなく、むしろその中を貫かせていく力や励ましを意味します。詩119篇では、「みことばが私を生かす」その内実として、「私の慰め」の他に、「私の喜び」「私の歌」「私の救い」「私の光」「私の宝」「私の相談相手」「私の望み」・・・と表現されています。
  • ここでの「みことば」はイムラーאִמְרָה('imrah)が使われており、「約束」を意味します。神の約束が私を生かしてくれると告白しているのです。神の約束は真実であり、必ずその約束は実現するからです。
  • 「生かす」、「いのちを得る」、refresh, revive、renewのイメージは、弱ったシクラメンの花に水をやった姿にたとえることができます。まさに生き返ったように茎がしっかりと立ち直ります。そんな生かされる歩みが約束されていることを主に感謝したいと思います。

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こんばんわー。
今日も勝手にワーシップタイムをおおくりしますね。



年をとると物忘れがひどくなる。。と云う話題から。牧師先生は人の名前を覚えるのが得意だったのに、よく忘れてしまうになってきた。

子供とトランプ神経衰弱をしても、ハートのエースはこっちでした~って、負かされてばかり。。やって。これは、能力の低下が原因かな?って。



今日の箇所はココ。
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jer31:31 見よ。その日が来る。――主の御告げ。――その日、わたしは、イスラエルの家とユダの家とに、新しい契約を結ぶ。

jer31:32 その契約は、わたしが彼らの先祖の手を握って、エジプトの国から連れ出した日に、彼らと結んだ契約のようではない。わたしは彼らの主であったのに、彼らはわたしの契約を破ってしまった。――主の御告げ。――

jer31:33 彼らの時代の後に、わたしがイスラエルの家と結ぶ契約はこうだ。――主の御告げ。――わたしはわたしの律法を彼らの中に置き、彼らの心にこれを書きしるす。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。

jer31:34 そのようにして、人々はもはや、『主を知れ。』と言って、おのおの互いに教えない。それは、彼らがみな、身分の低い者から高い者まで、わたしを知るからだ。――主の御告げ。――わたしは彼らの咎を赦し、彼らの罪を二度と思い出さないからだ。」
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今日の箇所では
神様は「思い出さない!!」と語られた。



僕らの様に決して思い出せないのではなく、新しい約束として「思い出さない」事にしたよ。って語られた。


決して能力の低下じゃなく、、だね。




それも、
「――主の御告げ。――」を連発してまで。
この「――主の御告げ。――」って、大切な言葉やから忘れずに聞いてね~って事を意味してる。



今日の箇所では、いつも反逆を繰り返すイスラエルの民に対して語られている。

イスラエルの民は、別に特別に優れた民って訳じゃ無い。ただ、神様が一方的に愛して契約を結ばれた民。



何度も何度も
何度も、神様の約束を破ってやりたい放題のイスラエルの民をみてて、もーアカンぞ。。こんなんしたら、えー事ないぞ!って戒め続けた神様は、新しく約束をする事にした。


それは、
もー約束破って勝手気ままに歩んだ全ての事、「思い出さんよーにする!」って事。約束破ってやりたい放題してなかったことのよーに、頭の中から無くすからねって事やね。







イスラエルの民って、こいつ等アカンなーなんて思いませんでした?


時を超えて語られる神様は、
イスラエルの民を今、誰の事として語られてると思われます?



当然、そのままイスラエル人を指していると同時に、それは僕ら自身を指している。
そー。僕らは全くこのイスラエルの民となんらかわり無い。

ソレほどまでに身勝手でやりたい放題してまう存在であり、そして
忘れちゃならん事は、僕らも同じく神様に選ばれて愛されている存在だと云う事。



「思い出さんよーにする!」ってのは
僕らに結ばれた新しい約束でもある。




ジーザスは
僕らの罪を思い出さずにむちを打たれ、誰の罪も言葉に発する事なく、十字架にかかられ死なれた。
ジーザスは僕らの罪を言っちゃえば、それで死ぬ必要はなくなるにも関わらず。。思い出さないように心に決めて、黙って僕らの罪をたった1人で背負われた。



思い出さないと約束さられてるのに、僕らだけが、何故かソレを引きずり出してその罪に留まってるだけなのかもしれない。


・・・だって、
俺あの時ヤってたし。。
俺の罪絶対許されてるわけ無い筈や。
だって・・・。
だってー。





神様は約束を守られる方。
新しく約束をされたのは「思い出さない」って事。



僕らはその罪を思い出すでしょう。
でも、大丈夫。

ジーザスがどんな思いで歩まれたかを思い起こしてみれば、間違いなく信じて間違いない。



神様は本気で僕らを良いもので満たしたいと考えている。
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psm103:2★わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。

psm103:3 主は、あなたのすべての咎を赦し、あなたのすべての病をいやし、

psm103:4 あなたのいのちを穴から贖い、あなたに、恵みとあわれみとの冠をかぶらせ、

psm103:5 あなたの一生を良いもので満たされる。あなたの若さは、わしのように、新しくなる。
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また新しい週が始まる。

良いもので満たそうとされる方と共に歩める。思い出さないと決められた神様は日々新たに僕らを強くして下さる。


今週も期待して共に歩んでまいりましょう。

では。