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【詩篇37篇】o19
ダビデによる
psm37:1
悪を行なう者に対して腹を立てるな。不正を行なう者
に対してねたみを起こすな。
psm37:2
彼らは草のようにたちまちしおれ、青草のように枯れるのだ。
psm37:3
★
主に信頼して善を行なえ。地に住み、誠実
を養え。
psm37:4
主をおのれの喜びとせよ。主はあなたの心の願いをかなえてくださる。
psm37:5
あなたの道を主にゆだねよ
。主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる。
psm37:6
主は、あなたの義を光のように、あなたのさばきを真昼のように輝かされる。
psm37:7
主の前に静まり、耐え忍んで主を待て。おのれの道の栄える者に対して、悪意を遂げようとする人に対して、腹を立てるな。
psm37:8
怒ることをやめ、憤りを捨てよ。腹を立てるな。それはただ悪への道だ。
psm37:9
悪を行なう者は断ち切られる。しかし主を待ち望む者
、彼らは地を受け継ごう。
psm37:10
ただしばらくの間だけで、悪者はいなくなる。あなたが彼の居所を調べても、彼はそこにはいないだろう。
psm37:11
しかし、貧しい人は地を受け継ごう。また、豊かな繁栄をおのれの喜びとしよう。
psm37:12
悪者は正しい者に敵対して事を図り、歯ぎしりして彼に向かう。
psm37:13
主は彼を笑われる。彼の日が迫っているのをご覧になるから。
psm37:14
悪者どもは剣を抜き、弓を張った。悩む者、貧しい者を打ち倒し、行ないの正しい者を切り殺すために。
psm37:15
彼らの剣はおのれの心臓を貫き、彼らの弓は折られよう。
psm37:16
ひとりの正しい者の持つわずかなものは、多くの悪者の豊かさにまさる。
psm37:17
なぜなら、悪者の腕は折られるが、主は正しい者をささえ
られるからだ。
psm37:18
主は全き人
の日々を知っておられ、彼らのゆずりは永遠に残る。
psm37:19
彼らはわざわいのときにも恥を見ず、ききんのときにも満ち足りよう。
psm37:20
しかし悪者は滅びる。主の敵は牧場の青草のようだ。彼らは消えうせる。煙となって消えうせる。
psm37:21
悪者は、借りるが返さない。正しい者は、情け深くて人に施す。
psm37:22
主に祝福された者は地を受け継ごう。しかし主にのろわれた者は断ち切られる。
psm37:23
人の歩みは主によって
確かにされる。主はその人の道を喜ばれる。
psm37:24
その人は倒れてもまっさかさまに倒されはしない。主がその手をささえておられるからだ。
psm37:25
私が若かったときも、また年老いた今も、正しい者が見捨てられたり、その子孫が食べ物を請うのを見たことがない。
psm37:26
その人はいつも情け深く人に貸す。その子孫は祝福を得る。
psm37:27
悪を離れて善を行ない、いつまでも住みつくようにせよ。
psm37:28
まことに、主は公義を愛し
、ご自身の聖徒を見捨てられない。彼らは永遠に保たれるが、悪者どもの子孫は断ち切られる。
psm37:29
正しい者は地を受け継ごう。そして、そこにいつまでも住みつこう。
psm37:30
正しい者の口は知恵を語り、その舌は公義を告げる。
psm37:31
心に神のみおしえがあり、彼の歩みはよろけない。
psm37:32
悪者は正しい者を待ち伏せ、彼を殺そうとする。
psm37:33
主は、彼をその者の手の中に捨ておかず、彼がさばかれるとき、彼を罪に定められない。
psm37:34
主を待ち望め。その道を守れ。そうすれば、主はあなたを高く上げて、地を受け継がせてくださる。あなたは悪者が断ち切られるのを見よう。
psm37:35
私は悪者の横暴を見た。彼は、おい茂る野生の木のようにはびこっていた。
psm37:36
だが、彼は過ぎ去った。見よ。彼はもういない。私は彼を捜し求めたが見つからなかった。
psm37:37
全き人
に目を留め、直ぐな人を見よ。平和の人
には子孫ができる。
psm37:38
しかし、そむく者は、相ともに滅ぼされる。悪者どもの子孫は断ち切られる。
psm37:39
正しい者の救いは、主から来る
。苦難のときの彼らのとりでは主である。
psm37:40
主は彼らを助け、彼らを解き放たれる。主は、悪者どもから彼らを解き放ち、彼らを救われる。彼らが主に身を避けるからだ。
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おはようございます。
もう、土曜日ですね。あっという間の1週間。
今日もしっかり働いてきます。
では早速今日も共に詩篇を。
今日、僕の心に留まった言葉は、こんな言葉。
psm37:7
主の前に静まり、耐え忍んで主を待て。おのれの道の栄える者に対して、悪意を遂げようとする人に対して、腹を立てるな。
でも
腹たつよね~。
以前勤めていた会社では
かなり腹立ちましたね~。。。ホンマに卑怯な奴が多かった。
7割くらいがずる賢い奴やったから、真面目な人がそいつらに使われてたように思えるほど。
成果はそいつらが報告だけで取っていくもんだから・・・気持ち悪くなるほどだった。
腹たつでしょ~。
でも
神様は耐え忍んで主を待て・・・だって。
エライ事いいますよね。
正直シンドイわ。
でも此処に何かあるんですよね。
psm37:40
主は彼らを助け、彼らを解き放たれる。主は、悪者どもから彼らを解き放ち、彼らを救われる。彼らが主に身を避けるからだ。
僕らがサタンの声を選択して、同じような状態を得たとしても
その状況は直ぐに吹き消されるくらいの者なんだから。
力づよい神様の御手を体感できるよう待ち望みたいですね。
僕らは、今見えるコトによって左右されることはない。
今、見えることは将来の事実と重なることはないのだから。
将来の姿は、神様の言葉が約束している。
ダビデさんの云われたように神様のこの言葉が成就するんだから。
僕らの選択は間違いない。
僕らは主(神様)に身を避けて正解なんだから。
「解き放たれる」自由を
その時共に体験できたらイイデスネ。
目に見えることに左右されず
神様の約束だけを見上げて歩むには一人じゃ難しい。
だから
今日もダビデさんの詩篇を自分の言葉と重ね、一緒に発していきたいですね。
心が否定しても、バイブル(神様)の言葉を選んで過ごせたらいいですね。
だから、大丈夫だ!と言葉を発してみませんか?
僕らは今日も大丈夫!!
神様・・
eps1:17
どうか、私たちの主イエス・キリストの神
、すなわち栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、私に与えてくださいますように。
eps1:18
また、私の心の目
がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか、
eps1:19
また、神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、私が知ることができますように。
ジーザス(イェス様)の名前で
a-men.
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詩37篇(1)「(願いを)かなえる」 נָתַן ナータン
4b節「主はあなたの心の願いをかなえてくださる。」
4b節 And he will give you the desires of your heart. (NIV)
Keyword; 「かなえる」 give
- 「かなえる」と訳された原語はナータンנָתַן(natan)です。ナータンは旧約できわめて頻度の高い動詞で2,012回も用いられています。ざまざまな意味がありますが、その1/4を占めているのが「与える」giveという意味です。その意味にのみ限定してみるなら、詩篇において、主が与えてくださるものは、①「良いもの」(85:12/104:28)、②「食物(マナ、天の物)」(78:24/104:27/111:5/136:25/136:25/145:15/148:7)、③相続地(ゆずりの地、受け継ぐ地)」(61:5/1-5:11, 44/111:6)、④「力(力と勢い)」(21:11/68:35)、⑤「救い(救いの盾)」(18:35/144:10)、⑥「長い日々(長寿)」(21:4)、⑦「願うところ、心の願い」(20:4/37:4)だとしています。箴言では神の恩寵として「知恵」が与えられることが記されています。
- 与えられるものはこのほかにも数多くありますが、それは神が「与えること」を何よりも喜びとしておられるからです。イエスは神が父であることを私たちに教えてくれました。信仰の父と呼ばれたアブラハムが召された目的は、まさに神が父であることをあかしするためでした。神が父であることを告白することは、「神がすべてのものの源であり、神がすべてのはじまりであることを意味します。あるいは、神なしには何も始められず、なにも実現できないことを認めること」を意味します。
- 詩37篇では2節ずつの組み合わせで、その頭の文字がアルファベット順に並んでいますが、3,4節だけをみても、原文では5つの命令形が並んでいます。その命令形の後に、「そうすれば」(וְ)という接続詞がついて、「主はあなたの心の願いをかなえてくださる」という約束が続いています。ちにみに、その5つの命令とは以下のものです。
- ①「(主を)信頼せよ」trust, בָּטָח(batach)、
②「(善を)行え」do, עָשָׂה(`asah)、
③「(地に)住め」dwell, שָׁכַן(shakhan)、
④「(誠実を)養え」enjoy, רָעָה(ra`ah)、
⑤「(主をおのれの)喜びとせよ」です。
5節の「ゆだねよ」commit, גָלַל(galal)も加えることも可能です。
- さて、「あなたの心の願い」とはどんな願いのことでしょうか。旧・新約双方に良い模範があります。旧約の例は、王となったソロモンに対して、主は「あなたになにを与えようか」と仰せられたときに、ソロモンは、「王として神の民をさばくために、知恵の心と判断する心を与えてください」と答えました(Ⅰ列王3:5~12)。この願い事は主の御心にかないました。それゆえ、彼が求めなかっった富と誉れをも与えました。新約での例は、主が盲人バルテマイに「わたしに何をしてほしいのか。」と言ったときに、彼は「目が見えるようになることです。」(マルコ10:51)と答えました。するとそのとおりになりました。彼の求めが御心にかなったからです。「与える」ことはまさに父である神の本質なのです。
- 5節の「成し遂げてくださる」アーサーעָשָׂה(‘asah)はナータンנָתַן(natan)と同義です。
http://meigata-bokushin.secret.jp/index.php?%E6%81%A9%E5%AF%B5%E7%94%A8%E8%AA%9EPs37%281%29
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詩37篇(2) 「解き放つ」 פָּלַט パーラト
40節「主は彼らを助け、彼らを解き放たれる。主は、悪者どもから彼らを解き放ち、彼らを救われる、彼らが主に身を避けるからだ。」
Keyword; 「解き放つ」
①rescue 「助け出す」17:13/22:8/43:1//82:4/91:14/
②delever「解き放つ」18:2, 43/22:4/31:1/37:40,40/40:17/70:5/71:2/144:2
③save 「救い出す」18:48
- 詩37篇40節には三つの救出用語(動詞)が使われています。
「主は彼らを助け(עָזַר)、(主は)彼らを解き放たれる(פָּלַט)。主は、悪者どもから彼らを解き放ち(פָּלַט)、彼らを救われる(יָשַׁע)。」・・特に、この1節の中に、パーラトפָּלַט(palat)という語が繰り返して使われています。
- 旧約では救出用語がこの他にも二つあります。一つは、ナーツァルנָצַל(natsal)で「救い出す」という意味。もう一つは、ハーラツחָלַץ(chalatz)で「助け出す」という意味です。少しまとめてみると、
a.「救う」ヤーシャーיָשַׁע(yasha`)に対応するのが、「救い出す」ナーツァルנָצַל(natsal)。
b.「助ける」アーザルעָזַר(`azar)に対応するのが、「助け出す」ハーラツחָלַץ(chalatz)。
c.「逃がす」マーラトמָלַט(malat)に対応するのが、「解き放つ」パーラトפָּלַט(palat)
- つまり、対応する言葉の前者が「敵による危険からの救出」であるのに対し、後者は「既に敵の手中にある状態からの救出」という意味で用いられているように思います。このように同じ救出用語でもニュアンスが異なっています。いずれにして、主はどのような状態にあっても「私の救い」となってくださる方であるということです。少なくとも、詩37篇の背景にあるのは、悪者(ども)が「正しい者に敵対して事を図り、歯ぎしりして向かう」(12節)、「剣を抜き、弓を張った。悩む者、貧しい者を打ち倒し、行いの正しい者を切り殺すために」(14節)、「正しい者を待ち伏せ、彼を殺そうとする」(32節)現実です。単に、悪者のこの世での繁栄ぶりや横暴さではなく、正しい者(神に身を避ける者)に対する悪者の現実です。その現実に対して、主なる神は救ってくださるという恩寵の告白がなされています。
- 私たちの敵は血肉に対するものではなく、この暗闇の支配者である悪魔です。その悪魔が、ほえたけるししのように、食い尽すべきものを捜し求めながら、歩きまわっています。ですから、堅く信仰に立って、この悪魔に立ち向かわなければなりません。ここで大切なことは、「堅く信仰に立つ」ということばが意味するものはなにかということです。そのヒントは、詩37篇40節の最後に記されています。そこには主の救出の理由が記されています。その理由とは「彼らが主に身を避けるからだ」というものです。「身を避ける」ハーサーחָסָה(chasah)は「逃れる」「寄り頼む」という信頼用語です。つまり、主が戦って、私たちを助け、救い出してくれることをどこまでも信じることだということです。しかも、そのような人の歩みは主に酔って確かにされ、主もその人を喜ばれるのです(23節)。
http://meigata-bokushin.secret.jp/index.php?%E6%81%A9%E5%AF%B5%E7%94%A8%E8%AA%9EPs37%282%29
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