へなちょこ ユテコ の Don't Worry, Be Happy -22ページ目

へなちょこ ユテコ の Don't Worry, Be Happy

僕らは地上では「旅人」
                                          ここでは 感じるまま、気ままに、思ったままを「音楽」と共に・・・。

。。。。。。。。。。

 

【詩篇38篇】o19  記念のためのダビデの賛歌


psm38:1  主よ。あなたの大きな怒りで私を責めないでください。あなたの激しい憤り で私を懲らしめないでください。

psm38:2  あなたの矢が私の中に突き刺さり、あなたの手が私の上に激しく下って来ました。

psm38:3  あなたの憤りのため、私の肉には完全なところがなく、私の罪のため私の骨には健全なところがありません。

psm38:4  私の咎が、私の頭を越え、重荷のように、私には重すぎるからです。

psm38:5  私の傷は、悪臭を放ち、ただれました。それは私の愚かしさのためです。

psm38:6  私はかがみ、深くうなだれ、一日中、嘆いて歩いています。

psm38:7  私の腰はやけどでおおい尽くされ、私の肉には完全なところがありません。

psm38:8  私はしびれ、砕き尽くされ、心の乱れのためにうめいています。

psm38:9  主よ。私の願いはすべてあなたの御前にあり、私の嘆きはあなたから隠されていません。

psm38:10  私の心はわななきにわななき、私の力は私を見捨て、目の光さえも、私にはなくなりました。

psm38:11  私の愛する者や私の友も、私のえやみを避けて立ち、私の近親の者も遠く離れて立っています。

psm38:12  私のいのちを求める者はわなを仕掛け、私を痛めつけようとする者は私の破滅を告げ、一日中、欺きを語っています。

psm38:13  しかし私には聞こえません。私は耳しいのよう。口を開かないおしのよう。

psm38:14  まことに私は、耳が聞こえず、口で言い争わない人のようです。

psm38:15  それは、主よ、私があなたを待ち望んでいるからです。わが神、主よ。あなたが答えてくださいますように。

psm38:16  私は申しました。「私の足がよろけるとき、彼らが私のことで喜ばず、私に対して高ぶらないようにしてください。」

psm38:17  私はつまずき倒れそうであり、私の痛みはいつも私の前にあります。

psm38:18  私は自分の咎 を言い表わし、私の罪で私は不安になっています。

psm38:19  しかし私の敵は、活気に満ちて、強く、私を憎む偽り者が多くいます。

psm38:20  また、善にかえて悪を報いる者どもは、私が善を追い求めるからといって、私をなじっています。

psm38:21  私を見捨てないでください。主よ。わが神よ。私から遠く離れないでください。

psm38:22  急いで私を助けてください。主よ、私の救いよ。

。。。。。。。。。。



おはようございます。

先週一週間はどうでしたか?


辛い時をすごした方も多かったんじゃないですか?




実は今日の箇所はダビデさんもそんな時をすごした時だったみたい。

では早速共に詩篇を。

今日僕の心に留まったのはこんな言葉。

 

psm38:10  私の心はわななきにわななき、私の力は私を見捨て、目の光さえも、私にはなくなりました。

psm38:11  私の愛する者や私の友も、私のえやみを避けて立ち、私の近親の者も遠く離れて立っています。





こんな経験ないですか?

自分の力が自分を裏切るコトを体験する時。。。


身近に親しい人だと思ってた人が、明らかに遠ざかっていくような感覚。






・・・ 何度もあります。




どうですか?

経験した事ないですか??





そして、僕を嫌ってるというイメージが僕の心を占領していくんです。

そればかりか

自分自身が自分の事を一番非難していることに気付くんです。


不要だ!

無能め!

迷惑しかかける事しかできないのか?





このイメージ何処からきてるか解ります?





この世を支配している

・・・サタン。。






だから

こんなイメージが僕らの心を頭を満たそうとする時

ダビデさんの様に心から叫びませんか?

psm38:21  私を見捨てないでください。主よ。わが神よ。私から遠く離れないでください。

psm38:22  急いで私を助けてください。主よ、私の救いよ。






本当に

僕らの必要をみたしたいと考えているのは

本当に

僕らを助けたいとねがっているのは


本当に

僕らの声を聞いてくれるのは




イライラ・・失望で

どうしようも無い時でも、少しだけ思いを整理したらいいかも。


目には見えないけれども

見えるもの全てを創られ、誰よりも近くで支えられる方に意識を向けることが出来るように。。





どんな状況でも大丈夫。


例え、感情が逆らっても・・・僕らが問題であっても

神様には何の問題もならないんだから。



だから 僕らは大丈夫。






心が否定しても、バイブル(神様)の言葉を選んで過ごせたらいいですね。
だから、大丈夫だ!と言葉を発してみませんか?




僕らは今日も大丈夫!!


神様・・

eps1:17  どうか、私たちの主イエス・キリストの神 、すなわち栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、に与えてくださいますように。

eps1:18  また、心の目 がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか、

eps1:19  また、神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、が知ることができますように。


ジーザス(イェス様)の名前で
a-men.


。。。。。。。。。。

 

【詩篇37篇】o19  ダビデによる

psm37:1  悪を行なう者に対して腹を立てるな。不正を行なう者 に対してねたみを起こすな。

psm37:2  彼らは草のようにたちまちしおれ、青草のように枯れるのだ。

psm37:3 主に信頼して善を行なえ。地に住み、誠実 を養え。

psm37:4  主をおのれの喜びとせよ。主はあなたの心の願いをかなえてくださる。

psm37:5  あなたの道を主にゆだねよ 。主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる。

psm37:6  主は、あなたの義を光のように、あなたのさばきを真昼のように輝かされる。

psm37:7  主の前に静まり、耐え忍んで主を待て。おのれの道の栄える者に対して、悪意を遂げようとする人に対して、腹を立てるな。

psm37:8  怒ることをやめ、憤りを捨てよ。腹を立てるな。それはただ悪への道だ。

psm37:9  悪を行なう者は断ち切られる。しかし主を待ち望む者 、彼らは地を受け継ごう。

psm37:10  ただしばらくの間だけで、悪者はいなくなる。あなたが彼の居所を調べても、彼はそこにはいないだろう。

psm37:11  しかし、貧しい人は地を受け継ごう。また、豊かな繁栄をおのれの喜びとしよう。

psm37:12  悪者は正しい者に敵対して事を図り、歯ぎしりして彼に向かう。

psm37:13  主は彼を笑われる。彼の日が迫っているのをご覧になるから。

psm37:14  悪者どもは剣を抜き、弓を張った。悩む者、貧しい者を打ち倒し、行ないの正しい者を切り殺すために。

psm37:15  彼らの剣はおのれの心臓を貫き、彼らの弓は折られよう。

psm37:16  ひとりの正しい者の持つわずかなものは、多くの悪者の豊かさにまさる。

psm37:17  なぜなら、悪者の腕は折られるが、主は正しい者をささえ られるからだ。

psm37:18  主は全き人 の日々を知っておられ、彼らのゆずりは永遠に残る。

psm37:19  彼らはわざわいのときにも恥を見ず、ききんのときにも満ち足りよう。

psm37:20  しかし悪者は滅びる。主の敵は牧場の青草のようだ。彼らは消えうせる。煙となって消えうせる。

psm37:21  悪者は、借りるが返さない。正しい者は、情け深くて人に施す。

psm37:22  主に祝福された者は地を受け継ごう。しかし主にのろわれた者は断ち切られる。

psm37:23  人の歩みは主によって 確かにされる。主はその人の道を喜ばれる。

psm37:24  その人は倒れてもまっさかさまに倒されはしない。主がその手をささえておられるからだ。

psm37:25  私が若かったときも、また年老いた今も、正しい者が見捨てられたり、その子孫が食べ物を請うのを見たことがない。

psm37:26  その人はいつも情け深く人に貸す。その子孫は祝福を得る。

psm37:27  悪を離れて善を行ない、いつまでも住みつくようにせよ。

psm37:28  まことに、主は公義を愛し 、ご自身の聖徒を見捨てられない。彼らは永遠に保たれるが、悪者どもの子孫は断ち切られる。

psm37:29  正しい者は地を受け継ごう。そして、そこにいつまでも住みつこう。

psm37:30  正しい者の口は知恵を語り、その舌は公義を告げる。

psm37:31  心に神のみおしえがあり、彼の歩みはよろけない。

psm37:32  悪者は正しい者を待ち伏せ、彼を殺そうとする。

psm37:33  主は、彼をその者の手の中に捨ておかず、彼がさばかれるとき、彼を罪に定められない。

psm37:34  主を待ち望め。その道を守れ。そうすれば、主はあなたを高く上げて、地を受け継がせてくださる。あなたは悪者が断ち切られるのを見よう。

psm37:35  私は悪者の横暴を見た。彼は、おい茂る野生の木のようにはびこっていた。

psm37:36  だが、彼は過ぎ去った。見よ。彼はもういない。私は彼を捜し求めたが見つからなかった。

psm37:37  全き人 に目を留め、直ぐな人を見よ。平和の人 には子孫ができる。

psm37:38  しかし、そむく者は、相ともに滅ぼされる。悪者どもの子孫は断ち切られる。

psm37:39  正しい者の救いは、主から来る 。苦難のときの彼らのとりでは主である。

psm37:40  主は彼らを助け、彼らを解き放たれる。主は、悪者どもから彼らを解き放ち、彼らを救われる。彼らが主に身を避けるからだ。

。。。。。。。。。。


おはようございます。

もう、土曜日ですね。あっという間の1週間。


今日もしっかり働いてきます。




では早速今日も共に詩篇を。

今日、僕の心に留まった言葉は、こんな言葉。

psm37:7  主の前に静まり、耐え忍んで主を待て。おのれの道の栄える者に対して、悪意を遂げようとする人に対して、腹を立てるな。






でも

腹たつよね~。


以前勤めていた会社では

かなり腹立ちましたね~。。。ホンマに卑怯な奴が多かった。

7割くらいがずる賢い奴やったから、真面目な人がそいつらに使われてたように思えるほど。

成果はそいつらが報告だけで取っていくもんだから・・・気持ち悪くなるほどだった。



腹たつでしょ~。

でも

神様は耐え忍んで主を待て・・・だって。


エライ事いいますよね。




正直シンドイわ。





でも此処に何かあるんですよね。

psm37:40  主は彼らを助け、彼らを解き放たれる。主は、悪者どもから彼らを解き放ち、彼らを救われる。彼らが主に身を避けるからだ。




僕らがサタンの声を選択して、同じような状態を得たとしても

その状況は直ぐに吹き消されるくらいの者なんだから。


力づよい神様の御手を体感できるよう待ち望みたいですね。




僕らは、今見えるコトによって左右されることはない。

今、見えることは将来の事実と重なることはないのだから。


将来の姿は、神様の言葉が約束している。

ダビデさんの云われたように神様のこの言葉が成就するんだから。



僕らの選択は間違いない。

僕らは主(神様)に身を避けて正解なんだから。



「解き放たれる」自由を

その時共に体験できたらイイデスネ。




目に見えることに左右されず

神様の約束だけを見上げて歩むには一人じゃ難しい。


だから

今日もダビデさんの詩篇を自分の言葉と重ね、一緒に発していきたいですね。




心が否定しても、バイブル(神様)の言葉を選んで過ごせたらいいですね。
だから、大丈夫だ!と言葉を発してみませんか?




僕らは今日も大丈夫!!


神様・・

eps1:17  どうか、私たちの主イエス・キリストの神 、すなわち栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、に与えてくださいますように。

eps1:18  また、心の目 がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか、

eps1:19  また、神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、が知ることができますように。


ジーザス(イェス様)の名前で
a-men.



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詩37篇(1)「(願いを)かなえる」 נָתַן ナータン

〔カテゴリー賦与〕

4b節「主はあなたの心の願いをかなえてくださる。」
4b節  And he will give you the desires of your heart. (NIV)

Keyword; 「かなえる」 give  

  • 「かなえる」と訳された原語はナータンנָתַן(natan)です。ナータンは旧約できわめて頻度の高い動詞で2,012回も用いられています。ざまざまな意味がありますが、その1/4を占めているのが「与える」giveという意味です。その意味にのみ限定してみるなら、詩篇において、主が与えてくださるものは、①「良いもの」(85:12/104:28)、②「食物(マナ、天の物)」(78:24/104:27/111:5/136:25/136:25/145:15/148:7)、③相続地(ゆずりの地、受け継ぐ地)」(61:5/1-5:11, 44/111:6)、④「力(力と勢い)」(21:11/68:35)、⑤「救い(救いの盾)」(18:35/144:10)、⑥「長い日々(長寿)」(21:4)、⑦「願うところ、心の願い」(20:4/37:4)だとしています。箴言では神の恩寵として「知恵」が与えられることが記されています。
  • 与えられるものはこのほかにも数多くありますが、それは神が「与えること」を何よりも喜びとしておられるからです。イエスは神が父であることを私たちに教えてくれました。信仰の父と呼ばれたアブラハムが召された目的は、まさに神が父であることをあかしするためでした。神が父であることを告白することは、「神がすべてのものの源であり、神がすべてのはじまりであることを意味します。あるいは、神なしには何も始められず、なにも実現できないことを認めること」を意味します。
  • 詩37篇では2節ずつの組み合わせで、その頭の文字がアルファベット順に並んでいますが、3,4節だけをみても、原文では5つの命令形が並んでいます。その命令形の後に、「そうすれば」(וְ)という接続詞がついて、「主はあなたの心の願いをかなえてくださる」という約束が続いています。ちにみに、その5つの命令とは以下のものです。
  • ①「(主を)信頼せよ」trust, בָּטָח(batach)、
    ②「(善を)行え」do, עָשָׂה(`asah)、
    ③「(地に)住め」dwell, שָׁכַן(shakhan)、
    ④「(誠実を)養え」enjoy, רָעָה(ra`ah)、
    ⑤「(主をおのれの)喜びとせよ」です。
    5節の「ゆだねよ」commit, גָלַל(galal)も加えることも可能です。
  • さて、「あなたの心の願い」とはどんな願いのことでしょうか。旧・新約双方に良い模範があります。旧約の例は、王となったソロモンに対して、主は「あなたになにを与えようか」と仰せられたときに、ソロモンは、「王として神の民をさばくために、知恵の心と判断する心を与えてください」と答えました(Ⅰ列王3:5~12)。この願い事は主の御心にかないました。それゆえ、彼が求めなかっった富と誉れをも与えました。新約での例は、主が盲人バルテマイに「わたしに何をしてほしいのか。」と言ったときに、彼は「目が見えるようになることです。」(マルコ10:51)と答えました。するとそのとおりになりました。彼の求めが御心にかなったからです。「与える」ことはまさに父である神の本質なのです。
  • 5節の「成し遂げてくださる」アーサーעָשָׂה(‘asah)はナータンנָתַן(natan)と同義です。

http://meigata-bokushin.secret.jp/index.php?%E6%81%A9%E5%AF%B5%E7%94%A8%E8%AA%9EPs37%281%29

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詩37篇(2) 「解き放つ」 פָּלַט パーラト

〔カテゴリー救出〕

40節「主は彼らを助け、彼らを解き放たれる。主は、悪者どもから彼らを解き放ち、彼らを救われる、彼らが主に身を避けるからだ。」

Keyword; 「解き放つ」
①rescue 「助け出す」17:13/22:8/43:1//82:4/91:14/
②delever「解き放つ」18:2, 43/22:4/31:1/37:40,40/40:17/70:5/71:2/144:2
③save  「救い出す」18:48

  • 詩37篇40節には三つの救出用語(動詞)が使われています。
    「主は彼らを助け(עָזַר)、(主は)彼らを解き放たれる(פָּלַט)。主は、悪者どもから彼らを解き放ち(פָּלַט)、彼らを救われる(יָשַׁע)。」・・特に、この1節の中に、パーラトפָּלַט(palat)という語が繰り返して使われています。
  • 旧約では救出用語がこの他にも二つあります。一つは、ナーツァルנָצַל(natsal)で「救い出す」という意味。もう一つは、ハーラツחָלַץ(chalatz)で「助け出す」という意味です。少しまとめてみると、
    a.「救う」ヤーシャーיָשַׁע(yasha`)に対応するのが、「救い出す」ナーツァルנָצַל(natsal)。
    b.「助ける」アーザルעָזַר(`azar)に対応するのが、「助け出す」ハーラツחָלַץ(chalatz)。
    c.「逃がす」マーラトמָלַט(malat)に対応するのが、「解き放つ」パーラトפָּלַט(palat)
  • つまり、対応する言葉の前者が「敵による危険からの救出」であるのに対し、後者は「既に敵の手中にある状態からの救出」という意味で用いられているように思います。このように同じ救出用語でもニュアンスが異なっています。いずれにして、主はどのような状態にあっても「私の救い」となってくださる方であるということです。少なくとも、詩37篇の背景にあるのは、悪者(ども)が「正しい者に敵対して事を図り、歯ぎしりして向かう」(12節)、「剣を抜き、弓を張った。悩む者、貧しい者を打ち倒し、行いの正しい者を切り殺すために」(14節)、「正しい者を待ち伏せ、彼を殺そうとする」(32節)現実です。単に、悪者のこの世での繁栄ぶりや横暴さではなく、正しい者(神に身を避ける者)に対する悪者の現実です。その現実に対して、主なる神は救ってくださるという恩寵の告白がなされています。
  • 私たちの敵は血肉に対するものではなく、この暗闇の支配者である悪魔です。その悪魔が、ほえたけるししのように、食い尽すべきものを捜し求めながら、歩きまわっています。ですから、堅く信仰に立って、この悪魔に立ち向かわなければなりません。ここで大切なことは、「堅く信仰に立つ」ということばが意味するものはなにかということです。そのヒントは、詩37篇40節の最後に記されています。そこには主の救出の理由が記されています。その理由とは「彼らが主に身を避けるからだ」というものです。「身を避ける」ハーサーחָסָה(chasah)は「逃れる」「寄り頼む」という信頼用語です。つまり、主が戦って、私たちを助け、救い出してくれることをどこまでも信じることだということです。しかも、そのような人の歩みは主に酔って確かにされ、主もその人を喜ばれるのです(23節)。

http://meigata-bokushin.secret.jp/index.php?%E6%81%A9%E5%AF%B5%E7%94%A8%E8%AA%9EPs37%282%29

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【詩篇36篇】o19  指揮者のために。主のしもべ、ダビデによる


psm36:1  罪は悪者の心の中 に語りかける。彼の目の前には、神に対する恐れ がない。

psm36:2  彼はおのれの目で自分にへつらっている。おのれの咎を見つけ出し、それを憎むことで。

psm36:3  彼の口のことばは、不法と欺きだ。彼は知恵を得ることも、善を行なうこともやめてしまっている。

psm36:4  彼は寝床で、不法を図り、よくない道 に堅く立っていて、悪を捨てようとしない。

psm36:5  主よ。あなたの恵みは天にあり、あなたの真実は雲にまで及びます。

psm36:6  あなたの義は高くそびえる山のようで、あなたのさばきは深い海のようです。あなたは人や獣を栄えさせてくださいます。主よ。

psm36:7 神よ。あなたの恵みは、なんと尊いことでしょう。人の子らは御翼の陰 に身を避けます。

psm36:8  彼らはあなたの家の豊かさを心ゆくまで飲むでしょう。あなたの楽しみの流れを、あなたは彼らに飲ませなさいます。

psm36:9  いのちの泉 はあなたにあり、私たちは、あなたの光のうちに光を見るからです。

psm36:10  注いでください。あなたの恵みを、あなたを知る者に。あなたの義を、心の直ぐな人に。

psm36:11  高ぶりの足が私に追いつかず、悪者の手が私を追いやらないようにしてください。

psm36:12  そこでは、不法を行なう者は倒れ、押し倒されて 立ち上がれません。

。。。。。。。。。。


おはようございます。

昨日は帰り途中 万代に買い物をしていたら

大雨に遭遇。



帰りはビショビショ・・・。




大変でした。



では今日も共に詩篇を。

今日僕の心に届いたのはこんな言葉。

psm36:10  注いでください。あなたの恵みを、あなたを知る者に。あなたの義を、心の直ぐな人に。

psm36:11  高ぶりの足が私に追いつかず、悪者の手が私を追いやらないようにしてください。




で、何故だかこんなマザーテレサの言葉が心に湧いてきた。



1. 人は不合理で、わからず屋で、わがままな存在だ。
  それでもなお、人を愛しなさい。


2. なにか良いことをすれば、

  隠された利己的な動機があるはずだと人に責められるだろう。
  それでもなお、良いことをしなさい。


3. 成功すれば、うその友達と本物の敵を得ることになる。
  それでもなお、成功しなさい。


4. 今日の善行は明日になれば忘れられてしまうだろう。
  それでもなお、良いことをしなさい。


5. 正直で率直なあり方は、あなたを無防備にするだろう。
  それでもなお、正直で率直なあなたでいなさい。


6. 最大の考えをもった最も大きな男女は、

  最小の心をもった最も小さな男女によって撃ち落されるかもしれない。
  それでもなお、大きな考えを持ちなさい。


7. 人は弱者をひいきにはするが、勝者の後ろにしかついていかない。
  それでもなお、弱者のために戦いなさい。


8. 何年もかけて築いたものが、一夜にして崩れさるかもしれない。   
  それでもなお、築きあげなさい。


9. 人が本当に助けを必要としていても、

  実際に助けの手を差し伸べると攻撃されるかもしれない。
  それでもなお、人を助けなさい。


10. 世界のために最善を尽くしても、

  その見返りにひどい仕打ちを受けるかもしれない。
  それでもなお、世界のために最善を尽くしなさい。




不法をおこなおうとする人がたくさん居てる。

でも、きっと大丈夫。

マザーテレサさんが体験したように、僕らは不法を行う人に巻き込まれないでも大丈夫。

僕らに与えられている場所で

しっかり希望を失わず過ごしましょう。

psm36:7 神よ。あなたの恵みは、なんと尊いことでしょう。人の子らは御翼の陰 に身を避けます。


きっと、大丈夫。

神様の恵みの方がスゲー筈だから。



ダビデさんが体験しているように

僕らにもきっと体験するはずなんだから。




誰も見ていないかもしれないけど、神様はいつも傍でみていはるから。。


「 失望せずにあなたはよく真実に立ち続けたね 」 って。





僕らの行いに失望しないで

神様の恵みに驚くことが出来ますように。



忍耐が必要だろうけど、きっと将来であう喜びを期待しながら過ごせたらいいですね。







心が否定しても、バイブル(神様)の言葉を選んで過ごせたらいいですね。
だから、大丈夫だ!と言葉を発してみませんか?




僕らは今日も大丈夫!!


神様・・

eps1:17  どうか、私たちの主イエス・キリストの神 、すなわち栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、に与えてくださいますように。

eps1:18  また、心の目 がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか、

eps1:19  また、神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、が知ることができますように。


ジーザス(イェス様)の名前で
a-men.




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詩36篇(1)「尊い」 יָקָר ヤーカール

〔カテゴリーその他〕

7節「神よ。あなたの恵みは、なんと尊いことでしょう。」(前半)

Keyword; 「尊い」 precious, priceless, high-grade 高価な、計り知れない 
Ps 36:7/37:20/45:9/116:15/ Ⅰking 5:17,/7:9, 10, 11

  • 詩36篇の5節~11節は、詩篇の中でもひときわ神の属性をたたえたすばらしい箇所です。この箇所は大きく二つの部分に分けることができます。一つの部分(A)は5節~7節前半、もう一つの部分(B)は7節後半~11節です。第一の部分(A)の結論というべきキーワードは、「あなたのいつくしみはなんと尊いことでしょう」という驚きです。(B)のキーワードは「注いでください」です。
  • (A)のキーワードである「なんと尊いことか」マー・ヤーカール(מָה יָּקָר)。ここで作者が何に驚嘆しているのかというと、神の恵み(へセド)、真実(エムナー)、義(ツェデェク)、さばき〔はからい〕(ミシュパート)がすべてのものの上にあること、そして、人と獣(生きもの、たとえば、一羽の雀や烏にさえも)の上に等しくあるということです。Above All の驚きです。感性的な表現が多いため、多くの聖書がそれぞれ苦心して、それぞれ味わい深く訳していますが、なかでも典礼訳がひときわ心魅かれます。典礼訳では「なんと尊いことか」の部分を「はかり知れない」と訳しています。
  • 「神よ、あなたのいつくしみは天に広がり、そのまことは世界に及ぶ。あなたの正しさはそびえ立つ山、そのさばきは深い海。
    神よ、あたなは人とけものを救われる。神よ、あなたのいつくしみははかりしれない(5~7a)」
  • ヤーカールיָקָר(yaqar)は動詞ではなく形容詞です。高価で、尊く、計り知れないという意味です。名詞のイェカールיְקָר(yeqar)は、「栄華」(49:12, 20)「宝」を意味します。
  • 後半の(B)も実に味わい深い内容です。これは(A)に基づいて語られる内容なので、バルバロ訳ははっきりと「そこで」(ו)という接続詞を入れて訳しています。そこで、人々は御翼のかげに隠れ場を見出し、そこに身を避けるのです。以下は、典礼訳。
    「あなたの翼のかげに人々はのがれ、あなたの家の豊かさ(原語は「脂肪、膏」)に飽かされ、喜びの川から水を飲む。(原文にはこのあと「なぜなら」という接続詞がある)いのちの泉はあなたのもとにあり、あなたの光のうちに、私たちは光りを見る。あなたを知る者に、いつくしみを、心の正しい人に豊かな恵みを注いでください。(7b~11)」
  • 典礼訳、フランシス会訳が「義」(6, 11節)を「豊かな恵み」と訳しているのは趣き深いものがあります。それを絶やすことなく「注ぎ」続けてくださいと祈っているのです。
  • (B)のキーワード「注いでください」は恩寵用語Ps36(2)を参照。

http://meigata-bokushin.secret.jp/index.php?%E6%81%A9%E5%AF%B5%E7%94%A8%E8%AA%9EPs36%281%29

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詩36篇(2)「注ぐ」מָשַׁך マーシャフ

〔カテゴリー賦与〕

10節「注いでください。あなたの恵みを、あなたを知る者に。あなたの義を、心の直ぐな人に。」

Keyword; 「注ぐ」 continue 

  • 10節の「注いでください」の「注ぐ」と訳されたマーシャフמָשַׁך(mashakh)は、多くのニュアンスをもった動詞です。「引き上げる」(to raise)、「広げる」(to extent)、「引き寄せる」(to draw)、「そそのかしておびき寄せる」(to entire)、「待ち伏せして捕える」(to siege)、「楽器などの音を長く吹き鳴らす」、そして「続ける」(to continue)などです。詩36篇10節では、最後の「続ける」という意味で使われています。旧約では36回。継続的な時間的延長、および、空間的拡張をイメージさせることばです。
  • 日本語訳を見ると以下のように訳されています。
  • 「常にありますように。」(新共同訳) 
  • 「絶えず・・・施してください。」(口語訳)
  • 「絶やさないでください。」(岩波訳)
  • 「・・を保たせ、・・を絶えず与えてください。」(関根訳)
  • このように、マーシャフמָשַׁך(mashakh)は、絶えず、保たせ、絶やすことなく与え続けること、注ぎ続けることを意味します。
  • そこにある思想は、持続性、継続性、保持、恒常性と言ったイメージです。作者は、神の恵み(へセド)、真実(エムナー)、義(ツェデェク)、さばき(はからい)(ミシュパート)、これらはすべて契約のかかわり概念の用語ですがヘブライ的な表象でたとえられています。
    (1)<確かさ>(5~6節)・・「天」「雲」(原文は「空」)「山」「海」は確固不動の表象。
    (2)<尊さ>(6節)・・「人や獣を栄えさせ、しあわせにする」はかり知れない高価な恵み。
    (3)<豊かさ>(8~9節)・「楽しみの流れ」、尽きることのない無尽蔵な「いのちの泉と光」
  • 10節の「注いでください。あなたの恵みを・・あなたの義を」とありますが、おそらく、真実もさばきも含まれていると思います。つまり、神の恵み、真実、義、さばきの(はからい)の<確かさ><尊さ><豊かさ>が讃えられていると同時に、それらが継続し広がっていくことを祈っています。それがここにある「注いでください」という意味です。
  • この詩36篇の構造は、神を恐れる者とそうでない者との対比が描かれています。自分の良心を欺き、決して悪を捨てようとはしない悪者が、その決意にもかかわらず、その結末は、必ず倒れ、再び立ち上がることができないことが宣言されています(12節)。それに対し、神の恵みの御翼の中に身を避けようと決心した者たちは、神の恵み(真実、義、さばきも含めて)の中に、絶えず保たれ、常に引き伸ばされ、拡張されていくことを信じて祈っているように思います。

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【詩篇35篇】o19  ダビデによる


psm35:1  主よ。私と争う者と争い、私と戦う者と戦ってください。

psm35:2  盾と大盾とを手に取って、私を助けに、立ち上がってください。

psm35:3  槍を抜き、私に追い迫る者を封じてください。私のたましいに言ってください。「わたしがあなたの救いだ。」と。

psm35:4  私のいのちを求める者どもが恥を見、卑しめられますように。私のわざわいを図る者が退き、はずかしめを受けますように。

psm35:5  彼らを風の前のもみがらのようにし、主の使いに押しのけさせてください。

psm35:6  彼らの道をやみとし、また、すべる ようにし、主の使いに彼らを追わせてください。

psm35:7  まことに、彼らはゆえもなく、私にひそかに網を張り、ゆえもなく、私のたましいを陥れようと、穴を掘りました。

psm35:8  思わぬときに、滅びが彼を襲いますように。ひそかに張ったおのれの網が彼を捕え、滅びの中に彼が落ち込みますように。

psm35:9  こうして私のたましいは、主にあって喜び、御救いの中にあって楽しむことでしょう。

psm35:10  私のすべての骨は言いましょう。「主よ。だれか、あなたのような方があるでしょうか。悩む者を、彼よりも強い者から救い出す方。そうです。悩む者、貧しい者を、奪い取る者から。」

psm35:11  暴虐な証人 どもが立ち私の知らないことを私に問う。

psm35:12  彼らは善にかえて悪を報い、私のたましいは見捨てられる。

psm35:13  しかし、私は――、彼らの病のとき、私の着物は荒布だった。私は断食してたましいを悩ませ、私の祈りは私の胸を行き来していた。

psm35:14  私の友、私の兄弟にするように、私は歩き回り、母の喪に朊するように、私はうなだれて泣き悲しんだ。

psm35:15  だが、彼らは私がつまずくと喜び、相つどい、私の知らない攻撃者どもが、共に私を目ざして集まり 、休みなく私を中傷した。

psm35:16  私の回りの、あざけり、ののしる者どもは私に向かって歯ぎしりした。

psm35:17  わが主よ。いつまでながめておられるのですか。どうか私のたましいを彼らの略奪から、私のただ一つのものを若い獅子から、奪い返してください。

psm35:18  私は大きな会衆の中で、あなたに感謝し、強い人々の間で、あなたを賛美します。

psm35:19  偽り者の、私の敵を、私のことで喜ばせないでください。ゆえもなく私を憎む人々が目くばせしないようにしてください。

psm35:20  彼らは平和を語らず、地の平穏な人々に、欺きごとをたくらむからです。

psm35:21  彼らは私に向かって、大きく口を開き、「あはは、あはは。この目で見たぞ。」と言います。

psm35:22  主よ。あなたはそれをご覧になったのです。黙っていないでください。わが主よ。私から遠く離れないでください。

psm35:23  奮い立ってください。目をさましてください 。私のさばきのために。わが神、わが主よ。私の訴えのために。

psm35:24  あなたの義にしたがって、私を弁護してください。わが神、主よ。彼らを私のことで喜ばせないでください。

psm35:25  彼らに心のうちで言わせないでください。「あはは。われわれの望みどおりだ。」と。また、言わせないでください。「われわれは彼を、のみこんだ。」と。

psm35:26  私のわざわいを楽しんでいる者らは、みな恥を見、はずかしめを受けますように。私に向かって高ぶる者は、恥と侮辱をこうむりますように。

psm35:27  私の義を喜びとする者は、喜びの声をあげ、楽しむようにしてください。彼らにいつも言わせてください。「ご自分のしもべの繁栄を喜ばれる主は、大いなるかな。」と。

psm35:28  私の舌はあなたの義とあなたの誉れを日夜、口ずさむことでしょう。

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おはよございます。

疲れは溜まるものです。

気持ちとは異なり、身体は正直ですわ・・・。



では早速今日も共に詩篇を。

今日僕の心に留まったのはコレ。

psm35:5  彼らを風の前のもみがらのようにし、主の使いに押しのけさせてください。

psm35:6  彼らの道をやみとし、また、すべる ようにし、主の使いに彼らを追わせてください。





僕らは一人じゃない。

「主の使い」 とは、御使いと呼ばれている。

それは、かなり言い方が悪いが、神様が人の為に創られた 「お使い」 とも考えられる。


人を神様は大切な友として創られた。

その人に必要を支える為に御使いは僕らの傍に居てくれている。




不思議だろうけど

それはバイブルに記された事実。




主の使いは神様の命令を確実に執行する。

その為の力を有している。





だから大丈夫。

大変な最中であっても、きっと大丈夫。


僕らの祈りを聞きあげ、主の使いは神様の指示を待って、準備万端。。。




僕らは神様に祈りの声をあげるだけ。



だから

信じて今日も僕らは神様に声をあげましょうね。

言葉が思いつかない時は

ダビデさんの詩篇を自分の言葉として発してみまえんか??






心が否定しても、バイブル(神様)の言葉を選んで過ごせたらいいですね。
だから、大丈夫だ!と言葉を発してみませんか?




僕らは今日も大丈夫!!


神様・・

eps1:17  どうか、私たちの主イエス・キリストの神 、すなわち栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、に与えてくださいますように。

eps1:18  また、心の目 がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか、

eps1:19  また、神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、が知ることができますように。


ジーザス(イェス様)の名前で
a-men.



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詩35篇「主の使い」מַלְאָך マルアーフ

〔カテゴリーその他〕

5節「・・主の使いに押しのけさせてください。」
6節「・・主の使いに彼らを追わせてください。」

Keyword; 「主の使い、御使い」 angel, messenger
34:7/35:5, 6/78:40/91:11/103:20/104:4/148:2

  • 詩35篇には恩寵用語(動詞)は見つけることができませんが、「主の使い」マルアーフמַלְאָך(mal’ak)の存在を当然のごとく信じ、彼らを通して敵から自分を守ってほしいとの嘆願が祈られています。前篇の34篇にも「主の使い(単数)は主を恐れる者の回りに陣を張り、彼らを助け出される。」(7節)とありました。これは個人にとっても、イスラエルの民にとっても、その長い歴史において真実な告白です。ひとりの御使いとして、あるいは天の軍勢として、彼らは神に敵対する勢力に立ち向い、神のさばきを執行して、神の民や主を恐れる者を救い助け出してくださいました。その例としては・・
    (1)さばきの執行者として・・民数20:6/Ⅱサム24:16,17/Ⅱ歴代32:21/詩78:49/ダニ3:28, 6:22
    (2)メッセンシャーとして・・Ⅰ列19:5/ゼカリヤ1:9,13,14,19/3:4/4:5 etc.
  • また、主の使いはメッセンジャーとして神のみこころを伝えるためにしばしば使われています。聖書の中で最初の登場する主の使いは、創世記16章のハガルに対してでした。そこでは「主の使い」がハガルに対して慰めと将来の祝福のメッセージを伝えています。
  • 聖書の中には「主の使い(御使い、天の軍勢、天使)」についての言及が数多くあります。旧約では213回以上、新約では175回以上です。これほどの言及があるにもかかわらず、現代の私たちは「主の使い」についてほとんど意識していないのではないかと思います。「主の使い」は神と人とに仕えるために創造された被造物です。「主の使い」の存在自体が神の恩寵です。主の使いは、危機的な状況の中で必ず守ってくださるからです。
  • ダビデの生涯を見るときー特に、荒野での経験―、サウルの執拗な追跡によって生存の保障が脅かされたにもかかわらず、サウルはダビデに指一本触れることができませんでした。それは神が主の御使いを通して守ってくださったからでした。
  • 詩35篇の冒頭にある「主よ。私と争う者と争い、私と戦う者と戦ってください。」という祈りは、ダビデがいかに主に頼っていたかを表わしています。自分が敵と戦うための力をください」とは祈っていません。私ではなく、あなたが、私のために戦ってくださいという意味です。自分で戦うことをしない、自分で自分を守らない、自分の権利を主張しない、すべて主にゆだねている姿こそ「わたしがあなたの救いだ」(3節)という主の宣言に答える信仰者としての姿です。
  • この詩篇にはダビデの祈りに対して、具体的な神からの応答はなりませんが、もし自分の祈りが聞かれるならば、「私は・・・しましょう。I will・・」という「賛美の誓い」がいくつか見られます。この「賛美の誓い」こそ、やがてダビデをしてイスラエルの歴史において画期的な礼拝の改革―賛美礼拝―をもたらせた要因だと信じます。ダビデはイスラエルの王になって最初にしたことは、契約の箱をエルサレムの一角にあるシオンの丘の粗末なテント(幕屋)に運び、そこで主をほめたたえました。音楽を伴う新しい礼拝の壮大なヴィジョンの種は、実は、自分に負い迫る者による苦境の中にあって、すでに蒔かれていたのではないかと思わせます。

http://meigata-bokushin.secret.jp/index.php?%E6%81%A9%E5%AF%B5%E7%94%A8%E8%AA%9EPs35

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【詩篇34篇】o19  ダビデによる。彼がアビメレクの前で気違いを装い、彼に追われて去ったとき


psm34:1  私はあらゆる時に主をほめたたえる。私の口には、いつも、主への賛美がある。

psm34:2  私のたましいは主を誇る。貧しい者はそれを聞いて喜ぶ。

psm34:3  私とともに主をほめよ。共に、御吊をあがめよう。

psm34:4  私が主を求める と、主は答えてくださった。私をすべての恐怖から救い出してくださった。

psm34:5  彼らが主を仰ぎ見ると、彼らは輝いた。「彼らの顔をはずかしめないでください。」

psm34:6  この悩む者が呼ばわったとき、主は聞かれた。こうして、彼らはすべての苦しみから救われた。

psm34:7  主の使いは主を恐れる者の回りに陣を張り、彼らを助け出される。

psm34:8  主のすばらしさを味わい、これを見つめよ。幸いなことよ。彼に身を避ける者は。

psm34:9 主を恐れよ。その聖徒たちよ。彼を恐れる者には乏しいことはないからだ。

psm34:10 若い獅子も乏しくなって飢える。しかし、主を尋ね求める者 は、良いものに何一つ欠けることはない。

psm34:11  来なさい。子たちよ。私に聞きなさい。主を恐れることを教えよう。

psm34:12  いのちを喜びとし、しあわせを見ようと、日数の多いのを愛する人は、だれか。

psm34:13  あなたの舌に悪口を言わせず、くちびるに欺きを語らせるな。

psm34:14  悪を離れ、善を行なえ。平和を求め、それを追い求めよ。

psm34:15  主の目は正しい者に向き、その耳は彼らの叫びに傾けられる。

psm34:16  主の御顔 は悪をなす者からそむけられ、彼らの記憶を 地から消される。

psm34:17  彼らが叫ぶと、主は聞いてくださる。そして、彼らをそのすべての苦しみから救い出される。

psm34:18  主は心の打ち砕かれた者 の近くにおられ、たましいの砕かれた者を救われる。

psm34:19  正しい者の悩み は多い。しかし、主はそのすべてから彼を救い出される。

psm34:20  主は、彼の骨をことごとく守り、その一つさえ、砕かれることはない。

psm34:21  悪は悪者を殺し、正しい者を憎む者は罪に定められる。

psm34:22  主はそのしもべのたましいを贖い出される。主に身を避ける者は、だれも罪に定められない。

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こんばんわ・・・。

ごみんなさい。今日は訳あって朝更新できませんでした。


人生色々ありますね。

突然・・・って事もあるわけで・・・

今日は なんやかんやで大変つかれたわけでございました。




では早速共に詩篇を。

今日僕の心に留まったのはこんな言葉。

psm34:18  主は心の打ち砕かれた者 の近くにおられ、たましいの砕かれた者を救われる。




打ち砕かれた・・・


しかし、凄い表現だよね。



打ち砕かれた人。

僕らは打ち砕かれるほどの環境にいてるだろうか?

打ち砕かれたと云われるような状況を過ごした事あるだろうか?




多分、打ち砕かれるほどの環境を体験すると

自分の力の限度を感じ、上を見上げるしか出来なくなるように思える。

psm34:5  彼らが主を仰ぎ見ると、彼らは輝いた。





そんな時、僕らは主を仰ぎ見る事になる。

なんかそう思えるね。


そうして、神様と僕らは出会う。

ダビデさんを支えられた常勝の神様の力に触れる事になる。


僕らは輝く事になる。

それは、圧倒的な勝利が僕らにあるという事を知っちゃうから。





砕かれるのは痛い。


砕かれることを僕らは嫌う。



当然だ。




でも、

きっと打ち砕かれる体験でなきゃ、僕らの心は神様だけを見上げることが出来ないのかもしれない。



打ち砕かれるのは神様との出会い。


きっと、

今まで以上に神様の素敵さをリアルに体感できるに違いない。




痛いのは嫌だけど

少しだけその痛みもイイのかもって思えたら素敵ですね。





心が否定しても、バイブル(神様)の言葉を選んで過ごせたらいいですね。
だから、大丈夫だ!と言葉を発してみませんか?




僕らは今日も大丈夫!!


神様・・

eps1:17  どうか、私たちの主イエス・キリストの神 、すなわち栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、に与えてくださいますように。

eps1:18  また、心の目 がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか、

eps1:19  また、神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、が知ることができますように。


ジーザス(イェス様)の名前で
a-men.


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詩34篇「答える」עָנָה アーナー

〔カテゴリー愛顧〕

4節a「私が主を求めると、主は答えてくださった(עָנָה)。」
4節b「私をすべての恐怖から救い出してくださった(נָצַל)。」

Keyword; 「答える」 answer 3:4/ 34:4/65:5/99:6/118:6, 21/119:26/120:1

  • 「私が主に呼ばわる」、すると「主は私に答えてくだった」―きわめて単純かつ明快なかかわりがここにあります。「答えてください」という嘆願ではなく、はっきりと答えられたという経験が記されているのがこの詩34篇の特徴ですが、他の詩篇にもあります。
  • 99:6「・・彼ら(モーセ、アロン、サムエル)は主を呼び、主は彼らに答えられた。」
  • 120:1「苦しみのうちに、私が主に呼ばわると、主は私に答えられた。」
  • 「答えられた」という経験が、「私が声を上げて、主に呼ばわる。すると、聖なる山から私に答えてくださる。」(3:4)という確信を生み、「答えてください」という嘆願を生む。しかしその背景には、「わたしを呼び求めれば、わたしは・・答えよう」(91:15)という主の約束がある。このように、「約束」-「嘆願」-「経験」-「確信」という構造の中で、神との信頼関係はより深いものとなっていくと信じます。
  • 詩34篇には、作者が苦しみのうちに主を呼び求め、その声を聞かれた主が答えてくださったという構造が見られますが、その答えが、「何から救われた(יָשַׁע)」のか、「何から救い出された(נָצַל)」のかという表現でなんども繰り返して記されているのが特徴です。

    4節
    「主は私をすべての恐怖から救い出して(נָצַל)くださった。」
    6節
    「この悩む者が呼ばわったとき、主は聞かれた。
    こうして、彼らはすべての苦しみから救われた(יָשַׁע)」
    17節
    「彼らが叫ぶと主は聞いてくださる。
    そして、彼らをそのすべての苦しみから救い出される(נָצַל)」
    18節
    「主は心の打ち砕かれた者の近くにおられ、
    たましいの砕かれた者を救われる(יָשַׁע)」
    19節
    「正しい者の悩みは多い。
    しかし主はそのすべてから彼を救い出される(נָצַל)。」

  • 「すべての恐怖」、「すべての苦しみ」、「すべての悩み(=わざわい)」―これらは「恐れ」ということばで括ることができます。信仰者といえども、ひとたび恐れをいだくならば、無力となり、良い知恵が与えられるどころか愚かな決断をしてしまいます。歩みにおいてマイナスの影響をもたらします。なぜなら、恐れから敵(サタン)のつけ入る隙を与えてしまうからです。信仰が薄れると、必ず、恐れが怒涛のように押し寄せてきます。信仰と恐れの関係は、私たちが考えている以上に根の深いものです。この詩篇の標題にもあるように、ダビデが恐れを抱いたとき、ガテの王アキシュの前で気違いを装って難を逃れました。この経験はダビデをして「人を恐れると罠に陥る」ことを学ばせた出来事だと思います。

http://meigata-bokushin.secret.jp/index.php?%E6%81%A9%E5%AF%B5%E7%94%A8%E8%AA%9EPs34

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