杉山 召のブログ -68ページ目

杉山 召のブログ

超能力と宇宙人のことを書いています。

地球を平面だと仮定します。

空間は「3D(立体)」だから、
画用紙に描いたような平面には成らない。
故に

地球に、側面と、裏面か有ると考えられる。

そんな訳で、
この時点の地球の形は平面と側面と裏面の立方体なので、
(サイコロの形?)になる
だけど、
地球の重力が働いて、物質は中心に集まり(偏りの消失)
立方体は徐々に「丸くなってゆく」と考えられる。
つまり
地球は(元の形が何であれ)球体に成るのです。

「偶像崇拝」を禁止している、らしいけれど

ヘブライの古代人は、文字の画数が
「奇数」ならば「女」
「偶数」ならば「男」
と決めていた。


「さむらい」=「士(11)」ですが、

数秘術では
数字を「ひとけた」に成るまで足し算します。


数秘術では「11」→「1+1=2」なので「11」は「2」です。
数秘術敵には「11」の扱いは「2」と成るのです。

つまり、
偶像崇拝とは「男像」を神として信仰してはいけない。
と伝えているのです。

フラフープしたことある?

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フラフープについては知らないが
コマが回る時に
左回り(上から見て反時計回り)に回ると
コマは起き上がろうとする力が働いて倒れない。
そして、
右回り(上から見て時計回り)に回ると
コマは倒れようとする力が働いて倒れない。
右回りの時に
コマの重さを量ると「軽く」成っている。
でも、これは「反重力」ではない。
倒れようとする力で、
コマの重さが左右に分散されている
からに過ぎない。
 
反重力に期待した方には、
お気の毒ですが、ぬか喜びです。


もしかしたらエルドリッチ号の事件を参考にしているのかもしれない。
バミューダ島付近でユダヤ人が行っていた実験の事です。

ニコラ・テスラの作った発電機で強力な磁力が発生すると分かったユダヤは、
アメリカ軍は敵戦艦のレーダー波を吸収して
レーダーに映らない戦艦を作ろうとしました。
ですが、強力な磁力は空間を引き寄せ空間を圧縮します。(正確な数値は知らない)

アメリカ軍の実験では
発電機が発生させた電気を発電機に戻して、
発電機に送る電力+発生させた電気をループさせて磁力を増幅させた。
(スピーカーのハウリングと似ている)

重力は、物質ではなく圧縮された空間に生まれる物なので、
エルドリッチ号は超磁力≒超重力を発生させてしまいました。
そして重力が2倍に成れば、時間の進み方は「1/2」に成ります。
重力を3倍にすれば、時間は「1/3」のゆっくりに成ります。

地球は秒速240km移動しているので、時間のゆっくりになった物体は、
ふつうなら地球の引力圏を離れて宇宙へ離れて行きますが、
エルドリッチ号は
海面の水の張力で、地球につなぎ止められたまま、赤道に移動して行きました。

実験を指揮するノイマンは、結果を予測していたので、
エルドリッチ号を(予測を頼りに)赤道に捜しに行かせました。
おそらく
バリアの元と成ったのは、エルドリッチ号を包んでいた「緑色の霧」でしょう。
それは、重力により圧縮を受けた酸素が硫黄に窒素がリンに成り、
海面の塩素が燃えた炎色反応(硫黄+リン+塩素の炎色反応)で生まれた物
だと思います。

サンスクリットの文字で、「梵」は産まれる。

「凡」は死ぬ。を意味します。

 

「凡」は、

動画で「台湾の天桃燈」を検索すると「凡」が見られます。

「梵」は、

この「凡」に「木木」=「両親」が付いた字です。

 

「凡」

  ↓

「し」=「死」=「止」=「白(白装束)」

 

「梵」

  ↓

「も」=「産まれる」=「正(五⇔互)」=「生」

 

なので、

本来なら、葬儀に出る時の服は「白」

そして

「も」の色だと、何色か分からないでしょうが、

更に「も」を足すと「もも」

なので「も色」は「もも色」だと分かります。

 

赤子の着る「産着」が「ももいろ」故に「赤」となる。

赤色の服が「も服」=「産着」なので、

還暦の60歳に成ると「赤い服」を着ます。

 

本来は「西」を「束」と書いていた。

「束」=「つか」とは「塚」なので、

古代エジプトでは、勘違いされて「墓所」にされていました。

本来の「つか」は「産まれて来る」場所です。

なので、

前方後円墳は女性器は「女性器」を模しています。

 

「束(西)」は「女(か)」を意味します。

「つ」は指示語です。

正しいシュメールの習慣で、「束(西)」は、

寺子屋(育児施設)が有る所です。

 

西遊記で「西」へ向かう理由は、シュメール文明で、

「知識」は「西に集まっていた」から

「知識」を得る為に、「束(西)」に、向かったのです。

なので「西遊記」と成るのです。

 

まとめ

本来の喪服は「白」=「白装束」です。
産着が「も服」=「もも色」=「赤色」と成ります。

なので
白装束が「葬儀の服」=「喪服」は「白」です。

 

邪馬台国で「人」は「ひ=ヒ=日=女」と「と=斗=男=子」

なので、「ひと」とは「母と子」でした。

やがて、子は労働者になり、「子」=「ロ(ろ)」となる。
これを踏まえて、

 

木=女
ロ=男(労働者)
と考えて
呆(男性上位=呆れる)
束(女性のこと)
杏(あんしん=女性上位)
と考えていました。

 

女性上位とは「育児が中心」の社会です。

 

束は「子(ロ)」を守り女を意味する。

東は「女(日)」を守り男を意味する。

 

古代では字画の奇数が「女」で、偶数が「男」でした。

 

ちなみに

人という字は「母と子」
「人(ひと)」は母が大きく
それに対して
「入(いれる)」は「男」が大きい。
この場合は、母ではなく女になる。
「入」=「女男」
昔の人はもう・・・(笑)

ブッダは北枕で人が寝る事が「世界を救う」と悟りました。
世界が救われては困る権力者は、
座禅だの写経だの修行を課して、修行という名のサボタージュ
無為な行為を行わせている。

「ム」を「無」と言い換え無意味な行動を推奨しています。
「無」は「無意味」の「無」
本来の「ム」とは「報いる」これは「助け合い」を意味しています。
 

人を救えば「経験値」が貯まり、「魂がレベルアップ」します。
基本は人の傍に居るだけでも救済になる。
だから、悪党は僧侶に「世を捨てさせる」のです。

走るのが速くなりたければ、走る練習をする。
当たり前の理屈です。

「救いの力が欲しければ」
自分に出来る事で「他人を救えば良い」のです。
「ム」というのは、
至極単純な

行動の「お手伝い」日々の「積み重ね」なのです。

 

「祈り」は、誤った選択で、絶対に間違っています。

イエスは「神に祈れ」と「絶対」に言わない。
祈りは「行動させない」為のミスディレクションです。
人が「他人を救う」事が、未来を開きます。