ブッダは北枕で人が寝る事が「世界を救う」と悟りました。
世界が救われては困る権力者は、
座禅だの写経だの修行を課して、修行という名のサボタージュ
無為な行為を行わせている。
「ム」を「無」と言い換え無意味な行動を推奨しています。
「無」は「無意味」の「無」
本来の「ム」とは「報いる」これは「助け合い」を意味しています。
人を救えば「経験値」が貯まり、「魂がレベルアップ」します。
基本は人の傍に居るだけでも救済になる。
だから、悪党は僧侶に「世を捨てさせる」のです。
走るのが速くなりたければ、走る練習をする。
当たり前の理屈です。
「救いの力が欲しければ」
自分に出来る事で「他人を救えば良い」のです。
「ム」というのは、
至極単純な
行動の「お手伝い」日々の「積み重ね」なのです。
「祈り」は、誤った選択で、絶対に間違っています。
イエスは「神に祈れ」と「絶対」に言わない。
祈りは「行動させない」為のミスディレクションです。
人が「他人を救う」事が、未来を開きます。