simachyanのブログ -18ページ目

simachyanのブログ

シャンソンを日本語に訳詞して唄ったりして遊んでいます。
ご隠居さんの手慰みであり、自己充足的な世界です。


2015/08/13 に公開

子供の頃 【まどろみの中でも】 QUAND ERO PICCOLA
 ミーナ MINA 

‘68年にミーナによって歌われたカンツォーネ。
作詞;フランコ・ミリアッチ、作曲;ブルーノ・ザンブリーニ、ルイス・エンリケス・バ­カロフによって創られ『CANZONISSIMA'68』等のアルバムに収録­されています。
’ 
ミーナの『子供の頃』は名曲と言っても良い作品にもかかわらず、この当時ミーナは独立­して自身の会社PDUを設立したりして、多岐にわたり多忙だったせいかヒットに繋がる­活動が出来なかったようです。
後年この曲の楽曲の良さが伝わり人気が高まり、評価を得るようになりました。

ミーナは、クラブ歌手からスタートし、1958年にデビュー。
1959年に「ネッスーノ」をヒットさせ、その美貌もあいまって一躍トップスターとな­る。
1961年(昭和36年)5月に初来日公演をしている。
翌年、大ヒットとなり日本でも旋風となった『太陽はひとりぼっち』1962年(昭和3­7年)製作・公開のイタリア・フランス合作映画の主題歌も歌い、名声と実力を確立して­いった。
だが、1963年にイタリア俳優との不倫の恋をして私生児を出産し、カトリックの戒律­の厳しい当時のイタリアで激しい非難にさらされ、テレビ・ラジオから一年間ほど干され­るれるが、ちょうど良い涵養期間となっかのごとく、再起した後も数々のヒット作を生み­出した。
そして1978年のコンサートを最後に、テレビやステージに立つことをやめ、アルバム­の製作のみの活動に専念する。

この作品は、以前にも「それが愛でないなら」(アラビア)を対訳していただいたことの­ある村田ナオミ氏に再度お願いをして対訳をしていただき、訳詞のペースとさせていただ­きました。
http://shinshun-chanson-show.tumblr.c...子供の頃

訳詞・歌 Sima 
Pf 砂原嘉博    / inライヴ・カフェ “凡”
訳詞 no.107 (初稿)

シャンソン・訳詞のチャンネル
https://www.youtube.com/user/fwhy3109...

1968年のアルバム「UN HOMME S'EST PERDU(首つり男)」に収録されたうちの一曲で、2分ちょっとの短い作品を本邦・初「レイ・チャールズに捧ぐ」として訳(作)詞。
和訳としては、日本語詞 五十嵐顕男氏の「街角のアヴェ・マリア」が著名でシャンソン歌手たちに好まれているようだが、原曲の詞とは全く別物として創作されたものと思われる。

原曲は教会音楽的に始まり、歌の部分はカントリー風に展開し、部分的に英語が入ったりしています。
原曲のタイトルに「レイのための・・」とあるように、「ソウルの神様」と呼ばれているアメリカの盲目の黒人歌手レイ・チャールズ Ray Charles へのオマージュである。
レイ・チャールズについては、2004年に伝記映画「レイ Ray」が日本でも公開されています。

ゴスペルの知識と素養が少しでもあれば・・・アレンジが全く変わったものになった筈なのですが・・・。m(__)m

尚 今回の作品の静止画は、すべて旧知の戦友?「にゃんこ (▼へ▼メ)オラオラ」さんの貴重な愛蔵写真からの第二弾として提供していただき、好きなように構成させていただきました。

訳詞・編曲・歌 Sima  
Pf  にしかわまこと    /   in市川 ラ・メール
訳詞 no.98 (初稿)

シャンソン・訳詞のチャンネル
https://www.youtube.com/user/fwhy3109/videos