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simachyanのブログ

シャンソンを日本語に訳詞して唄ったりして遊んでいます。
ご隠居さんの手慰みであり、自己充足的な世界です。

 ダウン・タウン・ブギウギ・バンド DTBWB cover
作詞:阿木燿子 作曲:宇崎竜童
1973年12月に東芝/エキスプレスレーベルからシングル「知らず知らずのうちに」でデビュー。
翌’74年にリリースした「スモーキン・ブギ」が70万枚の大ヒットとなり、一躍人気バンドとなる。
更に1975年、「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」で不動の地位を築く。
DTBWBとしての活動期間は1973年~1981年。
その後、1987年12月、2002年8月にシークレットライブ、2003年6月 “dmx in YAON ”でライブ、2007年11月と特別企画のライヴ毎に、度々再結成している。
「身も心も」は、松田優作の「探偵物語」の最終回、主人公の工藤俊作が刺されて死んでいくシーンでも使われたことでも知られている。
ブルースロックを基調としたようなDTBWBの曲の中でも珠玉の作品と感じていますが、私的に和シャンソンと勝手に採り上げcover&upさせていただきました。
「人生をかけて、一生歌い続けていく一曲」とは、宇崎竜童氏自身の言葉。
1977年9月5日シングル盤発売 「身も心も / ダウン・タウン・エンジェル」
1977年10月20日「身も心も」をタイトルとしたアルバム盤発売 

Cover歌 by Sima
Pf    砂原嘉博   in  ラ・メール

シャンソン・訳詞のチャンネル chanson de Sima (Sima World)
https://www.youtube.com/user/fwhy3109/videos
後姿 & 去りゆく君に 
Pra Não Ver Voce Ir Embora 
ベニート・ジ・パウラ & Benito Di Paula 

日本では、長谷川きよし氏が最初に採りあげて「後姿」というタイトルで紹介された。
別れの朝、見送る男の複雑な葛藤を描いたブラジルのシンガーソングライター
「ベニート・ジ・パウラ」のラテンポップス。
「去りゆく君に」 として訳詞。

既に、Ver.2としてアップしていましたものが、
リズムを踏み外したりしていてピアニストさんに申し訳ないと
以前から思っていましたので、不得手なボサノヴァですが
同じピアニストの江口さんで録り直しをさせて貰ったものです。
既にアップしてある同曲のピアニストの違うバージョン
Ver.1との奏法の違いを楽しんでいただくのも一興かと思います。
よろしかったら、下記「去りゆく君に」Ver.1 もどうぞ。
http://youtu.be/4m5--r53WxQ

参考
  歩き続けて(長谷川きよし 作詞・作曲) Cover版
    https://youtu.be/M21qmIwXb5I

訳詞・歌 Sima          /   Ver.2
Pf      江口純子         /   in  市川 ラ・メール
訳詞 no.29 (up no.123)

シャンソン・訳詞のチャンネル
http://www.youtube.com/user/fwhy3109?ob=0&feature=results_main
ピア・コロンボ & PIA COLOMBO
作詞 リュック・ロマン 作曲 オスワルド・ダンドレア
日本では’75年に発売されたエスプリ・ドゥ・シャンソンという
アルバムに収録されている珠玉の一作。
このアルバムにはピアの代表作の一曲としても知られる
「スカーフ」を筆頭に「五月の夕べ」「すでに」等の
傑作が収録されているが、未だCD化されていないのが残念。
作曲のダンドレアは、ピアの専属ピアニストで彼女の為に幾多の作品を提供している。

ピア・コロンボは、イタリア人の父親、仏系ジプシーの血を引く
母親の間に産まれたが(1934年とも、’37年とも言われるが不明)、
生後まもなく修道院の前に捨てられ、孤児として幼少期を過ごした。
1956年パリ左岸のキャバレーで歌い始めた推定19歳の時、彼女に転機が訪れる。
若い作詞作曲家モーリス・ファノンと出会い、
恋に落ち結婚に至るも離婚することになるが、
ふたりは生涯の友として音楽で結ばれていたという。

そしてバルバラ、グレコとともに、セーヌ左岸を代表する歌手となった。
主としてモーリス・ファノン、レオ・フェレ、ムスタキ、ブレヒト等の作品を歌い、
現実派の歌手としてエディット・ピアフと比較されたこともあったようだ。
歌詞を重視して、歌うということよりも語る歌い手として「ディズーズ」とも言われる。
ピアは、常に自分の政治的立場を鮮明にし、
68年の5月革命では、ストライキ中の工場を慰安・激励したりし、
大統領選挙では、一貫してミッテランへの支持を表明したりしていた。

1979年から81年にかけては、自ら癌と闘いながら、
主としてかつては夫であり生涯の友人となっていた
モーリス・ファノンの曲を歌い、そして1981年4月22日、
彼女はオランピア劇場に髪の毛のない病身の最後の姿を現して
ステージに立ち、大喝采を浴びる。
1986年4月16日、闘病から身を引くように、享年51歳(52歳?)でその生涯を閉じた。

参考
 「すでに・・」
   https://youtu.be/oazKJCiHA0I
「スカーフ」
   https://youtu.be/bPuMN0W9dY4

訳詞・歌 Sima
Pf      江口純子   in  銀座 月夜の仔猫 
訳詞 no.122 (初稿)

シャンソン・訳詞のチャンネル chanson de Sima (Sima World)
https://www.youtube.com/user/fwhy3109/videos

永遠に別れを & 哀しみを捨てて 永遠に別れを & 哀しみを捨てて
Hasta siempre,amor,  アスタ・シェンプレ・アモール
ウルグアイのバンドネオン奏者であり中南米で広く活躍していたタンゴバンドのリーダーでもあるドナート・ラシアッティによって作られたタンゴが原曲。
作詞はフェデリコ・シルバで、1958年頃の発表と思われる。
日本では「哀しみを捨てて」という曲名でグラシェラ・スサーナやトリオ・ロス・パンチョス等でもタンゴではなく、ラテンポップス調で紹介されている。

この作品は、拙訳(作)詞「それが愛でないなら」(オルネラ・ヴァノーニ/アラビア)「その日の愛を歌に込め」(ジプシー・キングス/その日限りの愛)や「まどろみの中でも」(ミーナ/子供の頃)でお世話になった村田ナオミ氏に再度対訳をお願いし、原典とさせていただきました。
http://shinshun-chanson-show.tumblr.c...哀しみを捨てて

訳詞・イントロ篇曲・歌 Sima
Pf      江口純子   in  銀座 月夜の仔猫 
訳詞 no.121 (初稿)

シャンソン・訳詞のチャンネル chanson de Sima (Sima World)
https://www.youtube.com/user/fwhy3109...

作詞 康珍化・作曲  鈴木キサブロー
1982年8月発売のセカンドシングル「涙をふいて」が
ドリンク剤「新グロモント」のCMソングに起用されて全国的に大ヒットして知られる。
その後「すごい男の唄」がサントリー生ビールのCMソングに起用されたりと活躍するが、
TBSドラマ「人間万事塞翁が丙午」で三貴哲成(読み同)に改名して
俳優としてもデビュー。
ビートたけし主演のTBS「刑事ヨロシク」で同僚の田所刑事を演じているほか、
刑事ドラマ「西部警察PARTⅢ」や
ミュージカルの舞台等にも活動を展開しているようだ。

本作品は和製ブルースとしても傑作ではないかと思うが、
私的に和シャンソンとして勝手に位置付けてのCover第三弾です。
違和感がありましたら申し訳ありません。(^。^)y-.。o○

Cover歌 by Sima
Pf    砂原嘉博   in  ラ・メール
UP no.120

シャンソン・訳詞のチャンネル chanson de Sima (Sima World)
https://www.youtube.com/user/fwhy3109/videos

Love Theme from The Godfather
「Speak Softly Love」
フランシス・フォード・コッポラ監督による ゴッドファーザー三部作の第1作で、1972年のアメリカ映画「ゴッドファーザー」のために「ロミオとジュリエット」「太陽がいっぱい」などで知られるニーノ・ロータによってインストゥルメンタル用に作曲された。
英語ボーカルのバージョンでは「ゴッドファーザー愛のテーマ」として知られ、ラリー・クジックによって英語の歌詞が「Speak Softly Love」として作られ、日本ではアンディ・ウイリアムスが歌ったものが同年のオリコン洋楽部門の年間1位になっている。
また、ボリス・バーグマンがフランス語歌詞を付け’72年にダリダが歌いシャンソンとしてもヒットさせている。「PARLES PLUS BAS」
映画『ゴッドファーザー』は1973年度、アカデミー賞8部門で10個のノミネートを受け、3つのアカデミー賞を獲得した。
• 作品賞
• 主演男優賞 マーロン・ブランド
• 脚本賞 フランシス・フォード・コッポラ、マリオ・プーゾ
 主な出演
 - マーロン・ブランド、ロバート・デ・ニーロ(Part IIの青年時代)
   - アル・パチーノ
続編の『Part.II』もまたアカデミー作品賞を獲得したため、正編・続編が作品賞を受賞した唯一のケースとなっている。また、『ゴッドファーザー』はそれ以外にも5つのゴールデングローブ賞、グラミー賞など数々の栄誉を受けている。
当時のパラマウント社最大のヒット作であり、社長のロバート・エヴァンズ自らが企画・製作し、同じく自身が製作した「ある愛の詩」と並ぶ興行成績を上げ、この2作品により倒産寸前だったパラマウント社を立て直したと言われる。

参考
  ひまわり・sunflower
           https://youtu.be/cTaGsT0OwtM

訳詞・歌 Sima
Pf  砂原嘉博   in  市川 ラ・メール 
訳詞 no.119 (初稿)

シャンソン・訳詞のチャンネル chanson de Sima (Sima World)
https://www.youtube.com/user/fwhy3109/videos

妻にA MA FEMME(私の妻に)は、作詞・作曲ともアズナヴールの自作で ’72年のアルバム「愚かな恋IDIOTE..JE T'AIM」に収録されている中の一曲。
このアルバムには、「昔かたぎの恋」「人々の云うように」「孤独の心」等の著名な曲が多く入っています。
アズナヴールは、‘64年に「我が娘に」を発表しているが、この曲では「我が妻に」として作られ歌われている。
同年に同じアルバムが、日本では「シャルル・アズナヴールの素晴らしき世界」というアルバムになり、その中でこの曲を何故か「恋人」というタイトルで蘆原英了氏によって解説・紹介されている。

訳詞・編曲・歌 Sima
Pf    にしかわまこと   in  市川 ラ・メール 
訳詞 no.117 (初稿)

シャンソン・訳詞のチャンネル chanson de Sima (Sima World)
https://www.youtube.com/user/fwhy3109/videos
2016/01/21 に公開

時代おくれの酒場 作詞・作曲:加藤登紀子
1977年10月21日に加藤登紀子氏が歌いリリースされた楽曲ですが、1983年1­1月公開・高倉健主演の東宝映画『居酒屋兆治』(原作・山口瞳)の主題歌に採用。
ヒロインは大原麗子、高倉健の女房役で加藤登紀子自身も出演している。
キャストには錚々たるビックネームが並んでいるが、何と”ちあきなおみ”が向かいのス­ナックのママ役で女優として出演したりしている。
その他、1984年2月公開の劇場用アニメ『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』および、テレビアニメ『うる星やつら』第112回(19­84年5月23日放送)で挿入歌にもなっている。

日本の歌 としてはSima World の第二弾ですが、やはり和シャンソンとして私的に位置付けている曲です。
イメージを壊してしまっていたら、ご容赦を・・・。( ^^) _旦~~

Cover歌 Sima
Pf 江口純子   in 銀座 月夜の仔猫 
UP no.118 (初稿)

シャンソン・訳詞のチャンネル chanson de Sima (Sima World)
https://www.youtube.com/user/fwhy3109...


愛の幕切れ La Rupture ジジ・ジャンメール ZIZI JEANMAIRE 
1967年 作曲 ジャック・ライズマン 作詞はセルジュ・ラマとのコンビ曲も多いイヴ・ジルベール
ジジ・ジャンメールは、9歳の時から始めたバレエにのめり込み、国立オペラ劇場のバレエ科に入って才能を磨き、努力によって頭角を現す。
1948年に、仏バレエ界の才人と言われたローラン・プチが創設した「バレエ・ド・パリ」にプリマとして迎えられ成功を収め、世界一級のバレリーナへと成長する。
その後、モンテカルロバレエ団に移籍するが映画にも女優として活躍したりしていたジジは、米国での撮影中にプチと運命の再会、二人は結婚する。
映画の中でも踊りはもちろん、歌も披露していたが ’50年に初演された舞台、プチの振付による「ダイヤモンドを食べる女」の主題歌が絶賛を浴び、そのレコードが ’51年のディスク大賞を得るに及び、シャンソン歌手としても地位を確立するにいたった。
しかし、その後の映画「パリの不夜城」の中で主題歌を歌うまで歌手活動はしなかったようだが、この映画のいくつかの歌も大評判となり、’57年パリのアランプラ劇場に歌手として出演することを決意し、大成功を収め真価を不動のものとした。
前年の ‘56年に他界した、ミスタンゲットの再来と称えられたという。
セルジュ・ゲンズブールやセルジュ・ラマも彼女のために複数もの曲を提供している。

歌の方は、特に後半で走っています・・・どうか、ご容赦を。m(__)m

訳詞・歌 Sima
Pf      江口純子   in  市川 ラ・メール 
訳詞 no.116 (初稿)

シャンソン・訳詞のチャンネル chanson de Sima (Sima World)
https://www.youtube.com/user/fwhy3109/videos

アントニオの歌 The Rainbow & Antonio’s Song (Ver.2) 
1977年 Antonio Carlos Jobim(アントニオ・カルロス・ジョビン)に捧ぐとして、マイケル・フランクス(Michael Franks)が、敬愛する アントニオ・カルロス・ジョビンに贈った珠玉のボサノヴァとして、余りにも著名な作品。

この曲は、私が訳詞に手を染めた最初の作品ですがyoutubeにアップしているものが、何故か私のチャンネルで再生回数no.4に入っています。
歌の方が、リズムを外したりしていて申し訳ないと気になっていましたが、何となくBossa Novaへの苦手意識から避け続けていました。
でも、やっぱり・・と思い直して、勇気を奮い起して録り直しました。
相変わらずボサノヴァには程遠い仕上がりですが、ピアノ伴奏、アドリブの違いなどを楽しんでいただけたら幸いです。

参考・Ver.1
  https://youtu.be/7PRZMBUhnK4

訳詞・歌 Sima
Pf      江口純子   in  銀座 月夜の仔猫 
訳詞 no.1  Ver.2

シャンソン・訳詞のチャンネル
http://www.youtube.com/user/fwhy3109?ob=0&feature=results_main