形ばかりのポット


 実は日本では形ばかりにこだわってきたために口元にまで気を使ってデザインされてこなかった。


 製造する側もいちいちそんなことまで気にしていない。

 ビックリされるかもしれないが、デザイナーによってデザインされたティーポットは、何度も何度も繰り返して水を注ぐなどの試験をして作られることはなく、出来上がると自動的に製造段階に入ってしまう。


 それに、水滴が落ちようと落ちまいと従業員である製造者もどうやって手直しをしていいのかわからないのが実際のところだ。


 残念ながら水滴が落ちないティーポットを作り方を知っている人は日本でも非常に少ない。

 

 ですから、購入する前にティーポットに水を入れさせてもらい、注いだ時に滴が垂れるか否かを確かめてから買ってもらいたい。


 そうすることが末永く使い易いティーポットを手に入れるコツでもあるのだ。



続く!

 

                      日本では


 前回、ティーポットが作られた理由を書いたが、日本ではティーポットを利用する家庭は随分と少なくなくなった。

 でもティーポットに入れてティーやコーヒーを出して貰った時には本当に嬉しいものだ。

 なんとなく雰囲気が違うw


 美しいご夫人からティーポットで注がれたティーやコーヒーを飲むと心が豊かになった気持ちになるのは私だけかもしれないです(笑)?

 


                    一敵の水滴が

 

 ところが、ティーカップに紅茶を入れる際によく見かけるのがポットの口元から水滴がぽとりとしたたり落ちるシーンだ。


 なんとかして滴が落ちないようにゆっくりとポットを傾けてカップに注ごうと試みるがやはり口元に沿って滴り落ちるのである。


 テーブルにしたたり落ちた紅茶やコーヒーの色がやけに気になる・・。


 そんな気持ちを経験した方がいないだろうか?


 いま日本で販売されているほとんどのティーポットがそうなのだ。

 ではなぜ滴り落ちるようなポットを作るのだろうか?


 そんな疑問を持った人はいないだろうか。



続く!


 

                   必需品のティーポット


 ティーポットには

1)ティー・コーヒーを冷ますため

2)適度の温度を保つため

3)いつでも飲められるようになるため

 さらに、金属製ティーポットは熱伝導率が高いために冷めやすい。

4)(それに反して磁器製ティーポットは)冷めにくい利点がある。


 という四つの役割を果たしていた。


 だから上流階級の家庭ではティーポットは必需品であったのだ

 その為磁器製ティーポットが市販されるようになると好んで利用されるようになったんだよ。

 

 多くの家庭では多種類のティーポットを買って楽しんだ。

 執務室用、ベッドルーム用、パーティー用、家族用と様々な目的に応じて作られたためその種類はたくさんある。

 多人数用の大きなものから一人用の小さなもの、背の高いものから安定した背の低いものとその形も千差万別だ。


 日本でもたくさんのティーポットも作られた。

 しかし最近の日本の家庭でティーポットを見る機会は極めて少ない。

 その理由として値段が高すぎるのと、いちいちティーポットに入れるのが厄介なのではないだろうか?

 コーヒーメーカーを利用した方がずっと簡単だ。

 

 日本古来の急須の方がずっと使いやすいからだ。



続く!!

                      ティーポット


 ティーポットは家庭用品を販売している店に行けば必ず見る事が出来る。

 その種類も豊富だ。


 金属製、ガラス製、プラスティック製、磁器製、そのほか土瓶に近い様な形のティーポットも並んでいる。

 

 そんなティーポットの“ちょっと見”が格好がいいから“使ってみようようかなw”と

雰囲気に吊られて軽い気持ちで買っている人も多いのではないだろうかw

 

 でもティーポットが何故作られたかその理由を知っている人は多くない。

過去に作られたのにはそれなりの理由がある。

 

 その理由とは・・・


 今から何百年も前にさかのぼる。

 当時はティー・コーヒーを作る際、外とか台所で火を焚かなければならなかった。

カメに入っている水をやかんとか鍋の中に入れ、コンロの上に乗せて沸かしたのだ。

しかし沸騰した湯の中にティー・コーヒーを直接カップにそそいだところで、出来あがったコーヒー・紅茶は熱過ぎて飲めないのだ。

当然薪で炊かれたやかんは真っ黒になってしまう。その煤(すす)の付いた真っ黒なやかんをそのままテーブルに持っていくわけにはいかない。


 その無茶茶苦茶に熱いティー・コーヒーを冷ますためにもやかんからティーポットの中に入れ替えて各部屋のテーブルに置いたのだ。

 


 続く! 

 


陶磁器の旅をしていて不思議に思う事がある。

それは磁器を生産している人たちの顔である。



                   アジアの工場では


 東南アジアの陶磁器生産地での工場では、中国・タイ・ベトナムでの生産者の年齢が非常に若い!


 私から見るとみんな子供たちに見える。それも10代前半の労働者ばかりだ。

 そんな子供たちが工場の中で一列に並んで一つ一つのお皿やフィギュアに絵を塗っている。

 彼等の目的は一つ一つのお皿に決められた絵を筆で描いているのだ。

 筆で画く速さはものすごく速い。何の躊躇もなく手早くすらすらと書いてしまう。

 画かれた絵皿はコンベアに運ばれて別な工程に送られていく。

 彼等は指定された通りの色を輪郭に沿って何のためらいもなく塗っているだけなのだ。


 確かに手造りに違いない。しかしこうした皿に塗られただけの製造方法はデザイナーの心とは関係なく、消費者の手に届いてしまう。消費者はただ安いと言う一点で購入する。

 結局は心に残ることなく使い捨て食器として取り扱われてしまうのだ。

 

                  ヨーロッパの工場では


 それとは対照的ににヨーロッパでは40代50代60代といった熟練された男性やご婦人の技師たちがじっくり見ながらゆっくりと画いている。


 一人一人の熟練した労働者には個人用の机が与えられている。

 個人用の机には沢山の筆が並んでおり、一つ一つの筆は目的別に形が違っている。太い筆・細い筆・鋭い筆・柔らかい筆。

 他に多種類の絵の具と色を調合するお皿。

 横にはラジオの音が聞こえる。

 

 彼等は皿を手に取り、薄い色、濃い色と筆を交え、色バランスを取りながら画いているのだ。複数の筆を器用に使いまわしながら好きな色を出しながら、自分のペースで仕事をしている。おおよそ大量生産とは云えない。

 果たしてこれで採算の合う生産が出来るのだろうかと疑ってしまう。

 


 アジアでの大量生産にせよヨーロッパの極少量生産にせよどちらもそれなりに消費者がいる。

 そのどちらも多くがアメリカに輸出されている。


 使い捨てにするかそれとも永久保存にするかは買う人の心に掛かっている事は言うまでもない。


 将来の私たち日本人はどちらを買うだろうか?


                                            続く!