陶磁器の旅をしていて不思議に思う事がある。

それは磁器を生産している人たちの顔である。



                   アジアの工場では


 東南アジアの陶磁器生産地での工場では、中国・タイ・ベトナムでの生産者の年齢が非常に若い!


 私から見るとみんな子供たちに見える。それも10代前半の労働者ばかりだ。

 そんな子供たちが工場の中で一列に並んで一つ一つのお皿やフィギュアに絵を塗っている。

 彼等の目的は一つ一つのお皿に決められた絵を筆で描いているのだ。

 筆で画く速さはものすごく速い。何の躊躇もなく手早くすらすらと書いてしまう。

 画かれた絵皿はコンベアに運ばれて別な工程に送られていく。

 彼等は指定された通りの色を輪郭に沿って何のためらいもなく塗っているだけなのだ。


 確かに手造りに違いない。しかしこうした皿に塗られただけの製造方法はデザイナーの心とは関係なく、消費者の手に届いてしまう。消費者はただ安いと言う一点で購入する。

 結局は心に残ることなく使い捨て食器として取り扱われてしまうのだ。

 

                  ヨーロッパの工場では


 それとは対照的ににヨーロッパでは40代50代60代といった熟練された男性やご婦人の技師たちがじっくり見ながらゆっくりと画いている。


 一人一人の熟練した労働者には個人用の机が与えられている。

 個人用の机には沢山の筆が並んでおり、一つ一つの筆は目的別に形が違っている。太い筆・細い筆・鋭い筆・柔らかい筆。

 他に多種類の絵の具と色を調合するお皿。

 横にはラジオの音が聞こえる。

 

 彼等は皿を手に取り、薄い色、濃い色と筆を交え、色バランスを取りながら画いているのだ。複数の筆を器用に使いまわしながら好きな色を出しながら、自分のペースで仕事をしている。おおよそ大量生産とは云えない。

 果たしてこれで採算の合う生産が出来るのだろうかと疑ってしまう。

 


 アジアでの大量生産にせよヨーロッパの極少量生産にせよどちらもそれなりに消費者がいる。

 そのどちらも多くがアメリカに輸出されている。


 使い捨てにするかそれとも永久保存にするかは買う人の心に掛かっている事は言うまでもない。


 将来の私たち日本人はどちらを買うだろうか?


                                            続く!