この2日間はカミゴトをしたり、自分の課題に引き戻されたりして、引きこもっていました。

祈りは、心を手向けること

本当に、ただそれだけで、神さまとつながるのには十分なのです。


本日は、私のトホホ…な、お話。

【風の神さまのお話】


さて、私がぶち当たっていた課題はズバリ「ご案内の書き直し」でした。

先日、見直していると、まあわかりにくいこと!
外れてはいないのにズレている。
必要なことは含まれているけれど、あまりに遠すぎます。


さらに、これまでのレベルでは書けないことも判明。
あああ…イチから手直しかぁ…。


風の神さまの後押しで運と気を引き上げたら、自ずと自分のステージが上がることが実地でわかりました。
魂の意志とその願いに気づけば、それは当たり前なのかもしれませんが、こういう形でやってくるとは…。


自分とその周りにあるエネルギーを吹き上げる。
そうしたら、自分の「ステージ」も変わる。


これまでの延長線上では、とてもじゃないけれども説明できないことを私は、これから向き合わねばなりません。

それには、自分のエネルギーの手入れも入っていて…と、少し遠回りにはなってしまいますが、その方が確実です。


そりゃ「反応」も鈍いわけだ…。
自分で「わざと」出さないようにしているような気になります。いえ、事実そうなのでしょう。

そこを風の神さまは見逃さず、きっちり目を向けるように申し渡したのでした。


一応、そのままにはしておきますが、明日の夜に修正を出す予定です。


「心のつまずき」を整えながら人生の可能性を広げたい方へ☆


自分の中でフタしていたものが出てくると、これまでのやり方では通用しなくなり、強制停止になります。

固定観念を手放し、感情を解放するまで進ミマセン!
(帰れま10の語調で)

いえ、実際は水面下での進展が大きくて、現実が動かないように見えるだけなのですが、目に見えるものだけに囚われていると、「何も進まない!キィーッ!」となりがちです。


進まないときほど、そこに自分の大切なものが埋もれています。
小手先のテクニックで解消しようとせず、いかに立ち止まってつぶさに点検できるか、が肝なのですが、往々にして、現実とのバランスで立ち往生しやすい面でもあります。


【風の神さまのお話】

「感情の度外視」は、以前から課題でした。
とにかく「怖い」という気持ちになるだけで、もう怖い。

「あのとき」「あの場所で」「そのときの私」がそう思っていた。

その「過去の出来事」と似たような状況になると、途端に正常な判断ができなくなります。

そして、気持ちが現実のものと混同しがちで、初めの頃はパニックになることも多かったのです。


最近になって、ようやっと不安が出てきたら、その不安に留まり、「あのとき」と今を切り分けて、落ち着くことができるようになりました。


そもそも、これは「今の自分の気持ちに踏み留まり、心を見渡す」という一種の心理テクニックです。

もとは「自他境界の曖昧さから意識や行動に不具合が起こる精神的症状」を低減させる、一種の認知療法なのですが、「自分の中にある心のつまずき」と向き合うにも有効だと思います。


そうして自分の「心の領域の気」をコントロールすることで、不安感を低減させながら、自分と向き合いました。

さらに、このところは風の神さまの後押しを受けてから、それが制御しやすくなった気がします。

少しずつ、エネルギーが軽くなるのも感じられるようになりました。



「自分の中に全てある」


それは自分にとって、決して心地良いものや都合のいいものだけがあるわけではありません。

それでも「自分の大切にしてきたもの」「過去に受け取ってきたもの」、そして「今の自分から未来に向けてできる、最良の選択肢」もこの中に含まれていることも確かです。


ところで風の神さまの後押しのテーマ、運気の「バランスを整える」とは言わず、「吹き上げる」というところにも、意味がありそうです。




「心のつまずき」を整えながら人生の可能性を広げたい方へ☆


風の神さま曰く、調子がよくても運気がイマイチなときは、余白を作るといいそうです。

予定に空白を作ったり、最低限することをして遊ぶ!
あと、電車を一本遅らせるなど、わざと自分で「遅延」を作るのも有効です。


さて、本日は「魂の自分とその願い」に出会ったお話です。

【風の神さまのお話】

風の神さまの後押しを受けながら、「恐れ」を動機にしていたことを見直し、改めて自分の意志で選択することを繰り返していると、それが「魂の意志」であることに気づきました。

その力強いエネルギーは、自分の持つ既存の枠組み、固定観念をも超えて、無条件で自分自身を生きることを可能にする自分の霊性、魂の力ともいえます。


コドモの頃、私は「オヤの役に立ちたい」と思っていたのを思い出します。
あの頃の私は、本当になんでもできると思っていたのです。

でも、小学生にも満たない私にできることなんて、わずかなもの。
間の悪いことに、家庭の事情で親元を離れて過ごすことになったときは、「なんて役立たずな自分なんだ」と自分に失望しました。
できることなら、取り返したい。

でも、現実にそれは叶いません。
だから私は、「人の役に立つ」ことで過去を代償し、そうして過去の自分をも救い出そうとすることに、いつの間にか躍起になっていたのです。


しかし、そこに魂の力は行使できません。
なぜなら、魂の力はまず自分のために使うもの。
「人の役に立たなければ見捨てられる」という恐れの行動原理では、魂の力を働かせることはできません。


自分の魂の力に気づくことは、「人のため」に生きるのではないと知ることでもありました。
また、それは自分自身を幸せにすることでしかありません。
だから、そうでないとしたら、間違っているのは「自分の動機」なのです。

つまり私にとって、魂の意志と出会うことで「人のため」という動機を手放さなくてはいけないという事実に直面することになったのです。


戸隠で、神さまが笑いながら「茨の道」と言ったことを思い出します。
確かに平坦な道のりではありません。


魂の自分で生きるのは、「私」という全存在を自分で、かつ無条件で受け入れること。


一見、カンタンそうに思えますが、私のように生きる動機が自分のためではない場合、手放すことに本能的な恐怖心が伴います。

過去の出来事によって「見捨てられるのではないか」と浮かびますし、そうでなくても「変化する恐れ」は、まるで荒唐無稽な思い込みであっても、それこそ無条件で恐怖心が湧き出て、立ち止まってしまいます。


それでも、「本来の自分で人生を生きる」のが、魂の願いなのです。

自分の可能性を最大限に発揮しながら、死ぬまで可能性の伸びしろがある人生を生きること。

それでいて、現実社会を生きることとも両立できることなのです。


神さまの後押しを受け取ることは「魂の自分と出会うこと」でもありました。


まさか私の取り組みが、自分だけに収まることではなく、「神さまの力を知る」という目的もあったとは。
これも、あらかじめ仕組まれていた神さまのプログラムだったのかもしれません。



今、私は魂の意志、そして願いと出会ってなお、未だに「過去の自分の願い」を手放せないでいます。
もう、無条件に怖い!
「わかっ」ていても、心が追いつかなくては解放はできないのです。

でも、気づいたからにはもう目を背けることはできません。
このままを維持するのも難しいでしょう。

魂の願いと出会ったからには「叶えない」という選択肢はありません。
強い決意を持って、一歩ずつ前へと進むしかないのです。



魂の自分と出会い、人生の可能性を広げたい方へ☆
「神さまレッスン」も選べるようになりました。







こんばんは。神さまインタビュアーの紗妃です。

今宵お届けするのは、風の神さまのインタビュー。
「インタビューをする」と決めたはいいものの、いつも通りに話は流れ任せ、風にお任せ☆

そういえば、いるのが当たり前過ぎて、風を「司る神」だったこともすっかり忘れちゃっていました。
…ごめんて。でも、どっちでもあんまり変わらなくない?

巫を後押しする風の神さまの苦労や、「魂の意志」に出逢っちゃった話などもあります。
飄々としてるけど、実は苦労神でしたね。
ごめんて(2回目)。


では、さっそく風の神さまのインタビューをどうぞ☆
 


◆話すのは久しぶり。

いや、ホントにこうして話すのは久しぶりだね。


それはそう…。なかなか、私の方でまとまった時間を取って喋るってことがなかったもんね。


ま、それも仕方ない。

キミにはキミ自身の課題があるもんね。


いつも、側にいるというか、繋がっている感覚はあったんだけどねえ…どっかに行ったり来たりしてるな、とかね。


ま、それでいいよ。風も自由だ。気にしないさ。



◆今回のテーマ

「運気を吹き上げる」だっけか。


自分でそう言ったんじゃないさ。


うん、そうなんだけどね。

別にこだわりとかないからさ。


まー…そりゃ、そうだ。

私自身も含めて「今ここにいる人・見ている人」に向けていたもんだからね。


というか、キミ自身のテーマでしょ。


まあねえ。

でもホラ、同じようなステージにいる人はチラホラいるわけで。


うん、いるね。様子見してるけど(笑)


まあ、私自身が8月に出してからも、そのテーマと向き合うのに時間がかかったからねえ。

余裕がなかったんだよね。


そうだね。今は違うの?


多少は、余裕あるかな?

もとい、自然とこのテーマに取り組むことになっているというか、もう入っているというか…。

境目がないから、よくわからないのが実際のところかな。


入っているよ、もちろん。

以前と繋がっている、と言うべきか。


そうよねえ。そも、今年一年のテーマが「豊かさを受け入れる・受け取る」だもんね。

そのプロセスとしての「運気の吹き上げ」だもんね。


そうそう…。

まあキミ、だいぶよくなっているけど、まだかなあ。


そうね、もうすぐかなって気はするけど、まだだね。



◆「運気を吹き上げる」とは?

最近やっと気づいたんだけど、コレって「運と気」で、外側の流れと内側のエネルギー両方のことだったんだねえ。

そう。運と気の両方。
でなきゃ「吹き上がらない」でしょ。

あ、それもそうか。両輪だもんね。
どっちか一方でもダメなんだ。

そりゃあそうでしょうよ。
運だけだと一瞬で終わるし、気だけでも消耗して途切れちゃうし。
一過性で終わったら意味がないでしょ。

それはそう!

上がっても、波が下になったときに落差が激しくなれば、今度は上がるのが大変なのは、もう自分で経験済みだもん。


着実な右肩上がりで運気を上げる
波が下がっても下限を低減する

これが、私のスタンスというか、神さまの後押しでも助けてもらっているところだよ。

まあ、こちらとしても厄除けは変わらないからね。
「自分を生きる」ためには、やはり平穏が一番!

わお、風の神さまが「平穏」って言うの、意外だ。
もっと刺激的で自由なんだと思っていた。

ボクをなんだとお思いだい。…いや、風だけども!
風を司る「神」だからね。
風そのものじゃないからね!?

え、そうなの?
なんか、あんまり変わんないと思ってた。

付き合い長いのにヒドイな、解像度…。
「そのもの」だったら、こうはならんでしょうよ。

あー…うん、確かに。
セドナの精霊さんはホントにもっと自由というか、「我関せず」って感じだったもんな。

そうでしょうよ。
彼らと微妙に理(ことわり)は違うからね。

ま、とにかく自分に影響する流れと、自分自身のエネルギーの調整が、今回の主な役目というか、テーマだよね。

キミ、ホントにしんどかったんよね…。


◆風の神さまも手こずった巫の場合

だって過去に囚われているしさ、かと言って今は現実を生きてるしさ。
内側と外側もそうだけど、内面の中でも過去と現在の乖離がものすごくヒドくて。

わかる…どれだけ過去に囚われていたか、感情を「正しい」として、そこにこだわりすぎていたかを自分で思い知る日々だったよ…。今でも、あるけど。

や、そこはもう消化プロセスに入っているし、吹き上げ間近だからいいんだけども。
ヒトって苦難の連続なんだよねえ…。

そうねえ…。
なんなら、自分の思い込みや幻想で「現実」を作り上げちゃったりするしねえ…。

自分を「見ない」ようにするの、ホントにうまいよね…いや、困った。

そうだよねえ…。
私も、私自身を見るのが怖かったもんねえ…。
「期待に応えられない自分」とか「惨めな気持ち」とか「恐れが現実になる」という思い込みとか。
他にも、主にコドモ時代のこだわりが、たんまりと。

もう、コワくないっしょ?

どうだかねえ…。
まだ恐れに囚われているかな、とは感じるけど。
ただ、それより自分の意志の力に従ったほうが強いってことがわかったからねえ。

魂の意志と出逢っちゃったからねえ…。

はからずも出逢っちゃったねえ…。


◆魂の意志との出逢い

出逢ったと言ってもね。

「恐れからの選択を自分の意志で選択し直す」を繰り返していたら、それが自分の魂の意志であることに気づいた。

…という方が、正しいかな。

どっちでもいいよ。「気づいた」んなら。

恐れによる選択って、自我の領域なんだねえ。
無論、「それも自分」であることに変わりないんだけど、その恐れをも凌駕して働きかけてくるというか。

怖いからといって逃げられない。
見なかったことにする誤魔化しも効かないのを「実感としてわからせてくる」よ。

それが魂の自由意志だからねえ。

今、自分の中には自我と魂、2つの意志があって、まだ葛藤がある。
それはまだ恐れが残っているから、とはわかるんだけど、なんだかフシギな感じ。

これからキミはその、「魂の自由意志」で生きるべきなんだよ。

生きる「べき」なんだ。

うん。だって出逢っちゃったからには、そう「なる」しかない。

「なる」…うん。なんとなく、わかる。
こう、なんの苦しみもないとか、「自分の思う幸せ」が確約されているわけじゃないにせよ、魂の意志で生きると「幸せになるしかない」のは、わかる。

そこがわかれば、あともう少しだねえ。

もう少しだといいなあ。
…で、風の神さまの後押しにふさわしい人は?


◆風の神さまの後押しにオススメな人

そりゃあもう、「魂の意志」で自由に生きたいヒトでしょうよ。
なんかこう、自分で勝手にハードル上げて不可能なことを追ったり、余計な責任を背負いがちなヒトには、もってこいだよ。

それはアテクシへのあてつけですこと?

違うよ…そういう人は、他にも沢山いるってこと。

あー…。ま、そうなんだよねえ…。
いや、べつに具体的に誰かとかわかんないけど。

自分の認識している「現実」というものは、実は自分自身の解釈に過ぎず、真実とはまた別だし。

たとえ、それが「事実ベース」であっても、その事実に直面してなお、自分には選択する力がある、ということに気付けるかで、この先の人生の可能性を最大限に活かせるかどうかが変わるよね。

それだけじゃない。重たいエネルギー背負ってたら、いつかビョーキになっちゃうよ!

…うん…まあ…そこは我ら、お医者さんじゃありませんし、科学的根拠はないから「個人の感想です」としか言えませんがね…。
全ての病気がそこからです、とはならないし。
ただ、一つの要因としての「病は気から」は、実際にある気はする。

自分のエネルギー、とくに「内面の是正」は自分でしかできないしね。
実際のところ、「思い込みにこだわるもよし、囚われるのも自由!」…なんだけど。
私はイヤでした。もとい、ムリでしたので…ハイ。

そういう「モームリ」ってヒトは、まあボクの風でなんとかしようかな、と。

なんとかできるの?

自分で「する」と決めたら、ね。

…。あー、そうか。そうだった。
お口開けて待ってたらヨシ、じゃないもんね。
「ウチの」神さまの後押しは。
割りと体育会系。ガッツリ鍛えさせられてナンボ!

でも生きる筋力はつくよ?

着実にね!たくましくマッチョ…には、ならんか。
でも太ましく、しなやかに生きられますねえ。

だいたいね、エネルギーって蔑ろにされがちなんだけど、ホントに大切なんだからね!

…まあ、見えないからねえ。
「それで生きてる」とか言われても、ピンと来ないよねえ。

ま、それはともかく、今ある自分自身を大切する、その尊厳を回復させていけば、自ずと魂の意志で生きる自由は叶うよ。

ああ、うん。これはホントに、そう。
プライドとか自己肯定と少しずつかぶるけど、ちょっと違う。
端的に言えば「スナオに私は『私』なんだ」と受け入れる力を身に着けたとき、既に魂の自分の意思で生きているんだな。
そこに無限大の可能性が広がり、自分が無敵になる…っていうと、大げさかもなんだけど。

それは今生きている現実社会を度外視することではない。むしろ、現実をしっかり見つつ惑わされず、もっと広い視野で見ながら、自らの意志に従って生きられる、という意味では「無敵」だよね。

ヒトの言うことにも、惑わされないからね。

そう。「世間の目」もどこ吹く風。

自由意志という、これもまた自分自身の「風」だよ。

なるほどね、それに乗れば然るべき運にも乗れるってことね。

そういうこと。

 

 
以上、風の神さまインタビューでした!

私もこの話でわかったことが沢山あります。
運と気、両方でないと「吹き上がらない」とかね。

あ、「吹き上げる」の意味を聞くの、忘れてた!
…ま、いっか。また聞いとこう。
というわけで、インタビューはまた出すかもです。


それにしても、去年から「内面の大改革」に取り組んでいましたが、ここに来て魂の意志に出逢うとは思いませんでしたね。
自分の意志なんだけど、軸が太くてブレない。
リクツじゃない答えが圧倒的に正解なんだ、ということをまざまざと見せつけてくれる感じ。

同じく「魂の自分」も、私ではあるものの、もっと広くて深いもののように思えます。
この話は長くなるので、別の記事で出そうかな。


とにもかくにも「エネルギー」の扱いにおいては、絶大な力を発揮する風の神さま。

「生命の息吹」というように、ただ生きる力を目覚めさせるだけでなく、「自分というありようを魂の底から受容して生きる」ことを力強く支えてくれます。


「本来の自分と出会い、その人生を生きたい」という願いを持つ方には、ぜひオススメしたい風の神さまとのご縁です。

もとい、そろそろピンと来るタイミングが来ている人がいるような…?
そういうヒトは「ようこそ、魂の道を生きるための神さま道場へ☆」と両手を挙げて歓迎したい。
「スパルタだけど、損はさせないよ!」…だそうです。(←風の神さまより)



魂の自分で生きる道を求めている方にオススメです。





今回、風の神さまから頂く後押しのテーマは

運気を吹き上げる

「運気」と聞いたから、何も考えず一括りにしたものの、「運と気」で分けて考えたほうがいいのかも…と、今さらながらに気づきました。

運は外の流れ

気は内側、即ち自分自身のエネルギー



つまり、風の神さまは「運と気の両方」に働きかけてくれるんですね。



【風の神さまのお話】

流れがいくら良くても、内側のエネルギーが整っていないと、うまく活かせません。
逆に自分のエネルギーが準備万端でも、運が追いついていない場合は、停滞しているように感じます。

その両方が揃って初めて「運気がいい」「流れが好調」だと言えるんですね。

とくに自分のエネルギーを積極的に調整すると、神さまの後押しも入ってきやすくなります。


もし今、モヤモヤしたり停滞を感じながら「取っ掛かりがうまく掴めない」とお悩みの方は、まず現状をノートに書き出して整理してみましょう。

ポイントは「事実」と「感情」を分けて書くこと!

「現実」「事実」と思っても、意外と自分の捉え方で「そうと認識しているだけ」のことも多いです。


「そうである(事実)」

のと

「だから、こうに違いない(自分の認識)」

は、必ずしも正しいとは限りません。
むしろ、違っていることも多いです。

その結びつきに気づくと、「そうじゃないかも?」と新たな視点を発見できます。

そんな自分の認識や捉え方のクセを押さえていくと、どこに引っかかっているかを自分で発見できます。


かくいう私もこの方法で、抑えていた気持ちに気づいて改めて受け止めたり、「こうあるべき」という規範を見直したりと、内面の調整に時間をかけている最中です。

自分の感情を解放すると、エネルギーも解放されて、身軽になっていく手応えを感じます。

中には、ある事項に対して「向き合うことそのもの」に対する恐れも出てくる場合もあります。

その時は一旦その恐れが「ある」ことを認めて、その気持ちを完了させてから、本来向き合いたいことに意識を向けています。


いかんせん、怖がりな私は「怖い」という感情が出てくるだけで「それが現実のもの」と思いがち。

だから「現実には何も起きない」という事実で冷静さを取り戻してから、取り組むことにしています。


正直なところ、泥臭い作業ではあるのですが、内面の深いところに潜り込んでエネルギーを調整するには、欠かせないもの。


できることも、できないこともある。
そんな自分のありようをありのままに受け入れる。

エネルギー調整は自己受容でもあり、自分を許す・癒やすことでもあります。


軽やかになるにつれて、自分に「できる」という自信と安心感をもたらします。


この週末は、少し時間を取って自分の感情を整理して過ごしてみてはいかがでしょうか。
あ、もちろんリラックスしながら、ですよ!

自分と向き合うのは孤独な作業です。

辛いと感じたら、ムリせず休んでくださいね。

そういうときだからこそ、自分の心地よさを優先させること!

でないと、続けられないので。



ただいまお申し込み受付中の風の神さまのメッセージでは、自分が向き合うべきことの手がかりを教えてくれます。


書き出したはいいものの、一見どん詰まりに見えるような事態に陥っても、「優先して目を向ける箇所」がわかったり、潜在的に避けていたことを引き出して、自然と意識を向けることができるようになり、自分と向き合う作業もスムーズに進みます。


そのうち、自分の可能性の広がり、そして人生の可能性を最大限に活かす選択は自分の手の中にあるという事実に気づきます。


そうなったらもう「運気を吹き上げ」てもらったも同然!

現状の突破口を見つけらるのも、もうすぐです。




「気の流れ」を手入れして現状から抜け出すきっかけを掴みたい方にオススメです。