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無題

イーヴォポゴレリチは、クラシック好きの母に影響を受けて、いまだに聴いています。今後も人生を通して聴いていくんでしょう。だけど、仕事中はなかなか聴けない。仕事中のBGMとして聴くのは、知らないピアニストや交響楽団が演奏しているのを聴くのが一番。ポゴレリチは、やっぱドゥーミーというか、ロック的に言えば完全にメタルなんですよね。





現代ピアニストとして一番好きなのは、グレングールドです。


邪魔にならない完璧過ぎる演奏も好きですが、あの変態くさい雰囲気も好き。





だけど、一番好きな曲はチャイコフスキーの曲だったりします。





クラシックのある環境で育ったことを、とても幸せに思う。





追伸)



間違った。一番好きなのは、フランクの交響曲二短第一です。

チャイコフスキーはね、なんか、僕の中では太宰治のような位置です。嫌いじゃないけど、「生き方がロックじゃねぇな」と。



じゃ。


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無題

そういえば僕、アイドルとかめっちゃ興味ないんです。



やっぱり音楽的な嗜好がまったく別のベクトルに向いているので、なかなかね。聴く機会ってないですよね。聴くとしても、裏方の技術的なところにばかり耳がいってしまう。



ただ、唯一少し好きになった(癖になった?)アイドルグループがありまして、いわゆるご当地アイドルというのでしょうか。



焼津かつおガールズ(YKG2011)というグループ。



いわずもがな、静岡のお台所、魚センターがあります焼津市のアイドルです。



そして、その中の「DAMONDE焼津2011」という曲ね。



「DAMONDE」は「だもんで」と読みます。これは静岡の方言ですね。「だから」を、静岡では「だもんで」と言います。

「いかんせん俺ロッカーなんだよ。だもんで、アイドルなんか興味持てないら」という感じで使います。



まぁ、昔静岡に住んでいたということもあって、懐かし補正も入っているんでしょうけど、この「DAMONDE焼津2011」を聴いたときはね、もうそれはそれは、なんか色々な部分のセンスに衝撃を受けました。



このネーミングセンスもやばいし、音のチープさとか、歌詞もキテるしね。何よりもキメの部分で半音上がる感じがムカつくんですよね。ふなっしーみたいにあからさまに狙っているんじゃなく、本人達も裏方も「みんなマジなんだろうな」というのが感じられるところに、またなんか、ね。



「なにこれ何かムカつく」と思いながらも、ずっと忘れられないような。AKBが「クラスに一人はいそうな」をコンセプトにしているのなら、こちらは「クラスの女子、大体はこんな感じ」という印象でしょうか。そんでなぜか、たまにネットで検索して音源を探す的なことをしてしまう。



現役女子高生がメンバーっていうのも売りだったみたいですが、残念ながらとっくに解散しているみたいです。



でも、さっき検索してみたところ、DAMONDE焼津2011の動画(以前は観れた)はなかったものの、音源は聴けました。興味のある人は聴いてみればいいと思います。僕は半年に一回くらいのペースで聴きたくなります。そして、「何かムカつく。でも聴いちゃう」という気持ちに共感したなら、お前もSickyの仲間入りだ!わーはっはっは!お前も浪人生にしてやろうか!



じゃ。


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なんか、「ブログ」って古いよね。

なんか、「ブログ」って古いよね。



最近はSNSも多様化してきて、ラインから始まりインスタグラムとか、色々なものが登場してきてるでしょ。



僕はこれまでフェイスブックもラインもツイッターもあえて避けてきました。



僕が作っている音楽とか色々なものを見て、「好き!」とか「欲しい!」とか人に言ってもらえたら、それはすごく嬉しいし「ありがとう!」と素直に思います。そういう人達ともっと積極的にコミュニケーションをとれば、創作意欲だって湧くだろうし、やる気だって出てくるでしょう。



ただね、問題が一つある。



僕、かなり感情的な人間なんですよね。

作品を褒められたら、もう、嬉しくて舞い上がっちゃう。

そうなると今度は、「喜んでくれる人達をもっと喜ばせたい!」と考える。

その結果、「みんなに喜ばれるものを作るようになる」と。



これ大問題。



その結果できあがるのは、表現でも芸術でもアートでも何でもない。



ただの商品です。



僕が作るものは芸術というにもアートというにもおこがましいものばかりですが、それでもやっぱり「自分の中にある何かを表現したい」という気持ちがいつも原動力になっています。お客様の声にお応えしちゃったら、俺、シッキーじゃなくなっちゃうんだ。ただの個人商店だぜ。「馴れ合い」の雰囲気の中、なぁなぁで作品を作っていたって、僕の場合はなかなかいいものはできません。うまいラーメン屋がフランチャイズ化して味を落とすみたいなことと同じ。





でもね、実際、人に喜んでもらうのってすごく嬉しいわけ。



「もう、人の喜びのためだけに生きればいいんじゃないか」って思っちゃう。



一方、自分の個性とか感覚とか感性、世界観はもっと磨きたい。



様々な葛藤の末、「SNSはやらんとこ」っていうね、謎な結論に達する。



フクロウキャンドルとか作っちゃってるけど、これでも僕、自称変態ロッカーなんです。



表現者たるもの、商売に甘んじない骨太さは絶対的に必要だと思います。



それを支えるのが、創作への信念であったり情熱であったり。







ちなみに、フクロウキャンドルは「大切な人を喜ばせたい」という動機だけで作りました。



そこにシッキーな世界観はほとんどありません。



どう見たって俺の趣味じゃないもん。



でも、愛情を込めて大切に作っています。



打算のない、純粋な愛から生まれた作品。



真心を込めてデザインをしたという意味において、誇りを持てる作品です。



それもまたロックだと思います。



北斗有情拳あたぁ!



じゃ。


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