なんか、「ブログ」って古いよね。 | sick

なんか、「ブログ」って古いよね。

なんか、「ブログ」って古いよね。



最近はSNSも多様化してきて、ラインから始まりインスタグラムとか、色々なものが登場してきてるでしょ。



僕はこれまでフェイスブックもラインもツイッターもあえて避けてきました。



僕が作っている音楽とか色々なものを見て、「好き!」とか「欲しい!」とか人に言ってもらえたら、それはすごく嬉しいし「ありがとう!」と素直に思います。そういう人達ともっと積極的にコミュニケーションをとれば、創作意欲だって湧くだろうし、やる気だって出てくるでしょう。



ただね、問題が一つある。



僕、かなり感情的な人間なんですよね。

作品を褒められたら、もう、嬉しくて舞い上がっちゃう。

そうなると今度は、「喜んでくれる人達をもっと喜ばせたい!」と考える。

その結果、「みんなに喜ばれるものを作るようになる」と。



これ大問題。



その結果できあがるのは、表現でも芸術でもアートでも何でもない。



ただの商品です。



僕が作るものは芸術というにもアートというにもおこがましいものばかりですが、それでもやっぱり「自分の中にある何かを表現したい」という気持ちがいつも原動力になっています。お客様の声にお応えしちゃったら、俺、シッキーじゃなくなっちゃうんだ。ただの個人商店だぜ。「馴れ合い」の雰囲気の中、なぁなぁで作品を作っていたって、僕の場合はなかなかいいものはできません。うまいラーメン屋がフランチャイズ化して味を落とすみたいなことと同じ。





でもね、実際、人に喜んでもらうのってすごく嬉しいわけ。



「もう、人の喜びのためだけに生きればいいんじゃないか」って思っちゃう。



一方、自分の個性とか感覚とか感性、世界観はもっと磨きたい。



様々な葛藤の末、「SNSはやらんとこ」っていうね、謎な結論に達する。



フクロウキャンドルとか作っちゃってるけど、これでも僕、自称変態ロッカーなんです。



表現者たるもの、商売に甘んじない骨太さは絶対的に必要だと思います。



それを支えるのが、創作への信念であったり情熱であったり。







ちなみに、フクロウキャンドルは「大切な人を喜ばせたい」という動機だけで作りました。



そこにシッキーな世界観はほとんどありません。



どう見たって俺の趣味じゃないもん。



でも、愛情を込めて大切に作っています。



打算のない、純粋な愛から生まれた作品。



真心を込めてデザインをしたという意味において、誇りを持てる作品です。



それもまたロックだと思います。



北斗有情拳あたぁ!



じゃ。


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