大阪に行ってから、あっという間に一週間が過ぎてしまいました。毎日すごくたくさんのことを考えているので、一日一日がすごく長く感じます。
で、気づいた。というか、思い出した。わかった。
あなたは自分の好きなこと、大切なこと、幸せだなぁって思うことを否定されたことはありますか。それも悪意ではなく、あくまでも「あなたのためを」思う人によって「それは違う」「そんなことを考えてはいけない」「今そう思っているのは気の迷い」「年をとればそんなことは思わなくなる」そんな言葉で否定されたことがありますか。
私は、あります。一人ではないです。かなり多くの、私の周りの人が。
私、毎日「あー幸せだなぁ」って思うこと、結構あるんですよ。いや、そんな人が「幸せって何ですか」とか訊かない? いやいや、本当に私、仕事には不満爆発してますが、それでも職場で助けてくれる人もいたり、つらくなったら受け止めてくれる人もいるし、仕事以外で言えばほぼ好きなことしかやってないし、こういう環境にあるって、すごい幸せだなぁと思ってるんです、本当に。
だけど、……あれですよ、うたがってた。「これって本当に幸せってことなんだろうか」って。
だからあの質問は「幸せってなんでしょう?」ではなくて「本当の幸せってなんでしょう?」が正しかったと思うんだ。
で、自分を疑わないと決めた、とこの前書きましたが、そうすると、ですよ? なんで私は「これって本当の幸せなの?」って思ってしまったの? と考えてしまったのです。
そこからは一気でした。
まず一つ目の気づき。
私は幸せって太陽のようなものだと思ってたんです。太陽のような、というのは「はっきりとそこにあり、だれにでもわかりやすく、圧倒的なもの」ということです。でも実際は違うんじゃないかって。「人によって違う」「気づくことで幸せになれる」とかいうことを考えていったときに、逆に「今のこれが私にとっての幸せだとして、じゃあどうしてそれを疑ってしまったんだろう?」と思ったときに、もしかして私の考える「しあわせ」ということのあり方が根本的に違うんじゃないかと思って、そうすると「じゃぁ太陽のようなものじゃなかったら、なんなんだろう?」
答えはね、銀河です(笑)
多くの、小さかったり大きかったり、あるんだかないんだかわからないようなサイズのものまで含めての、きらきらした、「そこになんとなく固まっている」から「まとめて『銀河』と名付けようか」みたいな。
小さな、大気圏突入したら燃え尽きてしまうようなチリだって、流れ星として一瞬のきらめきを見せるような、そんな小さなことから、太陽のようにはっきりわかりやすいものまで、全部を含めた、そんなものが幸せなんじゃないかな、って。
そして二つ目。どうして幸せというものが「はっきりとそこにあり、誰にでもわかり、圧倒的なもの」と思ってしまったんだろう。
関係あるけど関係ない話をすこしだけします。幼稚園の時だったと思います。
「あなたの夢を絵に描きましょう」とかいう時間だったと思います。夢といってもあれです、将来なりたい職業。その当時は夢=将来の職業だったんです。
私、将来何かになりたいとか、そんなこと考えたこともなかったんです。そうしたら一緒にお絵かきをしていた友達が「私スチュワーデスになる」と言ったんです。あ、それいいな、と思いました。私も、と言って私も図鑑を見ながらスチュワーデスの絵を描きました。
スチュワーデスはやがて親の「結婚できないかもしれないから、一生食べていけるように手に職を付けた方がいい、学校の先生になりなさい」という言葉で、私の夢は「中学校の先生」に小学校の時に変更になりました。大学を卒業するころ、まじめに将来を考えて、今の夢を見つけるまで、私の夢は「一生食べていけるだろうから学校の先生」のままでした。
幼い私にとって「夢」とは「絵に描ける」「周りが『あぁ、それいいね』と言ってくれる」ものだったんです。
今回、自分に自信を持つ、自分を好きになる、のに「好きなものリスト作ってみたら? 手始めに好きな色何?」って聞かれました。青です。「青、いいじゃない、青のパンツはくことから始めたらいいんだよ?」って言われました。
何気ない一言だけど、何かが引っかかってた。
そして思い出したんです。幼い私が「青が好き」と口にするたびに「女の子なのに」「もっと女の子らしい色に」「お姉ちゃんなんだから、青は弟にゆずってあげなさい」って言われていたことを。
そして冒頭に描いた、否定されまくった私の幸せ。
さすがにこの数年は、いい年にもなってきたことだし、今の環境の周りの人は私のことを分かってきたし、あきらめて?来たしであまり言わなくなってきましたが。
ほぼ、否定されてきました。「そんなことを考えるのは心が疲れてるからだよ」「そんなこと言ったらご家族が悲しむよ」「年を取ったらそんなこと考えるんじゃなかったって思うよ」「若いからそう思っていられるんだよ」「かわいそうに、傷つくことがあったんだね」「今にそんなことないって気づくよ」
ちがーう。これも思い出したんです、私、本当に物心ついた時から
一人が好き
だったんです。一人が好きって言っても誰にも頼らず生きていきたいとかそんなことではなくて、ただ、一人物事を考えたり、ぼーっとしていることが、本当に、本当に好きなんです。
誰かといることが嫌いなわけでもないけど、だれかと一緒にいるのと同じくらいかそれ以上、一人でいることが好きなんです。
そして物事を複雑にして、私の気持ちがこじれた一番の原因が「その『否定』がほぼ私のためを思って、言ってくれてる」ということだったんです。
どんなに好きでも、認めてもらえない。よくないことだと言われる。あるいは心配される。そんな状態だったら「もしかしてこれって私が勝手に幸せだと思ってるだけで、本当は(周りの人の価値観的には)幸せじゃないってことなんだろうか」と思っちゃいますよね。
「はっきり私が幸せじゃないから、周りに理解してもらえないんだ」って思っちゃいますよね。
多分、そういうこと。
小さいころから、ロビンソンクルーソーのお話が好きでした。オウム(でしたっけ?)も邪魔だと思ってました。フライデーが来た時に少し残念な気持ちがしたのを覚えています。
自転車に乗れないくらい小さい頃、納屋の片隅の古新聞を積んであるところがちょうど入り口から死角で、そこにいるとあまり気づかれない、そこが私が一人になりたいときの定位置でした。
自転車に乗れるようになったら「友達と遊んでくる」とうそを言って、2km弱の所にあった、牡蠣殻で埋まった海岸に、海を眺めに行ってました。今思うと、親、真っ青ですよね。何もなくてよかった。
トムソーヤ(だったかな?)の川の中州の秘密基地がうらやましかった。私だったら誰にも教えずに、一人きりでずっと籠っておくのにって思ってました。
もう少し大人になると、周りを心配させない&年頃だったので安全にも気を遣うようになり、あまり一人きりでどこかへ行くことはなくなりましたが、その分「一人」へのあこがれは強くなりました。「将来、島で暮らしたい、私のことを誰も知らない、あ、よそ者が来たって言って誰も相手をしてくれないような所で暮らしたい」と私が言ったときの父の悲しそうな顔を、今でもなんとなく覚えています。
大学で一人暮らしをすることになったとき、親はテレビを買ってくれようとしました。私はいらないと断りました。「人の声がするものは、いらない、邪魔だから」といい電話もつけませんでした。「それでも人の気配がないと寂しいぞ」と言った父親に「いや、いらないから、寂しいと思ったらちゃんとその時には言うから、その時に買って」と断り、結局4年間テレビは持ちませんでした(電話は就職活動の時にさすがに必要になり、大学3年の秋に付けましたが)
きっと心配をかけたのだと思う。でも私は一人の時間を譲れなかった。愛する人がいることは素敵なことだと分かっているけど、一人の時間を諦められなかったし、結局離婚したのも、やっぱり息がつまってたって所はあったのかなと思う。
ただ、周りが私を貶めてやろうとか、不幸せにしてやろうと思って否定してきたわけじゃないのは分かってるので、過去はこの記事をもって不問にします。
でも、私は一人が好き。
直近だと、出雲に行ったときに一人でバンガローに泊まってきました。小さいころに夢見ていた世界を少しだけ思い出せて幸せだった。その時の話はここ↓
https://ameblo.jp/shuz21/entry-12276360358.html
青も好きだし、一人も好き。一つ一つ、好きなものを思い出して、もっともっと星の輝く私だけの銀河を作ります。



















































