かなり前に、「言霊」をテーマにした考察を投稿しました。
今回は、最近気付いた「無意識の言葉」にも目を向けてみました。
言葉に込められた想いが生む言霊パワー
「言葉」には「何かの力が潜んで」いると感じた事はありませんか?
その「何か」を「霊」と表現した「言霊」という言葉に、日本語の奥深さを感じます。
そこには、神秘的な何かの力に助けられたという感謝が感じられますが、それだけじゃありません。
例えば「生霊」と言うように、生きている人の強い想いも「霊」と表現されます。
前回の投稿は、そういう「言葉に込められた想い」がパワーを生む、という趣旨でした。
言葉に込められた想いとは
覚悟だったり、祈りだったり、後悔だったり、恨みだったり。
前向きな物も後ろ向きな物も、自分に向けた物も他人に向けた物も。
- 「覚悟」を秘めた言葉は、自分を鼓舞するエネルギーになります。
- 出来る事を全てやった後の「祈り」は、希望に満ちた晴れやかな気持ちにしてくれます。
- 「やった事」や「やらなかった事」を悔やむ「後悔」は、前に進む気力を奪います。
- 他人を責める「恨み」は、棘だらけの鎧と剣となり、自分自身も閉じ込められ、他人には攻撃的になります。
言葉に込められた想いが、自分に対する「自己暗示」や、周りに対する「刷り込み」「先入観の植え付け」により、色々な影響を及ぼす。それが「言霊」という見えないパワーが生まれる根拠だ、という考察でした。
無意識の言葉に潜むパワー
では、想いを込めていない「無意識の言葉」には何の力も無いのでしょうか?
いえ、そんな事はなく、他人に対する影響という意味では、こちらの方が「隠された力」の影響は大きいかもしれません。
それが今回の新たな気付きでした。
例えば、良く有る例は、何気ない言葉で、知らないうちに誰かを傷付けてしまうケース。
言った本人には悪意は無く、気軽に発した言葉が、他人をモヤモヤさせたり、チクチク刺さったり、楽しい気持ちを削いだり、プライドを傷つけたりする。
言った本人は気付いていない事が多いので、いつまでも直らないし、周りはモヤモヤがつのり、少しずつ周りから浮いていく。
想いを込めていない言葉にも、そういうパワーが潜んでいる事がある。
言葉そのものが持つ重さも、言霊の本質なのかもしれません。
もちろん、悪いケースばかりじゃありません。
ふと漏らした無意識の言葉に、和ませられたり、ハッとさせられたり、キュンとさせられたり、そういうプラスの言葉も有ります。
意識的にせよ、無意識にせよ、言葉の選び方には気を付けたいですね。




















































































































































































































































