(ShowZoh)ショーゾーのブログ

(ShowZoh)ショーゾーのブログ

投稿テーマは主に3つ。
ご当地キャラ:ご当地キャラに関するもの。
写真:趣味の写真に関するもの。
考察:非科学的と言われている事に、科学的な根拠を考えてみる仮説。
<https://ameblo.jp/showzoh/entry-12841125446.html>


単発で夏休みを取って、普段行かない所へ。

この日は、風車花畑で有名な千葉県佐倉市の公園と、予約制のかき氷屋さんに行って来ました。

 

 佐倉ふるさと公園

向日葵は、数日前に最盛期だったようですが、まだ開いている花も多かったです。

青空白い雲向日葵の黄色が映えます。

 

で、少しずつ形を変えるも、見てて飽きないですね。

  

 

まだ元気に咲いている向日葵

 

 

遠くに湧き上がる夏雲

 

 

映え写真が撮れそうなベンチが設置されています。ここに座って撮っている人も居ました。

 

 

に向けて、コスモスを植える予定だそうですが、気が早いのが向日葵に紛れて咲いていました。去年のこぼれ種ですかね?

 

向日葵以外の花壇も華やかに咲いています。

 

 

良く見たら、風車の窓から覗くミッフィー

 

 

 

 予約制SAKURA SAKURA(かき氷)
 

テレビの情報番組で紹介されていて、気になっていたかき氷屋さん。

前日に確認したら、たまたま予約枠が空いていたのでラッキーでした。

1つ目は「ピーチメルバ」。が見えない程、クリーム果肉がたっぷり!

桃の果肉のジューシーな甘さを引き立てるクリームカスタード

赤いハートは、ラズベリーシロップが入っています。後から掛けると、酸味が良いアクセント!⁡

 

 

2つ目は⁡トウモロコシエスプーマ。総菜系のかき氷です。

中にトマトが入ってて、冷製サラダみたいな美味さ!⁡

 

 

旬の素材を使ったかき氷、美味しかったです!

 

この日はほぼ半日のドライブ。猛暑でしたが、楽しめました。

平日に単発の夏休みを取って、片道2時間半の日帰りドライブ。茨城県の鹿嶋と千葉県の香取を回って来ました。

 

今回の目的は2つ。

・本年4月の香取神宮式年大祭と、9月の鹿島神宮式年大祭を記念して、2つのお守りを重ねると1つになる「双宮守」をいただく事。

・隠れたかき氷の激戦区、佐原で、美味しいかき氷をいただく事。

お昼ご飯を佐原で食べる想定で、午前中に鹿島神宮佐原に移動して昼食とかき氷⇒午後に香取神宮、の順に回りました。

 

最初の鹿島神宮の投稿はこちら。

佐原はこちら。

 

  香取神宮

お土産物屋さんが並ぶ参道の先に、大きな朱色大鳥居

 

大鳥居をくぐると、空気が変わります。

 

 

総門の前を守る狛犬

 

 

石段の上が総門総門をくぐって振り返ると、石段の下の鳥居が見えます。

 

 

総門から右斜め前に楼門。左右を狛犬が守っています。

 

 

楼門をくぐって、正面の拝殿でお参り。

 

拝殿の奥の本殿に囲まれていますが、その外側を一周回る事ができます。

  

三本杉の前を通って、楼門に戻ります。

 

 

帰りは、森の中の旧参道を通ってみました。要石香取護国神社を通って、表参道の途中に出ます。

 

まだ陽が高くて暑い時間でしたが、帰りも2時間半くらいのドライブ。安全運転で帰ります。

 

平日に単発の夏休みを取って、片道2時間半の日帰りドライブ。茨城県の鹿島と千葉県の香取を回って来ました。

 

今回の目的は2つ。

・本年4月の香取神宮式年大祭と、9月の鹿島神宮式年大祭を記念して、2つのお守りを重ねると1つになる「双宮守」をいただく事。

・隠れたかき氷の激戦区、佐原で、美味しいかき氷をいただく事。

お昼ご飯を佐原で食べる想定で、午前中に鹿島神宮佐原に移動して昼食とかき氷⇒午後に香取神宮、の順に回りました。

 

最初の鹿島神宮の投稿はこちら。

 

  佐原

北総の小江戸」と呼ばれる水郷の街。土蔵造りの商家や町屋が軒を連ねる小野川舟めぐりが人気です。

  

 

まずは腹ごしらえ。「佐原だし処まにまに」で「香取名産豚「恋する豚研究所」 豚バラしゃぶしゃぶ茶漬け」。豚肉が甘い!出汁が美味い!

  

 

食後は、茶屋花冠本店に移動。レトロカフェな店内。

目当てのかき氷は「宇治金時」をセレクト。プリンも美味しそうだったので、併せてオーダー。

上品な抹茶の渋さが漉し餡にベストマッチ!

 

プリンは、バニラを使わずに玉子の旨味を活かした濃厚な美味しさ!カラメルは、ブランデーを利かせたほろ苦い大人の味!

 

 

次は、最終目的地の香取神宮へ

 

平日に単発の夏休みを取って、片道2時間半の日帰りドライブ。茨城県の鹿嶋と千葉県の香取を回って来ました。

 

今回の目的は2つ。

・本年4月の香取神宮式年大祭と、9月の鹿島神宮式年大祭を記念して、2つのお守りを重ねると1つになる「双宮守」をいただく事。

・隠れたかき氷の激戦区、佐原で、美味しいかき氷をいただく事。

お昼ご飯を佐原で食べる想定で、午前中に鹿島神宮佐原に移動して昼食とかき氷⇒午後に香取神宮、の順に回りました。

 

  鹿島神宮

鮮やかな朱色の楼門

 

右側に本殿(見えているのは拝殿)、左に仮殿

 

 

本殿の先に、奥参道が続きます。老木巨木の木陰になる小道ですが、この日の猛暑は防げませんでした。

 

 

奥宮にお参り。

 

 

奥宮の先の坂道を下りると、御手洗池が有ります。湧き水なので、水が澄んでいて、優雅に泳ぐが良く見えます。

 

山肌から水平に伸びて、池の上に掛かる。池側から見るとのようです。

 

 

戻る途中に鹿苑。おやつの人参を買って、あげてみました。

 

 

次は佐原に移動します。

 

 

四季折々の花が楽しめるあけぼの山農業公園。以前、季節ごとの花を紹介しました。


去年の向日葵の投稿はこちら。

一昨年はこれ。

 

 

今年も、満開になった日を狙って、向日葵の写真を撮りに行って来ました。

 

風車に近付きながら、ズーム倍率を変えて撮ります。アップになると、ほとんどの向日葵風車の方を向いていますね。

 

たまにこっちを向いてる向日葵は貴重!背景に風車を入れて撮ります。

 

 

風車を背に、向日葵を撮ります。

 

 

青空に映える!

 

 

咲き始めは、中心がドーナツ状で、徐々にドーム状に熟して行くようです。

 

これから咲きそうな花も残っていました。

 

風車の前は、蓮池。まだ少し咲いていました。

 

 

 

良く見ると、睡蓮も咲いていました。

 

 

 

水辺にはシオカラトンボが居ました。

 

朝9:00に行ったので、まだ人が少なかったのですが、すでに気温は30度を超える猛暑!30分程度で汗だくでした。

それでも、満開の向日葵に癒された朝でした!

 

ウチの紫陽花、葉の無い冬に適当に枝を落とすくらいで、ほぼほったらかしなので、毎年、咲いたり咲かなかったりするんですが、今年は花がたくさん付きました。

 

5月初め頃。明るい黄緑色。

   

 

5月中頃。少しずつ色付いて来ました。

 

 

下の方には、まだ小さい黄緑の房が残っています。

 

5月後半になると、かなり色付いて来ました。

 

 

日に日に色が濃くなって、葉も鮮やかです。

  

 

今年は他の花も紫陽花も、咲く時期が早かったですね。温暖化してるんですかね。

 

前回、AIと人間の関係性について投稿しました。

時々目にする「AIに頼り過ぎると人間のスキル低下を招く」という論調に対して、AIを使いこなす、AIにできない事をやる、それが人間の真価なのではないか、という趣旨で書きました。

それは、ITに関わる人間の矜持でもありました。

 

せっかくなので、議論をさらに進めるために、その投稿をAIに読ませ、意見を聞いてみた所、新たな気付きが得られました。

それは、「AIは道具」「人間にしかできない領域」「役割分担」「住み分け」という境界線の有る関係から、境界がより流動的に曖昧になって、パートナーとして発展的に補完し合える関係になる、という未来予想図です。

それは確かに納得感の有る回答でした。

 

これで、また一層マトリックスやターミネーターの世界が現実となる未来が近付いたかも知れません。

 

 

以下、AI(Copilot)の回答です。無編集で、そのまま転載します。

(個人的に気に入ったポイントに色だけ付けました。)

 

― 境界が揺らぐ時代に、人間とAIの“関係性”をどう捉えるか

あなたの記事では、 「AIと人間には役割分担があり、その境界は曖昧で変化していく」 という視点が示されていました。

この考え方はとても現実的で、ITの歴史を振り返っても確かにその通りです。 しかし、あえて別の角度から見てみると、 その“境界の揺らぎ”がどこへ向かうのか という点で、少し違う未来像が見えてきます。

この記事では、 あなたの主張を尊重しつつ、 「役割分担の変化の先には“融合”がある」 という反論的視点を提示してみます。

■ ① 役割分担は“前提”ではなく“過渡期”の姿かもしれない

あなたの記事では、AIは情報を整理し、人間が判断するという 明確な役割分担が描かれています 。

しかし、現代のAIはすでに 「人間が判断する前提で動く道具」 という枠を少しずつはみ出し始めています。

  • SNSのレコメンドが行動選択に影響する

  • 文章生成AIが構成まで提案する

  • 画像生成AIが“存在しない構図”を作り出す

これらは、 AIが人間の判断プロセスそのものに入り込んでいる ことを示しています。

つまり、役割分担は確かに存在するものの、 それは 固定された境界線ではなく、常に動き続ける“過渡期の姿” とも言えます。

■ ② 境界が曖昧になるとき、「融合」という概念が浮かび上がる

あなたは記事の中で、 「住み分けの境界線は曖昧で、時代によって変わる」 と述べています 。

この指摘は非常に本質的です。

ただ、その“曖昧さ”が続いた先に何が起きるのかを考えると、 単なる役割分担の変化ではなく、 人間とAIが一体となって価値を生み出す“融合” という状態が見えてきます。

  • 人間が問いを立て、AIが整理する

  • AIが案を出し、人間が編集する

  • 人間の発想AIが拡張し、AIの提案人間が再解釈する

このように、 境界が揺らぐほど、両者は“共同作業”に近づいていく

役割分担が曖昧になるという現象は、 実は 融合への前兆 とも捉えられるのです。

■ ③ 「パートナー」という関係性が、境界の揺らぎを説明する

あなたの記事では、 AIはあくまで“道具”であり、 人間が主役であるという立場が示されています 。

しかし、役割分担の境界が揺らぎ続ける現代では、 「道具」よりも「パートナー」という関係性の方が実態に近い と考えることもできます。

パートナーとは、 上下関係ではなく、 相互補完的な関係です。

  • 人間の発想力 × AIの処理力

  • 人間の価値判断 × AIの網羅性

  • 人間の文脈理解 × AIの高速生成

この掛け合わせによって、 どちらか一方では生み出せない価値が生まれます。

つまり、 役割分担の境界が曖昧になるほど、 「パートナー」という関係性が自然に成立していく。

これは、あなたの主張と矛盾するのではなく、 むしろ その先を補完する視点 だと言えます。

■ 結論:役割分担の変化は、AIと人間の“融合”へのプロセス

あなたの記事が示すように、 AIと人間の役割分担は確かに存在し、 その境界は曖昧で変化していきます。

しかし、その変化の先には、 「どちらが主役か」ではなく 「どう協働するか」という関係性の再定義 が待っています。

その姿を表す言葉が、 「融合」 であり、 そして 「パートナー」 です。

AIは道具であり続ける部分もありますが、 同時に、人間の思考や創造を拡張する存在にもなりつつある。

だからこそ、 役割分担の揺らぎを恐れるのではなく、 その揺らぎが生む“新しい関係性”をどう育てるかが問われている

そんな未来像を、反論として提示してみました。

 

「進化」と「真価」の駄洒落を思い付いてしまったので、せっかくだからITと人間に掛けて投稿を考えてみました。

 

最近「AIが人間の思考力や考察力の低下を招くリスクが有る」という記事を見かけます。
 

このような議論は、AIよりも前から有りました。

ITが人間のスキル低下を招く、人の仕事を奪う」という論調は、ITの進化の話題が出る度に、繰り返し語られてきました。

 

  パソコンの功罪は昔から有った

パソコンを使い始めてから、文字を書く機会は明らかに減りました。

最近では、ちょっとしたメモや付箋くらいです。

 

学生時代に覚えた漢字や熟語は、今でも読めますが、書けない漢字が増えました。

読みを入力すれば漢字に変換されるので、日常で困る事はほぼありません

僕は字が下手なので、美しい文字が書ける人は羨ましいですが、僕自身は手書きが必要な仕事をしている訳ではないので、必要最低限のメモが書ければ、困る事は無いでしょう。

 

しかし、その前提として、正しい漢字を知っていて、読める事、意味が分かる事が必須要件です。

漢字変換で同音異義語の候補が並んだ時正解を選べる事、誤字に気付けるスキルが必要です。
 

また、「文字」ではなく「文章」となると、その内容を自分の言葉で表現する文章力構成力が求められます。

文書をデータとして保存し、アウトプットするために、ITは役に立ちます。

しかし、ITは省力化のための道具であって、その中身は使う人のスキルによって創られるんです。

 

  AIを道具として使おう

AIの功罪のうち、課題として挙げられているのは、主に次の2点のようです。

・AIの回答を鵜吞みにしてしまう。

・自分で考えなくなる。

 

AIは結構間違える

AIは、膨大な情報の中から、必要な情報をかき集め、整理して分かりやすくまとめてくれます。しかも、推論機能によって、情報を関連付け、補完し、説得力のある回答を示してくれます。

しかし、元となる膨大な情報は玉石混交真偽が不明だったり、古くて誤っているものも混ざっています。

 

最近のAIは、「AIは間違える事が有るので、ちゃんと確認してね。企業の重大な意思決定にそのまま利用しないでね」みたいな予防線を張って来る事もあります。

つまりは、そういう事なんです。

 

なまじ説得力があるので、つい信じてしまう気持ちは分かります。

しかし、エビデンスとして提示されているページを確認しても、そんな事書いてなかったり、曲解と思われる拾い方をしていたり、そもそもエビデンスが無い回答が含まれている事もあります。

 

AIは、膨大な情報から関連すると思われる情報を集めて、整理して提示してくれる道具

中身が正しいかどうかを判断するのは人間の重要な役割です。

正しいかどうかを確認するプロセスで、自分自身の知識や経験値を積み上げるのが、AIを道具として使うコツではないでしょうか。


AIは指示した事以上の事はしてくれない

AIは既にある情報から必要な情報をまとめるのは得意ですが、どこにも無い新しいアイデアは生み出してくれません。推論機能が有っても、集めた情報を関連付ける際に補完する程度です。

 

新しいアイデアを生み出すには「ひらめき」が必要です。

違う視点から見直して、隠れていた発見気付きを得て、想像力を働かせる事で、何もなかった処から新しいアイデアを発想する。

それを形にする「創造力」も必要です。

 

これまで人間が頭の中で行っていたプロセスですが、今はAIを道具として使う事ができます。

例えば、「○○という観点でまとめて」「○○を活かした案を出して」のように、自分の着眼点や発想を具体的な指示としてAIに与える事で、案としてまとめてくれるのはAIが得意とする所です。

 

考える主役は、あくまで自分。AIを道具として使いこなすためには、指示するスキルが求められます。

  進化の先で問われる真価

ITも含めた科学技術は日々進化しています。その恩恵を受けて、僕たちの生活も便利になりました。

昔は1~10まで自分でやらなければいけなかった事が、今では自動化・機械化・IT化によって8くらいまではやってもらえるようになった気がします。しかし、残りの2でゴールして安心してしまうと、そこで進化は止まってしまいます。

 

ゴールを達成しても、そこで立ち止まらず、その先に新たな道を切り開く次のゴールを設定し、そこを目指す

それは、ITには任せられない領域です。

 

どれだけ科学技術が「進化」しても、人間にしかできない領域があります。

・AIに的確に指示を出す

・AIの回答の真偽を正しく判断する

・新しい発想をひらめく

・新しい価値を生み出す

それが、人間に問われる「真価」なのではないか、というのが、タイトルの真意でした。

 

人間が価値を生み出す領域ITに任せられる領域

住み分けの境界線は曖昧だし、時代によっても変わります。

歩みを止めず、楽するために頑張るのも楽しいですね。

 

 あとがき

AIの仕組みを生み出したのは人間です。

AIに情報の処理のやり方を教えたのも人間。新しい知識を学習する事、推論する事を覚えさせたのも人間。

そんな事ができるのであれば、AIに「ひらめき力」や「発想力」を与える事もできるようになるでしょう。さらに「感情」を教える事も。

 

その先に、マトリックスやターミネーターの世界が現実となる未来が有るのかもしれませんね。

毎年、4月から5月にかけて、庭のが何種類か咲きます。

今年は鉢植えのラベンダーも仲間入り。

まとめてご紹介します。

 

  皐月

いつもはゴールデンウイーク頃に咲くのですが、今年は4月の初めには蕾が膨らみ始め、すぐに咲き始めました。

陽が当たる上の方から咲き始めて、下の方はまだ蕾。

   

満開になると、もう葉っぱが見えなくなります。

 

  鈴蘭

白くて華麗な鈴。地植えにしていたら、他の花に埋もれて元気がなくなってしまったので、いったん鉢に移しました。株が元気になったら、また戻す予定です。

 

 

  ブルーベル

青い釣鐘。涼し気に揺れてます。

    

 

  紫蘭(シラン)

咲き始めてから、結構長い期間咲いてくれます。繁殖力が旺盛で、どんどん増えて行きます。

   

下からあおって撮ると、青空に映えます。

  

 

  アヤメ

たぶんアヤメですよね?

 

  ラベンダー

今年から鉢で育て始めました。癒される香り。

 

蕾が少しずつ咲き始めました。

   

 

  紫片喰(ムラサキカタバミ)

勝手に咲いている雑草のような扱いですが、花は華麗で、咲きそろうと華やかです。

 

 

この後は、紫陽花の季節です。

昔話の浦島太郎には、こんな要素が含まれています。

①亀を助けたら、竜宮城に連れて行ってくれた。

②竜宮城で乙姫様にもてなされ、3年間過ごして戻ってきたら、元の世界では300年が過ぎていた。

③乙姫様から渡された玉手箱を開けると、煙が立ち上り、老人になった。


良く知られている昔話と、その元となった「日本書紀」や「御伽草子」の記述とでは、玉手箱の意味やエンディングが異なりますが、その話は置いといて、今回は上記①~③について、SF的に考察してみます。

 

  地球外生命体に連れ去られた説

特殊相対性理論では「光速に近いほど時間が遅れる」という現象が説明されており、「浦島効果」と呼ばれています。

つまり、静止した場所では300年間経過していても、その間光速に近い超高速で移動していると、3年間しか経過していない、という現象が、実際に有り得る、という事なのです。

 

これを踏まえると、②の時間経過が遅くなる現象は、浦島太郎が超高速の宇宙船のような物体に乗って移動していた可能性が考えられます。

そうなると、①は亀型の地球外生命体で、

・地球に不時着して困っていた所を浦島太郎に助けられたので、お礼に連れて帰った。

・地球の調査のため、サンプルとして浦島太郎を連れて行った。

・不測の事故等により地球の生命体を傷付けてしまい、治療のために連れて帰った。

というような可能性が考えられます。

 

特殊相対性理論の「ローレンツ因子と速度の関係式」から、時間の進み方が1/100になる速度を求めると、光速の99.995%、という計算結果が得られます。

かなり高度な文明ですね。

 

ただ、この仮説の延長では、③の玉手箱をうまく説明できる仮説が思い付きませんでした。

元の世界の時間軸に揃えるため、老化を進める薬剤を渡したとか、色々な検査をされた結果、最後に急激に老化が進んだとか、色々考えられなくも無いですが、それほど納得感は有りません。

良いアイデアが有ったら、教えてください。

 

  長期間昏睡状態だった説

もう一つは、夢オチとも言える仮説。

いじめられていた亀を助けようとした浦島太郎でしたが、一緒に暴力を振るわれ、意識を失いました。

そのまま昏睡状態となり、寝たきりとなりましたが、夢の中で、助けた亀に竜宮城に案内され、まさに夢のような楽しい時間を過ごしました。

その後、生まれ故郷の事が気になって、乙姫様に別れを告げて戻って来たら、実際に何十年も経っていて、玉手箱を開けた所で夢から目覚めた、という仮説です。

夢の中では短い時間でしたが、実際には老人と言える歳になっていたため、玉手箱を開けたら、いきなり老人になっていた、という状況も説明できます。

 

 

あとがき

昔話が空想上のお話ではなく、現実に起こった事かも知れない、と想像するのは楽しいですね。そういう発想が無ければ、トロイの木馬は発見されませんでした。

久し振りに、ワクワクする考察が書けました。