雲の中の街
23日目。
マニラから夜行バスに揺られること8時間とちょっと、ルソン島北部山間の街、バナウエに到着。
峠越え且つデコボコ道のハードな移動を予想するも、全然。
バス自体は横4列の一般的な高速バスのような感じなんだけど、うまく隣がいない席をバス後方にゲット出来たので、ゆっくり横になって来れました。
ちなみに事前情報によると、このバスがエアコンのせいで相当寒いとのことだったけど、本当にその通り。
それを知らなかったのか、Tシャツ1枚の観光客もいたけど、きっとずっとふるえていたことでしょう。
わたしの格好はと言えば、上はこの旅大活躍のヒートテックにポロシャツ、長袖シャツ、台北で買ったパーカー、そしてトレードマークのアディダスジャージ、計5枚。
下は同じくヒートテックに長ズボン。
この姿で更に、全身寝袋にくるまってようやく快適な温度という感じ。
いろいろと情報を仕入れることは本当に重要だとつくづく実感しました。
そんなこんなで快適なバス移動を終え、ジプニーに乗り換えてほんの5分ほどでバナウエの街に到着。
いくつかの宿で部屋を見せてもらって、最終的には割と広い部屋にベランダがあり、シャワーとトイレは共同だけど、ホットシャワーokなWonder Lodgeに決定。
1泊200ペソ(約400円)。
ここは標高が1,200mくらいとのことで、まるで雲の中にいるような感じ。
山間の狭い土地を最大限活かすように、崖に家が立ち並んでいます。
こどもたちがとっても懐っこくてかわいい。
雨がやんだのを見計らって、街を歩いていたら、また急に降りだし、すぐに土砂降りに。
本当に天気が変わりやすい。
この写真↑↑の左の家の軒下でいったん雨宿り。
するとこのうちのおばちゃんが出てきたので、
「ちょっと雨宿りさせてくださいねーー」
というと、
「中へいらっしゃいな」
とうちの中に入れてくれた。
この家はちっちゃな商店を営んでいるようで、中にはちょっとした食べ物などを置いている。
雨はやみそうもないので、のんびり話をしたり、台湾とマニラの写真を見せたりしていると、若いきれーなおねーちゃんが子連れで来訪。
雨降りの昼下がり、つれづれなるままに世間話でもしに来たのかと思えば、このおばちゃん、なんとネイリスト(表現正しい?)とのこと。
リムーバー(?)でいったんきれいにして、爪と爪のまわりの皮膚も整えて仕上げるまでをじっくり見させてもらいました。笑
お店もやり、自分で編んだブランケット(これまた見事)を売り、ネイルの仕事もしつつ、こどもが4人。そのうちのひとりは違う街の大学に通ってるとのことで、なかなかのパワフルかーちゃん。
雨が降ってくれたおかげで、フィリピンの人のちょっとした日常を垣間見ることが出来てとてもラッキーでした。
長い夜になりそうです
21日目。
今日は移動日。
と言っても移動は夜。
22:45分マニラ発の夜行バスでルソン島北部の街、バナウエへ。
約10時間のバスの旅。
その前に宿からバスターミナルまで約2時間、更に出発の1時間前に来いとのこと。
あんまりバスターミナルで待つのはいやだけど、なるべく暗くなる前に移動を開始したいし・・・。
等々考えると、そろそろ行動開始の時間で、ベッドに横になれるのは16~7時間後でしょうか。
しかしそれだけの時間とお金と労力を掛けても行く価値のあるところみたいなので、美景を期待して、行って来ます♪
世界遺産#1 バロック様式教会群(フィリピン)
フィリピンには5つの世界遺産があるとのことだけど、今回行けそうなのは2~3ヶ所。
そのひとつめがこちら。
バロック様式教会群。
「群」というだけあって、4つの教会がまとめて世界遺産として登録されてるんだけど、そのうちのひとつでフィリピンで最も古い教会、サンアウグスティン教会に行って来ました。
ちなみにこれらは、スペイン統治期の16世紀に建設されたものとのこと。
このサンアウグスティン教会には、いまもミサ等に使われている教会本体と、併設の博物館とがあり(その他学校なども敷地内に)、出来ればゆっくり時間をかけて見てまわりたいもの。
かくいうわたしも、本当は他のところも行く予定だったのに、すっかりここで時間を費やしてしまい、他は翌日に繰り延べとなりました。
さて、まずは教会の遠景。
ピンクがまたかわいらしい。そして、こう見るとそんなに大きそうには見えないんだけど、内部はこんな感じ↓↓
こんなに大きな教会初めてで、すっかり圧倒されました。
ひんやり静かで、厳かな雰囲気漂う中、ゆっくりその空気に浸っていました。
次からは近隣のスポットをご紹介。
こちらはその翌日に行ったサンティアゴ要塞での1枚。
ここもスペイン統治期にはその名の通り要塞(城塞)として使われたとのことだけど、先の大戦の際には、アメリカ軍、続いて日本軍が占領し、司令部として、また捕虜を収容する場所として使われたとのこと。
日本軍の拷問、処刑によるフィリピン人犠牲者は相当な数にのぼるとのことです。
敷地内には、修学旅行中の高校生や、課外授業と思われる小学生たちがたくさん。
過去の歴史について説明を受けていると思うとなんともいたたまれない気分。
そして何より驚いたのが、その説明が英語で行われているということ。
引率の先生に尋ねたところ、説明しているのはガイドさんだけど、普段も英語とのこと。
もちろん、ここにいるこどもたちはレベルの高い教育を受けてはいるんだろうけど、フィリピンの人たちがおれらよりはるかに上手に英語を話す理由のひとつは、こどもの頃からの教育にもあるのかもしれません。
ただし、学校に行ってるのか分からない(たぶん行ってない)ような人たちも、読み書き出来なくても話すことは出来るので、教育云々だけではなさそう。
誰か知ってたら教えて下さい。
さて、最後にもう1枚。
これも要塞のすぐ近くにある、戦争で被害を受けた建物。
取り壊されるでも、見学者に開放されるでもなく、街中にポツンと残っているのは、その記憶を忘れまいとする思いのあらわれなのだろうか。
マニラ街歩き
20日目。
(今日はフィリピンの通貨、ペソが出てきます。
1円≒約0.5ペソ⇒全てx2で計算してください)
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いま、アメリカンx2&フィニッシュx2の5人で仲良く
飲んできたので、ひどい文章かつ、あんまりおもし
ろくないけど(いつも?)・・・ご勘弁くださいm(__)m
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今日はマニラの街を散策。
まずはフィリピン名物ジプニーに乗車。
ジプニー↓↓
横から↓↓
その昔、アメリカ軍が残していったジープを改造して作ったのがこのくるまの起源だとか。
運転席と助手席の後ろには左右に向かい合って席があり、全部で20人位は座れそう。
排気ガスまみれの道を1時間走って最寄駅へ。料金は16ペソ(32円)。
(しかしこの街の大気汚染は本当にひどい)
それからLRT(高架鉄道)でマニラ市内へ。
フィリピン観光省に寄り、マニラとルソン島のマップ&情報を入手。
とても親切に対応してくれた。
その後、16世紀にスペイン人によって建てられ、第二次大戦時には日本軍に占領されたイントラムロス地区を訪問。
そこで、マニラの目玉となる場所を訪れたわけだが、それについてはまた別の機会にゆずるとします。
それから近くのショッピングモールで念願のLonely Planet(South East Asia)を購入。
LRTで最寄の駅へと戻り、これまた待望の短パンをゲット。150ペソ(300円)。
買い物を終え、再びジプニーに乗車。
「マニラは危ないから、暗くなってから出歩いちゃあダメ」
といろんな人に釘をさされていたのにも関わらず、ジプニーに乗ってる間に真っ暗に・・・。
でもまぁ仕方がないので、
昨日見つけたローカル屋台でごはんを食べ↓↓
(けっこーいつも混んでいる)
(今晩はこれ。ごはんとスープ。35ペソ)
サンミゲル(ビン1本24ペソ)を手に帰宅し、マニラ歩きの1日を終えました。
本当はもっと行きたいところがあったので、また明日にでもリベンジします。
そういえば昨日になるけど、2005年にインドネシアのバリで購入し、5年半に渡って愛用していたこのサンダルが、ついに壊れました。
その間、新しいサンダルたちが次々とダメになっていく中、この子は本当に良く持ってくれました。
見たことがある人もいるのでは?
本当はバリで買い換えたいところだったけど、惜しみつつ惜しまれつつ、ここマニラでお別れとなりました。
暗い話で終わるのもアレなので、最後にかわいらしいエンジェルをお届けするね。


















