3月8日の「笑助グッド!独演会」でやるトリネタは「三十石」です。

 
大阪のウマの合いました二人連れが伊勢詣りをした帰りの噺です。
 
冒頭、こんな説明ゼリフから始まります。
 
「伊勢参宮を済ませました大阪の二人連れ。帰り道は近江路をとりまして京都まで帰ってまいりまして一泊いたします。明くる日は朝早くから京見物をいたしまして、やってまいりましたのが伏見の寺田屋の浜。た~くさんに船宿が並んでございます。夕景になりますと…」という感じです。
 
明治初年に京都-大阪間を鉄道が開通するまで、人間や物、米などは舟に乗せて川で運んでいました。
 
そんな舟運文化の頃の噺です。
 
 
せっかくですので、かる~く旅を擬似体験してみましょう。
 
僕はもうしてきました。
 
 
お伊勢さんには衣食住の神様を祀る「外宮」御正殿からお詣りします。
 
 
「風宮」「土宮」「多賀宮」の別宮さんにもお詣りを。
 
 
そして皇室の御祖神「内宮」へ。私たちの総氏神さんでもあるそうです。
 
 
写真撮影が可能なのはこの石段まで。
 
上へ上がってお詣りします。
 
 
終わってからは「おかげ横丁」で買い物したり
 
 
伊勢うどんを食べたり
 

少し足を伸ばして夫婦岩まで行ったりと旅を満喫します。
 
近江路をとって京都までやってくると今度は京見物へ。
 
 
建仁寺の枯山水で禅の心を磨いたり
 
 
建仁寺で「風神雷神」の屏風絵を見たり
 
 
鹿苑寺「金閣」を拝観したりして、夕方には伏見の寺田屋の浜へ。
 
 
現在も残る旅籠「寺田屋」。
 
坂本龍馬が襲われた場所でもあり、刀跡もあるそうです。
 
閉館後で見れなかったので、次回必ず見たい。
 
 
夕刻、この辺りから舟に乗ったと思われます。
 
京橋の橋の上から
 
中書島、淀、枚方を過ぎて朝方には大阪天満の八軒屋浜に着いたそうです。
 
船頭さんは夜通しのお仕事やったんですね。
 

噺の時代設定は江戸後期か明治初期~中期頃だと思います。
 
大大師匠の六代目笑福亭松鶴師匠の得意ネタだった「三十石」に挑戦します。
 
まだまだ未熟ですが、風情と面白みが溢れ出るよう頑張って演じますので、ぜひお越しください。
 

一月は講演でいろんな所に伺えて、嬉しく思います。

 

先日は日光市の観光ガイドの方に接客の向上を目的とした講演「笑って学ぶ会話術!相手を引きつける話し方」でお伺いさせていただきました。

 

前日入りし、日光東照宮を下見を兼ねて観光。

 

人生二度目のかの地はあの日のままでした。

 

一度目はもう十年以上前、東京に住んでいた頃にひとり旅で行きました。

 

華厳の滝やお猿さんも見た記憶があります。

 

何が僕を日光に引きつけたかって、そうです。

 

「日光を見ずして結構と言うべからず」という言葉です。

 

ゴロの良さでこのフレーズに収まったと思いますが、要は死ぬまでに一度は日光を見ろということ。

 

「ナポリを見て死ね」と同じ意味ですよね。

 

ここは江戸時代の初代将軍 徳川家康公が眠る場所でもあります。

 

江戸時代は今よりもっと神格化されていたそうです。

 

歴史を紐解けばいろいろあるのでしょうが、ポイントでまとめると以下が僕の思う東照宮の素敵なところです。

 

・家康公のお墓がある

 

・家康公の神号(戒名のようなもの)が東照大権現

 

・江戸城から見て真北に位置するのが日光。鬼門封じの為この地にある。

 

・三代目家光公のお墓も後に隣に作られた

 

・左甚五郎作「眠り猫」がある

 

・「見ざる言わざる聞かざる」で有名な三猿の木彫りがある

 

・世界遺産である

 

 

こちらはJR日光駅。趣があります。

 

徒歩1分のところにある日光ステーションホテルクラシックの朝食バイキングが美味しかった。

 

新鮮野菜がいっぱい食べられました。

 

葵の御紋に重々しい価値を感じます

 

三猿の木彫り

 

8枚完結の物語で「見ざる言わざる聞かざる」は2枚目です。

 

人間の寿命を猿に例えて表現しているのですね。


①母が子どもの将来を案じている

 

②幼少期はわるいものは見ない聞かない言わないようにしよう

 

③まだ独り立ちしていない頃

 

④友と希望を胸に空を見上げる

 

⑤落胆した友を励ます

 

⑥恋愛や結婚に悩む時期 ←「僕はココで止まってるな・・」と思って見てました。

 

⑦結婚を迎えた。二人で手を合わせれば・・・

 

⑧子宝に恵まれ妊娠。命が受け継がれていく。

 

陽明門。

 

きらびやかで神秘的。

 

龍の顔がめっちゃ出てる!

 

一つずつ口の空き方が違うのは人間、十人十色という意味があるらしいです。

 

ここにいました!眠り猫

 

この石段の奥に家康公のお墓があります。

 

ネズミ一匹入れないという守りの意味と、やっと平和が訪れたという二つの意味があるらしい。

 

猫は眠ってるようで眠っていない。だからいつでもネズミを退治できるという。

東照大権現様

 

 

昭和40年、東照宮350年祭を機に一般公開されました。

 

塔の前には鶴の燭台、唐獅子の香炉、花瓶からなる三具足が捉えられている。

 

燭台の”鶴”と花瓶の”瓶”で大師匠鶴瓶を感じたりしました。

 

 

下りてくると陽明門が霧がかっていて、より荘厳な雰囲気に包まれていました。

 


東照宮に続く参道の杉並木、全長37kmだそうです。


徳川家の忠臣、松平正綱が20年の年月をかけて20万本以上の杉を植樹し、家康の33回忌の年に寄進したとか。

 

ここの土地は日光東照宮さんの土地らしい。

 

スケール感がさすが殿様!

 

てなわけでやはり見ごたえのある東照宮さんでした。

 

家康公を大尊敬していた三代将軍家光公もお隣に祀られています。

 

 

前回同様、今回も中に入る時間的余裕がなく、表門からの写真だけ撮りました。

 

次回は必ずお参りします。


ちなみに二代目秀忠公は東京の芝の増上寺に眠っていると、日光市のボランティアガイドの方に教えてもらいました。

 

日本の歴史を作った徳川家、末裔の方はどんなお気持ちなのでしょうね。

 

僕たち庶民はただの観光レベルですが、平和に感謝するいい機会にもなるかもしれません。

 

心が満たされる旅のお仕事でした。

 

さて、今度はナポリに行きたいな。

 

旧年中はたいへんお世話になりました。

 

いつも笑助を応援していただいてありがとうございます。

 

本年はまず、3月8日(日)に繁昌亭で独演会を予定しております。

 

三席のうち一席は英語落語をしようと思っています。

 

昨年アメリカのニューヨークでアメリカ人向けにやった英語落語。

 

自分の言葉で現地の人に内容が伝わった時は嬉しかったです。

 

今回のお客様はほとんど日本人だと思いますが、英語と日本語を織り混ぜて一席やりたいと思います。

 

もう一席は笑福亭らしい噺で「三十石」。

 

あともう一席は当日の雰囲気でフレキシブルに決められればと思っております。

 

プレゼントもございますので是非お越しください。

 

その他、どんどん新しいことにもチャレンジしたいです。

 

海外旅行をして今まで見たことのない世界を見たいし知りたい。

 

新しいネタも覚えたい。

 

無理せず健康的に、マイペースに頑張ります。

 

本年も何卒宜しくお願い申し上げます。

 

令和二年 元旦

 

笑福亭 笑助

楽屋で笑福亭竹林師匠が古典落語「池田の猪買い」の登場人物が歩いた道を訪ねて、池田まで歩いていくというので僕も参加させてもらいました。

 
 
集合は午前10時。淀屋橋南詰。
 
天気は晴れ。
 
ここから徒歩で、ひたすら池田を目指します。
 
噺の中では猪肉を買いに行くのが目的ですが、僕たちは猪肉は買いません。
 
猪鍋も食べません。
 
集合場所に来て初めて知ったのですが、「んなあほな」という上方落語協会のWeb記事の取材も兼ねているようでした。
 
メンバーは桂枝女太師匠、笑福亭竹林師匠、笑福亭恭瓶兄さん、僕、林家愛染くんの計五人。
 
噺の中のセリフを追うようにして「淀屋橋、大江橋、しじみ橋と橋を三つ越えると・・・」と、トントントンといきたいところですがそうはいきません。
 
なにせ古典落語。
 
時代が変わっていて、いきなり「しじみ橋」が無いのです。
 
 
跡の石碑があるらしいというので交番で聞いたりネットで調べたりしました。
 
すると現在の北新地本通りは元々、川やったことが判明。
 
「ブラタモリみたいやなぁ」と誰かが言うと「ほんまや、ほんまや」と続きます。
 
 
蜆川跡の石碑は滋賀銀行の角にありました。
 

当時はここに橋がかかっていて、登場人物はこの橋を通って行ったと思われます。
 
この旅、もうおもしろくなってきました。
 
 
次は露天神社さんへ。
 
歩道橋の上から見ると、参道の部分だけ石の色を変えてあるのに気が付きます。
 
 
境内には第二次世界大戦中の機関銃の被弾跡が残ってるということも知りました。
 
 
今は橋がかかってますが当時は渡し舟で渡っていた「淀川」。
 
 
ひたすら歩きます。
 
 
ちゃんとありました「十三渡し跡」。
 
明治11年に十三橋ができて渡しはなくなったそうです。
 
 
三国の渡し跡も発見。
 
 
淀川の氾濫をなくすために付け替え工事があったんですね。
 
だから淀川は真っ直ぐなのか。
 
ついでに大和川も。
 
 
ちょっと寄り道。
 
おっ!これは誰かが忖度して建てられた瑞穂の國(小学校)です。
 
籠池さんを思い出します。
 

やっと服部の天神さん。
 
「ここを尻目に殺して岡町から池田」というセリフが出てきます。
 
 
国道176号線から旧道に入ると池田市の建てた「能勢街道」の記念碑が畑の隅っこにありました。
 

途中、お昼ごはんを食べたりカフェブレイクをしたりして、阪急池田駅に着いたのは17:00頃。
 
陽も西に傾いていました。
 
あと少し頑張って池田らくごミュージアムまで歩いてこの旅は終了です。
 
池田市は落語のまちということで素人落語家さんも多いところです。
 
他に「池田の牛ほめ」や「鬼の面」も池田が出てきます。
 
帰りは阪急電車で梅田までたった17分。
 
昔なら大阪から池田まで徒歩で片道4時間ぐらいかかったやろうと推測できます。
 
そしてこの「池田の猪買い」は明治元年から6年ぐらいの噺ということもわかりました。
 
いい経験と勉強が出来ました。
 
お誘いいただいた竹林師匠、ありがとうございました。
 
途中、千里川に架かる橋の上から2匹のヌートリアを見ながら、竹林師匠と
 
「どっち撃とう?」
「どっちが美味いんでっか?」
「そらやっぱりメンのほうが美味いやろう」
「ほな、メン撃っとくんなはれ」
「メンでええな?」
「でもな… 大阪で甚兵衛はん待ってるしな…。やっぱり大きいほう撃っとくんなはれ」
「オンやなぁ」
「いや、やっぱりメン」
「メンか?」
「オン」
「どっちやねん!・・・お前撃ったろか!?」
 
という落語に出てくるやり取りをしたことが一番うれしかったです。
 

馬刺しといえば熊本が有名ですが、僕は熊本に行ったことがありません。

 
でも居酒屋などで馬刺しを食べたことはあります。
 
東北では会津若松が有名で、山形県内では白鷹や長井が有名です。
 
僕が山形に住んでいる時に好きだった店は、裏に馬がいる馬肉屋さんでした。
 
 
皆様どうですか?
 
馬肉屋の裏に馬がいる店。
 
鳥屋の奥にニワトリ、寿司屋の奥に活けす、酒屋の奥に造り酒屋。
 
あげればキリがないですがそんなお店があれば好きにならないですか?
 
村山市や蔵王のほうには羊がいるジンギスカン屋さんもあります。
 
 
馬は可愛いです、生きている馬は。
 
でも馬刺しは美味しいのです。
 
新鮮なら新鮮なほど。
 
国内に流通している馬刺しは外国産と国産の両方あるそうです。
 
さすがに裏に馬がいる馬肉屋さんは国内の馬です。
 
先日、山形に行った際に初めて店員さんに質問してみました。
 
笑助「ここの馬はどこから来るのですか?」
 
店員さん「うちは関東近郊です」
 
笑助「具体的にどこですか?」
 
店員さん「大井競馬場とかトレセン(トレーニングセンター)です」
 
こんなリアルな会話あります?
 
とても貴重な会話です。
 
戦いを終えたサラブレッドは検査をしたのち、食用になり、人間に命を分けてくれているのです。
 
笑助「この店で屠殺するのですか?」
 
店員さん「ここではできないです。密殺になって罰せられます。米沢にある衛生管理の整った専門の施設でやります。」
 
僕は勘違いをしていました。
 
今まで、裏に馬がいるのですっかりここでやっていると思っていましたが違いました。
 
しかし、リアルな話です。
 
でも考えれば牛も豚も鶏もそうなんです。
 
人間が食べる為に殺されカットされ運ばれ、パッケージされているのです。
 
 
僕たちはそんな尊い命をいただいているのです。
 
再認識しました。
 
これが”食のリアル”です。
 
ベジタリアンの方もいれば宗教上の都合で牛や豚を食べない人たちもいますが、いずれにしても動物や植物の”命”をいただいているのです。
 
ジビエが流行ってますが、それも同じことです。
 
改めて、「ありがとうございます」という感謝の気持ちが湧いてきます。
 

昨年の10月から大阪に帰って来ましたので、早いものでもう一年が経ちました。

 

落語会の出番をくださった方、ありがとうございます。

 

そして何より足を運んでくださったお客様に心より御礼を申し上げます。

 

おかげさまでなんとか楽しく生きています。

 

大阪の部屋を探すときの第一条件は繁昌亭の近くに住むということでした。

 

大阪唯一の定席「繁昌亭」は彦八まつりの二日間をのぞいては毎日、落語をやっています。

 

ですのでこの近くに住んで、いつでも落語の勉強に行こうと思っていました。

 

二つ目の条件は自然を感じることができる場所でした。

 

山形に四年半住んで、満喫したのは豊かな自然でした。

 

食べ物や花や木、冬になると降り積もる雪、そして野生の動物たちとの出会いが僕の山形ライフを楽しませてくれました。

 

だから大阪という街にいても、どこか自然があるところに住みたかったのです。

 

ですので今の家は大川の近くで春は桜を、夏は花火を眺めたりと、四季を感じることができます。

 

山形で出会った野生の動物はサル、キジ、カモシカ、猛禽類の鳥、サギなどがいます。

 

クマにはあいにく出会いませんでした。

 

動物好きの僕にとって野生の動物との遭遇はその瞬間瞬間に大きな喜びと興奮を与えてくれます。

 

大阪を歩いていてもたま~に意外な動物に出くわすことがあります。

 


 

この一年で見たのはヌートリア(写真上)、イタチ、サギ、カモ(写真下)などです。

 


 

たまには野生のパンダも見てみたいものです。

 


 

先日は東京の小川でカニも見ました。

 

都会の中で人間以外の生き物と出会うことが少なくなったこのご時世、いろんな生き物と出会うと心がホッとします。

 

カラスやハト、スズメもいますがそれらは見慣れてるのでテンションの上がる生き物ではございません。

 

ツバメはちょっと嬉しいです。

 

鳥ならフクロウ、ワシ、タカが見たいです。もちろん野生の。

 

イヌやネコを飼う人の気持ちがわかります。

 

癒やされますもん。

 

知らない人が散歩しているイヌを見ているだけで癒やされます。

 

ネコの画像を見ているだけでも癒やされます。

 

きっと人間は疲れているのでしょう。

 

都会の人たちは疲れているのでしょう。

 

人はまだまだ癒やしが必要なのでしょう。

 

人間生活をしていると、それはそれは競争の激しい世界ですから疲れるのでしょうね。

 

脳も身も心も疲労しているのでしょうね。

 

そのあたりを上手くコントロールする必要がある時代なんでしょう。

 

そんなことを思いながら、ニンゲンというやつの43年目を生きてます。

 

鞍馬の天狗は有名です。

 

一昔前はや映画や小説、テレビの題材にもなっていました。

 
落語のほうでも「天狗さし」や「天狗裁き」などがあります。
 
 
階段の上に山門があります。
 
 
鞍馬弘教 総本山 鞍馬寺と書いてあります。
 
お寺なのですね。
 
この後は車で移動して伏見稲荷大社へ。
 
 
なんか建物に台湾とかのアジア独特の佇まいを感じます。
 
ここは貴船神社や鞍馬寺よりもかなり観光客が訪れるようです。
 
実際、外国人もたくさんいました。
 
 
狛犬ならぬ狛キツネ。
 
 
千本鳥居。
 
鳥居って木の丸太で作ってるんですね。
 
 
天井から雨が落ちてくるので屋根を付けてほしかった(笑)。
 
 
今、古典落語「三十石」を覚えてるのですが、大阪から伊勢参宮を済ませた二人の男。
 
帰り道は近江路をとりまして、京見物を致しましてやってまいりましたのが伏見の寺田屋の浜。
 
な~んて言って噺を進めていきます。
 
そこで気になっていたのが、この「寺田屋の浜」という伏見の船着き場です。
 
大阪の天満の「八軒屋の浜」は既に知ってるのですが、こっちは知らない。
 
インターネットで調べたらまだ寺田屋という船宿があるそうなのでこれは!と思い見学に来ました。
 
 
すると、僕と同じように一人でこの寺田屋を外側から興味津々眺めているおじさんがいました。
 
笑助「落語ファンですか?」
 
おじさん「いえ、坂本龍馬のファンです」
 
笑助「え?坂本龍馬と寺田屋旅館は何か関係があるんですか?」
 
おじさん「坂本龍馬が襲われたところです。手の指を斬られたところだったかな」
 
笑助「え?坂本龍馬ってここで亡くなったんですか?」
 
おじさん「いえ。最期に斬られたのは近江屋で、ここはその前に・・・」
 
笑助「へ~知りませんでした」
 

確かに「刀痕」の看板も石碑もあります。
 
 
そしてここが寺田屋の浜。
 

船着き場で思いを馳せる。
 
当時、ここに十石船や三十石船がひしめき合っていたのか。
 
昔はこのまま川を下って大阪まで行っていたのか。
 
うん、僕も行ってみたい。
 
でも、レンタカーを返さないといけないので船旅は諦めて車で大阪まで戻りました。
 
「三十石」、早く覚えてお客様の前でやってみたいです。
 

世界文化遺産が多い街、京都。

 

そんな印象です。

 
僕の中で好きなの金閣寺、八阪神社、三十三間堂です。
 
「金閣寺」は僕の新作落語のタイトルにも付けさせてもらっています。
 
この頃はやってませんがまたやるつもりですので、機会があればぜひ聴いてください。
 
さて、他にも清水寺や祇園など名前を聞くだけで萌え〜っとするところがたくさんあるのが京都です。
 
旅行では一回目はだいたいそんな所に行くのではないでしょうか。
 
そして二回目はもう少し奥へ。ディープな所へ。
 
前から気になっていた、前回行けなかった場所へ。
 
今回はそんなツアーでした。
 
まずはどーんと三千院へ。
 
 
レンタカーで向かう途中、何度も頭の中で「♪京都〜 大原三千院 」と流れてきました。
 
音楽のチカラは凄いです。
 

お庭が有名らしく、ここで飲むお茶🍵がいいみたいです。
 
僕はペットボトルのお茶を持ち歩いてたので、ここで飲む一服500円のお茶は二つに意味で”渋っておきました”。
 
次は貴船神社へ。
 
 
階段を登ると縁結びの神様がおられます。
 
良縁を宜しくお願い致します。
 
 
ここは「川床」が有名らしいです。
 
正直、あまり知りませんでしたが、これはいい!と思える雰囲気でした。
 
夏場、涼を取るのに最高ですね!
 
流しそうめんが食べたいです。
 
さて次は天狗の町、鞍馬へ。
 

僕と鼻と比べていかがですか?
 
旅はまだまだ続きます。
 

先日、僕が一方的に心の師と仰いでいる河内家菊水丸師匠の出陣式パーティーに参加させていただきました。

 

河内の八尾で生まれ育った僕の身体には河内音頭が染み付いています。

 

子供の頃から夏祭りといえば近所の河内音頭祭りでした。

 

櫓の上にあがった音頭取りさんが独特の節回しで歌い、三味線・太鼓で囃し立て、ギターも奏でてソウルフル!

 

櫓の下では踊り子さんたちが輪になって踊っている。

 

その輪の中は同級生の親やおじいちゃん・おばあちゃん、近所の人たちの顔ぶれでした。

 

揃っている人も不揃いの人もいて、でもだいたい皆同じように踊っている。

 

子供の頃、そんな風景を見て、楽しそうな大人を見てなんとなく不思議な心持ちでした。

 

でも当時はそれより綿菓子やミルクせんべい、金魚すくいなどの夜店に興味津々で、河内音頭の魅力に改めて気が付くのは地元を離れてからかもしれません。

 

東京や山形に住んでいる時、自宅で一人で河内音頭のCDを聞きながらビールを飲んで踊ったことが何度もあります。

 

音頭は落語同様、上下(かみしも)をきって会話するシーンもあるし、歌いながら物語を進めるところもある。合いの手もいい。節や間も人それぞれでおもしろい。

 

中でも菊水丸師匠は新聞(しんもん)詠み河内音頭といって現代的な題材で風刺を織り込んで歌っておられます。

 

現在は伝統河内音頭継承者の家元です。

 

今年はG20大阪サミットがあったので例年より一週遅かったそうです。

 

金箔が張り巡らせれた太鼓を叩く三条史郎氏、河内家菊水丸師匠、ギターの石田雄一氏。

 

途中、ケイスケ・サカモトさんたちと並び少しずつコメントを述べさせていただきました。

 

菊水丸師匠と大の仲良しの貴乃花さん(毎年ご出席)と記念撮影

 

僕 「落語家の笑福亭笑助と申します。写真一枚お願いできますか?」

 

貴乃花さん・・・遠くを見てうなずく。

 

貴重な体験でした(笑)。

 

菊水丸師匠、暑い夏のツアー、決してご無理をなさらずほどほどでお願いします。

そして又、近鉄八尾で毎月開催中の河内音頭セミナーにも参加させていただきます。

 

ちなみにこのブログのタイトル「&オンド(アンドオンド)」は深い意味はないのですが、響きだけですが、河内音頭からきて「オンド」です。

 

住みます芸人で四年半、山形県に住んだので第二の故郷になりました。

 

でも今現在第一の故郷の大阪に住んでいるので、第二の故郷が第一の故郷みたいな存在です。

 

ややこしくてすいません。

 

7月は二度、山形へ。

 

落語会&おいしいものを食べに&温泉に入りに&久しぶりの人に会いに&ゴルフ。

 

楽しいしありがたいことでございます。

 

当然、メインは上質の笑い(落語)を届けるのが一番の目的です!

 

そこはぶれてませんので!

 

冷やしラーメン

 

これは麺もスープも鉢もすべてが冷たいラーメン、山形名物です。

 

十四代

 

落語会終了後、打ち上げで一杯ずついただきました。

 

 

山形駅前のかっちゃんでは旬のはもをいただきました。

 

やっぱり梅肉派です。

 

 

わらべで食べた天ぷらも美味しかった。

 

穴子がまるまる一本!

 

 

山形駅前長屋酒場で落語もしました。

 

 

ひつじやでは野菜たっぷりの新鮮ジンギスカンも食べました。

 

サラダが以前のものと変わっていたのは残念です。

 

 

ゴルフは自己ベストを更新することができました。

 

それは山大工学部のK教授のおかげです。

 

先生、ありがとうございます。

 

100を切ったら先生の名前といただいた本を公表させていただくつもりです。

 

きっともうすぐ、あと2~3回で100打の壁を切ることができると思います。

 

次回は9月下旬、12月中旬、来年2月上旬に山形に行く予定です!

 

勿論、メインは落語会ですよ。