ミスしゃっくりinクロアチア
迎えた本番当日。
朝から早めに行って、wifiのある図書館の部屋で仕事する。
今日も一番乗りの女の子が早く来て、静かに椅子に座ってワークショップが始まるのを待っている。
英語で話しかけてもあまり通じないので、雑談もままならないけど、でも悪くない雰囲気。
たいていの子はギリギリに来るし、何人かは毎日遅れて来る。今は夏休みだし、ほとんどの子は保護者が付き添って来て、また2時間後に迎えに来る。
今日も全力を尽くして2時間のワークショップ。
さて、何をしているところでしょうか。「あと1時間くらい、こうしていようか…」などと冗談を言いながら。
もはや途中から、「今夜の本番用のエネルギーは残されるのだろうか…。」と不安になるほど、体力も気力も遣い果たしていく。
しかしながら、しんどい山場は超えたようで、ペースはつかめて来た。
この小ちゃい子たちのチームがまた愉快なんだよ〜!
ワークショップの途中で、かのベテランぽいスタッフから電話があり、私のアシスタントのララが急遽そちらに移動する。このフェスでは開催期間中に30ものワークショップが行われており、別のワークショップのアシスタントが急遽来られなくなり、ララが持っていかれたのだ。
なんでだよ。こっちにララはとても必要なのに。
でもベテランのボスの指示には逆らえない。
ちなみにララは私の本番にも来てくれる予定で、ビデオ撮影にも協力してくれることになっている。
ララは笑顔がものすごく美しい人で、その優しさや華やかさが溢れんばかり。
そのララが、「ほんとうはあっちに行きたくないし、あなたのワークショップをずっと観ていたいけど、どうしてもボスの指示だから…ごめんなさい。」と言う。
後日、そのボスが「ララがいつか日本に行きたいと言っていたわ。あなたがすごくいい人で、絶対に日本に行ってみたいって。」と言っていた。
うれしいねえ。おいで、おいで、うちにお泊まり。
余談だが、クロアチアには背の高い人が多い。
私は164cmなので日本の女性としては大きい方だし、これまでどの国に行ってもあまり小さいとは感じなかった。
だがこのクロアチアでは、私より背の高い女性がいっぱいいて、高校生のララとアナも私より背が高い。
左がララ、右がアナ。とっても素敵な高校生。
それと、アナは子どもたちがおかしなことを言うたびに困り顔で笑うのだが、その顔もものすごく好きだ。わかる?トホホ顔で笑うっていうか、そういう人いるよね?
何はともあれワークショップは無事にますます盛り上がり、子どもたちはますますクロアチア語でわあわあわあわあわあああああああと騒ぎ、互いにアイディアを出し合い、協力しあい、クリエイティブに動いていた。
物静かな子も、プライドの高い子も、傷つきやすい子も、ゴキゲンな子も、変わり者の子も、それぞれの面白さがある。
揉めたり、泣いたり、笑ったり、誇らしくなったり、いろんな瞬間があっていい。
不機嫌なときがあってもいい。気が乗らないことがあってもいい。
失敗して恥をかいてもいい。うっかり偶然にすごいことになってもいい。
何もかもがシアターの中では許される。
何もかもが、みんなの人生の糧になる。
4日目のワークショップを終えて、Polpettaへ。ここの店員のミーナとも仲良くなって、毎日少しおしゃべりする。彼女は機嫌が良くて、お店のBGMに合わせて鼻歌を歌ったりする。
とにかく野菜を摂ろうとサラダも食べる。結局1食でも食券クーポンを2枚くらい使うことになるので、こっちでは1日1食にしているのだが、それにしても食欲がない。でもこのままだと倒れそうなので、なんとか吐き気を堪えつつ、料理を口に運ぶ。
がんばれ、身体。
wifiのあるところで仕事して、いったんアパートに帰って少しだけ休み、そこからメイク。借りてきたワイヤレスマイクのヘッドセット部分だけを先につけて、ウィッグをつけて、いざ出発!
アパートの大家さんもとても親切な女性で、ミスしゃっくりの姿を見せたいと思ったけど、彼女はここには住んでいなかった。
18時過ぎにフェスティバル会場に着くも、まだまだ人はまばら。ここのフェスは夜になってからがピークなのだ。
それでもあっちでもこっちでも人々が笑顔を向けてくれる。「写真撮っていい?」と言われ、いろんな子どもたちとも写真を撮る。
観光地のため、イタリア語やドイツ語やいろんな言葉が聞こえてくる。
左が毎日親切にしてくれるフェスティバルスタッフのガービ。
見れば私のステージは機材が全て撤収され、まったくの素舞台。
昨夜のリハの後、スタッフさんみんなで撤収したのだろう。雨を警戒してか、あるいはセキュリティのためか。そしてまたこれから仕込みなのだ。頭が下がる。
19時前に、フラネがやってきた。それから続々と若者たちが機材を運んでやってきた。
ものの10分ほどでステージの仕込みを終えると、フラネは若者たち全員にアイスの差し入れを渡して、みんなで黙々とアイスを食べ始めた。
私の分は?!
というのは冗談で、フラネはきっといい兄貴分なのだろうなあと思った。
昨日ローブレがつたない英語で言っていた情報からすると、フラネはもしかしたら国立劇場に勤める一流の音響さんなのかもしれない。アナも、彼とともに年に何本か演劇を作っていると話していた。昨夜のフラネの様子を私が伝えた際にも「ああ、彼はいつもそんな感じよ。本番は心配ないと思う。」と言っていた。
フラネに「今日も長い一日だった?ほんとうにありがとう。」と言うと、彼もニコッと笑って「ああ、長い一日だよ、っていうか長い長い2週間だ。」と答えた。
さて、いよいよ本番直前のテクリハ。
ミスしゃっくりがフル装備だし、昨日よりももっとたくさんの見物客がテクリハをワクワクしながら座って観ている。
とあるシーンの音楽で、客席の子どもたちが耳を塞いだので、私は彼らに「音が大きすぎたかな?じゃあちょっと下げよう。」とフラネと音量の調整をし、「テクリハにつきあってくれてありがとう!このあと8時からショーをやるよ!」と挨拶。そこでもまた大きな拍手が起こった。
フラネは落ち着いた様子で、順番に一つ一つを確認しながらメモも取り、しっかりテクリハにつきあってくれた。
ローブレは昨日の段階で私にワイヤレスマイクを本体ごと渡そうとし、「でも本番前に充電しないといけないでしょ?」と私が言うと、「これもうすでにフルだから問題ない。」と言っていた。そこはさすがに食い下がり、「日本では必ず本番前にフル充電する。」と言うと、わかったと言ってくれた。
フラネは「今はこの古いバッテリーでテクリハやるけど、本番前に新しい
バッテリーに換えるから。」と、ちゃんとワイヤレスマイクのケアもしてくれた。
よしよし、行けそうだ。
ワークショップ受講生の子どもたちも数名ほど、家族を連れて観に来てくれた。いつものスッピンの私と別人なのを見て、そりゃもう目を丸くさせていた。
世界で最も激務のプロデューサーの一人、イヴァナも来てくれて「私、一番前で観るわ!」と言ってくれた。ワークショップ担当のイーネスも一緒。
そしてララも駆けつけてくれて、ビデオカメラを私から受け取ると輝くような笑顔で「バッチリ撮るわ!楽しみよ!」と頼もしく言ってくれた。
20時。アナウンスも何もなく、フラネと打ち合わせした通り、開場中のBGMがゆっくりとフェイドアウトする。フラネが目で合図をくれる。私は駐車場の脇から登場する。
ステージに上がる前には拍手が起き始めた。
通常の演目からいくつかシーンを削り、野外ステージ用にアレンジした内容。
照明機材は一切なく、20時過ぎの夕方っぽい自然光のみ。
続々と観客が増えていく。
そしてシーンごとに、あちこちから拍手や「ブラヴォー!」の声が上がった。
大人も子どもも、みんなポカンとしたり、笑ったり、一緒に踊ったり、立ち上がったりしながら楽しんでくれた。
上の方にも、横にも、後ろの上にも人がいた。
真上からララが撮ってくれた写真。
イヴァナが幸せそうに、ほんとうにうれしそうな顔で観てくれていた。
ワークショップ受講生の子どもたちが、真剣に観てくれていた。
そしてフラネは細かい調整を本番中にもちゃんとしつつ、見事にノーミスで音響をやり遂げてくれた。
私はカーテンコールで、挨拶をした。
「ありがとう。日本から来ました。生まれて初めてクロアチアに来ました!ここに来られてほんとうに幸せです。そしてこの、素晴らしいテクニカルチームに大きな拍手を!この国際チルドレンズ・フェスティバルのためにめっちゃ働いてくれている、イヴァナやイーネスや、全てのスタッフさんに大きな拍手を!」
客席から大きな拍手が波のように聴こえた。
「あとね、もし私と一緒に写真を撮りたいひとはね〜、、、この特別な帽子をかぶって、私と同じミスしゃっくりになれるから、あとでこっちに来てね!」
たくさんの「ブラヴォー!」が聴こえた。クロアチアでは小さい子たちも気軽にブラヴォー!と叫ぶ。
私の生徒の一人。
左がララ。右はスタッフの若者たち。「素晴らしかったわ!ほんとうに素晴らしかった!!」と大興奮。
そしてイヴァナは、満面の笑みでハグをしてくれて、しみじみと深く「ヤノミ、ベイビー、あなたは完璧な仕事をしたわ。ほんとうに素晴らしかったわ!この野外ステージになってしまって、すごく心配したけれど、ほんとうに完璧だったわ。」と言ってくれた。
そしてものすごくはしゃいで、ミスしゃっくりの帽子をかぶり、小道具を片手に記念撮影をした。
次から次へと写真の列が続いたが、イヴァナが最後にどうしてもフラネも帽子をかぶるべきだと言い、フラネはぶつくさ照れながらもかぶってくれた。
だがイヴァナは多忙過ぎて、まだ私にそれらの写真を送ってくれていない。
後日、ぜひともご披露したい。
これは本番前に撮った写真。
フラネと、お互いにありがとうと言い合った。テクニカルスタッフチームの、私に向ける目は昨日とは明らかに変わっていた。フラネからもリスペクトが伝わってきた。そして、安堵も。
ローブレも、初めてしっかりと目を見て「ありがとう。」と言ってくれた。
ついに何かが通じた、その実感が確かにあった。
ローブレと。
片付けをして、いったんアパートに帰り、急いでメイクを落として着替えてシャワー浴びて、再び劇場へ。ワイヤレスマイクのヘッドセット部分を返しに。
疲れているであろうローブレが、劇場の前でポツンと座って待っていてくれた。
「待たせてごめんね!これマイク、ありがとう!」
「いや、ぜんぜん。」
「あとこれ、ローブレに、プレゼント!」
ミスしゃっくりの缶バッジを一つ、ローブレに渡すと、無口な彼はとても驚いて小さな声で「おお、日本からのお土産…。ありがとう…これ、俺のTシャツにつけるよ。」と言って笑った。
ほんとうに、何もかもありがとう!
私はクロアチアでミスしゃっくりをやり遂げた。
打ち上げもできないけれど、みんなみんな、ものすごく働くスタッフさんたちが、そして子どもたちが、大人たちが、ミスしゃっくりを支えて愛してくれたのだ。
今夜もらったたくさんの拍手、歓声、握手、投げキッス、いろんな言語の「ありがとう!」が、これからの私をまた助けてくれるであろう。
フヴァラ!クロアチア。
明日の朝は、最後のワークショップ!
ヤノミ