『神戸大学卒業生会報への寄稿』2026年1月
序章:寄稿への想い令和八年初春を迎え、心よりお慶び申し上げます。僭越ながら寄稿の依頼。ここに寄稿されておられるのは偉大な同窓生諸氏ばかり。私如きがという想い。また、折しもなんと凌霜生から、日本初の女性総理誕生。高市早苗さんが、総理大臣になられた。誠におめでとうございます。そんな中、私は筆を執っております。私は背伸びせず等身大の自分を、自分らしくカジュアルに書くことをお許しください。それは、ビジネスマン38年間で、徒然のまま筆を走らせたポエム風エッセイ。自称ポッセイ、その時の感情を文字にしたものです。若輩者の呻吟語としてご笑覧頂ければ幸甚です。第一章:人生の基盤となった出逢いと学び私の人生を支えているのは疑いもなく高校の恩師の教え。この教えが今の私を形作っている。この教えが無かったら、今の私は無いだろうと言っても過言では無い。私は、今もご縁あってお会いできた若人には必ずと言ってもいいくらい、このお話しています。『3000mダッシュの教え』野外練習ではいつも3000mダッシュがあった。先生が私に「ペースを考えるな、最初から全力で走れ。そうすればいつか3000メートルを全力で走り切れるようになる」と。この教えは私の生き方に多大な影響を与えている。「何事も最初から全力!」という私の基本を成す行動原則として30年以上生き続けている。今でもはっきりと聞こえる「小さな自分を温存するな、今この瞬間を全力で、全力の向こうに未来のラップは自己新記録を刻み続ける」と。62歳になった今でも心に留めておきたい恩師の哲学、教え、この教えのお陰で今がある。そして忘れてはならないのが、私を成長させてくれた方々。多逢聖因とは、尊敬する師、安岡正篤先生のお言葉。私は出逢えた人、誰一人が欠けていてもこの幸せはなかったと素直に思える。感謝の念に耐えない。『出逢い』出逢いとは他人を通して本当の自分に出会うこと。人はどこかで認められたいと思うもの。それ故、自分を理解し高めてくれる人を求める。出逢いは偶然だけど必然。漫然と生きていたら人にもチャンスにも出会えない。理想を持ち続け、想いを強くすれば出逢える。あとは出逢った時に共感や気付きを抱く感性と実力を磨いておくこと。人生はリハーサルの無い舞台、毎日が本番。気持ちを入れて、心を込めて演じたい。「教師は準備ができてから現れる。」まさにその通り。自分が一定のステージに上がる度に、素晴らしい人との出逢いがあった。出逢いは決してセレンディピイティーなんかではないと確信している。第二章:企業人として歩んだ38年間の気づき会社では、若くして幾つもの長を経験させて頂いた。人の気持ちは計り知れない。謙虚に心耳を傾けないと。コミュニケーションの難しさを実感していた。『言葉の背景』言葉の出た背景に思いを遣る。こんな話がある。煙突を見て真上から見た人は丸いと言い真横から見た人は長方形と言う。煙突は円柱というのが常識。でも全て正しい見方。だから言葉は怖い。その人がどういう状況で言っているのかを出来る限り理解して上げないと見誤る。私も沢山失敗してきた。いやこれからも失敗するかもしれない。でも長たる者、よくよく心得ないと心の通ったコミュニケーションなんて出来ない。じっくりと話し込んだ時、何気ない会話、全てがコミュニケーション。でも、その時に感じた主観は時に間違える。特にビジネスの世界で上司と部下。主観を取り除いて、謙虚に素直に心耳を澄ますことができるか。本当に難しい課題である。第三章:第二の人生への挑戦と展望今、私は第二の人生を歩み始めた。生涯、住友生命しか知らなかった私が、現在は六足の草鞋を履いている。経営顧問、人事戦略顧問、販売戦略顧問、裁判所民事調停委員、大学のゲストスピーカー、事業代表者として。でも、会社や組織が違えども、人との縁、自らの哲学、信念が全ての解決に繋がることを心腸に徹するほど感得している。どんなにAIが発達しようとも、この人間の持つ尊厳さは、きっと未来の日本を切り開いてくれると思う。これまでの経験、体験、思考、出逢いから導いた結論です。その上で、虚心坦懐に第二の人生を生きたい。私の理想の生き方、この境地に達することが不可能に近いと思っていても、追い続けたい境地は以下の通り。『黄昏の飛行機』黄昏の空に飛行機を見た。彼はもの凄い速さで目的地に向かって飛んでいる。惜しむかのように自分の軌跡を飛行機雲という形で残している。形在るものは、いつかは消える。けれど人は形にとらわれる。悲しい性だ。いつしか、もっと形のないものを求めるようになった。自分の存在も凄いと言われているうちは未完成。普段はその価値に気付かない。居なくなって初めてその偉大さに気付く。まるで空気のように!これが本当の凄さだと思う。有名無力は最悪、有名有力はいつか消える、無名有力が最高なのであろう、この大自然のように!ここで、思い出す。私の有名無力の経験。私は恵まれ、29歳で、青山表参道に開設した実験店舗の副店長を拝命した。そしてファイナンシャルプランナーとして、日本のベスト50名にも選出された。毎週何らかの取材、テレビや雑誌、新聞への連載等の日々に追われた。それ程の実力は弱冠29歳の私には備わっている筈もない。まさに読書の師が教えてくれた有名無力の典型ではないかと。その教えのお陰で実力を付けるべく、日々自己研鑽に取り組めたと思う。読書は時代時空を超えた有難い人類の知恵である。本稿を読んでくれている後輩諸氏に伝えたい。SNSの時代、簡単に有名になってしまうこともある。でも謙虚さを忘れずに更なる高みを目指して研鑽してほしい。私のように無力にならないでほしい。VUCAの時代を生き抜くためにも。結章:同窓生への想いとメッセージ本稿を最後までお付き合い頂いた先輩後輩諸氏にお伝えしたい。どんな人生のステージであろうが、家族、恩師、先生、同僚、先輩、後輩を大切にすることが大切だと沁み染み思う。特に親子は得難い出逢い。私は住友生命で、38年間お世話になった。その時、徒然なるままに、その時の感情を創作的に文字にしていた。いつの時代も子供の成長には、エネルギーを貰える。私も例外ではなかった。その時の内心内奥の喜びの叫びは、いつまでも私の琴線を奏でている。『卒園という贅沢な贈り物』日々、伸び伸びと成長していく我が子に目を細めて、早くも卒園とは⋯正直なところ私ども転勤族にとって、長野での生活は、ほんの一瞬の出来事です。その一瞬を「子どもの森 幼児教室」で過ごせたことは、長男長女の人生にとって大変貴重なことだったと思います。思い起せば、平成五年九月長男が生まれ、命名初体験。単なる付名ではなく、真の命名をせねば、と意気込んだのが昨日のようです。「内、平らかにして、外、将を成す」そんな思いを込めた長男が卒園という門を一つ潜った。感激の至りです。長女の命名は、それから3年後。これからの時代、女性も手に職をつけ、立派に生き抜いてほしいとの願いで有紗と命名した。優しくて控えめだけど、存在感、「有」を体現し、目に見えないくらい細い繊維だが、決して簡単に千切れはしない、しなやかで強い、そんな絹を表意する「紗」。子供だから、少しくらい悪さもいい、元気に明るく、自分の感性を伸ばして欲しい。一つでも多くのことに興味を持ち、数多くの感動を体験してもらいたい。この遠慮のない贅沢な想いを、子供たちが通った幼児教室は見事に実現して下さった。親として望外の喜びそして感謝の念に絶えません。子育ての基本は、「まず子供の衷心に火を灯し、自らが雀躍として物事に取り組むようにすること」だと思っています。家庭では、思っている半分も出来ていません。良き師、良き友と出会い、長男長女は育っています。これからも我が子には、佳き出会いを大切にし、感謝の念をもって、生きていって欲しいと思う。「お父さん。俺、うまなったやろー」「お母さん、俺のほうが速いでー」日曜日のゲレンデに声が響く。長女はお兄ちゃんをひたすら追っかけてスキーを滑らせる。私たちにとって至福の響き。これも長野の贈り物。卒園という贅沢な贈り物を持って、私たち親子は、いずれまた新天地へ行くのだろう。私は仕事より子供との時間を大切にしてきた自負がある。子供たちと遊べる時期に思い切り遊べたこと、その思い出が何よりの宝物。そして、今思うのは、次の時代のこと。それはAI次代と名付けている。『AI次代』久しぶりに以前勤務した跡地を訪れた。広大な土地に建て替えられている高層ビル。大阪の夜景が一望できた。こんなビルを建てる技術も凄いが、なんといっても構想力に感心する。AIが席巻する時代、人の持つ構想力は、まだまだAIに負けないと信じている。それも当面だとは思うが。1人1台、携帯電話を持つが如く、1人にひとりAIアシスタントを持つ時代が来る。しかもそのアシスタントは、父にもなり、母にもなり、友達は勿論、恋人にもなる。仕事上は、部下になるのは当然、同僚にもなり、時には上司の役目も果たす。おそらく、トップダウンとかボトムアップなんて言葉は私語になるだろう。そう意味では、一時、持て囃されていたフラットな組織だ。いや、フラットというより、スクランブルな組織と言える。公私にわたり、人とAIが共存共栄するスクランブル社会、スクランブル組織こそ、次代の必然形態になるに違いない。AI次代の到来。私の独りよがりの妄想に終わって欲しいと願うのは、罪だろうか‥‥このような時代が到来しようと、私が最後に目指す境地は絶対に、これだと確信して残りの人生に挑戦したい。それは、『成功よりも挑戦を希求する人生』。その想いは、六足の草鞋を履きながら、これからも続く。1987年法学部卒小阪博司(住友生命保険相互会社顧問、株式会社電算システム人事部エグゼクティブフェロー、決済サービス事業部エグゼクティブディレクター、EFGホールディングス株式会社特任経営戦略顧問、HK&SA,LLC社長CEO)