「永世乙女の戦い方」第10巻と女流棋界展望 | 将棋大好き雁木師の新将棋文化創造研究所

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主に将棋に関する詩などの作品紹介と、自分の将棋の近況報告を行います。

読者の皆様こんにちは。雁木師でございます。今日はコミックをご紹介します。今回はこちらです。

 

 

 

 

永世乙女の戦い方⑩」

 

をご紹介します。

原作はくずしろさん、監修は香川愛生(かがわ・まなお)女流四段です。ビッグコミックスペリオールにて2019年10号より連載開始。単行本の最新刊となる本書は先月発売されました。

くずしろさんについてはこちらから。

香川女流四段についてはこちらから。

前巻のおさらいをしたい方はこちらから。

なお、付記事項として香川女流四段は昨年行われた第45期女流王将戦三番勝負に挑戦者として登場。西山朋佳女流王将の前に0勝2敗で敗退となりましたが、久しぶりのタイトル戦登場に多くのファンが沸きました。

そのほかの棋戦では、女流順位戦は現在B級に在籍し、2勝1敗の成績。マイナビ女子オープンは、本戦トーナメント1回戦で伊藤沙恵(いとう・さえ)女流四段に敗れ、女王挑戦はなりませんでした。今期の女流名人戦は予選を突破しリーグ入りを果たすも、リーグ戦は2勝7敗の成績でリーグ陥落。来期は再び予選からのやり直しです。女流王位戦では予選を通過し挑戦者決定リーグ入り。白組に在籍しており1勝2敗の成績です。

 

 

ではコミックの内容に入ります。本書のストーリーは現役女子高生でありながら女流初段の早乙女香(さおとめ・こう)が、女流棋界の絶対女王である天野香織(あまの・かおり)とのタイトル戦での対局を目指して、日々奮闘するというものです。

第10巻となる本書では、前半は第9巻の後半からの続きで香織と津雲嵐(つくも・らん)の銀河戦の対局からスタートします。津雲は香織に対して、並々ならぬ闘志でこの対局に臨みます。その理由は、幼いころからの香織との関係でした。

この対局は、香も聞き手として解説を務める師匠の四条(しじょう)とともに見守ります。対局は香織の経験のない序盤戦から始まり、激しい展開で進行。津雲が攻め、香織が受ける展開でしたが、香織が勝負手を放ったところから形勢が入れ替わる展開に。果たして、この対局の行方は?

 

後半は、初めての女流タイトル戦に臨むことになった香が角館塔子(かくのだて・とうこ)と夏木小百合(なつき・さゆり)などの先輩女流棋士からタイトル戦での心構えを学ぶというものです。初めて着物を着た香は、着慣れないこともあってかドジを踏みながらも先輩たちのアドバイスから学んでいきます。

一方、迎え撃つ香織は病を抱えている状況。しかも、医師が驚くほどの精神力で体調を保っている状態で、このままでは命が持たないとされています。そんな中で彼女は、香とのマイナビ女子オープンのタイトル戦を「大勝負」と位置付けました。果たしてその真意は?詳しくは実際に買ってお確かめください。

 

また、今回も紙媒体では表紙のカバーを外すと詰将棋が掲載されています。腕試しがしたいという方は、ぜひチャレンジしてみてください。

 

 

 

ここまで、コミックの内容を見てきました。実際に読んだ感想を短歌にまとめました。こちらです。

 

その彼女

憧れに見え

敵に見え

人の心を

揺さぶり続ける

 

「その彼女」とは天野香織を意味します。香織は香にとってはいわば憧れ。香は香織を目標に将棋の研鑽を重ね、ついにタイトル戦という大舞台で香織と対局するという夢を叶えました。時には誤解されながら、時には弱いと言われながらも香は努力して自らの力で挑戦権を手に入れたのです。もちろん、先輩の塔子や小百合の存在も大きかったですが。

香の存在と成長が他者にも刺激を与え、棋力を向上していく姿はどこか現実の女流棋界にもあってほしいなと願うばかりです。もちろん、現実の女流棋界でも頑張っている方は多いですが、まだ結果を残されている方が若手には少ないこともそう見えるかもしれません。

一方で、香織は津雲にとってはに見える描写も印象的です。将棋マンガの常套手段として「棋は対話なり」の格言を地で行く描写がよく描かれています。敵意をあらわにする津雲に対して、乱れることも臆することもなく堂々と戦う香織。様々な呪縛にとらわれ続ける両者の対局の描写は、読んでいて将棋に対する残酷と現実とを感じます。私はこの描写を読んでいて、あるクラシック曲を思い出しました。バッハ作曲の「トッカータとフーガ」です。

 

 

 

この曲を一度でも聴いたことのある方は、メロディーで「絶望」「恐怖」「終焉」といった感情が湧き出てきたという方もいらっしゃるのではないでしょうか。津雲の対局中の感情の起伏はこの曲の表現にあてはまる。そう感じました。

 

コミックの感想を続けます。このコミックの特徴はコミカルとシリアスの使い分け、塩梅が絶妙であるとは何度も述べました。もちろん、本書でも健在で対局中のシリアスなシーンの描写と香の成長姿を描くうえでのコミカルな姿はいい塩梅と言えます。

 

 

さてコミックの話はここでいったん置いといて、ここからは今年の女流棋界を展望していきたいと思います。

 

まずは女流棋界の展望に入る前に、年末年始に飛び込んだ衝撃のニュースから振り返ります。里見(当時)香奈(さとみ・かな)女流四冠が藤井聡太(ふじい・そうた)竜王名人に平手で勝利したことが話題になりました。詳しくはこちらの動画をご覧ください。

 

 

 

この対局は王位保持者と女流王位保持者による記念対局で、局面こそ平手ですが持ち時間が藤井王位が10分に対し、里見女流四冠が1時間というハンデがありました。とはいえ将棋界の第一人者が、第一人者とはいえ女流棋士に平手で敗れるということは大きなニュースと言えます。動画内では様々なコメントが見受けられましたが、私は里見女流四冠の将棋を素直にほめるべきと思います。

 

そしてもう1つの衝撃のニュースは里見女流四冠のご結婚発表と、「福間(ふくま)香奈」として活動されることです。ご結婚されたのは昨年の5月でした。

 

 

お相手は元奨励会三段の福間健太さん。現在はお子様向けにインターネットの将棋教室を開講されています。

 

 

福間女流四冠、改めておめでとうございます。私自身「福間香奈」という響きにはまだ慣れていませんが、早く慣れなくてはと思います。

 

さてここからは本題の、今年の女流棋界を展望していきます。

まずは先週開幕した女流名人戦五番勝負から。今期の挑戦者は福間女流四冠。迎え撃つは西山朋佳(にしやま・ともか)女流名人です。もはやおなじみの顔合わせとなったこの2人の対局。第1局は、先手の西山女流名人の角交換振り飛車に対し、後手の福間女流四冠は持久戦模様で対抗。福間女流四冠が敵陣に放った角が生きる展開となり、優位に。西山女流名人は自陣に金を重ね打ち粘るもイナズマの攻めは止まらず、106手で福間女流四冠の勝ちとなりました。

 

 

第2局は本日、福間女流四冠の地元島根県出雲市で行われています。

このように、今年も女流棋界は福間・西山の2強時代が続くものと予想されます。この2強に対抗していくには、そう簡単ではありません。

しかし、タイトル戦ではなくともその前段階のリーグ戦や一発勝負のトーナメントでこの2強に勝つ女流棋士の方もいます。ここからは、若手女流棋士、具体的には女流初段の方で今年飛躍が期待できる女流棋士を見ていきます。

 

まずは、今期の女流名人戦でプレーオフに進出した内山あや(うちやま・あや)女流初段。先日のNHK将棋フォーカスでもご出演された彼女は、お笑い好きで吉本の劇場にも足を運ぶほどの大ファンとしても知られています。

内山女流初段が昨年脚光を浴びたのは、初参加の女流名人リーグで福間(当時里見)女流四冠に勝利したこと。幸いにもその棋譜を見ることができたので見てみると、向かい飛車対居飛車の対抗形から内山女流初段の踏み込んだ飛車切りからの角打ちでペースをつかみ、福間女流四冠が受けに転じます。やがて福間女流四冠が反撃しますが内山女流初段が金を引いて鉄壁の守りでしのぎます。その後形勢は目まぐるしく入れ替わる展開でしたが、内山女流初段の的確な攻めに福間陣は崩壊。最後は的確に寄せきって第一人者に勝利。初参加の女流名人リーグ戦で大きな結果を残し、一躍女流棋界の次世代スター候補に名乗りを上げる格好になりました。

その実績が認められてか、今期の男性棋戦の新人王戦にも登場することになった内山女流初段。初戦の相手は岡部怜央(おかべ・れお)四段です。

 

福間女流四冠に勝ったと言えば、先月行われたマイナビ女子オープン本戦トーナメントで勝利された大島綾華(おおしま・あやか)女流初段も今年要注目の女流棋士と言ってもいいでしょう。女流王位リーグ入りを果たしたことも大きい大島女流初段。リーグでは紅組に在籍しており3勝0敗の成績です。紅組には西山女流四冠も在籍しており、こちらも3勝0敗の成績。西山ー大島戦はリーグ最終戦に組まれており、第一人者にに勝つことができれば挑戦者争いに大きく前進する可能性もあります。

マイナビでの大島ー福間(当時里見)戦の棋譜を見返すと福間女流四冠の後手ゴキゲン中飛車に対し、大島女流初段は超速で対抗。福間女流四冠が片美濃~木村美濃への転換を目指した隙に、大島女流初段が仕掛けます。大島女流初段はその後も攻めの手を緩めず、一気に福間陣を崩し117手で勝利。福間女流四冠に一度も王手を許さない会心の指し回しで本戦ベスト4進出を決めました。

 

 

先週も女流王位リーグでも実力者の伊藤沙恵女流四段に勝利している大島女流初段。強豪を破り、着実に力をつけていることからも先月の「金星」がフロックでないことを証明しています。果たしてどこまで飛躍するのか、注目が集まります。

 

 

年明け早々に行われた女流YAMADAチャレンジ杯の決勝を戦った磯谷祐維(いそや・ゆい)女流初段と野原未蘭(のはら・みらん)女流初段も注目の若手女流棋士と言えます。

優勝された磯谷女流初段は、昨年9月にLPSAからデビューされたばかりのバリバリの新人女流棋士。しかし、女流デビュー前の女流アマ時代から実績を積み重ね、満を持してデビュー後もその実力を遺憾なく発揮されている印象を受けます。

将棋も外見も個性的な磯谷女流初段。棋戦初優勝を決めた前述の女流YAMADAチャレンジ杯の決勝戦は、持ち味全開の将棋でした。対局は、野原女流初段の先手で始まり、相掛かりと分類される将棋に進行。野原女流初段の仕掛けに対し、磯谷女流初段は得意戦法の右玉で対抗します。野原女流初段が仕掛けから勢いよく攻め込み、磯谷女流初段の駒は後退。と金を作ってからは一気に野原女流初段のペースとなります。懸命に右桂を跳ねて反撃をうかがう磯谷女流初段。すると、その桂馬の王手の応手を野原女流初段が応手を間違えたことから一気に形勢逆転。最後は、角捨ての妙手が決まって112手で磯谷女流初段の勝利となりました。

 

この勝利で棋戦初優勝と規定により女流初段に昇段した磯谷女流初段。LPSAでは渡部愛(わたなべ・まな)女流三段以来、タイトル保持者が誕生していませんが、再びLPSAにタイトルを持ってきてくれる予感も漂わせます。

 

 

準優勝の野原女流初段も今年飛躍が期待される若手女流棋士の1人です。前述の女流YAMADAチャレンジ杯では決勝戦での敗戦後、涙を流したという報道もあった野原女流初段。地元の富山が元日の能登半島地震の被害に遭うという、精神的に苦しい状況下での対局でした。

2020年に女流棋士デビューした野原女流初段はこれまでにも倉敷藤花戦の挑戦者決定戦に進出の経験など、着実に実績を積み重ねてきました。そして今期の女流王位戦では女流王位リーグ入り。白組に在籍しており、ここまで2勝1敗の成績です。白組は加藤桃子(かとう・ももこ)女流四段が3勝0敗で単独首位。加藤桃ー野原戦はリーグ戦4回戦で組まれており、白組の挑戦者争いの大一番になりそうです。

 

 

 

以上、今年要注目の若手女流棋士4名をピックアップしてきました。このほかにも、昨年倉敷藤花戦で挑戦者決定戦に進出した加藤結李愛(かとう・ゆりあ)女流初段、前期の女流王将戦本戦トーナメントで福間女流四冠に勝った小髙佐季子(おだか・さきこ)女流初段、今期女流王位リーグ入りを果たしている松下舞琳(まつした・まりん)女流初段なども期待の若手女流棋士です。

 

もちろん、若手を迎え撃つ実力者も負けてはいられません。昨年関西に移籍した加藤桃子女流四段、捲土重来を期す伊藤沙恵女流四段は存在感を示し切れるか。昨年結婚と昇段を果たした山根ことみ(やまね・ことみ)女流三段は再びタイトル戦の舞台に上がれるのか。現在連勝が続く石本さくら(いしもと・さくら)女流二段も楽しみな存在と言えます。

 

と、ここまで女流棋界を展望してきました。今年は女流棋士制度が発足してちょうど50年の節目です。近年は「女性棋士」の誕生なるかにも注目が集まる中で、女流棋界の行方にも見守りたい。それが一将棋ファンの気持ちでもあります。

 

 

さて、話をコミックに戻します。本書は女流棋士の存在価値を問うという意味で、重要な書籍とも言えます。女流棋士を目指している方、女流棋界に興味のある方は、ぜひこのコミックを読んでみてください。きっと女流棋士の見方が変わってくるかもしれません。

 

 

この本を読んで、将棋に興味を持った、将棋が好きになったというお声をいただければ、これほどうれしいことはありません。読者の皆様が将棋本を読んで将棋に興味を持つ、将棋が好きになることを祈念いたします。なお、次回の書籍紹介は2/18(日)を予定しております。

 

今日はここまでとさせていただきます。本日も長文となりましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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