月曜日に血圧が40まで下がって即入院となりました。
もうダメかと思いました。
とりあえずブログはしばらくお休みさせて頂きます。
申し訳ございません。
月曜日に血圧が40まで下がって即入院となりました。
もうダメかと思いました。
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申し訳ございません。
坂東三十三観音霊場の札所を鎌倉からの(近・遠)二段階に分類するならば、私と美月の遊行もいよいよ青線で囲った後半戦の遠国巡礼へと突入して参ります。
2024年7月、まずは長野業正が居城であった箕輪城跡に近い第十五番札所、白岩山長谷寺(ちょうこくじ)から札所順通りに参詣を始めました。
この折は、埼玉県川越市の喜多院・成田山別院、同本庄市の百体観音堂・立岩寺を参詣、県境を越えて群馬県佐波郡に鎮座する玉村八幡宮に詣でて高崎入りしました。
(「日本三大さざえ堂」とされる百体観音堂は仏像パラダイスでした)
(玉村八幡宮の随神門におられる恐怖の三猿)
高速道路を使えば横浜から高崎は近いのかもしれませんが、私も美月もケチな性分故、折角群馬まで行くならと寄り道・寄り道を繰り返してしまいます。
翌朝、高崎駅前を出発して、鼻高町にある慈雲山福泉寺と室田之滝不動(秀巌山大福寺)を参詣しました。
(福泉寺は『元三大師関連寺院』【12】でご紹介済、御朱印が素晴らしい寺院です)
(室田之滝不動は北関東三十六不動尊霊場の第三番札所です)
そしていよいよ白岩山長谷寺です。
開山について不明なところが多いものの、686年役小角と伝わっており、坂東三十三観音霊場においては唯一の金峯山修験本宗に属しています。
(奈良の朝護孫子寺で買った寅に乗る奈良博の『ゴンげんくん』です)
肝心のご本尊である十一面観音立像は、檀家さんの法要と出くわして本堂への参詣を遠慮したため、一切拝することも出来ないまま私と美月は退散を余儀なくされました。
横浜から来たのに残念でなりません。
(『坂東観音巡礼』平幡良雄著より)
たれもみな いのるこころは しらいわの はつせのちかい たのもしきかな
ところが落胆の帰り際、納経所で護符や御守を物色していると、このお方がいらっしゃることに気づいて吃驚したのです。
6月6日(土)、二ヶ月ぶりに電車に乗って繁華街(横浜駅)へ美月と出掛けました。
病身故に関西遊行も含めて車での移動が専らでしたが、活動性の低下を危惧すると人混みに慣れる訓練も必要であろうと考えたからです。
いくら浅草寺や東大寺が混んでいると言っても、密集度・歩行速度ともに老人参詣者の比ではなく、横浜駅のコンコースに立っただけで目が回ってしまいました。
ところが、美月に支えられながら高島屋で買い物をした後、『ムーミンショップ』を見つけるや、俄然として気力・体力が共に充実してくるのですから不思議です。
子供の頃から『カルピスまんが劇場』は観ていましたが、特にムーミンが好きだったと言う記憶はありません。
しかし還暦過ぎて出逢った「アングリー・ムーミン」に何故か心惹かれてしまうのです。
おそらく半世紀にわたって私の記憶に眠っていたのはこんな可愛らしい妖精ムーミンではなく、アニメの通り喜怒哀楽が激しい生々しい人間ムーミンだったからでしょう。
かの仏像大使、みうらじゅん先生の造語であるマイブームは、年を取れば取るほど取り留めもなくなっていくようです。
これはサコッシュと言うのでしょうか、肩から斜め掛け出来る小さなバッグで、美月と散歩していると近所に住むお婆さん達から羨望の眼差しで見られます。
こちらは美月が欲しがったバッグで、やはり近所に住むお婆さん達の垂涎の的です。
付箋やシール類の小物も爆買いしてしまいました。
いつか町内会の回覧板にこっそりと貼って、近所に住むお婆さん達の腰を抜かしてやろうと思っています。
今回、最大の収穫はこのトートバッグで、何と背面に貼られたムーミンの後ろ姿が可愛くて仕方ありません。
きっとこれを見たら近所に住むお婆さん達は「いい冥途の土産が出来たねえ」・・と言うほど絶対にやわじゃないでしょうなあ。