遊行聖の寺社巡り三昧                            Yugyohijiri no Jishameguri Zanmai

先月64歳の誕生日を迎えたばかりですが、本日、警察署へ出掛けて運転免許証を自主返納して来ました。

病状の進行を考えると、万が一であっても美月や子供達に迷惑をかけられませんし、己の晩節を汚すリスクを残してはならないと考えたからです。

真っ赤なスカイラインで美月と走り回っていた頃を思い出すと、さすがに目頭が熱くなりました。

42年間お世話になった免許証・・本当にありがとうございました。

(比叡山横川中堂にて3D角大師と:まだまだ終わらない美月の生成AIです)

さて前回まで『仏像を訪ねて』で日光山輪王寺大猷院の四夜叉を調べて来ましたが、本論に戻って輪王寺の元三大師グッズをご紹介して行きたいと思います。

(TV『U字工事の旅!発見』より借用しました)

輪王寺を参詣するきっかけは、TV『U字工事の旅!発見(輪王寺編)』で紹介された降魔大師(角大師)のお軸です。

これは日光に別荘を持っていた勝海舟が奉納したもので、合理的で現実主義的な人物だけに意外なイメージが湧きました。

では授与品を見て行きましょう。

これは「鬼門除け」のお札で裏側に角大師の護符が嵌め込まれており、私のコレクションにあって、このような形態の祈願札は他に見たことがありません。

大変秀逸な護符です。

通常頒布されている紙の角大師護符がこれになりますが、調布深大寺の旧式護符と同様で目玉が描かれていないバージョンです。

また『坂東三十三観音霊場遊行の記』でご案内した輪王寺別院の日光山中禅寺でも角大師護符が頒布されています。

角大師のデザインは本院の輪王寺と同一になっていますが、授与頂く際の同封紙袋が実に豪快でユニークになっています。

また中禅寺では名刺大のカード護符も頒布していますが、中央に疫病退散の朱印が押されています。

さて、角大師グッズは次回へ続きますが、最後に美月が嬉々としてつくった生成AIを・・愛猫慈恵ちゃんに踏まれる私だそうです・・(怒)

前回まで、奈良薬師寺の「蕃人」から十二神将、金剛夜叉明王、毘沙門天まで、仏教に取り込まれた夜叉の変化ぶりを見て来ました。

基本的には、何万といる夜叉一族の中から、たまたま御仏に選ばれて一部に出世した者がいると考えれば気が楽になります。

そこで日光山輪王寺大猷院の夜叉門におられる四夜叉を考えてみましょう。

毘陀羅(びだら)

阿跋摩羅(あばつまら)

犍陀羅(けんだら)

烏摩勒伽(うまろきゃ)

この4体の夜叉をもって四夜叉と言い、毘沙門天や増長天の眷属ではなく、何と庚申信仰の主尊格である青面金剛の眷属であるとされています。

(横浜市緑区にある顯弘山極楽寺の庚申塔)

これは良く見かける青面金剛の石碑ですが、この類で四夜叉が刻まれているのは一度も見たことがありません。

しかし記憶を辿ると、2026年1月に訪問した奈良町資料館の美しい青面金剛像の後ろに、それらしき掛軸が飾られていたことを思い出しました。

毘沙門天との上下関係はわかりませんが、青面金剛も夜叉神であり、その配下に位置するのが四夜叉とされているようです。

輪王寺のホームヘージによると、四夜叉の中でも烏摩勒伽像は珍しく、手にした龍神破魔矢と深沙大将と同様に両膝についた象が授与品として頒布されています。

この「膝小象さん守」ですが、なかなか象の表情が微妙でマニアの心を揺さぶります。

さて、何故この四夜叉が結界である夜叉門の門番をしているかですが、ふと京都東寺の夜叉神堂におられる雄夜叉と雌夜叉を思い出しました。

(左:雌夜叉、右:雄夜叉:『新TV見仏記-東寺編』より借用)

この2体はかつて南大門の左右に安置されており、旅人が拝まないで通り過ぎると罰を当てたと伝わっています。

また仏教に取り込まれる前、夜叉はバラモン教の修行場前門に配されていたとも言われ、

金剛力士像以前は、鬼神を以って邪神を封じることが一般的だったのでしょう。

これで四夜叉の調べものは終え、次回は日光山輪王寺の元三大師グッズへ話を戻します。

少し本論から外れます。

今日、美月が嬉しそうな顔で「写真送ったから見て」と話しかけてきました。

これ、どうやら初めてAIで加工した写真らしく、何処かの寺院の練供養に袈裟まで付け足した私を合成したようです。

自画自賛の美月ですが・・練供養は二十五菩薩の来迎を受けて極楽往生を遂げる再現劇で、まるで私が菩薩衆と共に浄土へ導かれる縁起が悪い構図になっています。

一応「良く出来ているね」と労いましたが・・以来美月はスマホをいじりっぱなしです。

では本論に戻ります。

夜叉の姿形が曖昧で捉えようがない話の続きです。

法華経における八部衆は、天衆、龍衆、夜叉衆、乾闥婆衆、阿修羅衆、迦楼羅衆、緊那羅衆、摩睺羅伽衆で構成されていますが、奈良興福寺の著名な八部衆は少し異なります。

(鳩槃荼:興福寺『天平の祈り 八部衆と十大弟子』より)

寺伝によると、五部浄、沙羯羅、鳩槃荼、乾闥婆阿修羅迦楼羅緊那羅、畢婆迦羅であり、この鳩槃荼(くばんだ)が夜叉に相当すると比定されています。

とても格好良いお姿をしています。

しかし『日本仏像辞典』(真鍋俊照)によれば、夜叉神の鳩槃荼は馬首人身であり、その名はどうやら陰嚢を意味するようです。

(『東寺の曼荼羅図』より)

念のため調べてみると、胎蔵界曼荼羅の外金剛部院に男女一対でおられ、鳩槃荼は毘沙門天ではなく増長天の眷属であるそうです。

もちろん経典や宗派によって解釈が異なるのでしょうが、素人仏像マニアにとっては、もはや夜叉の概念は崩壊寸前になっています。

(奈良天理市にある釜口山長岳寺におわす普賢菩薩像)

「如来は形が決まっている。しかし天部は自由だからいろいろじゃよ」

長岳寺におられた老住職の達観した言葉が蘇ります。

「また送ったわよ」

相変わらずAIを使って私の画像加工で遊ぶ美月の笑い声が聞こえてきました。

金峯山寺の蔵王権現に踏まれる私の画像でした。

加工技術は少しずつ上達しているようですが・・でもそれは蔵王権現ではなくて降三世明王だって・・