子どもの関係で、性教育の面白さに気づき勉強していた。

 

その時に知った本の中で好きなページがあって、

コピーして手帳に挟んでいつも持ち歩いていた。

 

 

 

 

 

『イラスト版 発達に遅れのある子どもと学ぶ性のはなし』

 

 

の「たいせつなわたし」のページ。

 

 

 

 

自己肯定感とは?の説明がある。

 

自己肯定感は、誰かに大切にされているという実感を積み重ねることで身につくと言われています。

自己肯定感の基盤は、心地よいという感覚です。

人は胎児のときから母親の羊水の中で、全身で心地よさを味わってきました。

生まれてからもこの心地よさを追い求め続けます。

心地よさが不足すると苛立ったり、攻撃的になったりします。

言葉で「大好きよ」と伝えるより、肌の触れ合いを通して実感できる関わりの方が、子どもの心には響くものです。

心地よい感覚を十分味わうことで、からだのバランスを整え、安定した人格形成ができます」

「全ての人が、世界にたった1人しかいない、大切な存在です。自分のことが大切、自分のことが大好きと思えることを、自己肯定感と言います」

とある。

 

 

この文を読んで「なるほど!」と思ったが、

これは周りの人からの良い影響があった人が経験できるのであって、

そうではない、大切にして貰えなかった人は、どうやったらいいの?!と

あまのじゃくな自分の心が訴えていた。

 

 

この文は、本当に良いことが書かれていると思う。

 

でも、腑に落ちない自分がいるのがわかっていて、

優等生な態度で分かったふりをすればいいものの、

それはイヤ、自分は納得できない、

もっと違う答えがあるはず……と求めてきた。

 

 

ずっと性教育の勉強をしてきて、いつか納得できるものに出会えるかと思ったけれど、

私の心がスッキリする言葉はなかった。

 

 

そこで、少しずつ、これは性教育というより、

共依存や愛着障害なのでは?と気づき始め

そちらの本で多く納得できる事が増えてきた。

 

 

 

そして、宇多田ヒカルさんの言葉、

自己肯定感って、なんでも「いいよ、いいよ、最高」って言うことじゃなくて、子どもが悲しいと思ったら、大人からしたら大したことじゃなくても「悲しいよね」ってその都度認めてあげる。そういうところから芽生えてくる。

 

ようやく自分の心の穴を埋める事ができる言葉に出会えた。

 

 

 

 

世の中は陰陽で出来ているように、

陰のもの、陽のものと両方あっていいんだ🎵

 

 

 

宇多田ヒカルさんの言葉で、

ガンになった自分、だからこそ、

「そうだね、病気で大変だよね」と思ってあげれることが、自己肯定感につながるんだ〜とわかった。

病気になったからこそ、自己肯定感が上がりまくっている感じ?!

 

 

 

自分が育ってきた環境で周りの人達を見てきた時、

大人とは、相手の悪いところを指摘する事が出来る人と思っていたけれど、そうじゃない。

マイナスなこと悪いを、受け入れる事ができる人が、大人なんだと思う。

(全て「受け止める」んじゃなくて、そういうのもあるよね、と受け入れる)

 

 

 

 

 

本より……

「肌と肌の触れ合いで、大切にされている、愛されていると感じると、安心できます」とあります。

 

 

わたしが高校生の時に、ハグという言葉を知りました。

西田ひかるさんが訳をされた本のタイトルだったみたいですが、

ぎゅーーーっと抱きしめる、という言葉や概念はその当時の私に無く、

ハグは衝撃的な言葉として今でも覚えています。

良いなあ〜〜❣️と。

 

先日IKEAで買ったぬいぐるみが、ハグにちょうどいいです。

ぬいぐるみがあると、まるで犬がいた頃の自分の精神状態に戻った気分です。

そういう存在は、私にとって大切なんだな〜〜と、改めて知りました。

 

安心もたくさん集めていきたいです🎵

 

(夫が無造作に置いたぬいぐるみたち😅毛布も購入)

 

 

 

 

 

 

星座占いの本、買いました🎵

 

文庫のサイズ好きですね〜。

 

 

星占いといえば、私は石井ゆかりさんが好きで

ラインで毎日の占いを配信してもらっています。(朝7時に)

「今日も一日頑張るぞー!」という気になります。

金曜の夕方には、来週一週間の占いも公開されるので欠かさず読みます🎵

全て無料なので申し訳ないような、本当にありがたいです。

本や雑誌を買うことで微力ながら応援しています🎵

 

 

石井ゆかりさんのボキャブラリーの豊富さ、

優しく支えてくれるような言葉が好きで、

エッセイも好きです。

決して怖がらせるようなことは言わない、そこも大好きなポイントです。

 

 

ゆかりさんの、子ども用の各星座の本も持っていて

「子ども向けにやさしくするという作業は

内容を削るとか、難しい部分を省くとか

そういうことではなかった。

もっと本質的なことを問われる作業だった。」

と気づいたと書かれているのを読んだことがあります。

とても誠実に向き合っていらっしゃる姿が素敵です。

 

一度だけお会いしたことがあって

星栞が出版された時に京都に会いに行って

一言おみくじをもらったのもいい思い出です。

ゆかりさんは、会った人の印象で、ささっとその場で一言くださるのです。

私は「待っている人」でした。

もう10年以上前のことですが、

今でもその本は宝物です。

 

 

だから、識子さんが星座占いの本を出されると聞いた時は

「やったー!」と嬉しかったです。

神社仏閣のことを教えてもらえるのもすごく嬉しいのに、

さらに星座占いのことまで!

なんて幅広い知識をお持ちなんだろう!!と。

アメリカまで行って勉強をされて……と、その行動力のパワフルさにびっくりです!

そうやって、大変な思いをされたことを

こうやって教えてもらえるなんて、本当に嬉しいのです。

 

 

2018年に出版されたものを購入し、

早速自分&家族全員の星座を出して読みました。

 

石井ゆかりさんの占いもそうなのですが、

自分の星座じゃないところを読んでも

いまいちピンとこなくて、

自分のところは「えー!なんでわかるんですかー!」という驚きがあります。

 

 

私はおおいぬ座で、道をよく聞かれます。

本にある通りです。

スゴイな〜スゴイな〜と思っていました。

 

 

そして、今回の文庫化。

本屋さんに行くと、発売日すぐに並んでいました。

嬉しいな〜と、帰るバスの中で読みました。

 

 

各星座に合う色、運気サポートアイテム、神社、仏像と、

追加情報満載で大満足な内容。

嬉しいな〜と読み進めていたら、

びっくりしたことがありました。

 

運気サポートアイテム、もう家にある!!と。

 

 

おおいぬ座は招き猫とありました。

いぬなのに猫〜😊と微笑ましく思っていると、

詳しく「こういう姿の猫です」と説明されているのが

まさしく家にあるものでした。

バスの中ですから、確か、そうだったよな〜と、

早く家に帰りたい気持ちでいっぱいでした。

実物を見て確認したい!!と。

 

 

で、帰ってみると、まさしくそうでした。

その招き猫の写真です。

 

 

 

我が家の縁起物コーナーで、

櫛田神社の夫婦恵比須神社の絵馬の後ろに置いていました。

 

 

涙が出そうになりました。

 

この招き猫は、湯布院にある、工房「輪葉葉」(わはは)の招き猫です。

 

決まった日に窯出しされるので、

いつでも売っているのではなく、

しかも、抽選で当たった人が購入できる、

という、ちょっと手に入れるのが簡単ではないものです。

 

母がまだ元気な頃に、この輪葉葉の招き猫にはまっていて、

自分の妹などを連れて湯布院までしょっちゅう行っていたのでした。

(私は行ったことがありません)

 

 

 

輪葉葉で有名なのは、黄色の招き猫です。

手に収まるくらいのサイズの招き猫を母は持っていました。

 

で、左手の猫は「うふふ」というそうで、

「黄色じゃないし、左手だからあなたにあげる」と母が私にくれたものでした。

 

 

私はどちらかといえば、お金よりも

障がいのある子を育てるのにはいい人に出会えたほうが嬉しいから、ともらい受けました。

当時は玄関に飾っていました。

 

 

それから母が亡くなり、

ちょっと猫をしまい込んだ時もありました。

「母の形見」とは思いたくないなあ〜という気持ちがありました。

捨てがたい……という感じで、しばらくして出したりしていました。

今は縁起物コーナーの隅に……という待遇だったのですが、

私の運気サポートアイテムだったとは!!

もうすでに持っていたんだ!!

 

ありがとう!!

母!!招き猫!!(捨てないでいた私も!)

という気持ちでいっぱい。

 

 

識子さんが教えてくださることが

たくさん癒してくれます。

傷も治ります。

本当にありがたいことです。

 

ありがとうございます🎵

 

 

 

 

リブログさせてもらいます〜〜

 

 

 

 

2018年にニューヨークに長男と旅行した。

高校卒業後に就職するので、大学に行かないのなら、それと同じ経験をとは言えないけれど、何か経験してから社会に出てもらいたかった。

(ついでにミュージカル観に行きたい私の夢も叶うし🎵と)

 

 

 

旅行中

「あーもっと、英語うまく喋れたらいいのに!!」

と長男がずっと嘆いて?!いた。

 

人に聞きたいときに、結構率先してお店の人などに話かけてくれるくらい長男に度胸はあるのに、ボキャブラリーがない。

それが、とってももどかしいらしい。

思っていることが表現できないのって、モヤモヤする〜って。

 

 

「それって、次男くん(実際は名前を呼んでいますが)と一緒よ。

わかってるんだけど、言葉で上手に表現できないから」

 

 

「あーそうか~、次男くんもそんなん思っとんやねえ~」

と長男。

 

 

「そう。それに、もっと自閉や知的が重い子だったら

周りの人から、わからないだろうからって、

年齢より幼く扱われたり、勝手に決められたりしてるんよ。

そんなことが続いたら、本人にやる気とか無くなってしまったりしてる人が多いと思うよ~。

 

日本だったら、あなたは今度〇〇会社に入社する人って言えば

それなりに信用できる人と評価されるけど、

ちょっとアメリカに来てみれば、英語が喋れないから、よくわかってない人って評価されるでしょ?

でも、本当はわかってないんじゃなくて、うまくしゃべれないだけなのに。

 

だから、自閉症とかの人も、ただの違う文化の旅行者なんじゃないかな?って今回思えてきた。

中には自閉症の人を宇宙人とかいう人もいるけど、それは失礼に感じるなあ。

同じ地球にいて、ただ文化が違うだけ。ここ(日本だったり、アメリカだったり)の文化に相応しい表現ができないだけ。

 

じゃあどんな理解をしてるのかな?とか、

これだとわかるかな?とかわかりやすいように提示して、その人が望むことを手伝う。

そんな優しい視点が、みんなにあったら、きっと住みやすい世界だなあ~と思うよ。」なんて会話をした。

 

 

これはニューヨークのあるスタバのトイレを借りる時

教えてもらった、トイレのドアの暗証番号。

(ニューヨークのスタバはセキュリティの関係でトイレに鍵がかかっていて、

店員さんに教えてもらわないとドアが開かないので使えないの)

 

最初店員さんが言葉で教えてくれてたけど

たどたどしい私に、レジの紙をビリリとやって

ペンで書いてくれた。

 

こんなに多くの数字、日本語でも覚えられるだろうか?!

ギリギリ大丈夫かな…?ちょっと自信がない微妙なかんじ😅

英語で数字を言われて聞き取れなかったが、

文字(数字)だと私は理解できるので、この「わからない」体験は衝撃だった。

 

 

スタバのトイレや長男との会話で、次男などの障がいのある人の理解が少しできたように思った。

 

 

私は専門家ではなく、療育の先生から教えてもらったので超ざっくりだが、

日本の知的の検査をするのには田中ビネーという検査をされることが多い。

これは全て「言葉」で指示されて、それにどれだけ答えることができるか、検査の最後の方になると「どれだけ出来ないか」を調べないといけないので、この検査の最後の方はテンションが下がっていく…というつらい?検査なのだが、理解度(IQといわれる)が数字にされる。

 

だから、言葉が話せないとIQは低くでる。

 

 

もし私が今、ニューヨークでこういった検査を受けたとしたら、聞き取れないし喋れないから、数値は低くでるだろう。そしてわかっていない人と言われる。

でも、日本語ならわかるし喋れる、多少の複雑な計算もできるし、いい音楽を聴けば感動するし、良い絵を見れば心動かされて感想を日本語で言える。でも英語では言えないから、無言になってしまう。

 

 

 

「理解」と「表出」はよく障がいの勉強会で言われる言葉だ。

これは分けて理解しておくことが必要と。

表出(喋れない)が少ないからと言って、理解できていないという訳ではない、ということ。

氷山の絵でもよく表現されているが、本当にそうなのだ。

 

ニューヨークでの体験はこれをしっかり経験できた。

 

 

そして、識子さんが言われるように魂が理解していることもある。

知的障がいがある方にも、すごくいっぱい知っている方もいると私も思う。

表出できないだけで、豊かな世界を一人ひとり持っていると思う。

 

 

 

旅行から帰ってきて色々な人と会った時、

アメリカに3年ほど住んでいたという人から

とっても共感してもらって、

やっぱりみんな同じなんだ!と思った。

 

その方のお子さんは、ダウン症の男の子で

やっぱり、その子を育てていて、言葉がうまくでないということは

外国で私たちがうまくしゃべれないのと一緒なんだ、

と思われていたらしく。

 

 

早口で、長い言葉で言われるよりも、

ゆっくり、短い言葉で、実物やジェスチャーなど視覚で

説明してもらうと理解できる

 

 

それは、英語でも、日本語でも、

一緒なんですね~♪

 

 

 

 

 

お風呂に入る時、

私はお風呂のふたを掛け布団のようにして

顔だけ出して浸かっています。

(焼酎をお猪口一杯分くらい入れて自分の邪気も払います)←神田橋條治先生の焼酎風呂

 

 

ある日ふと、目の前のお風呂のふたの汚れが見えました。

 

そういえばお風呂のふたを掃除したのはいつだったか…思い出せないくらい前だったな〜と思い、

お風呂に入ったまま、使い古しの歯ブラシでゴシゴシしてみました。

すぐに取れるようだったので、そのまま続けていました。

 

 

前に識子さんのブログで、

お風呂のふたは夫婦関係に影響があるのでは?!、という記事を見た覚えがあるのですが、

今ちょっと探しても見つからず……(リニューアル作業中でしょうか?)

でも、確かに覚えがあって、

ふたはちゃんと使用したほうがいい、とのことだったので

掃除したりして大事に扱うのは悪いことではないだろう、と、

ふたの溝全てを歯ブラシでゴシゴシしました。

 

 

すると、流石に時間がかかったので、

ボーーっとのぼせてきました。

 

「あ!これ、時々あるやつだ〜!」とわかりました。

 

 

更年期の症状でよくある「のぼせ」ですが

まさしく、このお風呂に入りすぎた時ののぼせと一緒!と今さらながら思いました。

 

 

 

毎日飲んでいる薬は、女性ホルモンを減らすという作用があるため

更年期のようになると説明がありましたが、

私はそうでなくても更年期の年齢でしたので、

薬からなのか、もともとの流れでそうなっているのか

判断できないところがあるのですが、

まあ、どちらも効いている!ということで〜と、

ざっくり考えています。

 

 

色々な方の体験談を見ると、

若くて乳がんになり、ホルモン療法をしていると、

更年期のような症状になり、

つらいのは気分の落ち込みだと言われている人が多いです。

 

 

私ももちろん落ち込みがあり、

ジェットコースターのように感じることもあります。

元からの性格?それとも薬からくるもの?それとも年齢からくるもの??

とわからないので、こちらもふわ〜〜っと。

あ〜〜落ち込んでるね〜〜〜と。そこでストップさせます。

 

 

曖昧なものが多い中、

のぼせが「これがのぼせだった!」としっかり体験できたのが

妙に嬉しくなってしまいました。

 

 

病気をすると、

普通の状態はどんな感じだったか、

わからなくなる時があるのです。

 

 

最近では、時々顔がか〜っと熱くなるため、

薄着をしていたら、体は普通に寒かったようで

ちょっと風邪気味になってしまい

しばらくじっとしていて……と、

体調管理も難しいです😅

 

 

 

 

乳がんのネットニュース記事はよく読んでいるのですが、

一週間前くらいに見かけたものが、探しても探しても出てこないんです。

私は結構検索能力はあると思っていて、

欲しいものはすぐに探せるのに……

そして大抵はメモをするのに……

本当に不思議です。

 

 

その記事とは、

患者さんの相談に、お医者さんか心理士さんかが答えているものなのですが、

「50代女性、乳がんになって20年経つが、私は何もしていない。世の中には啓発活動などされている患者さんもいるのに」というものに

「20年生きてこられただけで十分素晴らしいですよ。周りの人の勇気になっていると思います。今は匿名でSNSやブログで発信できるので、発信したいのであればそういうところから始めてもいいのでは?」という返答でした。

 

 

これを読んで「私?!」と思ったのでした。

焦る気持ちもよくわかります。でも何もできないんですよね…

そして、術後20年何もなく経っておられるなんて、本当に私も希望をもらえますよ〜!とお伝えしたいくらいでした。

記事を読んで心が温かくなりました。

 

その記事をもう一度読みたいのに、全然見当たらないのです〜💦

なので、ニュアンスがちょっと違うかもしれませんが……

 

 

 

 

私は病気になる前からブログでちょこちょこ書いていましたが、

好きなこと、思っていることなどを出すことができる場所があることは

ありがたいことなんだな〜と改めて思いました。

 

 

(読んでくださってありがとうございます🙏)

 

 

 

先日神社に行って一年前の自分を思い出した時に

「あ〜〜あの時この本を読んでいたらちょっとは違っただろうか」

と思った識子さんの本がありました。

『神様が教えてくれた金運のはなし』です。

 

 

 

一年前。

私はパートの仕事をしていたのですが、

いじめにあっていたのです。

早く辞めたらよかったんだ、と思ったのが今回の学びの1番の収穫です。

変に我慢せず、スパッと次に行けばよかったのですが

当時そういう考えがなく、重い気持ちの毎日を過ごしていました。

(眠れない日が続きました)

 

 

 

識子さんの本で、

「自分の子どもがいじめにあっていて、神様にこのようにお願いをしたのですが、あっていますでしょうか?」という読者さんからの質問につて識子さんが

「そういうお願いの仕方ではなくて、私だったらこうします」

と解説されているものがあります。

 

『神様が教えてくれた金運のはなし』 第4章の神仏とのコミュニケーションの、

「願掛けでつらい状況を打破する」というところです。

 

 

そこで、いじわるな人のことを知りました。

え?!いじわるな人って、そんなふうに考えるんだ、

そして神仏はそういう人に対して、自由意志を与えているんだ!と。

 

 

いじめだったり、ライバルだったりの解説がすごく良くて

なるほど、世の中とはそのようになっているのか、

じゃあ、私が相手に対してイライラするのは無駄だし、しなくていいんだ、

それよりも「自分を守ってもらいたい」という気持ちだけでいいんだ、と、

今ならわかるのです。

 

 

当時この本を手に取ることができたら、

ちょっとは冷静になれたかな……

いや、すごく怒っていたので

受け入れることができなかったかもしれませんが……

 

 

どうだったかな〜〜と、思うのです。

 

 

 

 

『山の神様からこっそりうかがった幸運を呼び込むツボ』の中で

剣山の神様が

「大部分の人間は自分が幸せになると人にも施せる。人にも分けてあげるきとができる。だからまず自分が幸せに」というようなことを言われていたので、ふむふむと、私が幸せになることは大事だと思いましたし、

子どもがいじめられたお母さんが神社でお願いしたように「いじめている人が幸せになればいいのでは?!」と思っていたのですが……いじめなどに関しては違うのですね。

 

 

 

あの当時「大人なのに、いじめるなんて、それでいいのかー!」と思ったものです。

どこかに、私はやられっぱなしなの?相手にバチは当たらないの?とも思ったのですが、それも良くない考えなのでした。

 

 

 

嫌なことを思い出すのは、まるで悪口を言っているみたいな気持ちの雰囲気になるなあ、と気づきました。

いや〜〜な感じです。背中がぞお〜っとするような。

なるべく思い出さないでいいのなら、思い出さないどこう、と思ったのも学びの一つです。

追体験するといいますか、雰囲気が蘇るといいますか。

良いことはないです。

 

 

それよりも、楽し良いことを思い出す方向が良いですね🎵

神社仏閣に行った時の雰囲気とか。

 

 

嫌な事というと、ついつい、

今まで母とのことを思い出すことが多かったです。

母はよく昔の嫌だったことを私に話していました。

私も、母がそんなことをされてかわいそうに、と一緒に体験してしまっていました。

時に「母親が子どもにそんな内容のことを言う?!」とビックリするようなこともあって、

「なんなんだ、母親なのに!」と怒っていたのですが、

ある時ふと散歩中に

「母親が言った」言葉だから、イラッとするけど、

「〇〇〇子(母の名)さんが言った」言葉だ、と思ったら

「あ〜あの人なら子どもにもそんな失礼なこと言うやろうね〜。うん、納得」

近所の人や知り合いに、もし母のような人がいたら……

「言われているお子さんはかわいそうだけど、あの人なら言うよね〜それがその人の性格やもん」

そう思った時、不思議とスーーっと怒り?が消えました。

 

そして、

「言ってもいいよ〇〇子さん、いや、お母さん」と、声をかけたくなりました。

(もう亡くなっていますが〜)

 

 

識子さんの本にある、

神様は人間に自由意思を与えている、

言い換えれば「間違う自由も与えてくれている」

という言葉が腑に落ちたのかもしれません。

 

母を理解するうえでも、

この本との出会いは必要だったのですね。

 

 

 

 

一年前の体験が時々私を苦しめて

「あ〜もう、思い出さんどこー!」となる日々。

 

そういう時に。

識子さんのブログ(今年8/15)で紹介されていた「前を向くために」という記事で

豊臣秀吉さん神様がすっごく落ち込んでいる人にかけていた言葉、

反省しすぎない、完全に横に置け、

そこから上を、前を向いて、自分にできることをすればよい

が、最近腑に落ちてきているようです。

(8月時点では、まだ難しかったですが…ちょっとずつですね…)

 

 

 

仕事を辞め、識子さんの本をのんびりと読み返していると

「悩みの答えがもう本に書いてあったー!」というのが衝撃で

Wordでちょこちょことメモを取りつつ何度も読み返している日々なのです☺️

 

一年前の今頃発売された識子さんのカレンダーで

縁起物をしっかり教えてもらった私。

 

 

以前の本でも、ちょこちょこ教えて貰ったりしていましたが

(『神様福運を招くコツはありますか?』『神様が教えてくれた金運のはなし』

他にも「この神社のこれは縁起物です、という情報がちょこちょこと)

 

しっかり一冊にまとまって、

写真もたっぷりで、

なんて素晴らしいカレンダーなんだ〜✨✨と

購入した時に感動したのを覚えています。

 

 

福岡にある神社の縁起物もたくさん紹介されていて、

「欲しいなあ〜」と思ったら買いに行けるというのも嬉しいポイントでした。

 

思わずバッタリ出会った縁起物もあったりと、

縁起物集めは楽しいな🎵という感じです。

ライフワークにしたいなあ〜と思っています。

 

 

ちょうど一年前。

 

カレンダーにも載っている櫛田神社に行きました。

そこで「夫婦恵比寿大祭」があっていました。

毎年12/2、3に開催されているようです。

 

 

(過去のどなたかのものですが、YouTubeに動画ありました。

ありがたいですね〜!)

 

 

 

コロナ前の日本のお祭りの雰囲気が伝わってきます〜。

見ていると思い出してきて、楽しさが蘇ります🎵

 

神職さんが一人一人に鈴を頭の上で鳴らしてくれたり、

福を受け取って、自分の背中の籠(?)に入れる仕草の練習とか、

魚がワッショイワッショイとみんなの周りをまわるとか、

くじ引きがあって何か当たる(一等は金の恵比寿さん、他には博多人形などなど色々な種類がありました)

とてもおめでたいお祭りです。

 

 

 

去年私がたまたま参拝した日にあっていたので、お祭りに参加させてもらい、

「識子さんの言われる縁起物の世界は、こんな感じなのかな?」と思ったものです。

 

おかげさまでその時、夫婦恵比寿神社の絵馬が当たりました。

 

 

 

これは縁起物かどうかわからなかったのですが、

縁起物コーナーに並べてみました。

(というか、この絵馬は縁起物コーナーの初期メンバーですね!

これから色々増えてきました。

余談ですが縁起物リーダーのパワーを感じたのは唐津の絵馬です)

 

 

 

絵馬が当たったのを見て、

次男が「俺も絶対に当てる!行ってみたい!」とやる気になり、

じゃあ一年後ね〜〜と話をしていました。

去年は平日だったので、それだったら仕事を休まないとね、と言っていたのですが、

今年は金と土曜日。

休まなくて良かったね〜〜!

と会話していたのです。

 

 

 

で、何故か?!

 

私が日にちを勘違いして覚えていて、

4日に2人で神社に行こうとして………

行っている最中に違和感があり、

途中でネットで調べて……

「昨日で終わりだったじゃん!」と気づいたのです。

(ネットですぐに出てこなかったんです😢)

 

 

ショックで〜💦

1年間楽しみにしていた次男にも申し訳ない〜〜と思いつつ……

 

 

なんでこんな勘違いを〜?と思ったのですが、

いくら思っても過ぎたことなので……

 

パッと切り替えるために、

「IKEA行こう」と、家に戻り夫と次男と3人でIKEAに行き、

先日欲しいなあ〜と目をつけていたぬいぐるみを購入しました!

(車じゃないと持って帰れないな〜と思っていたからです)

 

 

 

 

「来年は絶対に行こうね!」と次男に言って

もう来年のスケジュール帳に書きました。

「12/3 櫛田神社」と。

 

 

 

 

5日(月曜日)に櫛田神社へ。

「なぜか勘違いしたんです〜😭」と報告しつつ、最近の色々なお話もしました。

一年前の私と、今の私は確実に違っていて

今思えば一年前の、この後すぐに健康診断を受け、

病気が見つかり手術、となったなあ……色々と経験したんだなあ……と思い出しました。

夫との関係も病気でたくさん学んだなあ〜と。

日々の生活では当たり前はなくて、ありがたいものばかりなんだなあ〜と。

そして今年は「まさか」の連続だったなあ……と。

(この日にちを間違えるのも、まさか!でした)

 

 

 

神社は外国の観光客の人も結構多くて活気がありました。

 

みんな山笠の山の飾りを見ているのですが、

ふと。私の目に止まったのは、ピンクの彼岸花?

この時期に彼岸花???

 

 

 

 

 

 

 

 

赤でなく、濃いピンク。

 

うーん、彼岸花はもう終わってるだろうし……と、

その場で「ピンク 彼岸花」で調べると

「ネリネ(ダイヤモンドリリー)」と出てきました。

 

ヒガンバナ科の花だそうで、

咲く時期も10〜11月とのこと。

じゃあ、きっとこのお花でしょう!

 

 

ピンク色にもさまざまな濃さがあり、

薄いのも濃いのも好きですが、

好きな濃さ、好きな薄さってあります。

 

「ここまでいったら濃すぎ」「薄すぎ」という色もあって

結構好きのストライクの色って、少ないですが、

この花のピンク具合は素敵だなあ〜と思いました。

(と言っても写真と本物はちょっと違うんですよね)

 

 

 

 

一緒に花言葉を調べてみると……

 

「また会う日を楽しみに」「忍耐」「箱入り娘」

 

 

ふふふ、と笑ってしまいました。

また来年❣️

と言われているみたいで。

 

 

一年先の楽しい予定ができて、良かった〜と思いました。

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、今年の縁起物カレンダー、

あれこれ解体?!したあと、

表紙をこのようにカットして ここに飾ってみました。

 

 

 

以前のミリオンバンブー はいったん終了し、

新しいミリオンバンブー にしたのですが、しばらく無言?!で。

夏を過ぎた頃にこの縁起物カレンダーの表紙を貼ってみたら、

ニョキニョキ生えてきました。

 

 

 

表紙ですが、もうちょっと工夫できたらなあ〜と

日々考えています。

 

 

 

 

 

 

識子さんの2023年のカレンダーブック手に入れました!

 

 

シールが付いていて楽しい雰囲気満載です。

いくつになってもシールって嬉しいものです。

 

 

私は頭が固いので💦、

1ヶ月にひとつづつ、紹介されている習慣を読んで、実践していこうと思ってしまっていたのですが

いやいや、もう12月まで紹介されているのだから、

1月になったら、12月までの全てを実践してもいいのでは?!

いや、まだ2022年のうちからやってもいいのでは!

という事に気づき、

ひとまず頭を整理するのにWord化だ!とメモメモしました。

 

 

そうなんです、識子さんのカレンダーは「カレンダーBook」なので

他にもたくさんの習慣が紹介されていて、

本としても楽しめます。

 

 

後ろに書かれている情報もボリューミーで、

すでに教えてもらっていることや、

ほ〜なるほど!と思うことも多いので、

「良い習慣は早いうちから身につけ実践したほうが良いなあ!」と気づきました。

 

 

 

で、私がぱらっと読んで、すごく気になった習慣に、

「舌を驚かせる」というものがありました。

食べ物が大好きな私は、ほお〜そんな風に考えたことなかった!と思い、

外国料理を食べに行きたくなりました。

 

 

ちょっと前にお友達とメキシコ料理のランチに行って、

知らない国の料理はやっぱり面白い!と思いました。

食べたことのない味を食べることができるのは楽しいです。

 

 

じゃあ外国の料理………何食べに行こうかなあ…と考えて、

IKEAのレストランに行ってきました。

 

 

IKEAは店内をゆっくり回るのも好きですし、

レストランも好きです。

 

クリスマスのディスプレイもあちこちにされていて、

広くてたくさんテーブルがあって、

ちょっとおしゃれな会社の社員食堂みたいな雰囲気が好きだし、

ずっといても誰も気にならないし、

ドリンクバーがあるので

天国のようなのです。

 

 

メニューは色々あるのですが、

スェーデン料理を選びました。

 

 

サーモンフィレのほうは、白いブツブツがあるので、

ポテトかな?お米かな?

と思ったのですが、、実際はカリフラワーの荒みじん切り。

洋風の出汁で茹でてあるのか、ほんのり香りがしてサーモンに合います。

 

 

 

美味しいな〜色も良いなあ〜

と料理を色々と楽しんでみました。

家だったら絶対にしないよな〜〜!

(↑これが1番のポイント)

食べれて良かった!

と感激。

 

海老のスープも美味しいし、

ガーリックトーストがハートの形だしで、楽しいです。

 

 

 

日常を離れて、良い時間を過ごすことができました〜

 

 

 

 

買い物の最後にソフトクリーム(50円)食べて帰りました。

 

立って食べるのですが、隣にいた親子もソフトクリームを食べていて、

「ママにも食べさせて〜」と女の子にママが言って、パクッとひと口。

すると女の子が「一緒に食べたら美味しいね」

会話が聞こえてきました。

 

2歳〜3歳くらいの女の子。

よく見るとお母さんは赤ちゃんを抱っこしていたから、お姉ちゃんなんだろうな〜と思いました。

その年齢なりに色々思っているんだよね〜と、

会話にほっこりしました。

 

そして思わず

「久しぶりに良い言葉を聞きました〜😊

お姉ちゃん、ありがとうねえ〜」と声をかけました。

 

 

知らない親子の良い瞬間に立ち会えてジーンとしました〜

ありがとう〜

 

 

 

久しぶりに障がいについての研修会。

といってもYouTubeで動画配信されているものを試聴するスタイル。

 

YouTubeの学習会が一番快適。

自宅にいて、好きなお香を焚いたり、好きな飲み物を用意できるし、メモしたい時は一時停止できる。トイレも好きなタイミングで行ける。

 

ずっとこの研修会スタイル残って欲しいな〜と思う。

(ちなみにこれは有料の研修会だったが、それでOK!

お金を出して快適に勉強できるのなら、そちらの方が断然イイ)

 

 

発達障がいの人の愛着について。

専門家の話を聞いたら、どうなるかなあ……と思ったが。

想像通りだった。

 

 

スライドに、ヨチヨチ歩きの頃の赤ちゃんが

「こういうことをしてほしいな」と思っていることの例が紹介された。

 

 

 

「守ってね」

 

「なぐさめてね」

 

「大好きって受け止めて」

 

「気持ちを落ち着かせてね」

 

「見守っていてね」

 

「手伝ってね」

 

「一緒に楽しんでね」

 

「大好きって見てて」

 

「いろんなことをするから見ていてね」

 

「いま行くからおいでよって待っていてね」

 

 

これを読んで涙が溢れてきた。(もちろん一時停止)

YouTube学習会でよかった💦周りに人がいないから思いっきり泣いた。

学習会でトラウマが刺激されて辛いことが時々あるが、家でなら大丈夫。

(コロナ禍でも良いことがあるんだなあ〜)

 

 

 

赤ちゃんは生まれた時から輝く存在。

前向きでやる気に溢れている。

スライドに書かれているようなことを、周りの大人に訴えている。

 

 

大抵はこの思いを受け入れてもらって、応対してもらうのだが、

してもらえなかった人も存在するのだ。

 

 

私が泣いたのも、特に「この場面」という思い出があるわけではない。

それはまだ言葉を獲得できていないころの思い出で、覚えてることが出来なかったのかもしれず、

どこか心に引っかかるような出来事があったがそれが解消されず、

ただモヤモヤが残されている状態なのかもしれない。

「叶わなかった」ことが、強烈に刻まれているのだろう。

そして私のどこかに「救って欲しい」と言う気持ちもあるから涙が出るのだろう。

 

 

そこで思い出したことがあった。

 

宇多田ヒカルさんがインタビューに答えた言葉が以前Twitterで紹介されていて、「その通りだ!」と衝撃を受けてメモった言葉がある。

 

 

「自己肯定感って、なんでも「いいよ、いいよ、最高」って言うことじゃなくて、子どもが悲しいと思ったら、大人からしたら大したことじゃなくても「悲しいよね」ってその都度認めてあげる。そういうところから芽生えてくる。」

 

 

 

良いことがあった時じゃなくて、むしろマイナスな出来事について、どれだけたくさん「認めてもらえたか」「受け入れてもらえたか」が、自己肯定感が高まるということにつながるのだろう。

自己肯定感という言葉の説明で一番納得できるものに出会えた。

 

 

 

じゃあ、今、涙が出ている私を、悲しいよねと言って抱きしめてあげよう。

 

ずっと「そんな弱い私じゃダメだ」「こんなことでいちいち泣くなんて」とダメ出ししてきたが、それは間違いなのだ。

弱っている時にこそ、肯定されて、初めて自己肯定感を得られる。

 

 

ちなみに、自己肯定感という言葉こそ、他人任せのものなのだ!!とおもう。岡田尊司先生も、自己肯定感とは今までどれだけ他人に肯定されたかだ、と言われていたし。(その言葉も好き)

(自己肯定感高い人は、自分の持って生まれたものではなく、周りの環境が良くて、もう最初からプレゼントされているようなものだから、気づかないんだろうな。自分が恵まれている、と。自己肯定感低い人がいたら、「なんで?こんなの当たり前じゃん」とか普通に言いそう。低い人は最初から低いものなのに)

 

 

 

 

学習会のスライドの下に、

「いつでも、子どもより大きく、子どもより強く、子どもより賢く、そして優しい存在でいよう」とあった。

 

 

そうだよな〜私、いつも

「優しい存在でいよう」と常に考えていた。

それでいいんだ、と思った。

 

 

 

 

 

もし、周りに小さい子がいたら、

 

「守ってね」

 

「なぐさめてね」

 

「大好きって受け止めて」

 

「気持ちを落ち着かせてね」

 

「見守っていてね」

 

「手伝ってね」

 

「一緒に楽しんでね」

 

「大好きって見てて」

 

「いろんなことをするから見ていてね」

 

「いま行くからおいでよって待っていてね」

 

 

という子どもの声なき声に耳を傾けて接すると、

ちょっとは客観的に、冷静に接することができるかも。

 

 

子どもとの生活は自分のペースで動けないからイライラしたり、気持ちやタイミングが乗らない時にしないといけないことが多いから大変だけれど、そんな24時間を、どれだけ自分の感情(イライラなど)から離れてフラットに過ごせるか、でもあると思う。

 

 

 

目の前の人を、「助けがいる」子ども・人なのだと、見ることができるか。

私の今までの育ちと、障がいのある子を育てて学んだことの一つかな……

 

 

今日も自分を抱きしめて……生きていくんです。

 

 

 

 

 

パッチワーク用の布が溜まってきたので

一度大作に挑戦しようと思い、

布を整理しました。

 

 

 

 

六角形の台紙に布を縫い付けて

それを繋げていきます。

 

 

まず台紙に合うように布を切り、

それから仕付け糸で台紙に縫いつけ、

パーツをたくさんつくります。

 

 

 

 

 

それを並べていきます。

 

 

 

 

 

 

これで30センチ✖️30センチのサイズ。

これを繋げていって一枚の布にするのです。

 

 

それを全部で9個作り、

全て繋げて一枚の布にするのが目標です。

出来上がりは1メートル✖️1メートルのサイズの予定。

 

 

繋げたら、キルト綿をつけて、キルティングしていきます。

 

かなり時間がかかる作業です。

 

 

 

 

 

 

ひとまず、一番下の段の布ができました。

 

この横長サイズをあと2つ作り、

上につなげれば完成です。

 

 

 

パッチワークは、隙間時間に丁度いいです。

 

工程も色々あるので、

布を切る時もあれば、

台紙に縫う時もあれば、

並べて色味をみたり、

台紙を繋げて……と

その時のやる気や時間で

することが選べるから良いです。

 

 

手を動かしているから、ちょっとした運動をしたくらいスッキリ出来るし、

色の配置を考えるのも楽しいものです。

 

 

本当はピンクをたくさん使いたいと思っていたのですが、

今、家にあるもので何とかしたいと言う考えのほうが強いので、

布は追加せずに配置を工夫します。

それがちょっとしたパズルのようで頭も使っているから楽しいです。

 

 

 

 

最近お祭りで、福祉事業所のアクリルたわしがセットで売っていて、

その中に葡萄の形のタワシも入っていたけれど、タワシにはもったいないと思ったので

針山として使わせてもらおう🎵と早速使っています。

可愛いのでお気に入りです。

 

 

 

パッチワークをすると、あっという間に時間が過ぎます。

 

同じ動きの連続は、散歩や貧乏ゆすりと同じで、リラックスできます。

貧乏ゆすりって言い方が悪いですね。本当は体にとって、良い動きなのに。

呼び方を変えたらいいと思います!

 

 

チクチクとしていると、

頭の中は独り言でいっぱいになります。

頭が整理されるかんじです。

 

 

そして、昔を思い出します。

 

 

私が小学生の頃、母はよく洋裁をしていました。

私たち子どもの服を作ったり、

近所の人の洋服を依頼されたり、と、

ミシンでいつも何か作っていました。

 

その横で私たちは宿題したり、勉強したり、テレビを見たり……

 

安心な居場所の思い出です。

 

それを思い出すからか、私にとってパッチワークはしあわせな時間、というイメージなのかも。

 

 

ただ、母はパッチワークはしていなくて、どちらかと言えば、あんなちまちまとする作業は苦手〜という感じでしたが。(だから、私がパッチワークをしているのを見て、「私にはできんわ〜」と言っていました)

 

 

 

私は、小さなことを、コツコツ………が結構向いているので、やっているのかも。

 

 

 

ちなみに、夫のお母さんもパッチワークをやっていました。

そして、洋裁の仕事もされていました。

自宅に工業用ミシンがあって、結婚後もしばらく働いていました。

(今は引退されていますが)

 

 

だから、夫にとっても、洋裁をする母の姿というのは、

幼い頃のしあわせな時間なのでは!と思っています。

 

同じような記憶があるのだと、私は密かに思っているのですが、

きっと夫に聞いても「忘れた〜」「知らん」というので、あえて聞かないですが❣️

 

 

 

 

パッチワークのおかげで、今年はビックリするようなことがありましたし

(縁起物カレンダー)

 

今作っている布、楽しみながら頑張ってみよう!と思います🎵

 

「患者さんはどんな食事を食べているか、わからんから、あんた写真を送ってくれ」と入院前に次男に言われた。

彼は病院で清掃の仕事をしている。

お茶を配るのも仕事らしく、食事の時に病室に行くが、食事の蓋の中身がどんな感じなのか、気になっているみたいだった。

 

その気持ちわかる!と思う。

気になるよね!と。

良い匂いもするし!

給食みたいだし!

 

 

子どもが小さい頃、私の父や母が入院して、お見舞いに行き、食事の時も病室にいたので、病院の食事の雰囲気はわかっていたが、子どもは小さかったから覚えていないよね〜。

今だったらコロナでお見舞いは絶対にありえないだろうな〜と思ったり。

 

母は「これ食べたくないから、あんた食べり〜」と言って食べないものもあったなあ…😅

父は特に偏食がひどく、野菜が大っ嫌いだったので、ほぼ手につけないこともあったりしたなあ……(もったいない)

という思い出もあり。

 

 

私は主婦なので

メニューを考えなくていい!3食出てくるしあわせ❤️食器も洗わなくていい✨

と、入院中の食事はとっても楽しみだった。

 

それに、次男からの写真のミッションがあるなら、なおさら!

と、やる気満々だった。

 

 

入院した日の昼食、夕食は、まだ手術前なので、普通に元気に食べることができる。

(だが、緊張のためか、写真撮るの忘れた💦)

 

お昼の手術だったので、朝食昼食は無かった。

(カーテン越しに同じ部屋の人が食事を摂ってるのがわかる)

 

手術後の、夜の食事はもちろん食べることができない。

(というか、痛みで動けない)

 

次の日の朝から、食事可だった。

普通に出てきたのでビックリした。

 

まず、自分で体を起こすことができない。

ずっと寝ている姿勢だったし、上半身を手術したため体が重い。

なので、ベットのリモコンで体を起こしてもらい、座る姿勢になったけれど、

痛みというよりも、体を起しておく姿勢だけでもつらいので、食事するという気分にもなれない。

利き腕側を手術したから動かせないので、反対側でハシを持たないといけないが、上手に持てない。

スプーンに持ち替えたり、という動作すらつらい。

一つ一つの動きで、はあああ…というため息が出る。

もちろん写真を撮ることなんてできない😅

食べる量も少なかったが、ちょっとトライできたからいいや、と思う。

(食器は人にひいてもらった)

本当はあまり記憶がないのだが……

 

 

手術後翌日の夕食から気力が復活したみたいで、写真がある。

ハンバーグだったみたい。

「子どもに見せねば!」という気持ちは大事だなあ〜。

人のためにすることがある、というのは本当にしあわせなことだ。

それで頑張ろうという気持ちにもなれるものだ。

 

 

それから、毎食食事の写真を撮った。

 

ちょっと上から撮る方がいい、とわかるが、体が動かないので最初のうちは出来る範囲で撮っていたが、

だいぶ体も復活してきて、食器の場所や角度など、気にして撮るように。

 

それを毎回夫にラインし、子どもが仕事から帰って来たら見せてもらっていた。

(当時次男はまだガラケーだったから)

 

 

 

その写真、メニューの紙も写っているから、私の名前も書いてあるので全てはアップできないのだが、

一つだけ印象に残った食事があったので、そちらを公開。

 

これは退院する日の朝食。

 

 

 

サラダの、葉っぱ感に衝撃を受けた。

 

別の日のサラダは、コーンが乗っていたりしてサラダ🥗と言う感じだったが、

この日は飾りっ気なしの、そのままの葉っぱという感じ。

でも、こうやって食べて良いんだ!と思った。

おしゃれしなくてイイって。

 

他は豆腐と、お味噌汁と、ご飯だったので

すごく記憶に残っていて。

 

 

時々食べたくなるサラダになった。

 

 

最近夫の実家に行った時に、

水菜をたくさんもらったので、

毎日このサラダ方式で食べている。

朝食に食べるのがイイ!

 

 

 

入院中から

「退院したら、自分でご飯を用意するんだよなあ…

どんな食材がいいかな?味付けは?」と

毎回出てくる食事を色々とリサーチしていて、

同じような食事をすればいいんだから、と思っていたが、

写真を撮っておくのは私のためにもなっていて良かった。