舛添要一のヒトラー入門(18):§1.ヒトラーとの出会い②海外留学へ・・⑬ | 舛添要一オフィシャルブログ Powered by Ameba

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 パリで、フランス外務省、フランス国会の歴史資料室で第一次大戦後の国会議事録、政治家の書簡、外交文書などを研究して、フランスがドイツに対する安全保障をどのように考えているのかを解明しようとした。

 そうして書き上げた論文は、東大助教授就職につながったが、それは、なぜ第二次大戦でフランスがヒトラーに敗れて占領されたのか、その屈辱への道を明らかにすることでもあった。

 第一次世界大戦後のフランスを研究すると、フランス人がドイツに対して大きな恐怖心を持っていることが分かった。つまり、第一に、フランス人は、ドイツに比べて、物理的にフランスは弱いという認識、第二に、時間の経過が自分に不利に働くという認識を持っていたのである。

 具体的には、①天然資源で不利であり、また産業構造でも工業国(ドイツ)と農業国(フランス)という差は、戦争のときには顕著に影響する、②人口については、ドイツが6000万人なのに対して、フランスは4000万人であり、これは国力の差につながる、③は、前回にも述べたが、国民性であり、勤勉さ、組織力という点で、フランス人は生活を楽しみ、のんびりとして個人主義であり、質素剛健で集団主義のドイツと戦えば負ける。

 とくに、②の人口については、出生率はドイツのほうがフランスよりも高く、時間が経てば経つほど、人口格差は拡大していく。つまり、時間の経過はフランスに不利に働くのであり、これが上記の恐怖心の第二点である。

 フランス外務省資料室で見つけたフランス政府のイギリス政府への覚え書き(1922年1月8日付け)で、次のようにパリはロンドンに訴えている。

 「忘れてはならないのは、ドイツは人口がフランスより2000万人も多いこと、民主主義はほとんどのドイツ人にとってまだ意味のない言葉にすぎないこと、ドイツ人が統制がとれ、勤勉で、かつ組織力にかけては天才的国民であることであり、さらにはドイツでは、とりわけ大学やその他の学校で活発な政治的、知的宣伝が攻撃的精神と熱烈な復習欲とを涵養しており、それがいつの日にか、ヴェルサイユ条約で規定された軍縮のための諸方策を骨抜きにすることが可能だということである。」

 

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