国際政治学講義(62):(5)世界システム論①理論的構造・・・❼ | 舛添要一オフィシャルブログ Powered by Ameba

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 国力を測定する重要な要素は経済力である。19世紀後半以降、ドイツは、軍事力や人口とともに、経済分野でもめざましい発展を遂げた。ヨーロッパ列強の鉄鋼生産量を見てみると、ドイツは急速にイギリスに追いつき、追い越している。

 独・英の鋼鉄生産量(単位百万トン)を、時系列で記すと、1880年(0.73・1.32)、1890年(2.14・3.64)、1900年(6.40・4.98)、1910年(13.10・6.48)、1913年(17.60・7.79)である。1900年には、ドイツがイギリスを追い越し、第一次世界大戦が勃発する1年前の1914年には、ドイツの生産量は1760万トンと、イギリスの779万トンの2倍以上になっている。

 因みに、この年のアメリカの鋼鉄生産量は、3200万トンであり、ドイツの約2倍に達している。このことは、「アメリカの世紀」が始まろうとしていることを示唆しているかのようである。

ヨーロッパでは、普仏戦争(1870~1871年)の敗退で、フランスは、覇権国イギリスに対する挑戦者の地位をドイツに譲る。こうして、1914年の世界大戦は、イギリスとドイツの対決という様相を呈する。そして、結局はヨーロッパ諸国のみでは戦争を終わらせることができず、1917年にはアメリカが参戦し、それがドイツの敗北につながった。 

 アメリカ参戦と同じ年の1917年に、ロシアで革命が起こり、地球上に初めて社会主義政権が誕生する。そして、ロシアは、ドイツとの間でブレスト・リトフスク条約を結んで講話し、ヨーロッパ国際システムから離脱してしまう。

 1918年に第一次世界大戦が終結し、ヴェルサイユ講話条約が結ばれる。この条約はドイツに過酷な賠償を課し、そのため大戦後に生まれたヴァイマール共和国は賠償金の支払いに苦労する。ハイパーインフレに悩まされ、失業者が増えて、国民の不満は高まり、それがヒトラーの台頭を許すことになった。

 このように、ドイツは、敗戦、そして経済的困窮を経験するが、注意すべきは、その潜在的国力は失われてはいなかったことである。

 このブログの国際政治学講義の冒頭で、国力の指標として、人口、軍事力、経済力などをあげたが、それらの指標を見ても、ドイツの国力は侮れないのである。

 

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