キリスト教のアメリカ(3) | 舛添要一オフィシャルブログ Powered by Ameba

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 私も日本の大学でアメリカ政治外交史を学んだが、開拓時代に関する小説が描いているようなキリスト教の持つ重みについて授業で習った記憶はない。森本あんりの『アメリカ・キリスト教史』や『反知性主義』は、そのような日本におけるアメリカ理解の欠落部分を埋めてくれる。

 アメリカのキリスト教を背景にして生まれているのが、反知性主義である。1963年のRichard Hofstadterの “Anti-intellectualism in American Life”を読むと、このことがよく分かる。ホフスタッターにしても、森本にしても、反知性主義をマイナスのイメージをもって捉えているわけではない。中世を経ずに一足飛びに近代へ移行したアメリカでは、プロテスタントの信仰、民主・平等という価値が反知性主義を生むことになる。生物学や化学、そして私の政治学を聴講した後に、聖書の寸劇に精を出す「古き良きアメリカ」こそが、トランプ現象の背景にある。

 EUからの離脱を決めたイギリスの国民投票、いわゆるBREXIT、そしてトランプ大統領の登場でポピュリズムの極みに達した2016年は、また、フェイクニュース、オルタナティブ・ファクトが跋扈したPost-truth(「ポスト真実」)というご時世である。イギリスのEU離脱派やトランプが繰り出す嘘の数々が、投票結果や、その後の政治過程に大きな影響を与える。

 この「ポスト真実」の背景にあるのが、アメリカのキリスト教である。聖書こそ科学の権威の源泉であり、聖書を科学の上に置く態度は、「聖書的世界観(biblical worldview)」を欠いている既存の大手マスコミや知識人への異議申し立てにつながる。その心情をみごとに活用したのがトランプである。2017年4月18日のNew York Timesには、Molly Worthen教授の論文( “The evangelical roots of post-truth” )と共に、Nicholas Kristofの “President Carter, am I a

Christian ?” というカーター大統領との会話も収録されているが、これらは私の主張と同じ文脈で理解できる。