来たるべきシノノワールのために -6ページ目

来たるべきシノノワールのために

己の言葉を研ぎ澄ますことを目指して

未来はないけど、今はある。
緑のデリボーイがそこには在った。

今があると、確信して言えるのならば
それ以上、強いものはない。

今を見渡さない限り、何も地平には姿を現さない。

未来はないけど、今はある。

今。

その区分においては、デリボーイと私の差はない。
彼は知っている。
今があること。
そこに私が共に在ったことを。
自分の存在を主張するために。

誰にだ!

やはり自分と答えるしかないのか。
自分の存在を自分に主張する。
その繰り返しを続けるのだよ。
死と呼ばれる者に出逢う、その時まで。

それはとても良いことだと、私は思うのです。


rakugaki:01

言いたい事の100も言えていない自分に気がついて驚愕すると共に安心を得ているのでした。
残りの1。
それは切なさに似た、もの足りなさ。
故にある己。
そして、首の皮一枚繫がっている事に安心する。

月光から産まれた僕の影はそう呟く。
夜と昼の違いは何か。
それは、見えるか、見えないか。
そうならば、わざわざ夜を明るくしてまで見る必要はどの位あるの。

夜は積極的に見ないように。
見ないように。
それが夜の過ごし方であり、夜を見るということ。
欲望を認識するための手段それが人間とよばれるもの。
言葉を代えてみるならば
不自由を認識するための手段とも現せるのである。

その場所にしか人が依れる処はない。

その身体。
残されている時間。
その記憶。
そして言葉たちも。

全てが狂おしく愛おしくあり。
同時、無慈悲に引き裂かれる。
ただ、震える。

その場所にしか人が依れる処はない。
私の大好きな絵本があります。
その絵本の名前は「過去と未来」といいます。
小さい頃から、ずっと読んでいる絵本です。

もしも、誰かが耳元でこの絵本を
優しく読み聴かせてくれたのならば
私は深い深いねむりの場所へとゆくことができる。
そんな気がしているのです。
区切りを付ける事。
それが人の第一歩である。
止まる事を知らず、今の今まで転がり続けている事実の第一歩である。
区切りを付けること。
まずは自と他。自分と他者。
それは、知りたいという欲求の源であり、知りたくないという欲求の源。
解りやすいものは男と女。
男と女という区切りからその欲求は生まれるのである。
恋が恋しい。

愛が愛おしい。

酔ってんじゃねーよ。

いやいや、酔わなきゃやってられません。この世界では。

麻痺させなければ、この世界を見ることが怖くてできないのです。
今日の構成要素は何ですか?
大凡99%の一期一会と1%程度のetc

etc
例えば、切なさ。
例えば、哀愁。
例えば、黄昏。





私の動力は何か、何なのか。
一点への問いでありたい。
私とは何なのか。
一点への問いでありたい。
そうありたい、一点への問いでありたい。