イイコトとの懸け橋「社会貢献探訪記」 -20ページ目

みんなでつくろう!「バスーラの家」をスモーキーマウンテンに

こんばんは。
イイコトとの懸け橋 ソーシャルブリッジの湯川伸矢(しんじょん)です。


さて、今日は以前にも何度か紹介致しました。


バスーラ基金
http://www.basurafoundation.org/


映画「BASURA バスーラ」
http://www.basura-movie.com/



■過去の記事
死んでいった子どもたちひとりひとりに誓う「バスーラ基金」が動き出した
http://ameblo.jp/shinjon/entry-10393050640.html


映画「BASURA バスーラ」の広がりから
http://ameblo.jp/shinjon/entry-10295477173.html


ついにロードショー開始だ!「BASURA バスーラ」
http://ameblo.jp/shinjon/entry-10288895447.html


東京都写真美術館にての感謝『BASURA バスーラ』
http://ameblo.jp/shinjon/entry-10271673431.html


『BASURA バスーラ』の四ノ宮浩監督のインタビュー完成!
http://ameblo.jp/shinjon/entry-10260958210.html


多くの死から生を考える「四ノ宮浩監督」
http://ameblo.jp/shinjon/entry-10259825846.html


貧困と飢餓の中で生きる人々「映画『BASURA(バスーラ)』」
http://ameblo.jp/shinjon/entry-10243700200.html


で(前段が長くてすいません…あせる



フィリピンにあるアロマゴミ捨て場に支援の拠点となる

バスーラハウスをみんなでつくろう!!


という企画が始まっていますビックリマーク


「バスーラの家」建設プロジェクト サポート・ボランティア募集
http://www.basurafoundation.org/tour.html



そして、先日そのような活動がメディアにも露出を始めています。
http://ameblo.jp/basura-movie/entry-10427322646.html



この1月~3月にたくさんの人に訪問してもらって


みんなで建設していくとのことです。



なかなかこのような機会ってないと思います。



学生の方とかで春休みに海外でもいこうかなぁ得意げ


なんて考えている方は是非ともこんなツアーもお勧めですグッド!




各々ができることを少しずつ行う。


そんなことから世の中がもっと素敵になっていくんだと思っています。


一度、現場を見ることもすごくいい経験になると思います。


自分は特に想像力がない人なので、現場にいかないと


わからないんですよね…ショック!


なので、ついつい気が付くと足が現場に…あせる


海外協力、環境活動、地域活性、福祉…



なんでもやっぱり自分にできることからでいいので


動いてみるっていいなぁ。って思いますニコニコ



経験することから何かが見えてくることってありますよね!?





今日も読んでくださってありがとうございます!


これからも宜しくお願いします。

山村での手作り年越し生活


明けましておめでとうございます鏡餅


イイコトとの懸け橋 ソーシャルブリッジの湯川伸矢(しんじょん)です。


今年もまた新しい年が始まりましたクラッカー


2010年。


また、新しい素晴らしい生活が待っていますよね。


みんながいい1年だと思える1年になりますよーにニコニコ


今年も本当に宜しくお願いします。



さてと、今年初めの記事は個人的な内容です…あせる

山村でのこんな年越しも良かったなぁと思いまして書いてみます…あせる



年越しは、去年に続き祖父の家に顔を出してきました。


■去年の記事
リアルスローライフで幕開け
http://ameblo.jp/shinjon/entry-10186889012.html



PCからもネットからも離れて、山の中でゆっくりと過ごしてきました。


ちょうど天気も良かったし、満月の光が夜でも寒い夜を


照らし出して、夜道も街頭が無くても歩けるような素敵な日でした満月



さて、せっかく山に来たので山にあるもので何か作ってみようと思いましたので、


門松を作ってみました得意げ



初めての経験だし、どうやっていいのかわからなかったのですが


想像で色々とやってみました。


ということで自分流の門松の作り方を紹介してみますチョキ
(たぶん正しい作り方ではないとは思いますが…あせる)



1竹林に入って竹を取ってくる

これは、竹林の間伐にもなります。


イイコトとの懸け橋「社会貢献探訪記」-竹林


2程いい大きさに切り、先を斜めに切り落とします。

3本ずつ対になりますので、合計6本です!

イイコトとの懸け橋「社会貢献探訪記」-竹を切る


イイコトとの懸け橋「社会貢献探訪記」-斜め


3山に行きまして松を探してきました!

今って松枯れも進んでいてなかなか松が無いんですよねぇ。

かなり山の中を散策してなんとか持ってきました。



イイコトとの懸け橋「社会貢献探訪記」-山

イイコトとの懸け橋「社会貢献探訪記」-松

4適当な桶に先ほど切った竹を入れて土を入れて固定します。



イイコトとの懸け橋「社会貢献探訪記」-桶


5松を適当に飾り付けたところでむしろをまいていきます。


イイコトとの懸け橋「社会貢献探訪記」-飾り


イイコトとの懸け橋「社会貢献探訪記」-ムシロをまく


6庭に生えている植物たちをデコレーションしていけば



イイコトとの懸け橋「社会貢献探訪記」-門松


7完成です!!



イイコトとの懸け橋「社会貢献探訪記」-門松



山にあるもので、こうやって手作りするのって


やっぱり楽しいですよねぇニコニコ



時間はかかりますが、買ってくるよりも自分で考えながら


作る楽しみってなんだか大切なことのような気がしましたチョキ



山とか田舎の家って色々と材料もあってこうやってみんな


頭を使って、昔は作っていたんだろうなぁ。


日々の生活の中でついつい、お店でなんでも買ってしまうということ。


そこには、元々は誰かが、何かから作っているんですよね



やっぱり山って色々あって楽しいなぁニコニコ



全く社会貢献の紹介ではないのですが、


山村生活のこんな楽しみ方もいいなぁ。なんて思って書いてみました…ニコニコ



さぁ、次回からはちゃんと社会貢献活動の紹介を


していきまーすにひひ



今日も読んでくださって本当にありがとうございます。

今年も何卒宜しくお願い致します。

「望」年会と今年最後の山作業「梅さんの森」


こんばんは。
イイコトとの懸け橋 ソーシャルブリッジの湯川伸矢(しんじょん)です。


今年最後の山作業行ってきました!


梅さんの森です!


■過去の記事(ずいぶん増えてきました…あせる)
仲間たちが集まって「梅さんの森」
http://ameblo.jp/shinjon/entry-10400174048.html

森と語り合うということ「梅さんの森」
http://ameblo.jp/shinjon/theme-10010150216.html

奥多摩・鳩ノ巣の森と枝打ち
http://ameblo.jp/shinjon/entry-10363174626.html

奥多摩・鳩ノ巣の森に感謝をして
http://ameblo.jp/shinjon/entry-10271075077.html

鍾乳洞に入って聞いた一言・・・。
http://ameblo.jp/shinjon/entry-10249079324.html

間伐フィールド探訪「奥多摩:鳩ノ巣」
http://ameblo.jp/shinjon/entry-10190688333.html

白く染まる大根山の神の森で
http://ameblo.jp/shinjon/entry-10197511749.html

奥多摩での森の声
http://ameblo.jp/shinjon/entry-10228961553.html



今日は、6人での作業です!


自分たちのフィールドの向かいの山で活動している

いつもお世話になっている


JUON NETWORK(樹恩ネットワーク)
http://juon.univcoop.or.jp/


からも二人参加してくれましたニコニコ


フィールドに着いてからさっそうと地下足袋をはいて


各々の道具を身につけて行く姿はさすがですね霧


素人だらけでやっている梅さんの森にまた


新たな風が入って来ました得意げ


今日は耕ちゃんは 色々あって午後からの参加


今日もいい天気で山作業は順調に進み、いつものように

楽しみながら進みましたチョキ



そして、今日は今年最後ということで


「望」年会です!
(結局作業後にはいつも飲んでますが…あせる)



梅さんによると忘年会より望年会がいいだろうってグッド!


さすが、言葉遊びのスペシャリストはいいこといいますねぇ得意げ



梅さんに教えて頂きながら耕ちゃんと 始めたこのフィールド。


あっという間に1年が過ぎました。(本当に早いなぁ シミジミ)


ナタとノコを買うことから始まって、


ヘルメット、地下足袋、作業服とカッコだけは


一人前に近づいてきました得意げ



まだまだ、作業は素人そのものですが、


それでも「楽しい」って気持ちはずっと持ちながら


できています。



これって、本当に大切なことだなぁ。って思いますニコニコ



ここのフィールドに遊びに来てくれた人たちも


みんな笑顔で過ごしてくれる。


そんなことが一番嬉しいなぁって思います。



森に光が入り輝いている姿を見ながら、ちょっとずつでも


継続して進んで行くことって大切だなぁ。


なんてしみじみ感じていました。



相変わらず焼酎のお湯割りを飲みながら、


忘れることの無いこの一年を振り返ってみた。


やっぱり忘年会じゃなくて望年会なんだよなぁ!



一緒に作業してくれているみんなに感謝して


そして、この森たちに感謝して


これからも続けて行こう。


ゆっくりと…、ただゆっくりと…。


優しさに包まれた森の中で過ごしていこう。


今年も一年ありがとう…霧



そして、今日も読んでくださってありがとうございます。


これからも宜しくお願いします。



マングローブ専門WEB「mangrove-world」マングローブの森

こんばんは。
イイコトとの懸け橋 ソーシャルブリッジの湯川伸矢(しんじょん)です。



今日はまた素敵なWEBサイトを発見しましたので

紹介します。



マングローブ専門WEB「mangrove-world」
http://www.mangrove-world.com/main.html



こちらの活動は東京海上日動さんが行っている活動です。


まず、マングローブとはということが書いてありましたので

転載です!


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マングローブは「海の森」と呼ばれ、


アジアやアフリカ、南アメリカなどの熱帯・亜熱帯地方の海岸線や河口の一部で


干潟に生い茂る植物群の総称です。


マングローブは過去30~40年の間、エビの養殖池への転換、工場・道路の建設、製炭用材のための


大規模な伐採によって減少し続け、国によっては80%が消失したと言われています。

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なんと…。
80%が消失した国もあるんですね…ショック!



東京海上日動さんはそんなマングローブの植林を行っています。



そして、こちらのサイトではまずマングローブについて


学んだり、知ることから親しんでもらおうというサイトです。


ここでは、


エコ宣言」を入力し植林を擬似体験できたり


写真や映像でマングローブについて学んだりできます。



すごくきれいな写真や映像で、


おだやかな音楽につつまれて


気持ちがいいサイトですね。


私も早速植林してみました。


これも自分で色々と育てていくことができるみたいですよーニコニコ



マングローブのこと私もあまり知らなかったのですが、


このサイトをゆっくり見るとよくわかってきます。


少々サイトが重いのですが、時間のあるときに


癒されに行ってみてくださいニコニコ



今日も読んでくださってありがとうございます!


これからも宜しくお願いします。



感動の物語「シークレットサンタ」

こんばんは。
イイコトとの懸け橋 ソーシャルブリッジの湯川伸矢(しんじょん)です。


今日はクリスマスイブクリスマスツリー


そして、今日も続いてサンタ関連です星



これまた、マイミクの日記で見つけました。



人のために生きるということが自分の幸せにも


つながってくる。


そんな気持ちになります。


ちなみに自分はこの動画で泣きました…汗



内容を転載しますので、是非とも読んでみてください!


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以下、転載

☆「シークレットサンタ」動画です。







アメリカでクリスマスになると、貧しく困っている人々に現金をプレゼントする男性がいた。
彼はいつしか『シークレットサンタ』と呼ばれるようになった。
「秘密のサンタクロース」として名前を明かしたのは
中西部ミズーリ州のカンザスシティーの郊外に住むラリー・スチュワートさん(58)の話です。


「ほかの誰かを助けることこそが、私たちの生きる目的なのだ」


1971年11月、23歳のラリー・スチュワートは会社が倒産し路頭に迷っていた。あまりの空腹に耐えきれず、ついレストランに入って取り憑かれたように注文してしまった。
請求書を出されようやく我に返り、お金を持っていないことに気づいた。
そして、なんとかその場を取り繕おうとポケットの中を探すフリをしながらも、警察に突き出されても仕方が無いと思っていた時だった。
一人の男性店員がラリーの横でしゃがんで、20ドル札(現在約2400円)が落ちていたと渡してくれたお陰で、彼は会計を済ませることができた。

だがこの人生最大の苦境に偶然手に入れた20ドルが、後に彼の運命を変える重大な鍵となる。

1972年、運良く拾った20ドルの残りを旅費にカンザスシティに移り住んだラリーは、警備関係の会社を起こして懸命に働いた。
結婚し子供も生まれたラリーは幸せな生活を手に入れたかに見えた。


1977年12月、不況で会社が倒産しその日の食事代にも困るほど追いつめられた。
貧しさのせいでラリーは我を忘れ、銃を手に銀行に入り、強盗を働きそうになった。
だが、20ドル札を見てふと我に返り銀行強盗をすんでの所で思いとどまった。


改心したラリーは1978年、妻の兄からの援助を受けてセールスマンとして懸命に働いた。
だが彼はまたしても試練を与えられる。


1979年12月、会社の経営が思わしくないということで、ラリーは解雇されてしまったのだ。
もう助けてもらうあてがないと途方に暮れていた時だった。
ふと目についた売店に立寄り、ポップコーンを注文した。
店員の女性は暗い表情で、違う商品とおつりをラリーに渡した。


ラリーは彼女が困っているのだと思い、おつりの中から20ドル札をプレゼントした。
彼女は受け取れないと言ったが、ラリーはクリスマスプレゼントだと言って手渡した。
この日はクリスマスだった。
女性は嬉しそうに礼を言った。


その笑顔がラリーを明るくし、彼は思いも寄らない行動をすることになった。


そのままラリーは銀行に行くとなけなしの貯金を引き出し、白いオーバーオールに赤い服とベレー帽という姿で町に繰り出した。
そして困っているような人や貧しい人に20ドル札をクリスマスプレゼントとして手渡したのだ。


シークレットサンタが誕生した瞬間だった。


20ドルは大金ではなかったが、困っている人々にとっては大きな助けとなり喜んで受け取ってもらえた。
それがラリーの人生にも思わぬ影響を及ぼすことになる。


家に戻ると、妻から銀行にお金が残っていなかったと聞かれた。
ラリーは落としてしまったと答えた。
すると妻は怒るどころか、
『仕方がないわね、でもあなたは幸せそうね』
と微笑むだけで文句を言わなかった。


翌年の1980年、ラリーは友人と長距離電話の会社を設立し、懸命に働いた。
そしてその年のクリスマスにも道に立って人々に現金をプレゼントする活動を続けた。
そしてその金額は少しずつ多くなっていった。


不思議なことにシークレットサンタとなって施しをすればするほど会社の業績が上がり、
長年の切り詰めた生活から抜け出し家族のために家や新しい車を買えるまでになった。


ラリーの妻も町中でシークレットサンタの噂を耳にするようになった。
彼は家族にも言っていなかったのだ。


彼はそれからも一年も休むことなくシークレットサンタの活動を続けたのだが、9年目の1987年12月、ついに妻にシークレットサンタがラリーであることがわかってしまった。


すまないと謝るラリーに、妻は
「素敵なことじゃない。これからはもっと節約してたくさんの人を助けられるように協力するわ」
と答えた。


以後、家族もラリーの活動を知って陰から支えることになった。


1995年、地元ではすっかり有名になっていたラリーは匿名を条件に取材に応じた。


カンザスシティ・スター紙のマクガイヤー記者は、彼も家族も一切表舞台に出ようとしなかったと話す。
しかし報道されてから、シークレットサンタの正体への関心はさらに高くなった。
一方ラリーは多くの人に感謝されるにつれて、ある人物に会いたいという思いが募っていった。
そして1999年12月、ミシシッピ州のトゥペロという小さな町のある男性宅を訪れた。


その男性とは、シークレットサンタの生みの親だった。
28年前の1971年、一文無しだったラリーが落ちていた20ドルに救われた日のこと。
本当の落とし主が現れたら困るので逃げるように店を後にしたラリーは、我に返って真実に気づいた。


20ドルは、落ちていたものとして男性店員が彼にくれたものだったことに。


男性店員はテッド・ホーンといい、当時のことを思い出した。
ラリーは彼がしてくれたことをいつか誰かにしようと思ったのだと話した。
そして、テッドの20ドルがなかったら刑務所に入っていただろうという。


自分の人生を正しい方向に導いてくれたお礼にと、ラリーはテッドに1万ドル(約120万円)の入った封筒を渡した。
受け取れないというテッドに、ラリーは自分が今あるのはあなたのおかげだと引かなかった。
当時テッドは、警察に突き出すのではなく、自らの過ちに気づき、他人への優しさを知って欲しいと思って20ドルを差し出した。
それをずっと覚えていて、サンタ活動を続けたことには頭が下がるとテッドは話している。


テッドさんはラリーさんから渡された1万ドルを、近所の病気で困っている人たちや生活に苦しい人たちのために使ったという。
人を思いやる気持ちは健在だった。


そしてラリーのサンタ活動は全米に広がった。
2001年には世界貿易センタービル爆破事件のあったニューヨークに行き、ホームレスや職を失った人を中心に2万5千ドルを配った。


2005年にはハリケーンで壊滅的な被害を被ったミシシッピ州を中心に7万5千ドルを配り、27年間で配った総額は150万ドル(約1億8千万円)になった。


だが昨年、シークレットサンタがついにカメラの前に現れ正体を明かした。
彼は昨年4月、食道ガンのため治療しなければ1ヶ月生きられないと宣告されたのだ。


正体を明かしたのは、自らの命の宣告を受け、身近な人への思いやりを広げて欲しいというメッセージを送りたかったからだろうと、マクガイヤー記者は話します。


その反響は大きかった。
2日間で7000通もの手紙やメールが彼のもとに届いた。
大半は自分もシークレットサンタになりたいというものだった。


その年のクリスマスも彼は病気を押してサンタの活動を行った。
そのお陰で多くの人が笑顔でクリスマスを迎えられた。
今年1月12日、ラリーは58歳で静かにこの世を去った。
それでも彼の笑顔と優しさは数えきれないほどの人の胸に永遠のサンタとして刻み込まれただろう。


生前ラリーは、シークレットサンタ協会を設立、
会員資格は少なくとも1回他人への親切な行為を行うこと。
今でも世界中から登録の申し込みが後を絶たない。


●シークレットサンタ協会
http://secretsantausa.com/