真の吾(まことのわれ)~本来の自分を生きる~ -7ページ目
ちまたには幸せになるためのいろんな方法があふれています。

幸せを得るために、ダイエットしたり、英語を習得したり

美容整形をしたり、ヨガに通ったり。

見まわしてみると、効果や形態の差こそありますが、

世の中には「幸せ」を得るためのものがたくさんあります。

それだけ多くの人にとって「幸せ」というのは追い求めてやまないものだと思います。



かくいう私もずっとこの「幸せ」というものを追い求めてきました。

幸せとは何なのか。

どうすれば私は幸せになれるのか。

家族を幸せにできるのか。

そして、社会を幸せにできるのか。



常に考えてきました。



まだまだ答えは見つかりません。

ただ、少しばかりの小技は見につけたつもりです。



今日は「幸せの技」を紹介していきたいとおもいます。



技、というからには

・具体的で

・誰にでもできて

・ある程度の効果がある

というのを目指します。



誰にでもできることを目的としていますので

急激に何かが変わるものはありません。

なんとなく、いいな、という感じの幸せ感です。



また、分かりずらいのは省きます。

結跏趺坐になり仙骨のあたりでクンダリーニを感じる・・・

とか一部の方しかわからないものは除外します。



では早速、今日の技を紹介します。



今日の技は「合掌」です。


ね、小技でしょ?


でも、誰にでもできて、いつでもできます。



胸の前でただ手を合わせる。



これだけで、本当に不思議なことに心が落ち着き

勝手に感謝の気持ちがわいてきます。



私は「何かとのつながり、一体感を感じる」

ことが幸せを感じることの一つであると思っています。

この「何か」は家族だったり、友人だったり、自分自身だったり

または自然だったり、地球とか、宇宙とか、なんでもいいのですが

とにかく「つながった」感じがすると気持ちがいいのです。



合掌することで、右手と左手がつながる。

そのことで、身体がなんとなく統一されたような一体感をもちます。

また、胸の前に置くことで、身体と心がつながります。

そうすると、こころと身体、

パーツとパーツで機能していた自分が

一つになり、一体になった感じがしてきます。



これは非常に心地よい感覚です。



日本には合掌する場所がたくさんあります。

神社やお寺、仏壇のまえで手を合わせている

自分をイメージするのもいいかもしれません。



また、お礼を言う時に手を合わせながら「ありがとう」と言うと

感謝の気持ちが大きくなります。


この感覚を知ってか知らずか、

友達と世間話をしている間中、その友達と私は

始終合掌しながら話していました。



そこまでしなくてもよいので、

ちょっと気が向いたときに、両手を合わせて目を閉じて

静かに感覚に身をゆだねてみる。



それだけで、すこしラクになるような感覚があります。



また、気が向きましたら、次の日記で技を公開しますね。
子供が大きくなっています。


もう、とにかく、声がでかい。


早朝から絶好調です。


この間の週末もずっと遊んでいたので


さすがにクタクタ。


疲れてブログも書けません~。


月曜日の仕事も週末の疲れがたまって大変でした。


そんなことを仕事場で軽く、先輩にポロっと。


「子供が暴れて大変なんですよ~。」


「幸せな悩みだね~、俺みたいに一人でこのまま一生独身なのかという悩みより・・・」


その人は独身の人で、たまにそういう風に思うみたいです。


いやいや、そんなことないですよ、とフォローをいれつつ、気が付いたこと。





人は自分の悩み強くとらわれてしまうけど


悩みから解放されていることには気がつかない。




少なくとも私は今、このまま独身だ、という悩みからは解放されているけど


全くそんなことには気が付いていなかった。


子供のいる日常は大変だけれども、


非常にありがたいことだと、改めて感じました。


そして、自分が解放されている悩みを上げてみました。




・明日の仕事がない悩み(実際にそういう人はいらっしゃいますね)


・家族と離れ離れになる悩み(一昔前には普通にありました)


・会社でいじめがある悩み(ある会社もありますね)


・病気で苦しむ悩み(今のところ健康です)


・世界中が醜気にまみれていて、ガスマスクをつけないと、生きていけない悩み(腐海がなくて良かった)


・自分の妻が実は空に飛ぶ国の王の末裔で命を狙われている悩み(飛行石は海に捨てます)


・自分の両親がトンネルをくぐった先で食事を食べて豚に変えられてしまった悩み(名前も取られちゃいます)



と最後は某M崎アニメ映画のほうに暴走しましたが、


自分の悩みが3としたら、


自分が解放されている悩みが10,000,000くらいあるんじゃないかと思いました。


ありがたいことです。


真吾
ちょっと忙しくしていました。

忙しいと、すごくあせりが出てきました。

今回はすごく忙しかったので、とてもあせりがでてきて

不快感マックスです。



あせった自分を見つめていて

気が付いたのは、あせりは、

否定すると増幅していくようですね。



あせっているときに、あせっちゃだめだ!ってやると

頭真っ白になって手が付かなくなる。

そして、ますますあせり始める。



あせりは、増幅したがる性質があるようです。

増幅したいあせりは、手っ取り早く増幅させるために

否定するように、主人(私)の意識をしむけます。

あせりを辞めようとすればするほど、

あせっていくのは、あせりが

画策した策略のようです。



ここまでは気が付きました。

さて、ここからどうしたらあせりが解消できるかを

調べていきました。



深呼吸する、

瞑想する、

お風呂に入る、

いろいろやりました。

ですが、一時的に焦りが消えますが、

また出てきてしまいます。



何が原因なのかを調査して気が付いたのは

すべて、無意識の中であせりを止めようとしていたことが

問題だったようです。

何をやっても、あせりを止めることが動機だったので

逆にあせりを増やしてしまいました。

だって、あせりは否定すると増えるんですから当たり前です。



あせりを増幅させないためには、

あせりを止めようとしないようにすることが大切なようです。

止めようとすると増えますから、否定しない。

穏やかになろうとしない。

あせったままでいる。

あせるのもまあいいじゃないか。

そうしたら、すこしあせりが減りました。



その後、動画で観た

「心の成長は、子供が成長するように、じっくり、ゆっくりしていくもの。」

という一言で、完全にあせりは消えました。



この一言に出会うために、

神様が私を忙しくさせたに違いありません。



神様、ありがとうございます。



僕の経験上、また何かの節目に

あせりが出てきます、必ず。



で、またおんなじことを繰り返すんです。

そうなっているんです。

でも次回はちょっとだけ、本当にちょっとだけ、

気付きまでの時間が速くなっているんです。



心の成長って、たぶんこういうことだと思います。



同じ問題を繰り返しているように見えて

少しずつ、少しずつ、

解決能力が上がっていく。



そのうち、問題が出されなくなる。



あせりも含めて、いろんなマイナス感情や不快感は、

学びのきっかけ、気づきのきっかけです。



それを否定すれば、するほど、

勉強しなさーい!って追いかけてきます。

何を勉強しなさいって言っているか、といえば

自分を否定せず、愛するのがよい、ってことを

教えてくれているんだと思います。



なんでかというと、不快感に優しく温かく接すると、すーっといなくなって、

厳しくすると、余計不快になるってことは

あんまり厳しくなさんな、

もっと自分を愛していいんだよ、って教えてくれてるんだとおもいます。



ありがたいことです。



真吾
子供が成長しています。

つよ~い自我が出てきています。

自分のしたいことができないと、

それはもう、でっかい声で泣きわめきます。

ママが近くにいないと、泣きわめきます。

眠いのに、眠れないと、泣きわめきます。

キッチンで遊びたいのに、危ないので外に出すと泣きわめきます。

ちょっと前まで、おとなしくて手がかからないかと思っていたのに

今はもう、怪獣のようです。



すべて自分の思い通りにならないと、嫌らしく

この間も、ベッドの上に自分の力で登りたいのに、

まだ足の長さが足りなくて登れなくて

ギャンギャン泣いていました。



自分のしたいことができなくて、

思い通りにならず、ギャン泣きする光景は

いつものことなのですが、

その時に限って、こんな風に思いました。



「俺に似てる。」



私も自分の思い通りにならないことってたくさんあります。

思い通りにならない、ことが悪いことではありません。

思い通りにならないことを、うまくいくまであきらめずに挑戦していく。

それはとっても良いことだと思います。



ただ、思い通りにならなくて、感情的になることに

わが息子と自分に似たものを感じました。

もう、大人なのでギャンギャン泣くことはありませんが、

イライラすること、怒ること、落ち込むこと、無気力になること、

小さなことから、大きなことまで、

たくさんあるなあ~。




ある意味、大人になったから「泣く」という行動はコントロールできるようになったけど、

感情の出方が、「泣く」が「怒り」変わっているだけ。

もしくは「怒り」にフタをして、気力(エネルギー)が落ちているだけ・・・



「1歳児と俺は何にも変わらないではないか。」



その驚愕の事実に気が付いてしまいました。



そう考えると、自分の息子に、

「思い通りにならないことがあるんだよ。」

なんて言っているけど、

そんなこと、全然分かってないじゃん、パパの俺!

息子に伝える言葉が、まず自分に突き刺さります。




せっかくなので、思い通りにならないことを、

思い通りにならないままにしておくことにしました。

結構これが難しい。

というか、自分がいかに、

いろんなものや、人をコントロールしようとしているかが

どんどん出てきます。

もう、いやってほど、

思い通りにしたがっているのが見えてきます。

そして、思い通りにならないと、すぐに感情が動きます。

受け入れることができません。

これがいわゆるエゴという奴でしょう。



まずは気が付くところから。

気づけただけでラッキーです。



そんな父の想いを組んでくれたのか、

最近は寝つきが良いわが息子。



いろんなことを教えてくれる1歳の先生です。



真吾
『エベレストに登るにはね、


登るだけじゃなくて、なんども降りたり


登ったり、降りたり、登ったりして


体を慣らしていかないと、頂上まで行けない。


それを延々やってるんです。


降りたり、登ったり。


だから、コツコツ前へ、という言葉を


自分に言い聞かせています。


これ以外、他にないですよ。


みんな、頂上に登ることはすごく興味があるんだけど


その過程に興味が全然ない。


コツコツ、前へ、なんです。』


ふと、つけたテレビでアルピニストの野口健さんが言っていました。


山に登るには、「降りること」が大切。


これは結構、衝撃でした。


で、あれば、僕たちの毎日。


うまくいったり、失敗したり、


登ったり、降りたりの過程は


大きな実を結ぶために必要なことなんですね。


野口さんの言うとおり、僕も


頂上に登ること(自分の望む結果が目の前に現れること)


ばかり気を取られてしまうけど、


降りるのも、登るうち。


登るには必要な過程。


僕たちの毎日は、コツコツ前へ進んでいるんだ。


大きな失敗も、なんとなく過ごしてしまった時間も、


体調を崩すことも、気分が乗らないことも


人生をベストな方へ向かわせる過程。


降りたり、登ったりするうちに


自分でも思ってもいないところまで進んでいて


エベレストの頂上みたいに、


見たこともない光景に、


必ず出会える。


そのことを、胸に秘めて


また、明日も、一日を味わいながら楽しみたいと思います。


いつもありがとうございます。


真吾
私がブログというものを書き出したのが、2008年の2月。

きっかけは、ある本を読んだことでした。

インプットばかりではなく、アウトプットをしなければ、情報は活きない。

という記事を読んで始めたことだったように思います。

当時、私は本を読むのが好きで、大量に本を読んでいたので

情報をもっと活かそうと思っていたところでした。




記事を書くときに、気をつけていたことは、

誰かに手紙を書くように日記を書く。ということでした。

時には友人に、時には同僚に、時には自分自身に。

ただ、感じたこと、気がついたことをシェアしてきたら、

いつのまにかmixiでは、見ず知らずの人からマイミク申請をいただくようになり、

私のマイミクさんの半分以上はお会いしたことが無い方です。

本当にありがたいことです。




過去の記事を見返してみると、

やはり、ネガティブな感情の対処の仕方が非常に多いです。

私自身、悩み、落ち込みやすい気質だったので、

たくさん研究を重ねてきたことを、記事にしてきました。




本を読み、実行に移し、

セミナーにいき、実行に移す。

とにかく、この繰り返し、繰り返し。

うまくいかないことのほうが多かったように思います。

それでも自分自身が辛かったので、なんども繰り返し、繰り返し、

いろんなことを試してきました。

その後、ある方と出会い、

私にマッチしたマイナス感情の解放の仕方を

伝授していただき、今ではマイナス感情を感じても、

自分で解放できるようになってきています。




解放できるようになると、解放できなかった時のことをどんどん忘れていきます。

泳げなかった人が、泳げるようになると、

泳げなかったことを忘れてしまうのと、同じ感覚。




昔は本当に自分が大嫌いで、いつも苦しんでいたのに

今では、自分が好きとか、嫌いとか、

あんまりどうでもよくて。




昔は特別な存在になりたくて、すごい人になりたかったのに

今では、自分らしくあればよくて。

その結果、魅力的な人になれればなおよくて。



昔は会社員が嫌で、起業したい、ライフワークに生きたい!と思っていたのに

今では、会社に感謝していて。

会社員と言う人たちがいるから世界が回っていることに気がつけて。



で、結局のところ、

マイナスな感情を、ちゃんと折り合いつけるようになるのは

水泳みたいなもので、練習すれば、

誰でも折り合いがつくようになる、ということでした。



カナヅチの人が、泳げるようになるように、

自分が嫌な人は練習次第で、自分を受け入れるようになるんです。

子供が自転車に乗れるようになるように、

人生が進まない人も練習次第で、うまくいくようになるんです。



一生、辛さが続くと思っていたけれども、

人生やめちゃおうか、って思ったことも、

何度も何度もあったけれども、

そんなに辛いことは、一生は続かない。

私は15年近く苦しかったけど、15年近く続いた苦しみが

半年でクリアになってしまったりするのが人生のドラマティックなところ。



そもそも、悩んだり苦しんだりするのは

一生懸命な証拠なんだから、

一生懸命な人は必ず誰かが助けてくれる。

必ず誰かが助けてくれるんだ。



辛さのどん底にいるときは、

なんで自分はこんななんだろう?って

嫌になって、もう嫌だ!って投げ出したくなるけど

何にもなかった私が、実はたくさんのものを持っていたことに気がつけたように

特に何か素晴らしいところが無くても、

自分は素晴らしいことに気がつけたように

愛されていないように思えて

実は無限の愛に包まれていることに気がつくときが必ず来るから。



幸せとは、なるものではなく、気がつくものだから。



だから、無責任なようだけれども

私と同じように辛く苦しむ人に、この言葉を伝えたいです。





「あなたは、大丈夫。」




大丈夫ですから。

少しわがままになって、ちょっと不真面目になって、

気楽にしていてください。




大丈夫ですから。




真吾
朝青龍の引退会見を観ました。

言ってました、人生長いって。

同感です。

人生80年あったとして、

40歳の人でも、半分過ぎただけ。

今ちょっとくらい失敗しても、

悩んだり、迷ったりしても、

まだまだこれからあるから、それくらい、いいんじゃない?

って自然に思えるようになってきました。

スピード社会にいると、

どれだけ早く成長するか、結果を出すかが

重要に思えてきますが、

死ぬ間際、人生振り返った時に、

急いだことはあんまり思い出さないような気がする。

それよりも、大切な人と味わうようにして過ごした時間のほうが

思い出す気がする。

でも、速いことが良いことって、自分の中でなってしまっているので、

どうもゆっくりすることが難しかったりする。

ゆっくりしたり、リラックスしたり、力を抜くことが難しい人は

どうぞ、僕と一緒にできるように修行しましょう。



真吾
週末はいつも子供と過ごします。

こどもは何がよくて、何が悪いことかわかりません。

だから、よくないことをしたら

「ごめんなさい」と言うように教えます。

今日も飲んだお茶を口から全部出しちゃったので

「ごめんなさいは?」と謝るように促します。




大人でも「ごめんなさい。」って言えない時があります。

謝っちゃえばいいのに、謝れない。

謝ればたいがいみんな許してくれます。

ただ、謝らないと許してくれません。




これって、自分自身にも言えることです。

あまりやられる方はいないと思いますが、

最近、僕は自分自身にもっと謝ろう、と思っています。




自分はこういう風になりたい、

こういう風に生きたい、生活したい、

と思っているのに、つい、違うことをしたり、

ま逆のことをしたりしてしまいます。

例えば、食べ過ぎは体に悪いから辞めようと思っているのに

昨日今日、つい食べ過ぎてしまいました(笑)




そんな時、自分がこうしたい、

と思うことと逆のことをしてしまったので

自分に謝ります。

「ごめんなさい。」

そうすると、たいがい自分は自分を許してくれます。

謝らないと、許してくれません。

これが、ストレスになります。




「なんで、食べ過ぎは体に悪いと知っているのに、食べ過ぎたんだ!!!」(心の声:A)

「だってしょうがないじゃん!おいしいんだもん!」(心の声:B)

「それをコントロールするのが意志の強さだ!」(心の声:A)

「どうせ、僕は意志が弱いですよ~。」(心の声:B)

「ああ、また自分を責めてしまっている~。」(心の声:C)

「意志が強いとか弱いとかじゃなくて、食べ過ぎないしくみをつくればいいんですよ。」(心の声:D)

「あ~~~!!!!なんかめんどくせぇ!!!」(心の声:E)

「温泉でも行く???」(心の声:F)




頭の中に出てくる余計な考え事が、エネルギーを奪っていきます。

ストレスになっちゃいますね。

そして、また食べ過ぎてしまうのです。

謝って、スッキリしちゃったほうが

楽しく過ごせます。




「なんで、食べ過ぎは体に悪いと知っているのに、食べ過ぎたんだ!!!」(心の声:A)

「ごめんなさい」(心の声:B)





これで、次に気をつければ良いだけです。

で、次もやっちゃったら、

また、謝って次の次に気をつければいいだけです。





自分がやると決めていること。

できない時があるのは当然です。

何千回、何万回繰り返して少しずつできるようになるのだと

師匠に教わりました。

自分ができなかったときには、自分に謝ると、

スッと力が抜けます。

そしたら、もう、次に行ける。

そのことをずっと考える必要が無くなります。




誰かと自分を比較しないと決めたのに、それができなかったら、「ごめんなさい。」

自分を責めないと決めたのに、それができなかったら、「ごめんなさい。」

体を大事にすると決めたのに、夜更かししてしまったら、「ごめんなさい。」

夢をかなえるために努力すると決めたのに、夢をあきらめかけてしまったら「ごめんなさい。」




僕も全然できないのですが、

少しずつできるようになっていきたいです。




真吾
真吾の「今に生きる。」




分かっている。には、「けど」はつかない。




先日、ある方から教わりました。

「分かっているけど、できない。」のは

分かったつもり。




知っている。には、「けど」はつくそうです。

「知っているけど、できない。」

っていうのはあるから。




分かっている、けど、できないと言ってしまうと

脳が勝手に「分かった」と思いこんでしまうそう。

そして、実際には分かっていないのに、そこから分かろうとしなくなる。

理解や成長が止まってしまうのだそうです。




その話は聞いたことがありました。

だから最初は

「そんなの分かってるよ。」

と思いました。




その次の瞬間、

「はっ!分かってない!」

と思いました。

だって、全部できませんもん、わかってること。

だから、「そんなの分かってるよ。」というのは

分かったつもりでした。

なんだか、分かりずらいですね(笑)




「分かることはできること」

そう考えると、いかに自分が分かっていないか、

気がつかされます。

いままで、いかに分かったつもりでいたのか、

にも気がつかされます。

本で読んだことがある、人から聞いたことがあるのは

「知っている」だけで、できなければ「分かっていない」

無限に分かっていないことに気がつかされます。




ただ同時に、無限に分かっていないことがあるということは

まだまだ分かることができる、という気持ちになれます。

そして、できるまで分かるようになろう!という気持ちになります。




分かったつもりになることが多い私は

分かったつもり、にならないように気をつけて

できるようになるまで、分かっていると言わないようにしようと思います。




真吾




追伸:ブログのタイトルとデザインを変えてみました。気分です。(笑)
今日は友人とスカイプで話していました。

その時の話しに出てきたこと、



「成功法則を学んでも、成功できない。」



誰でも人生において

最善の結果を出したい、と思うのは当然です。

僕もそうでしたし、今でもそう思います。



だから、学びました。

うまくいっている人の方法を学びました。

本を読みました。

セミナーにも行きました。

それらの知識や考え方は、大きな影響を与えてくれました。

仲間もできました。

人生は楽しいものだと教えてくれました。



でも、学んだだけではできないこともある、ということも学びました。



実際の毎日の何気ない生活の中で、

余計なことを考えず、仕事をする。

こういう当たり前のことが、

自分の人生を作っていく、ということを学びました。



「学ぶ」という言葉は、素晴らしく価値のある言葉に聞こえます。

休みの日に、本を読んだり、人生の勉強をしたりするのは、

お酒を飲んだり、遊びに行くことよりも

良いことのような気がします。



しかし、本当にやらなくてはいけないこと

やるべきことに集中しないで、

学んでばかりいるのは、ある意味で現実から目をそむけていることになります。



私の学びにはそういう側面がありました。

それにやっと気が付けました。



夢って大事、本当に素晴らしいもの。

それが、幻想になっていないか。

地に足がついた目標なのか。

現実から目をそむけるための

ペットになっていないか。

夢が都合のよいペットになっているのであれば

その夢は絶対にかなわない。



自己啓発も成功法則もそれは大変素晴らしいもの。

でもそればっかりやってたら、

ただのオタク。

しかもたちが悪いのは

それを使って人を裁いたりすること。

ポジティブな言葉を使わない人はダメな人、とか。

夢が無いのはダメとか。

ポジティブだろうが、ネガティブだろうが、生きていける。

夢があっても無くても生きていける。

どんなふうにだって生きていける。



大事なのは、自分で自分の生き方を作っていくこと。

それをサボって、他人の成功した方法に

自分の人生を乗っけたって、

うまくいくはずがない。



あんまり、結果は気にしないで

やり方は自分で試しながら

くそまじめにならずに、でもやる時はやって

人生楽しく生きていけば、

死ぬときに後悔はない。



人生に執着しない。

そしたら、不思議とラクになった。

何事にもとらわれずに、自然に生きていきたい。



真吾