アフガン撤退は他人事か?【時事所感73】
アフガニスタンからのアメリカ合衆国の軍隊撤退、大使館関係者や米国国民の国外退去は、
連日の新聞やテレビ等のメディアの報じるところで皆様ご存知と思います。
本当に偶々なのですが、アフガニスタン米国撤退のほんの数日前、
米国の外交政策について思考していた際に思い出していたのが、
ベトナム戦争のサイゴン陥落やカンボジアのプノンペン撤退です。
偶々ですが思い出して、実話を元に描かれた映画『キリング・フィールド』(Killing field)を久しぶりに観ていました。
映画のシーンで米軍ヘリが大使館員や米国民、関係諸外国民らを輸送退去する様を観て
思うことがあります。
ベトナム戦争にしても今回のアフガン撤退にしても、
米国が色々な面から損得勘定して判断されると、
その退き際の潔さというのか呆気なさというのか、
一斉に現地を該当国、その国の民衆をあっさりと見捨てる様には驚きです。
「自由を~」
「民主主義を~」
「開かれた経済システムを~」
「人権を~」
等、
上から目線で啓蒙主義的にアメリカ式民主主義・資本主義を導入させて、
世界を平和にさせていくような振る舞いを醸しだし、経済力や武力を行使して平然と他国介入していく。
しかしながら、風向きが一変すると、
その手を引くやり方は米国は今も昔も変わらない。
あっさりと見捨てる。
これが、
「東シナ海だったら・・・」
「朝鮮半島だったら・・・」
「台湾有事だったら・・・」
「尖閣諸島だったら・・・」
「日本列島だったら・・・」
真夜中の涙②【時事所感72】
真夜中の涙①【時事所感71】
私が大手全国紙の新聞社東京本社内で仕事をしていた時の話です。
ニュース専門チャンネルの編集作業が一段落したのは終電も過ぎたであろうか、
深夜1~2時頃。
先輩と共に、新館と旧館を繋ぐ通路と社員食堂の近くにある缶ビールや菓子、おつまみ類やカップ麺等の自動販売機へ行くと、
既に通路の灯りも殆ど消灯していて、非常灯と間接照明だけの暗がりのなか、
女性のすすり泣く声が聞こえました。
スーツ姿の若い女性が、通路の椅子に肩を落とし座り込んで俯き泣いていました。
社会部の記者でした。
何故こんな深夜にこんなところで独り泣いているのか声を掛けました。
涙の理由は、彼女の企画が採用され、
明日から連載で新聞に出るはずだったものが、直前になりストップされたからでした。
彼女はその春に東京の有名大学を主席だったか優秀な成績で卒業し、本命だった大手新聞社に入社。入社後神奈川の支局へ配属後、数ヶ月で東京本社へ呼ばれたエリートコースの女性記者でした。
在学中からジャーナリズムの世界を志していて、
特に女性問題に関心があり、自ら暖め続けていたテーマでした。
連載記事を任され、社会部部長からも記事の内容にお褒めの言葉付きでO.K.を貰ったにもかかわらず、
紙面に載る前日、輪転機が廻る数時間前にストップがかかったのです。
後に掲載予定だった先輩記者の記事と差し替えになりました。
納得がいかず部長に直訴したところ、
「上からストップがかかった」とのこと。
上からの指示となると局長クラスだろう。
部長からはいつ紙面に掲載できるかは判らないと言われたそうで、
もしかするとこのまま没の白紙に戻る可能性も出てきたのです。
納得できず何故載せられないのかを部長に問うと、
「最近、連日のように右翼団体の街宣車が本社前に来ている」
「少し前に女性問題に関連するような内容の記事を掲載した際、クレーム対応に話が難航して幾日も費やした」
「タイミングが良くない」
等の上の判断だったそうです。
涙は止まらず、彼女の内でモチベーションをほぼ失いつつあるようでした。
先輩と二人で彼女の胸の内を一通り聞いてあげると少し落ち着いたようでした。
「もう辞めよう・・・」
彼女は一言。
もう続けていける自信がないと呟きました。


