多事争論(時事所感) -33ページ目

何故、知識人は誤るか【時事所感76】

箱の説明として、例え話を。


ある特殊な装置の箱に、『関西人』という人々の膨大なデータを入力します。

箱の特殊機能を使って、あるデータを出力します。

そこから出力されるものは、公約数や公倍数、共通項、必要条件のようなものが出てきます。


分かり易くいえば、

・関西圏の生まれ

・関西圏の育ち

・長年、関西圏に暮らした

もっと出力したら、

・会話にネタ振りとオチがある

・ボケとツッコミがある

・喋りが早口

・声が比較的大きい

とかe.t.c.


※(私も関西出身です、気分を害してしまった方々には申し訳ありません。お詫び致します。)


今の流行りな物言いで表せば、

「関西人あるある」

とでも言えるのでしょうか。




この箱に「直近50年間の日本人」をデータ入力、出力データから「現代日本人」を示すものが出てくる。


サンプリング入力を、米国や欧州、アフリカ大陸、中東、南米、アジア、オセアニア等エリアを拡げて入力します。


時間も過去100年間、500年間、数千年間と時間枠を拡げて入力するならば、


「人類とは抑も何ぞや」


というデータが出力される。









何故このような話をしているのかを述べますと、


私達人間、人類を理解する必要性を述べたかったからです。




これを身近な学問体系から表せば、

歴史学、社会学、政治学、経済学等。

もっと挙げれば、

思想史や哲学、宗教学、倫理学、数学や化学、

科学、医学といった学問もあるわけです。



専門家、所謂スペシャリストはある学問分野に精通している点では、知識人といえる。


しかしながら、真の意味での知識人とは言い難い。




専門家・スペシャリストの問題解決の為の政策や提言、

未来予測や評論等において、屢々誤りがみられるのは何故か?


専門分野に特化しているが故に、全体が複雑に関連していて、相互に影響し合う関係性の知識や観点が貧弱、欠落しているからなのです。


専門分野においては知識人であっても、

それ以外の分野や全体を総体的に理解するための知識や努力、構えがなければ、

仮に一時の処方箋らしきものは出せたとしても、

それは一時凌ぎなもので、

誤りが屢々みられるのは、このためなのです。



専門分野においては知識人であっても、 

専門以外の分野においては無知者、素人なのです。






それ以外の分野、全体像や総体的理解を求める忍耐強い努力や構えが必要なのです。













「感染防止>経済」「感染防止<経済」【時事所感75】

先ずは今回のコロナウィルスで亡くなられた世界中の方々に黙祷を捧げます。


そしてコロナ感染により闘病中の方々、その御家族には早期回復を祈念し、

ワクチン接種による被害を被っている方々、

このコロナ禍により生活苦に遭われている方々には現状改善・救済と回復を切に願っております。






今回はコロナ禍です。


現代の私達を取り巻く社会現状に話を移せば、


〇医療現場が逼迫状態

〇緊急事態宣言に付随する諸問題

  ・景気下降停滞

  ・ステイホームや自粛に伴う国民不満

  ・コロナ感染対策の政府政策

  ・行政のコロナ拡大防止策、感染者対応

  ・ワクチン接種の安全性、効果、進捗状況など


大雑把に挙げても沢山問題があり、

これらを各々詳細に挙げれば沢山の問題・課題が出てくる。



コロナ禍を語弊を恐れずにざっくりと話をします。



コロナ感染防止を優先すると、

倒産や失業等多数の生活困難者が出てきてしまう。


経済・景気を優先すると、

つまり経済活動制限を緩和・解除すると、

コロナ感染の拡大を促してしまう。


これは一見どちらを優先するかの話です。

相反するようにみえるけれども、

実はどちらも

プライオリティとして出てくるのは、


「生命・いのち」


なのです。








コロナによる景気下降停滞、倒産や失業等で生活困難になり生きていけなくなる。収入が無くなり生活困難から死に直結していく。


他方で、この景気下降や停滞を回復させようとすれば、

経済活動制限(時間短縮営業)を規制緩和や解除にすると、

ウィルス感染拡大を促し、

これもまた健康や生命に関わり、感染後の後遺症や死へと繋がっていく。


どちらを優先的にしても、他方では「死」の問題が出てきてしまうのです。







国民の皆さんはワクチン接種をしましょう、

と言っても、

ワクチンについて、海外の医療機関や行政、学会やメディア報道から、いろいろな話が伝わってきて、

安全性や効果についても、

新たな変異株の出現によって話の内容が二転三転な感じで、

国民の不安感が然程は拭えない。


政府や政治家、行政や医療機関にまで国民不満の対象が拡がっていて、

ワイドショーみたいなテレビ番組やネットニュース等では、

対象批判や炎上という対象や現象が増えてきました。




専門家ではないけれど、私個人の所感を話します。



ウィルス感染や疫病の歴史を振り返って、

平均3~4年は最低でも時間を要することが多い。



コロナが武漢から拡大し始めた年明け、

家族や仕事先の同僚や知人らに問われたので、

これを話したら、

「え?そんなに時間がかかるの?」

と言われました。



新型ウィルスという名称から判るように、

新しいウィルスなので、

対応するためのワクチンが当初存在しなかった。

各国医療機関や学術研究機関、製薬会社等がワクチン開発に躍起に取り組んでいました。

これを早期に大量生産したいとすれば、

インフルエンザワクチンのように、

安価で短期間に大量に必要数を確保できる鶏卵を使用して新型コロナワクチン製造が可能なのか、

その完成ワクチンの生産総数のうち何割が出荷使用可能で、何割が不良廃棄になるのか、

いろいろと時間がかかる。


また臨床試験データが沢山あればあるほど、

ワクチン副作用やワクチン接種不向きな基礎疾患も確率論ではあるけれども、いろいろなことが判ってくる。

それから各国協力しながら各国国民のワクチン接種の話が始まるわけです。



時間がかかるのです。










因みに、これも過去の歴史上の疫病から平均から判る範囲は、


比較的強毒性なウィルスは感染力は弱く、

感染力の強いウィルスは弱毒性なのです。


あくまで人類史の判っている範囲からの確立の話です。


近現代に焦点を当てれば、真っ先に「スペイン風邪」(※スペインではなく米国のファンストン陸軍基地が発生源とされる)を思い出します。


この日本にも感染拡大した「スペイン風邪」でも、致死率は国や都市によって大きな違いがあるけれども、

平均しても新型コロナよりも致死率や感染力が高かった。

もっと恐ろしい感染症では「ペスト菌」があって、

感染力、毒性どちらも強力で恐ろしい。



しかしながら先人はこれらを克服してきたのです。



それを思慮すれば、今回の新型コロナは現在時点ではそれほどまでに深刻な事態には至っていないのです。


今一度、私達社会は何をコンセンサス、社会の共通意見とするのか、

どちらも重要とするなら、そのバランスを如何に微調整するのか、



政治家は選挙で選ばれるが故に、

その時々の選挙民の声、世論の風向きや風の強弱で転々と七変化してしまうものなのです。


政治家や政府は私も含めた我々選挙民の映し鏡なのです。






路上飲酒もイベント開催も

どっしりと腰を据えて辛抱しながら、

相互協力や協調性を持って乗り越えなければ、

更に長引く一方のようにも思われます。










 



















スーダンの青年【時事所感74】

4~5年程前だったでしょうか、

私よりも少し背丈は低く、高校生位の若さの黒人青年で、真冬の深夜にコンビニの駐車場の端に独り座り込んでいました。


着衣も薄着で、寂しそうな不安げな表情を浮かべながら、寒さに耐えるために身体を時折少しだけ動かしながら寒さに耐えていました。


この光景を時折見かけるようになったので、

声を掛けました。


「どうしました?」

日本語は通じません。

“What’s wrong?”

“Shall I help you?”

英語で少しだけ通じました。


コンビニのホットコーヒーをご馳走して、

話をし始めたのが切っ掛けでした。


彼は日本語もほんの少しの片言だけで分からない。

英語も若干の片言だったけれども、何とかコミュニケーションがとれました。



アフリカのスーダンから姉と共に、

先に来日していた兄を頼りに来日して間もないようでした。



兄との喧嘩が多く、暴力に堪り兼ねては家を出ることが多かったのです。


知人も頼る所も無く、

所持金も殆ど無かったので、灯りのあるコンビニの駐車場で夜が明けるのを待ち、

兄が仕事に出掛けた頃の朝に帰宅するのを繰り返していたそうです。


※(現在は彼も兄との喧嘩はなく、仕事に就き、兄の家は出て独立)




時折会う度にいろいろ話をしていて、

尋ねてみたいことがありました。


「米国は好き?」

「国連軍がスーダンに来たことをどう思う?」


彼は怒りを堪えた感じで即答しました。


「米国は嫌い」

「国連軍は来て欲しくなかった。直ぐに出て行って欲しい」


「国連軍が来て、米国が来て、スーダンは酷くなる一方」


「スーダンの内戦はニュースに出ているほどではない。ほんのごく一部の狭い地域だけだった」


「米国が国連軍が来てから悪くなっていって、それが次第に拡がっていった」


「そのせいで、スーダンの軍隊や警察の多くが出動してしまったせいで、治安維持の空白ができてしまった」

「最初は万引き程度だったものが、次第に破壊略奪、強姦、殺人・・・」

「余計なお節介で全てが滅茶苦茶」

「平和だったあの国を返して欲しい」

「誰も要求していない。余計なお世話。私達の国を誇りを返して欲しい」










現在はスーダンは南スーダンと国が独立分断してしまいました。


米国が介入すると、

その該当国は滅茶苦茶になります。


その国その地域にはその国その地域の歴史、文化、宗教、価値観や制度がある。


米国は介入して、混乱させて、紛争を激化させる。


社会基盤が壊され、

制度が壊され、

人間関係が壊され、

文化や宗教、価値観も次第にアメリカナイズされていく。




軍事力や軍事費は国際連合の国連軍や多国籍軍の形で米国負担の削減をはかり、

目的達成か問題の深刻化で撤退。





私達日本にとっても、

実はこれ他人事ではないのです。


これについてはまた時折に。