不動産法律セミナー(東京法経学院)などで、合格体験や開業について連載させていただきました。2008年、2009年のことです。わたくしのほうから申し出させていただいてやめさせていただきました。あまりに実務経験が乏しかったからです。

 

この連載のおかげで、いろんな場で、お声をかけていただいたり、連載の紹介もしていただきました。いろんなところからも講師の依頼までしていただきましたが、残念ながら体調不良の時で、すべて、お断りせざるをえませんでした。

 

わたくしがいちばん伝えたかったことは、自分の住む地域.人々に、様々な意味・形で、お役に立つという営みが行政書士にも宅建士にも一番ほしいもので、求められているものということだったのでした。資格合格のためには、試験全体を鳥瞰図のように捉えられる、あるいは全体を構造的に理解することがまず求められるということでした。

 

 

 

 

共生社会の実現 こそ、

わたくしのいちばんの夢です。

 

わたくしは、父母が40歳を超えて生まれた子であり、母は6歳の時に亡くなりました。

父は、晩年、7年以上寝たきり生活を妻が支え、認知症が酷くなって老人施設でお世話になりました。そんなころ、わたくし自身も先天性の無呼吸症候群と診断され入院生活を体験しました。

また、その前後に、わたくしの教え子や教え子の縁の方に、病院や老人施設でお会いしました。ドナーの提供者が見つかったとか良いニュースもあるにはありましたが・・・・・・・・。

 

生徒指導主事としての体験、自分の幼少期や少年期の入院などの体験や思いも含めて、誕生から最期までを看取りする様々な形での施設の中で、入所する人々、働く人々が、文字通り、 小さいながら、共生社会を築き上げるようになればと思ったのです。30数年も前のことです。妻の父もわたくしの義母も、老人施設にお世話になりました。

 

それは、あくまでもモデルであって、

願いは、人類だけでなく、地球すべてのの自然、生物の共生社会の実現です。

 

知的な意味で日本は先進国と呼べるだろうか。

知的財産立国、知的資源立国という言葉は踊るが、実態はどうだろう。

消費依存国 投資依存国というのが本当ではないか。

 

日本は、いろんな意味で、先進国とは言えないのが現状と認識すべきではないだろうか。

そうした中で、少子超高齢化の社会の現状から、一歩を進めるべきではないだろうか。

 

消費を進める政策によって、庶民には倹約が迫られているというのが実感です。

そうでないと生活が破綻しかねないのが現状なのです。

 

しかし、そのことには、極めて鈍感です。現実を突き詰められるまで、自分の生活実態がわからない人が多いのです。ローンで破綻した家庭、破綻しかねない家族がどれほどいることか。

 

さて、わたくしは、早期退職したうえに、入院生活が長く、当てにできるのは年金のみ、倹約生活しかありません。FP資格者の選んだのは「節約で生きる」です。

安い労働力を求めて、日本の工場を閉鎖し、海外進出を進めてきた結果が今日の日本です。肯定的に評価ができるでしょうか?

繊維産業のまちであった一宮市も、廃業・閉鎖する工場がほとんどでした。生き残りを賭けて中国などに進出するものもあるにはありましたが・・・。残った繊維工場もあるにはありますが、関連する産業もまた廃業を余儀なくされました。親から受け継いだ孝行息子が心の病などに罹り、離婚といった道を歩んだ例はいくらでもあります。若者は、働き場を求め、町を出ていかざるを得なく、、家族と離れて暮らすことが当たり前となり、町は衰退していきました。

そういう中で、第二次ベビーブーム世代の就職氷河期と重なりました。今では、老人の街と言った姿で、空き家が目立っています。

 

中央大学の父母会の役員の際も、ご相談され、ご紹介され、ご本人とお会いしました..。

一宮市の方では、名古屋の国立の名門大学に進み、前途洋々と信じていた青年の挫折の心情が伝わってきました。親孝行と信じ、跡継ぎの道を選んだばかりのことです。

 

住宅地としての存在を高めようと市の努力はされていますが・・・。

 

 

 

 

40歳も過ぎて、、求めに応えて、雑誌への寄稿、ラジオ放送に出演したことで、相談を受ける機会が増えました。勤務の学校名が知られるからです。

トラックの運転中に聞いてといった偶然の機会での出会いでした。子どものこと、家族のこと、そして、ご自身のお悩みを聞かせていただきました。わたくし自身は無呼吸症候群と診断されたり、子どもの進路などが心配でした。

お互いの身の上話から始まり、本題のお悩みを聞かせていただくのですが、わたくしの悩みもその間に、お話ししておりました。

 

何度かお会いする方もありましたが、家族への思い遣るばかりに生じた悩みと向き合ってみえる方々にお会いできました。いつの間にか、わたくしが相談していたのです、

自分もこうでありたいと思うばかりでした。

そんな思いや忙しさから、その後の寄稿などの求めには、お断りしてしまっていました。

 

 

 

 

病気治療を優先して生活することが基本だと思います。

 

わたくし自身が病弱で少年期から入院経験がありますが、長男は小学校3年から、アレルギー性腎炎を皮切りに、入院生活が始まりました。最初の入院は数か月に亙りました。それでも、部長先生が自ら外出に連れ出してくださるなど長男は楽しいといっていることもありました。

それからは、アレルギーが目などあらゆる部位に広がっていくという感じでした。部長先生や医長先生の支えがあって、大学生になりました。

 

司法試験を目指すということでしたので、第一志望の国立大学を目指すために再度挑戦したいということでしたが、あれこれ相談して現役で入学させました。私自身は、父母会の役員にさせられましたが、入学はしているものの受講登録をしていないことがわかりました。就任の挨拶の前のことです。

 

後期からは受講をはじめ、英語の資格取得などともに司法試験に取り組むようになりました。

そのころからも、お医者さまには相談をしていたのですが・・・・・・・。なかなか最終試験合格には繋がらず、精神的にも負担が大きかったようです。

 

長男が統合失調症と診断されたのは、40歳も過ぎてからです。その間、紆余曲折がありました。進学塾、カード会社のテレホンサービス、警備員などで働きながら、簿記やパソコンなどの資格取得にも努めました。司法書士の資格試験を始めていた時の発症でした。

 

わたくしは,病気治療を最優先に、生活させることを信条に、教育相談を受けてきました。不登校、ひきこもりも、それぞれで、まさに様々、ひとりひとりの個性とも捉えられます。

大事なことは、病児治療を優先したいということです。

 

長男は、大学入試の際は、京都や東京・横浜で教え子のみなさんには、宿泊のホテルに陣中見舞をしていただくなど、御世話をおかけしました。また、その時々、相談に乗っていただきもし、いろんな形でご支援いただきました。

教え子のみなさんをはじめ本当にみなさんのお蔭です。

大家さんにも感謝しております。調布駅の飲み屋さんで大家さんに向かって談じ込んでいる長男の姿は忘れられません。本当に楽しそうでした。アパートを空けて帰郷した後も、いろいろご心配お気遣いをいただきました。

 

自立支援施設にお世話になり、穏やかな一日一日と感じて、生活しているようです。

みなさん、本当にありがとうございます。

 

 

 

 

 

問題を解くのに欠かせない事です。

様々な条件を様々な角度で検討し問題解決を図る学習法です。

そのためには、原理原則という根本の理解を図る必要があります。

 

実は、ゆとり教育には、じっくりと取り組むという、それを目指す唯一の理由がありました。

教育までが後進国になった今、根本から見直す必要を感じます。

答えの道筋を自ら見出す、発見的な学習法が求められていると思うのです。

読書が好きな人は多いですが、じっくりと、その本の支える論理を読もうとしない人が多いうえに、部分部分の面白さだけしかない本の多さに、日本の知的状況の貧しさを感じてしまいます。

 

 

育児休業の権利の享受、誰もが受けることができてこそ・・・・・・・・。

日本列島は、原始、古代から明らかに多民族です。

天皇家も交流がありました。単一民族ではないのです。