入院して若者と触れ合う機会が増えました。
退院したら貧しい人々のために働きたいという若者に出会いました。
わたくしは彼の最期を見届け
彼の夢を引継ぎ行政書士となりました。
その中で逆境を乗り越えた中で
弱者を支える活動に参加しながら学び働く若者達と出会いました。
わたくしの生きる手本でした。
今も
耐え切れず
亡くなる若者がいるかと思うと・・・・・。
今も
路上生活が・・・・・。
入院して若者と触れ合う機会が増えました。
退院したら貧しい人々のために働きたいという若者に出会いました。
わたくしは彼の最期を見届け
彼の夢を引継ぎ行政書士となりました。
その中で逆境を乗り越えた中で
弱者を支える活動に参加しながら学び働く若者達と出会いました。
わたくしの生きる手本でした。
今も
耐え切れず
亡くなる若者がいるかと思うと・・・・・。
今も
路上生活が・・・・・。
CMに公共性を謳うものが増えてきた。
企業の公共性を前面に出すCM。
宝くじやBIGのように社会貢献を当選者までに及ぼすという変化
億の当選金を社会のためにとのCMだ。
わたくしたちの意識もそのように変化してきているのだろうか。
早期退職を決意する以前から
「私利私欲で生きたくないもの」という思いが募ってきていた。
しかし、そこで見聞きするものは私利私欲の世界でした。
そんな世界の中で
いろんな思いで命を失った若者の思いが
一人一人が
わたくしの心を占め
その虚しさ無念さ
耐え切れなくなりました。
このまま定年を迎える気持ちにはなれなくなりました。
一年は説得もされ
思い直して退職願いを取り下げたものの
やはり限界を感じ早期退職しました。
退職後、入退院を繰り返しての後
行政書士事務所を開業するなどして
様々な思いの方々とお会いしました。
私利私欲の世界を生き生きと闊歩する方
私利私欲の世界に疑問を持ち挫折し病院通いをする方
様々な思いの中で様々な問題を抱え悩む方々とお会いしました。
私利私欲の世界を
すこしでも改めなければという思いが
益々募るだけでした。
若者が活かされる社会にという思いは
就職氷河期が始まっ時期から始まっています。
偶々、大企業のトップと接する機会が多くなり
死ぬまで続けようという方が多いのを知りました。
また、そこにお付きの方も、関連会社へ転出してという算段などがあり、
自分の損得だけがありました。
自分の身近な職場や役所も同年代ばかりで若者は希少でした。
そして、そこには、自分の金の計算ばかりがありました。
役所の窓口で忙しく働く人のは派遣の若者といった光景となりました。
後ろであくびをするしているのが正規雇用者でした。
その時から
老害を感じてきました。
今も、社会の隅々までに及んでいると感じているというのはわたくしひ とりでしょうか。
世代交代を進め
若者が生かされる社会にと願います。
それこそが正常な社会ではないでしょうか。
生母が退院した時
母の弾くオルガンに合わせて
讃美歌を歌うことがありました。
姉弟の共有する思い出です。
父の再婚を機にある宗教への信仰が強いられ
夜警当番などの中で
大人の社会現実に触れ
人間の醜さを見つめることになってしまいました。
そんな中、母との時間が思い出され
カトリックや日本基督教団の教会に救いを求めていました。
不思議にもどこの教会でも
その時
その場で
温かく迎え入れてくださったのです。
わたくしは
姉たちと年も離れ
生母 の入院時は
昼食などのお世話をいろんな方にしていただいておりました。
そんな折、「なんでこんなことをわたくしたちがしならんの。」という声が聞こえました。
わたくしは、それから、「生きていてはいけないんだ。」と思いいました。
いろんな方々のおせわにならないため母の入院先で過ごすようにしました。
「生きていてはいけないんだ。」
その思いは今もどこかにあります。
地方政治の中でも
様々な社会の様々な場面で
互いに利用し合う社会の現実をみてきた。
そんな社会の現実に
弾き出された方々のためにとの思いで
意を決して
行政書士に。
しかし、現実は入退院の繰り返しだけだった。
心から
損得で互いに利用し合う社会から
互いに損得抜きで助け合う社会への道を共に歩みたいものと
切に願います。
願いは変わりません。
「金はいらない」
お菓子を手渡し、自転車で立ち去るときに
紙芝居のおじさんのわたくしに対する言葉だった。
引っ越した矢先
わたくしの境遇を聞いて手招いていただいてからの
笑顔いっぱいでの毎回毎回の言葉だった。
毎回、その音声がいつまでも耳に残った。
わたくしは母の入院する病院に毎日通うことになって
紙芝居のおじさんとお別れになってしまった。
わたくしにとって
その言葉を思い出す度に様々な思いが巡った。
母にそのことを話すと恩返しをしなきゃね と言った。
小学生の4年生で聖書を学んだ。
そして、金銭欲を戒める言葉があるのを知った。
「かねはいらない」はわたくしの大切な言葉です。
わたくしの「共生社会」の夢の原点です。
今、問われているのは一人一人の人間性ではないか。
人間性こそが
今 この戦禍の中で
愛国心以上にに求められている。
愛国心が為政者にとって都合のよいものにするためのものであった過去の事実が
今も。
賤しさを排し
気高さを求めたいもの。
戦前も
戦中も
戦後も
最前線で戦う戦士
貧者
弱者が犠牲となってきた。
弱者に支えられ持続した社会
もう二度と・・・・・。
その思いを再び
半藤氏の訃報に接して
戦争体験を忘れてはならない。
戦争の反省を活かさなければならない。
小学生の頃からペンネームを
真理誠としてきた。
子どもの名前は
息子は誠実
娘は真理と名付けている。
真理を求め
誠実に生きる
一歩でも
半歩でも前へ進めただろうか。
人としての矜持を持って生きていきたいもの。