ギャンブル依存症を自覚したボクが書く日記 -7ページ目

独り言

作品を作っていると、
随分と、世間と離れてるなぁ・・と、
気づく瞬間があります。
どんな時かというと、
何が面白いのか・・
何を求めているのか・・
それを考えた途端に指が止まってしまうのです。


社会の中に身を置かずに生きてきた
10年という月日の中で、
いろんなものを置き忘れてきているのを、
そういった瞬間、瞬間に実感します。
斜に構え、内に篭り、けれどどこかで寂しくて、
身の置き所を見つけられないまま、
自らに《不適合者》のレッテルを貼って、
自嘲気味に笑っていた――


昔なら・・
幸せの形ってのは、
それほど多くなかったし、
だからこそ、それに照らし合わせて、
少しだけ幸せの形を変えたりして、
作品を築き上げることができていたように思います。
でも・・
その10年間の《生活》は、
社会の様相も大きく変え、
もしかすると、
致命的な不利を蒙ったのかもしれないと、
そんな思いを抱く瞬間も確かにあるのです。


う~ん・・
ただ単純に、筆が止まるのですよ。
ラブストーリーを作ろうとしているのですよ。
いろんなことに思いを巡らせながら、
一体どんな場所に落ち着くのでしょうか・・


ここを抜ければ・・
《了》まで、一直線なんですけどねぇ・・(はぁ)

穏やかな日々

うん、穏やかだ!


そんなことを毎日のように確認する。
ココロとアタマの中。
そして、ボクを取り巻くすべての事象。


うん、今日も穏やかに1日が過ぎそうだ――


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ロストジェネレーション×ギャンブル依存症

ようやく、ボクたちの世代を括る
言葉ができたらしい。
『団塊世代』
『安保世代』
やら、いろいろある中で、
80年代~90年代に青春時代を過ごした
ボクたちの世代は、何もない世代だった。


『ロストジェネレーション』


そう呼ぶらしい。
ただ、定義づけはとても曖昧かつ側面的なもので、
ニートや非正規雇用という生き方を生んだ世代――
という意味で朝日新聞が名づけたらしい。

まー、この言葉自体はどうでもいいのである。
なるほどね、とも思うし、
ふぅ~ん、と鼻で笑う部分もある。

ただ、少なくとも、
『大いなる価値観の変遷を経験した世代』
という定義づけには共感できるのである。


ある日、自分たちの目の前に敷かれたレールはなくなった。
学歴を求めていた自分たちの価値観は、
その瞬間に崩された。
形作られた消費文化は、
貯蓄文化への移行を余儀なくされ、
与えられることに慣れすぎて、
奪う、作ることを知らずに育ち、
結局、持たざるまま、与えられぬまま、
大人、という言葉にひと括りにされた。
好意的にこの言葉を捉えれば、こんな感じか・・?


で、この『ロストジェネレーション』について
書いてあるブログなんぞを一回りしてきたわけである。
でも、結局、掴みどころがないのである。
雇用問題だけで世代を語ろうとする
その姿勢にもムリがあるとは確かに思うが、
それを真っ直ぐに捉えようとしている
『ロストジェネレーション』が
少なすぎるようにも思えた。
そこに存在する空気は、
『結局、俺たちが何を言っても仕方ないじゃん』
というアキラメの空気だったりする。
うん、その姿勢、とっても共感できるなぁ・・(笑)


けれど、最近、よく考えるのである。
社会ってものを構築し、動かして、後の世代に渡す、
その責を負った人は誰か・・ということを。
官僚?政治家?学者?
違うよ、きっと。
結局、親なんだと思う。


社会のせい、政治のせい・・
そんな考えがとっても多くてね、
その社会やら政治やらを構成している一員という
認識を持っている人ってどれだけいるんだろう。
そんなことを感じた。
その考え自体を否定する気は毛頭ない。
別にいいんだと思う。
決して生きやすい社会とは思ってないし。


でも、それでも日本という国は沈まなくって、
社会は後の世代まで続いていくわけで・・
ボクたちは、好むと好まざるに関わらず、
後の世代に対しての責を、僅かながらでも負っている。
そう考えたほうが健全な気がする。


さて、締めようと思うのだが・・
世代論なんぞを書きたいわけではないのだ。
もっと単純にしたほうがいいのは解っている。
そんなわけで・・


自分たちの子供たちが、
パチスロ屋に嬉々として通う姿を見たいですか?
消費者金融のATMを
緊張しながらくぐる場面に出くわしたいですか?
ギャンブルで息抜きをしなければならない・・
ギャンブルでしか息抜きができない・・
そんな社会の中で生きていかせて平気ですか?
入りやすいサラ金と入りづらいサラ金・・
どちらが社会的に健全なのでしょうか?


すごい極論をすれば・・
借りる人が一人もいなくなれば、
消費者金融は立ち行かなくなるはず。
そう考えたら、
法的手段やらその他諸々・・
悪、なんでしょうかねぇ・・???


あ~あ・・
自分に子供でもいれば、
もっと説得力、あるのかもなぁ・・(笑)


ちょっと社会派なことを書いてみました。


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パチスロその⑥-《アイツ》3-

最近、話の進みが遅い!
引っ張りすぎ!
というお叱りを受けました(笑)
確かにその通りですね・・
とはいえ・・この時期は結構平坦で、
話を進めるのが難しいんだよな~
という、ちょっとした言い訳・・(笑)


■□■□■□■□■□■□■□


繰り返し――。
この時期を一言で括るなら、そういうことだ。
何度も何度も、
同じ過ちをおかし、それでも懲りていない。
なぞるように、同じ場所で足踏みをしていた。


《アイツ》と暮らし始めた。
少しだけほっとした。
ココロがささくれ立っていたことを自覚していた。
僅かばかりでも癒される――
その安堵感は、そういった類のものだ。


ボクは、相も変わらずパチスロ店に入り浸っていた。
ちょうど、ミリオンゴッドが社会問題になり始めていた。
アラジン、金太郎、そして猛獣王・・
ミリゴに手を出していなかったボクは、
それらの機種にどっぷりと浸っていた。


《アイツ》の家で暮らすようになって最初にしたことは、
家の近辺、もしくは電車で数十分圏内で、
優良パチスロ店を探すことだった。
幸いにして(?)、数軒の候補を見つけた。
そして、『仕事』と偽って、朝、《アイツ》と一緒に家を出、
そのままパチスロ店へ直行する。
そんな生活が続く。
当初、ボクを信じてくれていた《アイツ》のココロに、
やがて、小さな疑心の芽が生まれるようになる。
『金がない』
という言葉を吐くことが多くなった。
『ギャンブル、してる?』
という《アイツ》の言葉に、
負けた時に頷くことができない自分がいた。
勝った時だけ、ささやかな贅沢をする。
それでも――
徐々に《アイツ》に金の無心をするようになっていった。


ある日。
ボクは《アイツ》とパチスロを打ちに行った。
《アイツ》は、初めてパチスロを打つ、ということだった。
選んだ機種は当然、アラジン。
すると、ビギナーズラックが当然の如く発揮される。
終日打ち続け、約8千枚のコインを獲得した。
16万円程度の勝ち。


ボクは、大きく、安堵の息を吐いた。
そして家に帰り、《アイツ》にこう言った。
『仕事関係で入金が遅れていて、
手伝ってもらっている人への支払いが滞っている。
ちょっとこの金を貸しておいてくれないか』・・


1日、1日を、ただ、凌ぐためだけの日々が、
再度、始まっていた――


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ボクが考える《実感》というもの

最近、思うことが少々ありまして・・
思うままにちょっと書いてみようかと思いました。


というのも、
《ギャンブル依存症》という言葉が
一人歩きを始め、
結果、《ギャンブル依存症》という言葉に
依っている人が増えているのではないか、
そんなことを感じるのです。


ギャンブルをやめると決意する。
そのために《ギャンブル依存症》という言葉は非常に便利です。
捉え方としては
《ギャンブル依存症》=《病気》
だから。
病気だから治さなきゃ・・
病気じゃ仕方ない・・
だから、ギャンブルをやめよう・・
結果的にやめられればいいことだと思います。


ただね・・
その《病気》って部分をどれだけ実感できているのだろう・・
とも思う瞬間というのが、自分でも確かにあるのです。


特にスロにハマっている人は
最近の状況で、勝つより負けることのほうが圧倒的に多いはず。
負けたからやめたい・・→ギャンブル依存症だからやめなきゃ・・
そんな風な思考回路に陥っている人も
多いのではないかと思いのではないでしょうか?

ボクがこのブログでよく書いている言葉・・
《実感》って、要するに・・
《居場所》ってことなんです。

一人で生きていくことは、現代社会の中では不可能で、
そうすると、人との関わりの中で、
自分の《居場所》を確保しなきゃいけないのです。


そこは、ギャンブル場ですか?
自分がいるべき場所、いたい場所・・
それは本当にギャンブル場ですか?


ギャンブル場にいると、
居場所を得たような気が、確かにします。
誰からも関与されない空間ですし、
自分の力だけで生きられるような気がする。
それでも・・

自分がいたい場所っていうのは、
そこですか?


そこから飛び出して、
人と関わっていき、
受け容れられる実感=《居場所》を
手に入れること。
《ギャンブル依存症》という言葉に依ることなく・・


最近、そんなことを言い聞かせています。


う~ん・・相変わらず観念的な文章になったなぁ・・


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パチスロその⑤-《アイツ》2》-

逃ゲ出シタイヨ。
モウ、イイヨ。
フザケンジャナイ!
ドウシヨウ・・

その頃、ボクのアタマの中は、
そんなネガティブな思いで占められていた。
延々と繰り返されるフレーズ。
その都度、答えの出ない自問自答。
イラつく日々。
まるで、定まっていない・・

繰り返しになるが、
収入は、あった。
常に3~5件のクライアントを抱え、
3日おきとか、5日おきとか、
それくらいの期間でギャラが入ってくる。
片っ端から使う、もしくは返す。
終りの見えない無限の連鎖に、
未来を考えることが失くなった。

何を見ていたのだろう。
先も見えない。
足元も見えていない。
ボクの眼には、その当時、
何が映っていたのだろう――

おそらくは、
何かを見たくて、そして掴みたくて、
《アイツ》と一緒にいたのだと思う。
それは、何度も言っている《実感》というもの。
しかし、それはいつもいつも、スルリと逃げていく。
何かから逃げようと必死に走っているボクが、
掴めるものではない。
きっと、ボクは、
必死で《アイツ》の顔を記憶しようとしていたのだろう。
憶えていられない自分を認識しながら、
忘れてしまうと、自分が消滅しそうな
そんな危うさを感じながら。

《アイツ》の家に初めて行った。
そして、そのままボクは、
自分の部屋に帰ることはなかった。

ひどく、歪んだ形での、
同棲生活が、始まっていた――


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最近、ヘンですな・・

何がヘンって・・
そりゃもう・・
仕事が忙しいのに、
疲れないっ!

あれぇ~???
仕事に対して、やる気があるらしい・・
いけない、いけない。
このままでは、
《仕事依存症》への道
まっしぐらぢゃあ、ないか!

ボク・・次は、
ワーカホリック
ですかぁ・・


パチスロその4-《アイツ》①-

仕事は仕事を呼び、さらにヒトも連れてくる。
それはプラスの連鎖だったのだ、と今は思う。
収入が増えていく中で、
さまざまな出会いがあり・・
もしも、それを普通に維持できていたら、
今、どんな生活をしているのだろう――
そんなことを思うことがある。

《アイツ》に出会ったのは、そんな時だった――

おそらくは、30数年生きてきた中で、
もっとも収入が多かった頃。
そして、それと同時に
浪費額も、もっとも多かった頃だ。
ボクは、1人の女性と出会うことになる。

仕事関係の呑み会。
さまざまな業種のヒトたちが会し、
交流を深める・・というような。
いわゆる同業界の異業種交流会
そんな場所。
ボクと《アイツ》は、そこで初めて顔を合わせた。

その頃のボクは、といえば、
収入は確かに増えていたのに、
日々の暮らしの息苦しさに変わりはなかった。
返済の必要性が真綿のように首を絞めていた頃だ。
それ以上に、実像が見えていなかった。

肥大していく自分像――
いうなら、そういうことだ。
ギャンブルで焼き切れた脳の回路は、
自らの実像を、正しく映し出すことはない。
収入に比例し、自らが思い描く自分像は
どんどん肥大していき、
やがて、生活を直視することなく、
入ってくる金の多寡により、
肥大した自分を形作るようになる。
その頃のボクは、
確かに傲慢だった――

《アイツ》と何度か会ううち、
ボクの仕事を手伝ってもらうことになった。
そして、一緒に呑みに行くようになった。
やがて、ボクと《アイツ》はつき合うようになった。

離婚してから、初めてできた『カノジョ』だった――

つづく


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えぇ~・・!


4時・・ですか・・
やっと仕事終わって、
マンキツからの投稿。
みなさん、
お休みなさ~い!

発送完了です

えーっと・・
とりあえず、今日の時点までに
作品に関しまして、メールなどくださった方への
データ送付は完了いたしました。
届いていな~い!
という方は、ご連絡ください。
ごめんなさい、しまして、
再度送りなおさせていただきます。

会社から帰ったら、こんな時間・・
明日は、間違いなく徹夜です・・
頑張りますかね!