鉛筆で描いた女性騎手の藤田菜七子さん
今日は女性騎手の藤田菜七子さんの28回目の誕生日です。
この絵は2018年に女性騎手としてJRA最多勝利記録を樹立した時の新聞(産経新聞)に載ってのを見て「とっても素朴で可愛い娘だな!」っと思ったので、応援という気持ちをこめて、心を込めて描きました。
競馬は20代のごろに遊びで少しやってました。最初の1年は結構勝ちましたが、2年以後はなかなか勝てなくなっで、やめました。
競馬はもともとそんなに好きではなったが、馬が走ってる姿は好きでした。
自分自身も走るのが好きです、マラソンをやってました。
少し涼しくなったらまた走り始めようと思ってます、マラソンレースにもまた出たいです。
人は生まれた瞬間から死に向かって生きっていきます。
鉛筆で描いたブルース・リー(燃えよドラゴン)
人類は死の恐怖から逃れるために“神”や“仏”を創造し、宗教や宗派を作り、極楽浄土や天国、転生といった概念を作り出した。
死の恐怖のために、人間は宗教に逃げ込み。
宗教や信仰は死の恐怖を逃れるための避難所となっている。
死を意識することは、命を大切にしている証拠だ。
ゴールのないマラソンレースは頑張れないように、ゴール(死)を意識することでより有意義な人生を送れる。
「もし、一年後、一ヶ月後、一週間後に死ぬとしたら」と考えてみよう、きっと一日一日有意義に生きようとするだろう。
「今日一日精一杯生きること」が唯一の解決法だと思う、そうすればその瞬間が訪れでも後悔しないだろう。
水はカップに入ればカップに、ピンに入ればピンに、ティーポットに入ればティーポットになる。
水は流れる事も砕ける事も出来る。
水になれ!友よ。」
鉛筆で描いたブルース・リー
ブルース・リーが映画やインタビューなどでよく使う言葉です。
「上善如水」 上善は水の如し by老子
「上善」とは、理想的な生き方を指す、そういう理想的な生き方をしたいのなら水に学ぶことだ。
水はどんな器にも逆らわず、器なりに形を変える。
水は謙虚で自分を主張する事なく、自然に低いところは流れていく。
さらに、水は静かな流れの中にも巨大なエネルギーを秘めている。
柔軟性、謙虚さ、大きなエネルギーを身につけることが理想的な人間の生き方である。
水になれ!ブルース・リーロストインタビュー
形があるモノは必ず壊れる、
生があるモノには必ず死が訪れる。
これは誰も逆らうことのできない普遍な自然の真理です。
ですが、我々生きている間、あまり意識したことはないと思います、特に若い頃は、ほとんどの人は意識しないと思う。
でも、私には若い頃から死について意識してました。
その理由(わけ)は、
私の両親は中国残留孤児で、私は中国で生まれ、
2歳の時に母を亡くしました。
12歳に母代わりに育ててくれたお爺さん(中国人)が亡くなった。
12年間で私にとって最も大切な人を二人亡くしました、
母が亡くなった時は2歳なので記憶がないが、爺さんの時はあまりのショックで涙もでなかった。
12歳の時(1975年)に父と兄と三人で日本の土を踏んだ。
その時ブルース・リーブームで、中国から来たということで拳法ができると勝手に思い込んで、クラスメートに中国拳法こっごさせられました。
その影響で格闘技が好きになりました。
後にブルース・リーがすでに他界していたことを知りました。これが三つ目の死でした。
そして、最も自分に死について意識したのは「あしたのジョー」でした。
自分も矢吹丈のようにリングで死にたい(実際矢吹丈が死んでいるのかは不明)と思った。
「細く長くよりも太く短い人生を生きたい」と思うようになったのは、成人になるまでに会った4人の死かもしれない。
以前に読んだ本の中に「子供が生まれた時に、子供にペットを買ってあげるといいよ、ペット(犬や猫)は20年も生きられないから、子供が成人する前に(ペットの)『死』を身近に体験することになるので、ひとの痛みがわかる大人に成長できる」というようなことが書いてあった。
ブルース・リーは「死亡遊戯」という映画を作ったのは、死と向き合うことによってどう生きるべきかを問いたかったと思う。
ブルース・リーの映画が世界を席巻した時に、彼はすでに龍となって天に登り、伝説となつて、神になりました。
伝説の男 ブルース・リーを後世に伝えていく。
それが自分の使命だと思ってます。
今日は歌姫・中森明菜の60回目の誕生日です。
中森明菜はわたしにとって忘れることができない恩人です。
というのは、私が鉛筆画を描き始めるキッカケが中森明菜なのだからです。
私は1963年(昭和38年)生まれで、明菜ちゃんより二つ年上の62才。
自分が高校生のときに明菜ちゃんがデビュー(花の82年組)した。もちろん当時から好きでしたが、アイドル全盛期だったので、明菜ちゃんが特別な存在ではなかった、自分にとって。
とういのも、高校では空手、卒業上京してからボクシングと格闘技に夢中でしたので、アイドルに熱中したことはなかった。
高校では機械科でしたが、機械はあまり好きではなかったけど、製図だけ好きでした。
そのせいで、ボクシングジム通っていた時の合間にブルース・リーの絵を描いてた、下手な似顔絵のような感じで。
当時は雑誌ぴあの表紙のようなイラストレーターのなりたいな〜 と思ったことありました。
思っただけで、本気でなろうと思わなかった、体を動かすのが好きな自分に一日中絵を描いてるなんでできるはずがないと思ってた、趣味程度なら大丈夫だけど。
それで25才でボクシングをやめて、マラソンを走るようになってから絵をまったく描かなくなってしまった。
50才の時に明菜ちゃんのCDジャケットの見て、近くにあった画用紙に似顔絵な感じで描きました。
出来が良かったので、ガラケーの携帯で友達二人
に写真を送った、そしたら二人共「特徴よくつかんで、似てる」と褒めてくれた。自分でも二十数年ぶり描いてうまく描けたな〜と思いました。
あの時、明菜ちゃんのCDがなければ自分が鉛筆画を始めることはなかったかもしれない。
歌姫・中森明菜のお陰で趣味が一つ増えて、楽しい老後を送れそうです、本当に感謝してます。
これからは中森明菜とブルース、リーの鉛筆画を中心に描いていきます。
その他にも80年代のアイドルや自分の好きな格闘家や俳優を描いて行こうと思ってます。
ブルース・リー・永遠のカリスマの誕生日
今日11月27日は70年代に世界を席巻したアクション俳優で武術家のブルース・リーの83回目の誕生日、ブルース・リーが亡くなってから今年の7月20日で50年になります。
私が空手やボクシングはブルース・リーと梶原一騎の劇画の影響ですが、鉛筆画を始めたきっかけは20代に描いたブルース・リーですので、ブルース・リーがいなければ自分が鉛筆画を描くことはなかったのかもしれない。
これからもブルース・リーを中心に色々に人物画を描いていきたいと思っています。
昭和38年生まれなので、今年で60歳になります。
これからも自分の納得できる作品を一つでも多く描いて残していきたいと思っています。。












