鉛筆画で世界をつなげよう!!

鉛筆画で世界をつなげよう!!

ブルース・リーと中森明菜を中心に人物を白黒の鉛筆で描いてます、
ときどき犬や猫なども描きます。

中国生まれなので中国語話せます(両親は日本人)。
現在は神奈川県海老名市在住。
鉛筆画以外はマラソンもやってます、コロナあけたら大会に参加したいです。


マリリン・モンロー


セックスシンボルと言えば、まずハリウッド女優のマリリン・モンローを思い浮かびます。

60年代生まれの私はマドンナが一番かな?

でも、元祖セックスシンボルはやはりマリリン・モンローでしようね。


今日8月5日は1962年に亡くなったモンローの64回目の命日。

また、1926年生まれのモンローの生誕100年でもあります。

自分が生まれる前に亡くなってますが、永遠に語り続けたいハリウッド女優の一人です。

絵にしたい女優でもあります。


映画あまり観たことないが、これをきっかけに観てみたいと思ってます。



世紀のスーパースター ブルース・リー


7月20日と11月27日はブルース・リーファンやブルース・リーマニアにとっては忘れられない日です。

私はブルース・リーファンですが、マニアほどではない、それでも自分の親よりもブルース・リーの誕生日や命日を覚えているほどです。


鉛筆画の原点は20代にブルース・リーの落書きの似顔絵でした。


描いた数百枚の半分はブルース・リーです。


ブルース・リーファンやマニアの方には自分の描いた鉛筆画を一枚無料でお分けします!




瀬古利彦と中村清(鉛筆画)


瀬古利彦 1956年7月15日三重県生まれ、今日が70回目の誕生日《ハッピーバースデー》


マラソン15戦10勝の日本史上最強のマラソンランナーです。

福岡国際マラソン((78,79,80,83)

ボストンマラソン(81,87)

ロンドンマラソン(86)

シカゴマラソン(86)

東京マラソン(83)

びわ湖毎日マラソン(88)

が優勝

1980年 モスクワオリンピック代表(日本不参加)

1984年 ロサンゼルスオリンピック(14位)

1988年 ソウルオリンピック(9位)


オリンピックには縁がなかったけど、80年代の瀬古利彦は走ればかならず勝つ、間違いなく世界最強のマラソンランナーでした。

ラスト400mで瀬古さんに勝てるマラソンランナーはいない。


ロサンゼルスオリンピックのマラソンはマラソン中継の最高視聴率です。それだけ国民の期待が高かったでしょう。


中山竹通さんは日本史上最速マラソンランナーなら、瀬古利彦さんは間違いなく日本史上最強のマラソンランナーだも思う。


英雄伝説 瀬古利彦


自分もマラソンをやってますが、走る時のフォームはいつも瀬古さんを手本にしています。

瀬古さんのフォームは日本人の手本です。




ブログの再出発にはやはり歌姫・明菜からでなければならない。


なぜなら、鉛筆画を始めるきっかけ中森明菜だからです。50歳の時に家にあった明菜ちゃんのCDのジャケットの写真を見て思わず描いてしまった、それを二人の友達に送ったら、二人とも「特徴を掴んでよく似てる」と言ってくれたので、本格的に描き始めた。


鉛筆画は誰かについて学んだことはない、すべて自己流です。

これからも描き続けていきます、死ぬまでに一枚でも多く描きたい。

目標は5000枚です、また500枚も行ってないけど…。


リクエストにも応じてます。

人や犬、猫などの動物画に限り一枚は無料で描きます。




エメリヤーエンコ・ヒョードル(露)


今日は

「人類最強の男、60億分の1の男、ロシアン・ラストエンペラー、氷の皇帝」

などと呼ばれた総合格闘家エメリヤーエンコ・ヒョードルの49回目の誕生日です。




「人類最強の男」或いは「地上最強の男」

男なら誰でもこう呼ばれたい、なりたいと思う


エメリヤーエンコ・ヒョードルはかつて「人類最強の男」と呼ばれていたが、2000〜2010年の間は間違いなく人類最強の男でした。


強さだけ出なく、人間としても素晴らしく、決して対戦相手を挑発や侮辱することなく、常に冷静でした。

また戦いに勝利した時も他の選手のような大きく喜ぶことなく、常に相手を思いやる気持ちを持っていることは、態度や行動に表れてます。


ヒョードルは2023に引退しました。



ブルース・リー(ドラゴンへの道) 鉛筆画


老子に《報怨以徳》という言葉がある。

恨みや妬みにこだわらず、常に善意を持って人に接しようという教えです。

孔子の《論語》にも〈徳をもって怨みに報いよ〉もあります。

怨みに怨みで返せば、さらに怨みを呼び、怨みに無限ループになってしまいます。

それを断ち切るのが愛や徳なのです。



以前、物流センターで働いた時にあまり好きではない30代の女性がいた。
どっちかというと嫌いでした、外見も働きぶりも好きではなかったのです、話もしたことはなかった。
 
ところがある時、彼女が私の名前を呼んで声かけきた、びっくりして返事も出来なかった。

その後4回となりで一緒に仕事したが、3回目までは嫌でしたが、彼女の態度変わっていなかったが、私は嫌だった。

4回目の時は私の方は忙しいかったので、その時彼女も忙しいなか一生懸命に手伝ってくれた、本当に嬉しかった。
今まで彼女に対する5%の好きな感情が50パーセントを超えてたな〜。

自分の気持ちを伝えるために、ポケットにあった2個の飴玉をあげた、その時に彼女が「あ〜!」っと声出して喜んでくれた。

その後も彼女は自分の仕事よりも私を手伝うことを優先してくれた、凄く感謝です。

その直ぐあとに事情で会社を辞めることになって、彼女とのことも終わった。

心残りです💔


画用紙に鉛筆で描いた柴田恭兵

柴田恭兵

今日は1951年8月18日生まれの柴田恭兵さんの74回目の誕生日です。


僕は柴田恭兵さんのイメージは「俺たちは天使だ!」や「あぶない刑事」などに見られる軽やかな身のこなしと明るい感じが好きでした。



この絵は鉛筆画を描き始めた頃の物なので、画用紙を使っています、絵もかなり雑誌です。


今は全部ケント紙に描いてます、機会があればケント紙でチャレンジしたいと思います。



鉛筆画ブルース・リー(ドラゴン怒りの鉄拳)


  截拳道とブルース・リー

  

截拳道の“截”には断つ、切る、阻む、止める、治るという意味がある。


截拳道では敵の攻撃をさえぎり、自分の攻撃を当てる武術です。


中国の普通話(標準語)では截拳道をローマ字綴りではChieh Chuan Tao(チェチャンタオ)となる。


ブルース・リーは広東語の発音をアメリカ人にわかりやすくJeet Kune Do(ジークンドー)とスペリンクした。


截拳道を今はほとんどジークンドーと読んでいますが、私が日本に帰ってきた1975年ごろは「せっけんどう」と読んでいました。


截拳道はブルース・リーが十代に学んだ詠春拳をベースに中国拳法、フェンシング、ボクシング、空手、柔道、テコンドー、ムエタイなど世界の武術や格闘技を研究し、截拳道を創造した。


中村頼永氏によるジークンドー実演


しかし、映画でのアクションは截拳道そのものではない、映画で使う高い蹴りや飛び蹴りは実戦ではバランスくずし、自滅してしまう可能性があるから実戦ではなるべく低い蹴りを多用します。


キックや空手など立ち技の格闘技で高い蹴りを使っているのは、掴みや倒れた相手への攻撃は反則になっているから上段(頭部)への蹴りを多用できます。


截拳道はあくまでも実戦を想定した武術です。