水を失っているのか、空気を得ているのか | 公務員 島田正樹 〜仕事と私事と志事と〜

公務員 島田正樹 〜仕事と私事と志事と〜

仕事も家族・友人との私事も楽しみながら、魂を燃やして挑む“志事”で社会を変えていきたい! 地方公務員として働きながら、NPO活動、講演、執筆、ワークショップデザイナーなどに取り組む“公務員ポートフォリオワーカー”として活動しています。

 

 

 

何かを失くすことってありますよね。

 

 

 

鉛筆を失くす。 これは紛失。

 

お金を失くす。 使っちゃうと無くなる。

 

友達を失くす。 人間関係が切れちゃうやつ。

 

機会を失くす。 優先順位の問題も大きい。

 

 

 

 

やっぱり何かを失くすのって、ちょっと嫌だな~って思います。

 

 

 

 

でも、最近ふと感じたんですが、何かを失くすときに、“私”“失くした何か”だけの関係性で言えば、確かに私の手を離れて届かなくなってしまうということだけなのですが、

 

私という“系(システム)”で考えると、

何かを失うということは、何かを得ることと一体なんですよね。

 

 

 

ペットボトルから水を放てば、

水が無くなるのと同時に、

ペットボトルは空気で満たされます。

 

 

 

 

鉛筆を失くした手は、新しい何かを掴む自由を得て

 

お金を失くしたのは、何かを買ったからで

 

友達を失くしたら、その過程から新しい知恵を身に付け

 

機会を失くしたら、別のことの優先順位を高められたわけで。

 

 

 

 

失うということは、手に入れるということ。

 

 

 

 

確かに、失うのは怖いし、悲しい。

 

それはもしかしたら私たちが“失う対象そのもの”に注目しすぎるから、かもしれません。

 

“失う私”という“系(システム)”に注目すれば、代わりに入ってくるものがあるのではないでしょうか。

 

水に代わってペットボトルを満たす空気みたいに。

 

 

 

 

流れ出る水に眼を奪われるのではなく、

外から入ってくる新鮮な風に目を細める。

 

 

 

 

何かを失ったな(失ってるな)と思ったときに、

入ってくる風を感じられる感覚を持っていたいな、

 

風が入ってくるまで少し時間がかかるとしても

広がったオープンスペースをニヤニヤと眺められる

そんな気持ちを持てたら、いいですよね。

 

 

 

 

職場が近くなったので、最近よく出没しているさいたま新都心。

この写真はさいたま新都心の北側にかかる「ほこすぎ橋」という橋から撮影しました。

 

昼と夜もペットボトルの水と空気みたいですね。

 



 

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