シリウスなムーヴメント -22ページ目

お買い物

「新しく入ったバイトだ、まぁ適当に教えてやってくれ」
今日出勤のスタッフにシゲが声をかけた。
その中にティルもいる。

「坂崎です。よろしくお願いします」
坂崎はスタッフに向かい一礼したが、頭を上げたその瞬間からある人間を見つめて動かなくなった。
その視線の先はティル。

シゲが「どうしたんだ」と声をかけるが聞こえてないらしい。
更にデカイ声で言う。
「おい、坂崎っ」

シゲの言葉は無視し、坂崎はティルめがけてまっすぐに歩いていく。
そして‥ティルの目の前に立つとおもむろに片膝を地につけた状態で伏せる。

「あんまり綺麗な方なので魅とれてしまいました。坂崎と申します。」
すぐ近くにあった花瓶から花を一輪抜き取り、ティルの胸元にさす。
「花は美しい人の側を喜ぶんです。」

突然、目の前で奇妙な態度をとられ ティルは首をかしげて、シゲさんの方をちらっと見る。

冷ややかな視線に気づくことなくシゲは
「お前なぁ‥(ため息) さ、みんな仕事にかかってくれ。坂崎っお前もだっ」

新しいバイト、坂崎の紹介とその日の連絡事項を聞いたあと

一ヶ月ほど前からしげさんに頼まれていた、店の外のクリスマス飾りをやるのは

今日しかないと判断したティルは分厚いダウンを羽織って身支度を整えた。

「シゲさん、ちょっと店の外の飾りを買いにホームセンターまでいってきまぁす。」
「おっ 頼むわ 気ィつけて行くんだぞ 車とばし過ぎるな」
「ふわ~~~い」
二言目には気をつけろと親父みたいなことを言うシゲさんに背をむけて

はいはい(┬┬_┬┬)と言わんばかりにひらひらと後ろ向きで手を振って出口へ向かっていった。


「あ、ちょっと待て‥‥坂崎ー 坂崎こっち来い」

ベースアンプを移動させていた坂崎を呼び寄せた。
「今からあいつが買い物行くからさ、お前荷物持ち行け」
「荷物持ち?全然OK~~~ラジャー(^^ゞ」

隣にある駐車場へ行くと、ティルが調度運転席へ乗り込むところだった。

窓ガラスをコンコンと叩くと「何?この忙しいのに」とティルは少し迷惑そうな顔をのぞかせた。
「シゲっちが俺に荷物持ちでついて行けってさ」
「あーそう‥じゃ乗って」
「おっ邪魔~‥ところでどこ行くんすか?」
「ホームセンター。店の前のクリスマス用の飾りをね・・・あと今月イベントもあるからそれも見なきゃ」
「イベント?」
「観たことある?イーストのイベントってちょっと有名だけど・・・
 あ、クリスマスは彼女で忙しいか・・・(笑)」

「彼女と呼べるよーな女じゃないっすけどね それよりさ、でっかいんすか?そのイベントとやらは」
「うん、20組くらい出るからかなりでかいね。サプライズゲストも呼ぶから結構もりあがる。」
「ふぅん‥でMOVEも出るんです?」
「もちろん! ・・・アンタ私がMOVEって知ってるの?」
「シゲっちから聞いたんですけどね」
「アンタってバンドマンだったりする?」

「あ、はい 一応今はその端くれですけど」

「どーりで・・・(笑」


さっきまでのクールな顔とはうってかわってやたらニコやかなティルに坂崎は少し戸惑った。
「ギター・・・じゃない?」
「違いますよ」
「そうなの?なんかギターって感じがしたんだけどなぁ」
「鋭いっすねぇ(笑」
「なんだ‥やっぱりそーなんじゃない」
「ギターに詳しいんですか?テルちゃん」
「ん~~いちお 彼氏はギタリスト。 私もギターの音 大好きよ」

(彼氏いるんかよ‥ムカつくかも)

ティルに一目惚れをした坂崎は内心ムッとした。

「あ もうじき着くけどぉ‥駐車場開いてると思う?」
「そんなん行ってみりゃわかるっしょ」

(なんか小生意気なガキ・・ こいつ‥)


本当にバイトにはろくな奴がこない

次こそは私も面接させてほしいとティルは心から思った。



駐車場に着くと見事に満車。

土曜日とあって家族で来ている客も少なくない。

ティルの車の後ろには既に何台も並んでいる。

一車線だけに帰るに帰れなくなっていた。

「もぉ~~私忙しいのよっ!こんなところで待ってる暇なんてないのっ!ないのに‥‥あぁーー‥」

二回目のため息をついた時、ふいに一台の車がエンジンをかけだした。

と同時に助手席に乗っていた坂崎は車から降りるとおもむろに、その車目掛けて走って行った。
何やら運転手と話している 。

1~2分もするとその車は出て行き かわりに坂崎がそこのスペースの中に立ってティルの車に向かって

手招きをしている。


状況を一瞬で理解できずに車にひとり残されたティルは目を白黒させたが

手招きしてるところを見ると 誘導してくれてるのだろう。


(ちょっとー 恥ずかしいからそんなことやんないでよっ)


誰か知ってる人はいないか周りを見回したが、坂崎の手招きが大きくなったので慌ててアクセルを踏んだ。


坂崎がショッピングカートを押して二人並んで店内に入る 。

駐車場以上に店内は人でごった返していた。
いつもは恋人の恭介が隣にいて並んで歩く。

時には肩を抱かれ、大人の男を演じてくれてる恭介に慣れているティルは 店内に入ったとたん

♪クリスマス ♪クリスマスと浮かれている子供丸出しな坂崎に足取りも遅くなる。

「ん?お疲れですか?」

「アンタにね」

「俺ぇ? 全然元気っすよ俺 飾り買うんですよね? どれにします?俺さぁ‥あれ 見えます?奥の上に飾ってあるやつ」

「あ?どれよ わかんない」
「しょうがねーなぁ‥」

と言うと ティルと手を繋いでその場所へと移動する。

カートを先頭に広くない間を一列になって歩いて行く。

(何で 手なんか繋いで‥離しなさいよ‥私 アンタの彼女じゃないんだからねっ)

そんなティルの心の叫びなんて全く知るはずもない坂崎。

この男、普段から人の目というものを全然気にしないタイプなんだろう。


人ごみと、そんな調子で1時間以上振り回されたティル。

おまけに無駄に暑くなった店内とで帰る頃には少々?くたびれていた。
「あ ちょっとここで座って待っててもらっていいっすか? 5分24秒くらい」

「早くしてよ?」

「サンキュー」
小走りで外へ行ったかと思うと3分程で戻ってきた 手にアイスクリームを持って
「暑くないです?(笑) はい どーぞ キャラメルプリンが旨そうだったから 勝手にこれにしちゃいましたけど」

とティルにアイスクリームを渡す。
「わぁ~食べる食べるぅ アンタは?」

「俺?テルちゃんが喜んでくれたらそれでいいです(笑) じゃ そろそろ行きますか?」
「え‥だって今これ食べたばっか‥」

「いーのいーの ほら行くぜ」

「あ はい‥」


駐車場に入るのも一苦労だったが、出るのもかなりの待力を必要としそうなくらい車は出口に向かって、

止まったりのろのろ動いていた。
たくさんの荷物を車の中という中にに積み込むと助手席側を開けティルに座るよう促した。
「私がここ座ったら誰が運転すんの」

「アイス喰い終わったら代わって下さい ここ出る頃には代われませんか?笑」
「アンタ無免許でしょーっ あ アイス垂れる‥」
「いいから乗れよ」

いきなり『乗れ』と命令口調で言われ、ティルは正直ドキっとした。


素直にいうとおりにしてしまった自分にも驚いた。

「‥‥ちゃんと後で代わるからねっ」

「お願いします(^^)」

キャラメルプリンの甘さが口いっぱいに広がった。なぜかほっとできる甘さだった。














雨音


ティルは今夜もまた眠れない夜を過ごしていた。

ベッドから抜け出し 真っ暗な部屋にリラックスのためのアロマなろうそくを灯す。

窓の外にはまんまるい月が優しく包み込んでくれてるようで、すべてを吐き出してしまいたくなるが

何を吐き出したいのかわからない彼女は 深いため息をつく。

医者から処方された睡眠剤は一錠また一錠と増え、今ではもう気休めにもならない。

お酒の力を借りて意識がなくなれば何も考えずに眠れるんだろうが、眠ることを意識するせいか

そんな時は呑んでも呑んでも酔うことすらできない。


一人の部屋は寂しすぎる。

もともと、人のペースに合わせることも 人にペースを乱されることも嫌いなため

一人でいるほうが楽なくせに、一人ぼっちの夜は苦手だ。

1LDKの部屋にはあちこちにモノが散乱し、到底女の子らしい部屋とは言いがたい。

テーブルの上にはさっきまで呑んでいたビールの缶が転がり、

いたるところに服や、靴の箱、メイク道具がところ狭しとひしめき合っている。

どうやら片付けは苦手らしい。

そのせいか、出かける前はいつも何かしらバタバタと探しモノをしているが

寂しがりやの彼女には がらんと片付いた部屋よりも多少目にうるさいくらいでちょうどいいのかもしれない。



バンドマンの恋人は朝から晩まで音楽のことで忙しい。

彼女自身もまたバンドマンで音楽をこよなく愛する者として音楽を敵にはしたくない。

何より「音楽と私 どっちが大事なの!!」なんていう

バカな女にだけは死んでもなりさがりたくないという意地がある。

人に甘えることを知らないままできたせいか 気づいたら強い女でいなくてはならなくなっていた。

恋人にも『寂しい』の一言が言えない彼女は 愛しい人の腕の中ですら

ぐっすり眠ることができないでいた。



「今夜のライブは最悪だった・・・」

恋人のバンドのファンの女の子が一番前を陣取ってライブの間中 突っ立ったままステージの上の自分をにらんでいた。

メンバーや ファンの子たちに迷惑をかけるわけにはいかない。

何よりファン同士のいさかいを起させるわけにはいかないのだ。

そのことばかりに気をとられ、どうしても歌に集中しきれず気持ちよくステージを終えることができなかった。

(まだまだだなぁ・・・)

声にならないつぶやきを飲み込むと 心臓がチクリと痛んだ。

泣きたいほどココロが痛いのに 泣き方すら忘れてしまったようだ。


ふとカーテンの隙間から窓の外をのぞくと いつの間にか雨が降りだしていたようだ。

雨の音に少し張り詰めていた気がゆるんだ気がした。


(今なら眠れるかもしれない・・・)

そう思った彼女は肩にかけてあった上着をするりと落とすと

そのままベッドにもぐりこんだ。

まだかすかにぬくもりの残っている柔らかな毛布にその冷えた身体をあずけ、

猫のように丸まって 自分自身を抱きしめる。


やっとのことで彼女が睡魔に包まれたのは 明け方の4時を少しすぎたころだった。








BLACK MEDIA

土曜日の夕方になるとイーストのまわりには過激なファッションに身を包んだ男の子たちでいっぱいになる。

毎週土曜6時からはイーストで一番人気のバンドの持ち枠であり、どのバンドも皆ここを目指して

イーストのオ-ディションを受けにやってくる。


『BLACK MEDIA(ブラックメディア)』は4人の男たちで構成されているヘヴィメタルバンドだ。

半年ほど前から急激に伸びを見せ、今ではイースト観客動員数NO1バンドに成長した。

圧倒的に高校生男子のファンが多く、メンバーを真似た髪形やファッションで競いあっている。

人気を二分するのが、ヴォーカルギターの恭介と、ギターのヒロで

ふたりとも長身だが クールが魅力の恭介と真逆なヒロは甘いマスクで女の子のハートをつかんで離さない。

スキンヘッドで強面なエルはベースを担当。

ブラックメディアのリーダーで何かと皆に頼りにされている。

24歳の3人の中に若干19歳のドラマー、RUIはブラックメディアに入ってまだ1年にも満たないが

3人から絶大な信頼を得ている。


今日も大盛況のまま、8時にはライブも終わり、興奮冷めやらぬ中メンバーは個々に機材を片付け

それぞれがテンション高いままここで解散となる。

といっても大抵恭介をのぞく3人は打ち上げという名目でこのまま行きつけの飲み屋へと消えていく。

恭介はそのままイーストに残り、ティルの仕事が終わるのを待つ。

スタッフルームの椅子に深く身体を沈め、煙草をくわえたままの姿は眠っているかのようにも見える。

同じ部屋でティルはたいして慌てる様子もなく、最後の業務に追われていた。

週二回ギターを教えにイーストに通っている恭介はティルとここで顔を合わすくらいで

恋人同士といえどもわざわざデートをすることはめったにない。


恭介がイーストでのライブの日だけはそのまま朝まで一緒に過ごすのがふたりのスタイルになっている。


「おまたせ。いこっか」

ティルが下から恭介の顔を覗き込むと

「やっと終わったか」

つぶっていた目をゆっくり開けて組んでいた足を解き立ち上がると、椅子にひっかけてあった

皮のジャケットに手を伸ばす。

そのままジャケットには手を通さず肩にかるくひっかけると、片手でティルlを引き寄せ

イーストを後にした。