シリウスなムーヴメント -20ページ目

決意

あの日以来ティルは歌わなくなった。

男だけならまだしもバンドがなくなってしまったことは絶望感の塊りでしかない。

あのあとメンバーや圭からひっきりなしに電話やメールが入った。


メンバーとは何度か話し合った 亜美抜きで。

皆、亜美を応援したい、同じ意見だった。

「他のドラムを探そうよ」そういってくれたメンバーもいたが、

もうここでは歌えない、ティルのキモチは変わらなかった。


圭とはもうあれ以来話してない。

毎日何もせず抜け殻のような毎日を送っていたティルの元に、久しぶりにシゲが遊びに来た。

「おぉーーー姫 女になったなぁーーー」

「夏にきたじゃん・・・」

「なーにしけたツラしたんだよぉ」

あまりに生気の抜けた顔をしているティルにシゲは

「気分転換しねーか?」とティルを誘い出した。

一泊分の支度をするように言われ、素直に着替えだけを小さなバッグに詰め込んだ。

シゲの車に乗り込むと車中ではプロじゃないなとすぐにわかるような音が

がちゃがちゃと鳴っていた。

「これ、シゲさんが作ったの?」

「おう うちのライブハウスに出てるやつら まだ完成された音じゃあないけど

 みんな必死なんだよ。みつけてやりてーの、埋もれてるやつらをさ」

「ふぅ~ん」

窓の外の景色が流れていきながら富士山がだんだん遠のいていくのを

だたぼーっとながめていた。

その景色となんだかよくわからないガチャガチャ音が妙に心地よかった。

そのときやっとティルは父がシゲさんを呼んだのだと気づいた。

シゲのライブハウスに行くのは初めてだった。

夕方前にライブハウスの駐車場に着くと もうすでにライブハウスの外は沢山の人だかり・・・

「・・・すご」

あっけにとられてるティルを見てシゲは鼻で笑った。

「ほらほら・・・田舎もん丸出しだぜ」

ぷくーっと頬をふくらまして口を尖らせているティルにさっさと降りるよう促し

ハウスの裏口に誘導した。

シルバーの軽そうな扉を開けるとバンド独特のなつかしい匂いに眩暈さえ覚えた。

たった2ヶ月離れてただけなのになんて懐かしい空気・・・

楽器のチューニングの音がバラバラと聞こえてくる。

キーーーンという嫌な音すら今は心地いい。

ぼーっと立ちすくんでいると もう先に行ってしまっていたシゲに

先の部屋から呼ばれ 慌てて小走った。

スタッフルームと書いたプレートのかかった部屋には綺麗な女の人がパソコンをいじっていた。

その女性に親しげに声をかけたシゲはティルをそこへ手招きした。

「こいつ、俺の娘(笑) 今日一日コキつかっていーから」

「えー?」

ティルはしげさんを軽くにらむと

「娘じゃあないです」とその女性を見た。

「矢沢です。よろしくね」

にっこり微笑んだその女性はすごく大人な感じがして

ショートヘアなのに顔にかかる長い前髪が綺麗に栗色にカラーリングされていて

なんだか見とれてしまった。

矢沢と名乗ったその女性はフロアが見渡せるカウンターにハーブティを用意してくれた。

「キモチが落ち着くからどうぞ」

その優しい笑顔に緊張もほぐれてきた。

フロアにはこれからライブをするバンドだろうか

それぞれが個々にチューニングをしている。

シゲもいつになく真剣な顔で音響の機材の前で音のチェックをしている。


(ちゃんとシゲさん仕事してんじゃん )

あのヴォーカルは自分と同じくらいの歳だろうか?

あの場所からずいぶん遠ざかってる自分が悲しくなった。

メンバー同士で耳打ちする、

楽譜を手にうなづくふたり、

ときには手を叩いて笑い合い・・・・

ドラムのカウントで曲がはじまった が、すぐに流される。

メンバーが近寄って話し合い・・・・

間違いなく自分もあの空気の中にいたのだ。

「うたいたい・・・」

鼻の奥がつーんとして自然と涙がこぼれた。

唇をかみ締め、気づかれないように涙をぬぐう。

歌いたい 私だって歌っていたい。


ようやく言葉に出来た。ようやく素直になれた。






次の日の帰りの車の中、ティルはシゲに頼んだ。

「私、卒業したらここに来たい。私をイーストで使ってください。」

「そういうと思ったよ。こき使ってやるからな」

まっすぐ前を見据えたままシゲはうなづいた。


その横顔には安堵感がみえた。
















 

裏切り

「ちょっと話があるんだ」

そう呼ばれたのはクリスマスイブを目前に控えた夜の路上ライブの後・・・

かじかんだ手に息を吹きかけながらマイクを片付けていると背後から聞き慣れた声がした。

圭だ。

圭はティルよりひとつ上で、バイト先で知り合い半年ほど前から付き合い始めた。

圭から告白して付き合い始めたが、圭の底抜けに明るい性格と、くったくのない笑顔にティルも惹かれていった。手を止めて後ろを振り返ると メンバーの亜美も一緒だった。

一瞬冷たい木枯らしが二人の間を吹きぬけた そんな気がした。


「おまたせしました。」

テーブルにホットコーヒーとホットミルクが並べられ、その迎えに紅茶が運ばれてきた。

寒い木枯らしの中から来た人たちにはカップからあふれ出る湯気にほっと出来る瞬間だろう。

が、そこだけは相変わらず冷たい空気が漂っていた。

誰もカップには手をつけぬまま、最初に口をひらいたのは亜美だった。

「・・・・私さ 妊娠した・・・んだ」

今にも消え入りそうな弱々しい声でつぶやいた。

「・・・・・え?」

うつむき加減で腕を組んでいたティルは思ってもみない言葉に 驚きを隠せず顔を上げた。

「・・・・・なんて言ったの?今・・・」

今にも泣き出しそうな亜美を見る。

「・・・子供が出来たんだ 俺の子なんだ。」

亜美を守るように圭が横から口を挟んだ。

さらに驚いて今度は圭を見る。

圭の顔にあのいつもの笑顔はない。

3日前に抱かれたときの愛してるの言葉がティルの耳にはまだ温かく残っていた。

ざわついたまわりの音の一切がティルの耳には届かなくなり、静止画像の中に取り残されたようだった。

「がっしゃーーーーん」

そのとき空を切り裂くような音があたりに響いた。

隣のテーブルの子供がグラスを落としてしまったらしい。

「すみません・・・」

母親らしき人が申し訳なさそうに割れたグラスを片付け始めると

ウェートレスも慌ててかけより手早く対処した。

その音で我に返ったティルはあらためて亜美をまっすぐに見据えた。

「・・・で、バンドはどーすんの?」

「みんなには申し訳ないんだけど・・・子供産みたいの・・・

 だから東京にはいけない・・・」

「そう・・・だったらメンバーにも話さないと・・・」

「もうみんなは知ってるの・・・」

目の前が真っ白になった。

(知らないのは私だけだなんて・・・・)

ティルの顔は怒りで紅潮し、みるみるうちに目つきが険しくなった。

今にも目の前の紅茶を投げつけそうな感情を抑えるために

大きくひとつため息をつくと

「・・・・わったよ」

それだけ残してその場を去った。


寒さが肌に突き刺さるような空間に飛び出したティルだが、怒りで寒さなど感じることもなかった。

圭のことはこの際どうでもいい。

亜美の裏切り、私一人が知らなかった事実・・・


悔しくて

悔しくて

悔しくて・・・・・・・

街はイルミネーションで彩られ、どこからともなく聞こえてくるジングルベル

サンタの格好をした売り子から差し出された風船を受け取ることもせず

一刻も早く消えてしまいたい気持ちでバスに飛び乗り 家路を急いだ。

気がつくと窓の外には静かに雪が舞い降りていた。

MOVE

「姫 オマエさんちょっとお見合いしてみないか?」

残業中のティルにシゲが声をかけてきた。

一瞬なんのことかわからず、きょとんとしているティルにシゲは大きな声で豪快に笑った。

「オマエさん、バンドやりたいんだろ?」

この人にはすべてを見透かされてるようで抵抗することなく素直にうなづくしかなかった。

「ちょうどな、ヴォーカルさがしてる奴らがいるんだよ。たぶんな姫と合う。」

シゲはティルの父親の古い友人だ。

若い頃、一緒にバンドをやっていて、ギターの父とベースのシゲ

ティルは小さい頃よく父とシゲがプレイする姿を目にしていた。

不慮の事故によりヴォーカルを亡くし、バンドが解散するまでは。

父は母の地元に戻り、音楽関係の仕事に就き、シゲはイーストを創った。

ティルが音楽をしたいと上京を望んだとき、父はそんなシゲに娘を託したのだ。

シゲもまたティルを娘のように想い、何かと目にかけている。

小さい頃からよく懐いていただけあってティルのことも熟知しているかのようだ。

晴れた日には富士山がよく見える場所でティルは成長した。

高校に入ってすぐにティルはバンドを組んだ。

歌うことが大好きで 多いときで4つのバンドを掛け持ちした。

学校にいる時も、休み時間は大抵音楽室にいたし、

学校が終わると必ずどこかのバンド練習に参加していた。

ずっと歌っていたいと想った。

ずっとこのままでいたいと願った。

高校も3年にさしかかると、皆進路のことを考え始める。

友達同士の普段の会話にもそんな話が出るようになった。

その頃ティルはライブハウスで知り合った他学校の女の子たちと組んだバンドが軌道に乗り、

地元ではそこそ知れた存在になっていた。

メンバーとは朝昼夜関係なくいろんな話をした。

音楽のことはもちろん 学校のこと、腹の立つ先生のこと、バイト先でのこと、恋愛のこと

なんでもないことでお腹がよじれるほど大笑いできた。

特にドラムの亜美とは幼なじみで家も近く、バイト先も同じで一番一緒にいる時間が長かった。

卒業後はこのまま東京に行こうとメンバー全員で盛り上がった。

この狭い場所から抜け出したい、初めてそう思えた。

あの夜までは・・・・