シリウスなムーヴメント -19ページ目

お誘い

土曜日 午後3時過ぎ
イーストでの仕事も一段落する時間
だいたいこの前後で休憩らしきものをもらう。

どうやら今日もそうらしい。
「坂崎 休憩していーぞ」
「ラジャー」

昼飯は後回しにして ティルがいるであろうスタッフルームへといそいそと足を向ける。
ドアを開けるとティルはデスクに向かって仕事中だった。

「あ いたいた」
坂崎はどこかからキャスター付きの椅子を持ってきてティルの向かい側に背もたれを前にして座った。
「なんか用?」
忙しいのか、坂崎の顔も見ずに答える。

「用があったから来たんだけどねぇ 用なくてもテルちゃんに会いに来るけど」
実際坂崎は用事もなしにちょくちょく会いに行ったりしている 。
その度にティルから追い出されている始末。

「あのさぁ 25日ってここ休みじゃん?」
「だねぇ」
「俺ら サンパークで夕方からイベント出るんすよ 俺らが出る時間は夜8時過ぎになるけどさ テルちゃん見にこねぇ?」

やっとティルは頭を上げ坂崎の顔を見た。
「25日ってクリスマスでしょ?」
「そーっすけど?」
「その日 彼氏さんライブなの 見に行くことになってるから 残念ね」
「やーっぱ彼氏さんかよぉ ち‥」
「そりゃそーでしょ それに私 テルじゃなくてティルなの」
「テルちゃんのほーが可愛いけど」
「ティルですぅ」
「なぁ 来ない?」

ティルはまたうつむいて仕事を始めた。
「だから言ってるでしょ 用事があるの って」
「そっか‥お前 今幸せ?」
「は?」

いきなり質問を変えられ坂崎を見る 。
「幸せ?って聞いたんだけど?」
「幸せですね」
「そりゃよかった 好きな男の腕ん中にいるのがいちばんだーなぁ 安心して寝れるよなぁ」

仕事をしていた手が止まる。
一瞬思い出した。

眠れない日が続いていることを
恭介の腕に抱かれても眠れない夜のことを

それを見透かされてる様で隠す様に冷たく言う。

「アンタ何言ってんの?」
「いや 別に いつでもその腕 貸してやるぜ?って」
そう言うとメモ用紙に携帯番号を書いてティルの前に差し出した。

「何?これ」
「俺のケータイ 腕貸して欲しくなったらかけてこいよ」
「間に合ってますから」

その時ドアが開いた。
ドアの向こうからやってきたのはティルの彼氏 恭介だった。
「おっと 彼氏さんのお出ましか 邪魔者はこのへんで」
椅子をそのままにして出ていこうとする。
中へ入ってきた恭介とすれ違う時に恭介に声をかけた。

「テルちゃん アンタといると幸せなんだってさ 大事にしてやんな 大事にしねーと俺がもらうよ この女」
それだけ言うとスタッフルームから出て行った。

と同時に向こうからシゲの声

「坂崎ー このギター頼むぞ」
「俺まだ飯喰ってねーし 休憩中じゃん 休憩って言ったのシゲっちだし」

ぶつぶつ言いながらも頼まれたギターを相手に軽快にチューニングをしつつシリウスの曲を仕上げていく。

一方ティルは 恭介が「なんだあいつ」とドアの方を向いている内に

見られては困るものを隠す様にして坂崎からの携帯番号が書かれたメモを

そっとポケットにしまいこんだ。
そして、ティルの耳には「お前 今 幸せ?」と聞いてきた坂崎の声がいつまでも残っていた。



シリウス

24時間営業のファミレス


4人は一番奥の席に陣とっている。

慌てもせず坂崎はその4人に近づいていった。
その途中ウェイトレスに

「俺オーダーいらねーから」と一言添えた。

「どうしたん?」
坂崎が誰にとでもなく聞いた。

バンドの練習のため、いつもの様にいつもの時間に行こうとギターをかついだ時に

坂崎のポケットの中の携帯が鳴った。
「隣のファミレスに来ればいいから」
とだけ恢斗から伝えられ素直に言葉通りにやってきた。

「時間を一時間ミスったんだよ おかげでこのざまじゃん」
「だぁから謝ってんだろう」
「ガキだって時計くらい読めるぜ」
「まぁこーいうこともあるさ 気にすんなって」
「お前ちゃんと確認しろよなぁ」
「おめーが あーだこーだうるせーから間違えたんだろ」
「そうやってすーぐ人のせいにすっかなぁ」
「しゃーねーだろ ここで一時間待つ」
「ほらほら 啓の言うとーりだって」


練習が終わったあと、次の予約を入れるのは暗黙の了解で柾也の役目になっている。
どうやら前回練習を終えた後、次回のスタジオ使用予約時間を柾也が一時間間違えたらしい。

「でさぁ あの曲どーする?」
隣に座っている恢のジュースを取って飲みながら坂崎が恢斗に聞いた。
恢も自分のジュースを飲まれたからといって別に文句を言うわけでもなく、全く気にもとめていない。

「どうってお前が言い出したんだろ」
「なんかもっとこうさぁ‥」
「こうって なんだよ」
「だからさぁ‥まぁ後で弾くから 多分前よりよくなってるから」
「多分?」
「いや 完璧」
「じゃいい 聴いてやる」
「ち‥えらそーに」
「お前と組んでると性格よくなってくわ」
「嬉しいくせに」
「竜二お前、エックスのMCあれから変えたんだろ」

来て早々漫画の本に没頭し始めた竜二は坂崎の問いかけには気づかない。
「・・・無視かよ」

吐き捨てるようにつぶやくと恢斗のジュースを飲み干した。

あと2週間たらずで訪れるクリスマス

シリウスは月に一度サンパークという広場でライブを行っている。
ライブといっても昼間
シリウスオンリーでもなく いくつかのバンドが次から次へ という対バン形式である。
25日クリスマスだけは昼間は子供様にイベントがあり 夕方5時頃からバンドのイベントがある。
だいたい30分くらいがひとバンドに与えられ いかにその時間の中で自分達をアピールできるか
特にクリスマスとあってどのバンドも思考を懲らしてくる。
もちろんシリウスもいつも通りになんか演るわけがない 坂崎が許すわけがない。

それに坂崎にはもうひとつ このイベントに誘いたい女がいた。




MOVE誕生

ギターが唸る…
おもっくるしいその音を奏でるのは
宮城健二(みやしろ けんじ)20歳。
なかなかの頑固者だがMOVEをひっぱっていくのはこのリーダーしかいない。
皆がすっかり頼りきっている。
そこにどっしりとしたリズムを絡めていくのがベースの森下周(もりした しゅう)18歳。
MOVEの中で最年少で わがままに関してはティル女王様並なのが
リーダー健二の頭の痛いところである。
アイドル並のイケメンで女の子の黄色い声援は断トツで多い。
安定したドラムさばきをみせるのは穂波 学(ほなみ がく)19歳。
MOVEのムードメーカーで誰よりもその日のMOVEを見てるのは彼である。
健二とティルの喧嘩が始まると
それをなだめすかし丸く収めるのも心得たものだ。
ここに女王様ティルが入り、4人でMOVEとなる。
一年ほど前、ヴォーカルを探していた健二たちと
歌う場所を探していたティルを引き合わせたのはシゲだ。
静岡から上京したティルは、イーストで働きながら
あちこちのバンドで歌いながらもまだ自分の居場所を見つけられずにいた。
自分のバンドを持つのはどこかまだ怖いという気持ちもあるのだろう。
なんだかんだと理由をつけてはそこから逃げてるティルをシゲはわかっていた。
ほんの少しだけ背中を押してやれば はばたける…
ちょっとしたきっかけだけなのだということもシゲにはわかっていた。
初めにティルの歌声にホレたのは健二だった。
しかし女の後ろで演りたくないという
周のこだわりはなかなか消えなかった。
3人で何度も話し合い ティルの唄を聴きに通い
最終的には健二よりも周の方が口説く気満々になっていた。
シゲの力を借りてMOVEは誕生した。
シゲの健二に対する信頼度は絶対的で
だからこそ ティル自身ももう一度人を信じる気にもなったのだろう。
あまり近づきすぎない関係もティルにとっては心地いい。
この先いけるとこまでいってみよう…
この3人なら私を 私の行きたい場所へ連れていってくれそうだ。
ティルの中に無くしたものが戻ってきた。
ティルが上京して半年…一年前の秋のことである。