シリウスなムーヴメント -24ページ目

募集みーっけた

「遅っせーなぁ ‥寒すぎこれ‥」

天気予報通り、昨日から急に気温が下がり、今日この夕方ともなると 寒い と言わずにはいられない。
時折肌をさす様な風が通り抜けると
誰もが寒いを連呼する。
男はダウンに見立てたジャケットのポケットに両手をつっこんでずっと道路の向こうを眺めてる。
多分あっちの方から奴はからやって来るだろう。

5時半開場 6時開演のライブ。

本日のバンドは男4人で構成されている。
曲のジャンルも様々で何にでも対応するタイプで
特に決まってはいないようだ。
サラリーマンの親父にはきっとうるさく聴こえるだろう音も
若者達には心地いい。
うるさくなければ音楽じゃない、
そう叫んでいる若者もいる。

坂崎もその内の一人で
激しい曲が大好きである。

今日のライブは坂崎が求めている音楽とは少し違ってはいるが
他のバンドも見聴した方が勉強になると
暇そうな連れを誘ってやって来た。
といっても、見慣れた顔がやってくるのだが‥

他のバンドも、なんて言えば熱心な音楽勉強家に聞こえそうだが、それは言い訳にすぎなく
ちょっと外の空気が恋しくなっただけである。

昼間バイトして、夜は学校へ行き
そんな繰り返しな中で、ちょっとサボりたい病が顔を出したらしい。

自分の選んだ道に間違いはないと言い聞かせる。

時々不安な気持ちになりそうでも
そんな気持ちをあざ笑う。

俺はトップに立つ
俺はあいつらとトップに立つ
すげーバンドになってやる
ただそれだけを考え、見つめて今までをやってきた。


もうあと5分程で始まろうとしてるのだが 待ち合わせた相手は未だ姿はない。

「あと5分で始まっちまうじゃん」

あちこちに散らばっていた客も今はもうほとんどいない。


寒い中 ハウスの中にも入れず外で待ちぼうけをくらう坂崎
中に入れないには理由がある。
単にチケットを相手が持ってるからであって、わざわざ寒い中ドキドキしながら恋人を待つのとはわけが違う。

「あー 悪りぃ悪りぃ 道が混んでてさぁ」
「ふぅん 地下鉄って道が混むんだ へぇ~ 知らんかったねぇ」
「さ 行こーぜ 始まっちまうだろ」
「マジ嫌れー お前」
「何してんだよ 行くぞ」
「お前終わったらメシおごれよ 今日の給食 とんかつ だったんだからさぁ」
「俺 ラーメンのがえーけど」
「そーじゃねーだろー俺すげぇ寒かったんですけどぉ」
「中入りゃ暖ったけーよ」
「・・・・・・・・・・。」

いつものように会話にならない会話をしながら地下へと続く階段を下りていく 。
狭い階段の両側には、ひしめき合う様にポスターが貼られている 。
それぞれのバンド紹介のポスター、楽器店のポスター、ライブ日程、いろいろな色形で個性をアピールしている。
その中でふと赤い画用紙に目がとまった。

「募集」と手書きで書いてある。

募集?ここの?ふぅん‥
18歳以上か‥俺今17だからな‥全然OKじゃん。

「もーらいっと」

何枚も重ねて 重なりあっている募集のポスターの中から一枚剥がして適当にたたんでポケットにしまった。

(俺ここでバイトしよー)
身体の中から沸き上がる熱い何かが さっきまでの寒さを一瞬の内に消し去っていった。

運命の赤い紙

今日もお目当てのバンドに群がる女の子たち。


ここはアマチュアバンドが集うライブハウスEAST。


大きな通りから少し奥まった裏路地に入ったところにあるせいか

EASTの周りはいつもお目当てのバンドを見にくる中高生でにぎわっている。


大野未知重(みちしげ) 45歳 ここEAST(イースト)のオーナーだ。

皆は彼を「シゲさん」と呼ぶ。

「姫、来月のイベントの会場 押さえといてくれな」

「あ、23,24日ですね?予約済みでぇーーーす」

パソコンのキーボードを叩きながら 返事をしたのは

望月くるみ 19歳。

高校卒業と同時に上京し、イーストの雑用のいっさいをまかされている。

イーストで出演しているバンドMOVE(ムーヴ)のヴォーカリストでもある。

またの名を「till(ティル)」

イーストはプロを夢見る若者たちにとっては 登竜門的存在で

ライブハウスとしてはそんなに大きくはないが 音楽関係者も出入りするので

その目に止まる事も決して珍しくはない。


またオーナーのシゲさんの面倒見の良い人柄を慕ってくる若者も多いのだ。

イーストは登録制になっていて 月一回のオーディションに受かれば 

次の月1ヶ月は毎週ライブを演れることになっている。

客の動員数によって Aランク、Bランク、Cランク、に分けられ 演れる時間帯や曜日も決まってくる。

客数が得られなくなれば容赦なくオーディションで選ばれた新しいバンドと入れ替わっていく。

昼間は貸しスタジオや、ギター教室、ドラム教室なんかもやっていて、

照明スタッフ 2名、音響スタッフ 1名、バーテン2名、ティルとバイト2名でまわっている。


そしてここにギターを教えにやってきてるのがティルの恋人 小野寺恭介だ。

現在イーストでの観客動員数ナンバーワンのバンド『ブラックメディア』のヴォーカルギターを担当している。


「こんちぁ・・・」

重い足を引きずるようにスタッフルームに入ってくると カウンターで仕事中のティルのそばまで行き

「オメー また携帯電源切ってるだろ・・・」

「・・・・・あ、ほんとだ  忘れてた」

「・・・・はぁ 携帯の意味ねーじゃん・・・」

「わざとだったりして~~~~~」


バイトの荒木華奈子がつかさず茶化す。


「小野寺先生、もう生徒さんスタジオ入ってますけどぉ」

冷やかにティルがいうと

「へーへー 仕事してきますよ」

恭介はしぶしぶスタジオの中へと消えていった。

そんな後ろ姿を目で追いながら 華奈子はカウンターで黙々と仕事をこなすティルに近寄り、

「喧嘩でもしたんですかぁ?」

「ん?」

「いや・・なんかティルさん冷たいかなぁ~~なんて思ってぇ」

「そう?いたってふつーだけど?」

「姫はドSの女王様だからなぁ」

口を挟んだのはバーテンのジョニーだ。

ティルより年上のスタッフはティルを『姫』と呼ぶ。

ティルの女王様体質に憧れる男どもは案外多いらしいが、

好きな男が出来ると子犬のようにまとわりつきに行ってしまう華奈子には考えられない体質のようだ。

華奈子は納得いかない顔つきで 目の前のチョコ菓子をひとつ、またひとつと口にほおりこんでいった。

「姫 この条件でバイト募集の張り紙出しといてくれ  出来るだけ早くな」

シゲがメモ用紙を手に事務所に入ってきた。

「18歳以上、土日出勤可能、学生可 ですね? わかりました。」

「荒木ーーっ 喰ってばっかいないで外の掃除してこい!!」

突然のボスの登場に驚いて、食べかけていたチョコを喉に詰まらせた華奈子は

咳き込みながら飛び出していった。

シゲが持ってきたメモをぼんやり見つめながら

「バイトか・・・」

つぶやいたティルは早速赤い色画用紙にマジックで 『バイト募集』と書き始めた。



この一枚の貼り紙がこの先の長い長い物語の幕明けになろうとは、彼女自身知るはずもなかった。


冬のとある時間

レンガ作りな喫茶店


夏場は暑そうな外観だが 今の冬の季節には暖炉のように暖かく見える


ライブのある日の午前中はたいがいここで一服




ドアを開けると「カランコロン」と音がする


牛の首輪につけられた鈴をデッカくしたような鈴がドアの上からぶら下がってる




(いっるかなぁ~?・・お いるじゃん)


窓際にいつも通り座っている奴 恢斗を見つけ向側に座るja


恢斗は足を組んだ格好で車の雑誌を膝に乗せてページをめくっている




ja:「お待ち~」


恢:「・・・・。」


聞こえてんのか 無視してんのか恢斗はいつも言葉好少な


でもそんなことには全くかまわないのがja




ウェイトレスが水とおしぼりを持ってくる


ウェイトレスといっても高校生のバイト


学校の制服にエプロンを身につけただけのスタイルだ



「いらっしゃいませ」


ja:「んー。。バナナシェイク」


恢がチラっとjaを見る  この冬空な中シェイクかよ って言いたそーな顔




シリウスのギターはtwinギターで構成されている


ライブともなるとそれなりに一応形だけはミーティングを と思うのだが


やはりそれは形だけのものであって ミーティングと言える話は5分で終わる




運ばれてきたバナナシェイクに少し体を震わせた


ja:「やーっぱ冷てーわ」


恢:「よかったなぁ神経あって  大事にしろよ」


ja:「何を?」


恢:「なーんも」




曇った窓ガラスを丸く手で拭いて 細かい水滴の向こうに見える景色


雪がチラついてる



jaがぼんやりと恢斗を眺めてる


その視線に気づいているのに あえて知らないふりをする恢斗


1~2分経った頃 恢斗はページをめくる手も止めず顔も下を向いたまま口を開く


恢:「なんだ?俺に見惚れてんのか?」


ja:「そーなんだよ・・」


やっと顔を上げる恢斗 でもその目は冷ややかな微笑みさえも浮かべてる




ja:「そーなんだよ  その角度なんだって」


恢:「あ?」


ja:「バイト先でさぁ 最近入った奴なんだけど初めて見たときお前かと思った。


その角度からがすっげ似てんだって  マジびびったって」


恢:「えーねぇ いつでもどこでも俺と一緒かぁ 幸せだねぇ」


ja:「だれが・・で、あんまり似てたもんだから聞いたんだ。


お前さぁ 双子の隠し子とかいねーの?って」


恢:「アホ・・」


ja:「ほんと マジだって  今度来ーへん?」


恢:「はいはい その内な  で今日のカラーはなんでっか?」


ja:「どーしよーかなぁ・・どーする?」


恢:「はぁ?なんも考えてねーわけ?」


ja:「今日お前と相談しようと思ってさぁ」


恢:「うぜぇ・・」




twinギターといっても主導権はjaがもつ


しかしこのja 気分でころころと変わる


だから、おおざっぱな構成はできててもギター同志の細かい事は本番ギリギリまで待つのが丁度いい




喫茶店にいる間、何も進歩を遂げなかった形だけのミーティング


それでも意気込みだけは気が合うようで


何時間後に繰り広げられる自分達のライブをそれぞれ頭に描きながら喫茶店を後にした




街路樹の枝には 先の割れた筆で線を引いたように少しずつ雪が積もり始めている