運命の赤い紙 | シリウスなムーヴメント

運命の赤い紙

今日もお目当てのバンドに群がる女の子たち。


ここはアマチュアバンドが集うライブハウスEAST。


大きな通りから少し奥まった裏路地に入ったところにあるせいか

EASTの周りはいつもお目当てのバンドを見にくる中高生でにぎわっている。


大野未知重(みちしげ) 45歳 ここEAST(イースト)のオーナーだ。

皆は彼を「シゲさん」と呼ぶ。

「姫、来月のイベントの会場 押さえといてくれな」

「あ、23,24日ですね?予約済みでぇーーーす」

パソコンのキーボードを叩きながら 返事をしたのは

望月くるみ 19歳。

高校卒業と同時に上京し、イーストの雑用のいっさいをまかされている。

イーストで出演しているバンドMOVE(ムーヴ)のヴォーカリストでもある。

またの名を「till(ティル)」

イーストはプロを夢見る若者たちにとっては 登竜門的存在で

ライブハウスとしてはそんなに大きくはないが 音楽関係者も出入りするので

その目に止まる事も決して珍しくはない。


またオーナーのシゲさんの面倒見の良い人柄を慕ってくる若者も多いのだ。

イーストは登録制になっていて 月一回のオーディションに受かれば 

次の月1ヶ月は毎週ライブを演れることになっている。

客の動員数によって Aランク、Bランク、Cランク、に分けられ 演れる時間帯や曜日も決まってくる。

客数が得られなくなれば容赦なくオーディションで選ばれた新しいバンドと入れ替わっていく。

昼間は貸しスタジオや、ギター教室、ドラム教室なんかもやっていて、

照明スタッフ 2名、音響スタッフ 1名、バーテン2名、ティルとバイト2名でまわっている。


そしてここにギターを教えにやってきてるのがティルの恋人 小野寺恭介だ。

現在イーストでの観客動員数ナンバーワンのバンド『ブラックメディア』のヴォーカルギターを担当している。


「こんちぁ・・・」

重い足を引きずるようにスタッフルームに入ってくると カウンターで仕事中のティルのそばまで行き

「オメー また携帯電源切ってるだろ・・・」

「・・・・・あ、ほんとだ  忘れてた」

「・・・・はぁ 携帯の意味ねーじゃん・・・」

「わざとだったりして~~~~~」


バイトの荒木華奈子がつかさず茶化す。


「小野寺先生、もう生徒さんスタジオ入ってますけどぉ」

冷やかにティルがいうと

「へーへー 仕事してきますよ」

恭介はしぶしぶスタジオの中へと消えていった。

そんな後ろ姿を目で追いながら 華奈子はカウンターで黙々と仕事をこなすティルに近寄り、

「喧嘩でもしたんですかぁ?」

「ん?」

「いや・・なんかティルさん冷たいかなぁ~~なんて思ってぇ」

「そう?いたってふつーだけど?」

「姫はドSの女王様だからなぁ」

口を挟んだのはバーテンのジョニーだ。

ティルより年上のスタッフはティルを『姫』と呼ぶ。

ティルの女王様体質に憧れる男どもは案外多いらしいが、

好きな男が出来ると子犬のようにまとわりつきに行ってしまう華奈子には考えられない体質のようだ。

華奈子は納得いかない顔つきで 目の前のチョコ菓子をひとつ、またひとつと口にほおりこんでいった。

「姫 この条件でバイト募集の張り紙出しといてくれ  出来るだけ早くな」

シゲがメモ用紙を手に事務所に入ってきた。

「18歳以上、土日出勤可能、学生可 ですね? わかりました。」

「荒木ーーっ 喰ってばっかいないで外の掃除してこい!!」

突然のボスの登場に驚いて、食べかけていたチョコを喉に詰まらせた華奈子は

咳き込みながら飛び出していった。

シゲが持ってきたメモをぼんやり見つめながら

「バイトか・・・」

つぶやいたティルは早速赤い色画用紙にマジックで 『バイト募集』と書き始めた。



この一枚の貼り紙がこの先の長い長い物語の幕明けになろうとは、彼女自身知るはずもなかった。