シリウスなムーヴメント -23ページ目

バイト決定

「姫、バイト決まったからさ 土日だけなんだけどな。明日から来てくれることになった。

こんで少しは姫 楽になるぞ。」


能天気なシゲさんの言葉にティルは鼻で笑った。

だいたい、個性の強い若者をほってはおけないシゲさんの性格上、

イーストの歴代「バイト」とよばれる若者は扱いにくい奴が多い。

そのことを知ってるティルはとてもじゃないが、バイトが増えたところで楽になるとは

とうてい思えないのだ。

まぁ、といったところで ティル自身も個性の強い若者の一人に違いないのだが、

自分で自分のことはあまりよく分からないらしく、自分のことはすっかり

棚の上にたてまつってあるのである。


「あ、名札作っといてくれな。」

一枚の紙切れに書かれたその名前は『坂崎 豪』

シゲさんが鼻歌を歌いながら スタッフルームを後にすると、

さっきまでフロアのモップがけをしていた華奈子がすかさず入ってきてティルに耳うちした。


「私、見ましたよ。バイトの男の子  なんかまだ17歳みたいですけどね」

「17なん?18歳以上って書いたのに」

「でしょお 17歳になにができるんでしょうかねぇ」

それだけ言うと18歳の華奈子はまたそそくさとフロアに戻っていった。


そんな華奈子の一言にますます楽にはならないことを確信したティルだった。










面接

午後2時過ぎ、12月にしては温かな陽射しが降り注いでいる中、

少し汗ばみながら坂崎は自転車を40分程走らせていた。


「お あった あった 着ーいた♪」
到着した先は、先日ライブを見に来たイースト 。
アポなしで面接にこぎつけ様とやってきたのである。
喫茶店のバイトは無理言って午前中で終わらせてもらった。

入り口はたいがい裏だよなぁ と独り言を言いながら

自転車はそこらへんにとめて裏口へとまわると
色はシルバーの、いかにも軽そうなドアが目に入った。

ドアのぶをそぉっと回すと開いていることが確認できた。
少しだけ開けて中を覗いてみたが、外の明るさに慣れた目は、中の暗さにはついていけないのか
ただ真っ暗な空間としかわからなかった。

もう少しドアを大きく開くと細い廊下が見えた。

「すいませ~ん」
「‥‥‥‥‥」
「すいませ~ん」
廊下の奥から返事もせずに誰かがやってきた。

「ここのオーナーさんっていますか? お会いしたいんですけど」
黄色いトレーナーにだぶだぶのジーンズ
やってきた男は背丈はさほど高くはなくちょっと小肥りな、

ライブハウスにはおよそ似つかわしいくないような奴だった。

「アンタ誰?」
「面接にきました」
「あーそシゲさ~ん 面接だってよー」
また返事もなしで奥から男がやってきた。

(あのさぁ‥呼ばれたら返事をしなさい って幼稚園で習わなかったっけ?)

とふと心の中でつぶやく。


「オーナーさんですか?」
「そうだ」
「こんにちは。面接に来ました 電話はしていません 俺17歳です 面接募集のポスターには18歳以上と書いてあったんで 電話だと断わられるかと思って直接来ました すいません。

ここでバイトさせて下さい。
今喫茶店でバイトしてますが土日だけここで使ってもらえませんか?
一生懸命働きます俺 使ってくれたらきっとお得だと思います。
バンド組んでます これからビッグになるバンドです。
お願いします ここで働かせて下さい 。
ただし条件があります。」

そこまでを一気に言い終えると やっとシゲに口を挟む好きを与えた。
「条件?お前がか?」

「はい。 さっきも言いましたが俺17歳です。 18になったら給料ください それまではいりません」
「それは条件とはいわんだろ・・・まぁいい、中入れ」
「ありがとうございます」
狭い廊下を通り一番奥の応接室らしき部屋へ坂崎は案内された 。

「少しここで待ってろ」
そう言うとオーナーはドアを後ろ手に閉め出て行った。
いくら温かな陽射しが降り注ぐ12月でも 窓もなく地下室に近いその部屋の中はぞっとするくらい寒い。

勿論暖房はついていない。
また、うす汚れた白い壁が余計に寒さを感じさせる。
部屋の広さは10畳くらいだろう。
中央には二人がけのソファーがひとつ。
ガラスのテーブルをさはんで向かい側には人一人寝れそうなくらいの長椅子。
実際仮眠でもするのだろう、枕と無造作にまるめた毛布が端っこに置いてある。

後は使ってないだろう機材が誇りをかぶって転がっているくらいで至ってシンプルな部屋だ。
両手をポケットつっこみソファーの近くで立っているとシゲが缶コーヒーを二つ持って戻ってきた。


歳は45くらいだろうか
口ひげを生やし黒い革パンに黒いタートル
黒いジャケットを羽織り一見娑婆世界の人間とは思わない人も少なくない。

二人がけのソファーにシゲが座った後、向かい側の長椅子に坂崎も座る。
「さてと‥ここで働きたいって?」
「はい お願いします」
「理由は?」
「ありません ただここでこれから自分もステージに立ち ここを拠点にデカくなるからです」
「ずいぶんな自信だなぁ」
「男ってそんなもんじゃないっすか? 諦めたら終わり‥じゃないっすか?」

坂崎の目は若さだけではなく これからの自分に華を添える様にキラキラと輝いている。
シゲもその昔バンドを組み 何年もの間ステージに立ってきた。
しかし、メンバーそれぞれが結婚し子供が出来 家庭という『束縛』に

一人 また一人とバンドよりも家庭での時間を持つ様になっていった。

当然バンド内には亀裂がはいり、結果自然消滅という形を選ばざるを得なかった。

坂崎の目には、昔そんな自分が走ってきた時代を思わせる輝きが見えた。
腕を組み、オーナーはうつむいたまま動かなくなった。

(俺も歳くったなぁ‥)

「どうしたんすか?」
坂崎は思わず声をかけたものの、ただならぬ空気に声が小さくなる。
それでもシゲはまだうつむいたまま動く気配がない。

(おいおっさん、寝たんかよ 風邪ひくぞ んなとこで寝ると)
隣にあった毛布を取ろうとした時オーナーは目を覚ました ???
伸ばした手が一瞬ビクっとする。

「なんだ 寒いのか」
「違いますよ 寝たかと思ったんで 風邪ひくといけねーから毛布かけてやろうかと‥

 寝てたんじゃないんすか?」

突然大きな声で笑い出し、そして坂崎に告げた。
「えーぞ」
「へ?」
「使ってやるよお前 ただし給料は18になってからだぞ」
「お~~~ おっさん見る目ありすぎ さすがっすねー」
「シゲ だ」
「あぁシゲさんってさっき呼んでましたっけ」
「土日 朝8時半から夜はその時に応じてだ」
「ラジャーありがとうございます おっさん俺を雇ったこと後悔しませんって 俺も絶対後悔させません

 おっさんが果たせなかった夢 俺が果たします」
「お前 俺を知ってんのか」
「いいえ 全然ですけど 失礼ですが今日がお初です」
「じゃあなんで 果たせなかった夢なんて‥」
「ただのあてずっぽうです 当たってしまいました?

 いやさ、おっさんの歳でこういう場所を設ける って何かいわく有りげかなぁ みたいな」
「シゲ だ」
「契約したらそう呼ばせていただきます」

「お前ホントに17かよ じゃあ今度の土日から来い」
立ち上がる坂崎。
「よろしくお願いします 今日は勝手に来てしまって申し訳ありません

 でも来てよかったです ありがとうございました しげさん」

また狭い廊下を通り帰ろうとした時 チラっと女の子が見えた。
ずっと部屋の中の会話を盗み聞きしてたかの様に

ドアを開けるとパタパタとそこから遠ざかっていく足音が聞こえた。
そして坂崎が後ろを振り向いた時 その足音の犯人もまたこっちを見ていた。

営業スマイルを自然に身につけている坂崎は
ニコっと笑い、手をふると、その犯人はそそくさと背中を向け 行ってしまった。

12月の陽射しを更に温かく感じながら学校への道のりを急いで、駅まで自転車を走らせていく 。

やったぁー と両手を離したとたん 運悪く段差に引っかかり見事に自転車ごと転んでしまった。
ただ、帰り際に持たせてくれた冷たくなった缶コーヒーが無事だったことは幸いかもしれない 。

12月

12月に入り、街はとたんに賑わいを見せる頃

イーストでも毎年恒例のクリスマスイベントの準備に大忙しである。

クリスマスイベントは毎年近くのホールを借りての大イベントになる。

総勢20組の対バン形式から、メンバー入れ替わりやコラボレーションなど

普段はみられない代物で 演る側も観る側も大いに楽しめる内容だ。



その裏側でシゲの右腕にも左腕にもなってるティルは

先月から連日休みなく働いている。

シゲとの打ち合わせ、出演バンドのチョイスに出演交渉、演出の手伝いに、

リハーサルの段取り、当日スタッフの配置に、助っ人の手配、

飾り付けにいたるまで目が回るほどの忙しさだ。

自分のバンドも出演するというのにミーティングにさえ参加できない状況で、

日に日に焦りは隠せない。