【雑記】青森・道南の旅 3日目 | バスと献血のたび

バスと献血のたび

大阪からバスを乗り継いで遠くまで行きたいです。
献血の記録も載せていきます。

青森県と北海道に行ってきたお話です。
 
3日目の朝。青森駅前のホテルで朝ご飯を食べ、出発までくつろぎます。
妻「昨日行った居酒屋さんのホヤは美味しかったね」
しげたか「うん、ほたての貝焼きみそも食べられて満足したよ」
妻「ところで、カーペットとジュータンの違いって何?」
しげたか「え?」
妻「ほら」
▲妻が地元紙の広告を見せてくれます。
そこには
「カーペット900円」
「ジュータン1200円」
と載っているではありませんか!
 
謎が解明しないままホテルを出発(笑)。北海道の江差に向かいます。
青森駅で電車を待っているときに「りんご自販機」を発見しました。実を一個売りしているのかと思いましたが、売っていたのはリンゴの実ではなくジュースでした。
 
改札前にテレビカメラが来ていますね。大雨で運休していた奥羽本線が今日から運転を再開したので、取材に来たのでしょう。
青森駅は長距離列車と青函連絡船の乗換駅として賑わってきました。しかし現在は連絡船が廃止され、新幹線が隣の新青森駅発着となってしまい、広い構内を持て余している感じがします。
 
そんな青森駅から弘前行きの普通に乗ります。2両編成の電車は連日の大雨で窓が汚れています。
新青森で北海道新幹線に乗り換え。新函館北斗行きの車内は夏休み期間とは思えないほど空いていました。
 
新函館北斗に到着。ここに来るのは3年ぶりです。
 

ここからバス乗り継ぎ旅(札幌⇒小樽⇒函館⇒北斗)の続きをします。

バス旅とお昼ご飯のことは別の記事に書きましたので、そちらをご覧ください。

 

 

 

 

江差に到着してからはホテルに荷物を置き、観光しに出かけました。

 

江差は江戸時代後半から大正時代にかけてニシン漁とその加工、交易で栄えました。

ニシンは2月から4月にかけて産卵のために沿岸にやってきます。その多くは身欠きニシンとニシンカス(肥料)になりました。ニシンカスを出荷する時期の江差を

『江差の五月は江戸にもない』

と唄ったそうです。

江戸時代、シャクシャインの戦いの後、松前藩はニシンの交易を一時控えていましたが、近畿地方でイワシカスが不足していることに気づいた近江商人が江差にやって来てニシンカスを製造します。

北前船で瀬戸内海沿岸や近畿地方に運ばれたニシンカスはイワシカスに替わって綿花・藍・タバコの耕作に使われ、大阪は綿花栽培によって繊維産業が盛んになります。私が住む大阪は江差のニシンが無ければ栄えていなかったのかもしれません。

 

この日は江差で一泊。
泊まったホテルにはお祭りの山車人形が飾られています。

 

客室からの眺めも良かったです。
ホテルの近くにツルハドラッグとサツドラとセイコーマートがあって北海道に来たことを実感します。セイコーマートはワインの品ぞろえが豊富で、しかも安いですね。
 
夜はホテル向かいの居酒屋さんで飲みました。料理はどれもボリュームたっぷり!サッポロクラシックを飲みながら美味しくいただきました。

(2022/8/17)

 

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