「ホールデン・コールフィールドを追いかけて」 -16ページ目

ハチドリちゃん(ハミングバード)へ。

今日はこちらカリフォルニアはぽかぽかいい天気。





さらにポカポカ気分にさせてくれたのは、実は再来月にお友達の「ヘ」に赤ちゃんが生まれるのです、名前は「ア」ちゃん。

ギリシャ語で「bird」の意味らしい。

と、言う訳で「みやたおじさん」はいろいろプレゼントを買いにいってきました。





最近(個人的にも)お気に入りの、american apparel、アメ アパでバブちゃんサイズのぼうしやバブ服など買って参りました(サイズはとりあえず一番チッコいのを)。

アメアパ



ほんとは「ヨダレかけ」が欲しかったんだけど、生まれたばかりのバブちゃんにはまだ必要ないだろうと思って(また次の機会!)。




このぼうしなんて、見てて触ってて、イヤーンっとお店のなかでデレデレしてました。



「ア」ちゃんの名前の由来が「鳥」さんなので、バードグッズを探してるんですが、なかなかコレがいいのが見つからない。





バード オブ アメリカ

なんていかにもなタイトルですが。なかなか好い雰囲気の絵で、なんならバラバラにして額に入れて「ア」ちゃんの子供部屋に飾ってもいいし。



そうしたら古本屋さんでちょっといい感じの「図鑑」を見つけたのでこれもプレゼントすることに。

プレゼントはうきうきします。

ハチドリ とか好い感じでしょう?

こっちでは、ハミングバードと呼ばれてます。

この図鑑を「ア」ちゃんが理解できるようになるのはズーっと後でしょうが何だか愉しみです。



包装もちょっと凝って(センス悪いので包みたくないので)カードもいかにもベビーシャワーなんてのにしてリボンまでつけたら、古本屋で買った図鑑より高くなってしまった)こういうトコはウチの母親ゆづりなのです。





と、いう訳で、まだ見ぬ ハミングバードちゃんへ、アンクル みやたより、でした。

トランク・モンキー

今日のブログでは『運転マナー』についてしっかり考えたいと思います。


アメリカ人たちの運転はそりゃ~恐ろしいものでな。


僕は今までに何十回とあいつらに殺されそうになっているのだよ。

そりゃ、僕だってたまには危ない運転してしまいますよ。

でも何が違うって他人に迷惑をかけていない、

他のドライバーたちが嫌な気持ちになるようなことはしない。


このあいだも危ないアブナイ、キャディラックのおばぁちゃんが携帯しながらカリフォルニア晴天なのにワイパーかけてた(ウインカーと間違えていたのだよ、君たち)。


帰りに本屋による用事があったのだが駐車待ちをしていたらバックで出て来たかと思ったら向こうに行けはよいものをコッチに向かって来やがった、出口は前にも後ろにもある、むしろ前のほうが高速にのりやすいのに。なぜだ??

たまにフリーウェイで40マイルくらいで走ってる奴ら。

65マイルのとこを90マイルで走るのも危ないけど、40マイルも危ない。なぜそれをポリスは止めない?

あれはオレがアメリカ警視総監だったら65マイル+ー5ってルールにする。レーンを2つ以上左にいったら65マイルを5マイルオーバーしても違反5マイルアンダーで走っても違反。



・・・今日もさ、とんでもない奴がいてトランク・モンキー出すとこだったよ、危うく。



え?



トランク・モンキー??


知らないの??


日本のクルマについてないの??


そんな機能知らないって??



こないだオプションで付けたんだけどさ。


あ、その会社のサイトで「トランク・モンキー」紹介してるから特別に教えてあげよう。



トランク・モンキー (road rage 編)



そこの君ィ、「あたしは運転上手だから平気よ」って思っている君!!

君みたいなのが一番あぶないのだよ!



もっとトランク・モンキー観たい方へ・・・

トランク・モンキー

ジャクソン・ポロックと松本人志について

ダウンタウンの松っちゃんの「遺書」を読んだ。凄い! ビックリ。よくよく読んでみると美術のはなしに通じることがたくさんある。

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ずいぶん古い本読んだのねと思うかもしれないがソレについて書くので。


(今「松本」読んでます、松紳も買っちゃった)


いい作品は決して「古くならない」モダンアートの絵が古くならないのと同じに「笑い」も古くならない。


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ギャグのレベルが高すぎて笑う人が少ないなどとはモダンアートの原点にそっくり。

最初は誰にも相手にされなかったのが(時代がついて来て)後で認められる。

一見毒舌のようなその文章はニューヨーク紙の金曜日のアート欄に書いてあることに繋がっているものある。

どうしようもない最近のコンテンポラリー・アートなどは松っちゃんに簡単に評論してもらいたいくらいだ(かなり面白いと思う)。

例えば、松っちゃんの言う「視聴率」について、

『おもしろい番組(完成度の高い番組)と視聴率は、必ずしも正比例しているとはかぎらない!』


これは2つの見たい番組が同じ時間にやっているとしたら、どっちを見てどっちをビデオに録画するか(どうしても見たい方をビデオに録画して何度も見るだろう)ビデオになった方の番組は視聴率としての「数字」には表れない。

視聴率が高いのはクイズ番組(ビデオにとって何度もみるか?)と時代劇(ジジィやババァはビデオの使い方を知らない)だと松ちゃんは言う。

クイズ番組のような展覧会をしている美術館は腐るほどあるし、時代劇のような個展をやっている画廊は星の数だ。アメリカのギャラリーなんてヘタにマーケットが大きいからその時代劇を好きになる人(騙されてるだけ)も信じられないほど多い。

よい作品ほど売れない!(レベルの高すぎるギャグは受けない!)

まさに今の一発屋のアーティストや他人のアイデアをパクって来ただけの作品なんかその通りだし(誰かがやった漫才やコントのコピー)。

よーく練って練られた「ネタ」はかなりリサーチをして作られた美術作品の「テーマ」のようである。「ネタ」=「テーマ」全く同じことになってしまう。

よい作品にはメッセージと技術面のバランスがよくとれていて見事な二面性がある「笑いの世界」もそうなんだろう。

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いい絵画は何度観ても素晴らしいとおもう、さらに素晴らしい絵画は毎回観るたびにその印象を変化させる。おもしろい笑いも何度きいてもオモシロイ、そして「笑い」も姿形をかえる。

ジャクソン・ポロックなど良い例だ。彼の彼独自の抽象画は観に行くたびにその「風景」が変わる、同じカタチの雲がないように。

よく考えるとソレは「自分も変わっている」ことに気付く。

10年前にこの絵を観たときに覚えた感動と今こうしてみて感じるすばらしさは違う感覚、10年前に笑えたツボも今では違ってきている。

この本(遺書)が書かれたのは10年以上前、でもオモシロすぎる。ポロックの絵は60年近く前の作品しかし決して古くならないモダンアート(このとき松っちゃんは31歳、このあたりの作品のポロックは34歳)。

最近ポロックの作品が30点ほどニューヨーク郊外の倉庫で見つかったらしい、本物かどうか定かではないらしく(どうやって確かめるのだろう?)本物だったらアメリカの美術界は大騒ぎになってしまう。実はこの松っちゃんの「遺書」は日系マーケットの近くの古本屋で$1ドルで見つけた(「松本」も$1ドル)それを聞いたら松っちゃんは怒るだろうなぁ。見つかった絵画が10億円以上で売られたらポロックも天国?で怒るだろうし。

と松本人志の「笑い」とジャクソン・ポロックの「アート」にはコンセプシュアルな部分でも繋がっていると勝手に感じました。

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ちなみにこの絵は上のオバサンが観ている絵の左上部分、いつもこの絵のこの部分をみるとポロックが笑っているように(拍手)みえるのだが僕だけだろうか?


・・。


強引ですか? ポロック&松っちゃん。写真はニューヨーク近代美術館のパーマネントコレクションのポロックたちです

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「まねきブタ」

今日は日本の本屋にいって来ました、買っといた本はほとんど読んじゃったしチョットいろいろ買ってみようかと思って。

いつもはほとんど客もいなくて静かな本屋なのですよ。

さすがに日曜は家族づれが多く、子供たちもたくさん。30分くらいその店にいたんだけど変な人たちたくさんいました。

まず、店に入ろうとしたらちょっとデブな中学生くらいの男の子がいまして・・・邪魔だなぁと思ったんですよ。そしたらその男の子の父親らしい人が 「おい! お前みたいなデブが入り口に立ってたら邪魔だろ! お店の迷惑だろ!!」 ってデカい声で注意してるんです、しまいに


「お前じゃ招きブタだからな、客が逃げてくだろ」

はっはっは。


って。その中学生は「なにぃ~、まねきブタだとぅ~、うるせぇなぁ~」って、お店の人も爆笑してました。


その後に入ってきた親子連れ、入ってくるなり。子供(5歳くらい)が「トイレ貸してください」って。出てくるなり「うわ~、僕のウnコすげー臭い」って、それを完全に無視する母親に対して、もう一回リベンジで「ねー、お母さん! 聞いてるの?」

無茶苦茶です。

しかもそのコは20分くらいの間に3回もトイレに行った。店のオジさんも「え? また行くの? 大丈夫かい??」と心配してるのだが


「う~ん、でもまだ残ってるみたい・・・」


僕もどちらかと言うと「うnこ」と言うフレーズを聞くと「汚いなぁ」と感じるより『わくわく』する方なのですが、さすがにあそこまでダイレクトな「ウNコ・トーク」にはビックリしました。


その時、その母親が本屋のオジさんに・・・「昨日おたくのウェブサイトにアクセスしようとしたら行けなかったわよ、探してる本があったのに」

オジサン:「え~、ほんま? 昨日のいつ頃ですか??」

母親:「9時くらいかしら、オトモダチもムリだって言ってたからウチのパソコンじゃなくて、おたくのよ」


そこでオジサンの発言は・・・。


「いや~昨日の夜、雨降ってたから~」


・・・・・・? 雨???


気の効いたジョークやるなぁ、なかなかなオッサンだなぁと思っていたら・・・


母親:「あら、そうなの?」


と・・・どうやらオジサンは本気の発言で母親はそれに納得したらしい。


そのとき僕はたまたま『アインシュタイン・相対性理論』のすすめ・・・みたいな本を手に取ってたんです。そしたらさっきの、ウNコ小僧がやってきて。


「ねぇ、その本買うの??」


アインシュタインの「相対性理論」ですよ? 5歳の子供ですよ??

その後その小僧はポケモンらしき本を買ってもらってましたが。


・・・まったく凄い店だ。


その後、その店で買ってきたマっちゃんの「遺書」をベトナム料理屋で(フォー食べてました)読んでたら横にいた中国人らしき、おばぁちゃまが、と~っても心配そうな目で僕を見てたんですけど(それを読みながらニヤニヤしてる僕)中国語でも遺書って「遺書」って書くんでしょうか?


一応コレ「↑」がオチです。


「音楽を観る」 (ジャネット・カーディフ)

ニューヨーク近代美術館/Museum of Modern Art/Janet Cardiff





僕は仕事で画廊や美術館で展示の仕事をしているのですが、



展示の仕方にもいろいろあるのだけど、この間ニューヨークの近代美術館に行って・・・



「凄いなぁ~」



と思った作品があったのでチョっと書いてみます。



ニューヨーク近代美術館で9月から3月(2005-2006)まで2階の現代美術のフロアで開催している展覧会、「Take Two. Worlds and Views: Contemporary Art from the Collection」の作品のヒトツ



写真の「タイトル」を良く見てみると(英語)わかると思うんだけど、この「作品」は40コのスピーカーが立てられていて、そのヒトツひとつが「声」になっている訳。





400年前くらいに書かれたモテットが大合唱。


「Motet」 : 聖体拝領のない、賛美歌


1575年に、Thomas Tallis という人が描いた「Spem in alium nunquam habui」、ポリフォニーのモテット。
(ポリフォニーは、中世からルネッサンス期に盛んだった、それぞれのパートが別の旋律を持つ曲。ハーモニーも生ずるけど、あくまで各旋律の流れが主役)(以上知り合いのブログより盗用)





アーティストの名前は Janet Cardiff(カナダ人)


この部屋(gallery) に入ると最初は、一つひとつのスピーカーから、こそこそ話のような声が聴こえてくる、そのウチ合唱の準備。

「ゴホン、ゴホン」

とか聴こえてくる訳。

そういているといきなり『ワッ!!』と賛美歌が始まるんだけど、これが凄い。

よく写真を見てもらうと解るんですが、40コのスピーカーは5コづつ、大きく8つに別れており、これは合唱の「パート」になっている。ソプラノとかテナーとか僕には詳しくはわかりませんが(8つもパートあったっけ?)窓際のスピーカー達が「ワッ!」としたと思ったら、入り口の方にあるスピーカー達が「ワッ!」と。


なんて説明したらいいのかな、ネオンの広告のように、あっちがピカッとしたらコッチがピカッと・・・


そうしているウチに全てのスピーカーから大合唱が流れる訳。


それはまるで、よく出来た噴水というか、ローソクの並んだケーキのような・・・ケーキや噴水の真ん中に立って水や炎の「歌」を聴いている気分。

部屋の中をゆっくり「散歩」すると、さっき立っていた場所とは全然、違う雰囲気。スピーカーの前をゆっくり時計周りに歩くと一つヒトツの音がハッキリ聴こえてきて、どんどん賛美歌の「景色」が変わってくる。

まるで時計の秒針の先に立っているみたいな気分にさせてくれる。

中には子供の歌声なども混じっている、女の人の声、男の声。

コンサートホールでコーラスの人たちが「円」になって歌ってくれて、その中を自由に歩きまわれる。と言う感覚に近い、というか、そのまま。




ここは美術館・・・観に来ている? 人たちは、みんな呆然として聴き入っている。

抱き合うカップルや、ソファーに座って目を閉じている人、スピーカーの前を歩いている人たち。






目を閉じて作品を観ている。





あたらめて「音楽もアートだ」と感じた。






しかもソレが無機質なスピーカーが40コも並べられている中で感じられるのがコンセプシュアルでいいギャップになっていた。





今書いた「↑」がこの「作品」そのものだと言うことに気付く。




見えない、触れない作品=音楽




しかし物質のしてのスピーカーは目の前にあり、触ることも出来る。




面白いなぁ





しかし、こう言う作品を「文章」で説明するのは難しい・・・






と、いうコトで「ビデオ」。



(クリックすると音と映像が見れます、小さいファイルです)



『近代美術館#1』


もうひとつあります。


『近代美術館#2』



ネットで自分で撮った映像を流せないかな? と探していたら、こんなサイトみつけました、ちょっと実験中です。



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