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shell studio

◆accesory◆lunch box◆

夏も盛りになって来て、マジックブレッドが大活躍しています。

しばらくはお休みしていたんだけど。

最近バナナと豆乳、蜂蜜と氷のシェイクは毎朝の定番(^o^)/

こないだはジャガイモの冷たいスープも作ったし、
なんと今日は生クリーム泡立ててティラミス作ってみましたよ~!!

まだココアを振ってないけどね。

すごいねマジックブレッド!
普段お菓子なんか作らないんだけど。

マジックブレッド来てからは時々作るようになりましたね。

かぼちゃプリンとか、イチゴムースとか。

ティラミス楽しみ~

午後は小学生のプール監視当番(*_*)がんばりましょう。


 

真夏の恒例行事、島のキャンプに行ってまいりました!

はい、我が家のキャンプとは、
大金はたいて食料やら海用クーラーやら素潜りスーツやらを買出しして、
炎天下、海沿いのオートキャンプ場にテントを張り、
ひいひい言いながら、ウニやら得体の知れない海藻やらがわんさといる岩場の海に入り、
さらに暑くて死にそうな中で炭火を起こして、
フナ虫とアブのいる熱帯夜にじべだに転がって寝る、
苦行でございます。

もうね、これで終わり。
来年はもうやめよう、あまりに体力の消費が激しくダメージが強い。

と言いながら、これで4年目になります。

子どもたちは盛り上がっちゃうんですね。
さすがに中学三年生は、
「わくわくして眠れないよ♪」とまでは行きませんが、
小学生ズはもうじたばたじたばた、よく分からない期待と興奮でうろうろしています。

前日からマスクつけてて、邪魔なんですけどね。
お菓子とか開けちゃうし。せっかく用意したんだからさ、海で食べようよ。
などと言いつつ、私もこっそり凍らせたゼリーやら枝豆やら、
ワインまでちゃんと冷やして持っていく始末。

なんでこんなに気分が盛り上がっちゃうんでしょうねエ。
冒頭どおりの苦行が待っているだけなんですが。

普段なら、絶対に外に出ない気温33℃、雲ひとつない青空のもと、
熱中症予防のスポーツドリンクをがんがん飲ませつつテント設営いたしました。
この日差し、この汗だく、日焼け止めなんか何のお役に立ちましょう。

そして待望の海。
岩場なので危険この上ありません。数秒でけが人発生。
ここは基本的には「海水浴禁止」区域なので泳げませんが、
「磯遊び」は禁止されていないそうです。微妙な言い回しですね。

海水浴場とちがって、ここにはウニもヒトデもサザエもいます。
ヤドカリで遊ぶ四歳児、素もぐりで貝拾いする中学生。
魚も豊富。ベラなんかの小魚は群れで泳いでいるし、タコも見つかる。
今年は鯛にも遭遇できました。

小学生にとって、マスクとシュノーケルをつけてのぞく海底は、
不思議の塊。
べろべろの気持ち悪い海草も、そのうち慣れてしまって気にしなくなります。

怪我もするしウニも危ないし、いろいろと不都合があるのですが、
私はこの海が好きです。子どもたちにも、この生きている海を見せたい。
すべてが安全とはいいきれない、お膳立てされていない海で、子どもたちを遊ばせたい。
こういうことの積み重ねが、子どもたちに生きる力をつけるような気がするから。

また来年もやりそうですね、地獄キャンプ。

2時間も漬かっていい感じにふにゃけた頃にBBQでした。
セミに唇を奪われた話はまた次回。



 
最近、陰湿ないじめの事件が数多く起きていますね。
昔から「いじめ」という問題は取り上げてられてきたのですが、
今回は中学生が被害者・加害者という部分で
今までとはまた少し違った要素があるような気がします。

小学生間では、正直まだまだ「いじめ」という問題は
あると思います。

小学生同士の場合、お互いに言葉や思考がまだ未熟であるために起きる
いさかい・誤解が原因だったり、芽生え始めたプライド、幼い差別意識が、
ほぼ無意識で行動や言葉に出たりしているものだと思います。

悪いことをしているという認識はほぼないのではないのではないでしょうか。

あいつは自分より成績が悪いから、笑ってもいい。
あいつは忘れ物ばかりしてだめなやつだから、教えてやる。
何をしても怒らないから、面白い。

小学生の間の「いじめ」は、相手への配慮がまったく欠けていますが、
どこかに人間の本性があるように思えます。

自分の優位性を確かめたかったり、ただ面白かったり。
虫やかえるをいたずらするのとあまり変わらない。
自分は正しいことをしている、という認識すらあったりします。
(相手の子が劣っているのが悪い、という論法です)

この時、主体である自分だけに意識があって、相手への配慮はまったく欠けています。

ここの「相手の存在」というものが認識できるようになって、
行動に自制がきくべき世代が中学生くらいではないかと思います。

今回、ショッキングなのは、その大人への入り口に立っているはずの
14歳前後の子どもたち(子どもたちというには大きすぎるような気がしますが)
が起こした事件である、ということです。

中学生の頃って、自信過剰になって横柄な態度に出たり、
自信喪失して落ち込んだりしますね。

自分自身の甘さ、子どもっぽさ、自分が考えた正義。
大人に依存しなければ生きていけないのは
分かっているけれども、大人に対する服従は我慢できない自我。
思うようにならない友達、思ったよりできる自分、そしてできない自分。
こういったものがない交ぜになって、
「中二病」という言葉が示すように、それはまるで病気のよう。

しかし、それは自分の手で自分の心を制するための、試練の時期でもあるはずなのです。
他人様の生き様にちょっかい出している暇はないはずです。
自分の立ち位置を深く考えなければならない時期なのです。

その重さに耐えられず他人様への攻撃でごまかしてしまった中学生たちが、
自分のしでかした重大な事件「命を軽く扱う」ことについて、
他人にべったりと甘えた、いやらしい自分の感性を思い知る日が来るかと思うと、
空恐ろしくもあります。

現在我が家にはまさにその年頃の息子がいます。
この頃はちょっと面倒くさいので、私もスルーしたくなります。
ただ、スルーしてばかりもいられない、聞き捨てならない言葉が出たり
兄弟たちに対する横柄な態度が見えたりすると、
とりあえず真っ向勝負しています。

私で手に負えない時はさらに家族を巻き込んでの大騒動に発展しています。

それをすることで「いじめ」が回避できるとか、全うに育つとかは思いませんが、
自分のできることは、とりあえず「聞き逃さない」こと、真っ向勝負することくらいかなあと漠然と思ったりしています。

みんな辛いのです。
でもみんな逃げてはならないのです。
自分自身から逃げられないのですから。

 


 
子どものいる方とお話していると、
「うちもね…」
なんていろいろな昔話が出てくるものです。
素敵な息子さん娘さんに育って、順風満帆に思えても、
皆さん実はご苦労なさっていることって多いですよね。

最近聞いたお話の中では、
「娘は生まれたときからひどいアトピーで」
ということでした。

我が家にもアトピッコは二人ばかりおります。
やっぱり生後一ヶ月も経たないうちからステロイド剤のお世話になって、
早12年。
昨日、また国立医療センターへ行って、山盛りステロイドを頂いてきたところです。

お客様の娘さんも、生まれたなりから、大変だったそう。
今はもう立派な小学校の教諭としてお仕事をされ、
勤続10年のベテランになっておられます。

「ただねえ、小学校ってプールの指導があるでしょう、それが本当にダメで…」
潮風に当たっても腫れる顔、自分の汗でかぶれてベタベタの汁が出てしまう背中。
塩素の入ったプールに入った夜は、本当にひどいんだそうです。

何度入院したかわからない、とおっしゃっていました。
漢方薬がいいと聞けばそれ、名医がいると聞けばそこ、有名な温泉があると聞けばすぐに出発。二週間も入院するときれいになるけれど、また元に戻る、の繰り返し。

今でもステロイド剤は欠かせないそうです。
「ただ、本人もその身体と一生付き合う覚悟だし、自分でやりくりするしかないしね」
と親御さんは笑っておられました。

他にも、お子さんがひどい喘息で苦労なさった親御さんや、またひきつけ・痙攣を20回も繰り返し、何度も脳波を測りに行って検査して、とのお話や…

今は当事者のみなさんも、大きくなって、笑い話になっておられました。
でも、当時はよく泣いたものよ、と。

そうなんですよね、過ぎてしまえば、そして覚悟が決まってしまえば、
笑い話になる日がくるのでしょう。

子育ての渦中にいて、悩んだり迷ったりしている間は泣いてもいいと思うのです。
たくさん泣いて、納得するまで探して試してごねて探すしかない。

我が子だもの、自分が何とかしてやりたい、自分しか何とかしてやれない、
との必死の思いが、涙になるんですよね。

みんなみんな、どの親御さんもそんな必死な思いで子育てしていらっしゃるんだ。
そう思うと、家族って、親子って、強いわけだなあと思います。

そしていつか、ああ、この子の人生だもの、そしてこの子の身体だもの、
自分で何とかするしかない、私はできることはみんなした、
と納得する日が来るんでしょう。

それまでは「がんばれ私たち!!」

自分にエールを送りつつ過ごしていきましょう!!

 
  

川遊びが大ブームとなっている我が家、今日も六年生が山盛りでやってきました。
自転車を片付けるのもそこそこに、我先に川へ飛び込んでいきます。
我が家のすぐ裏が川なんですよ、深いところで水深1mほどかな?

このブームには理由があるんです。

実はこの川では「ゴリ」という小魚が素手で獲れまして、もちろんウグイや鮎もおりますが、それは釣竿でしとめる獲物。
釣りは誰か手ほどきしてくれる人がいないと、子どもたちにはちょっと手出ししにくいジャンルのようです。

ゴリはたもと水中眼鏡があれば、ちょっとしたコツで獲れるようになります。
小さな魚ですが、から揚げにするとなかなか美味。
少し大きめのものは珍味としても珍重されています。
今まではゲームばかりで見向きもしなかった川遊び、
この「ゴリが獲れる」の一点で子どもたちはもう夢中です!

小学生でも、低学年の子らには、この遊びにはピンとこない。
なかなか獲れないことと、獲れても美味しいと思えないから。
川の流れもまだ怖いんですね。

川魚独特の香りのあるゴリの味が分かるようになるのも、どうやら12歳くらいのよう。

自分たちで捕まえた魚を、おやつとして食べる醍醐味は、子どもたちの心をわしづかみにしたようです。そして、川での動きがいい、魚がたくさん獲れる子どもは一目置かれます。
身体の大きさや、勉強のでき不出来とは関係ないところで、いいところが見つかるんです。

「お前、すごいな」
「お前もな」

お互いの健闘をたたえつつ、揚げたての魚をほおばる喜び。
キッチンでビチビチはねる小魚をから揚げにしている私に、
「ありがとうございます!!」とすがすがしい挨拶。

六年生たちの声は川の音に負けないよう、
知らず知らずのうちにとても大きくなっています。
ハツラツとして美しい、はりのある声。

身体の能力を限界まで使った時の心地よい疲れ、獲物を追う集中力、無心。
川の流れに身を任す、大自然への恐れ、非力な自分に気づくこと。
水の中の浮遊感、景色。

こういったものが、子どもたちの心をきれいに洗ってくれたように思えます。
もちろん、こういうことは大人にも同じことですよね。

たまには私も川に入ろうかなーなんて年甲斐もなく思った夏の日の午後でした。

 



 
甘やかしてはいけない!
と思いつつ、でも育児書などを読むと
「思いっきり抱っこしてあげて、甘えさせてあげましょう」
なんて書いてあることもありますよね。

昔、学生の頃「甘えの構造」という本を読んで、
ちょっと面白かったことを思い出します。
いわく、「甘え」とは割と日本人独特の感性で、
「これくらいならいいだろう」とお互いに許してしまうような関係らしいのですが…
なにしろ20年も前に読んだ(眺めた?)程度なのでうろ覚えですが。

「甘える」という定義もなかなかに難しいものだと思います。
どうも私は末っ子には大変に「甘い」らしく、
双方、恋人のようにメロメロです。

では今までの子どもと接し方が違うのか?
というと私自身はあまり変わらないような気がするんですけどねえ。

何をしても小さいのはかわいい、という思いはありますが。

上のお兄さん方には年齢に応じた「役割」を要求していますので、
それが許されている分、やっぱり末っ子は
「えーっお皿拭きしなくていいのーッ? ずるーい」
というようなことにはなっています。

いやいや、君達も4歳の頃は仕事していなかったでしょ…
という部分は彼らはまったく見えていません。

中学生になると、授業の後、部活、塾とこなして帰宅すると
もうすでに8時すぎ。「ただいま」よりも「腹減った」です。

へろへろなのは見て分かるので、ついついご飯もよそってやり、
おかずも温めてやり、箸も並べてやって…
「何か飲む?」だって。

このままではいけない!!
食卓に黙ってつくような男にしてはいけない!!

と思いつつ、ついついあれこれしてしまう。

これも小学生から見たらブーイングです。
「えー僕ら自分のご飯は自分でよそって、配膳して牛乳だって自分で用意するよー」
そうですよねえ。

本人にやらせねばならないのです。
私がぐっと我慢しなければならない。

あれこれしてやっているのは「甘やかして」いる訳です。
相手が甘えたい、と言ってきた時に初めて対応してやればいいんです。

この辺の我慢ができないところが「甘い」。

本来は、お皿洗いとお皿拭きは子どもの仕事なんですが、
ダラダラして片付かない時は、私が手を出してしまう。
だってその方が早いしきれいになるのだもの。

でもいけませんね、人の仕事を奪ってはいけない。
家庭でも、役割分担して仕事をしないと、居場所がなくなってしまうものです。
これは「やってしまいたい!!」という私の「甘え」ですね。

子どもたちにはできるだけ「自分のことは自分で」できる大人になって欲しいし、
安易に何でも頼むようなお殿様にはなって欲しくない。
でないと、未来のお嫁さんがイヤですもんね。

自分の甘えを再確認して、また子育て・自分育てをしようと思っています。